午後の授業
「ロシナント魔導学園からやって来ました、鬼道アヤネと言います。これからよろしくお願いします。」
その挨拶の終わりに拍手が起こる。
突然の転校生にもかかわらず、内のクラスは美少女が来たとかで騒ぎまくってる。
俺と鬼道はアリス荘へと向かった後、第一高等部に戻って来ていた。鬼道はその後、理事長に会うからと別れる事になった。
でもまさか午後の授業一発目から出てくるとは思ってなかったな。普通は明日ぐらいにでも朝のホームルームで登場だろ。
「皆さん静かに。いいですか、鬼道さんはこれから貴方達と共に魔術を学ぶ仲間です。皆さん彼女が困っているようなら手を差し伸べるように。よろしいですね??」
5時間目の授業は契約術の授業。
その担当は俺達の担任である、小山先生だ。
先生は温厚な性格だが、怒るとヤバイらしい……。
「もちろんですとも、Mrs.小山。」
そう返事して立ち上がるのは、当然女好きのサトシだ。美少女転校生なんてあいつがほっとくわけがない。
サトシは席を外して、教卓の前まで颯爽と降りていく。そして鬼道の前で膝をつき、手から一本の薔薇を差し出す。
「あぁ……僕達の出会いは偶然か?故意か?それとも運命か?」
「は??」
つくづく思うが、あいつのナンパ方法は何処かズレてる気がする。 そのせいだろうがあいつのナンパが成功した試しはない。
顔だけならいいんだよなぁ。
顔だけなら……な。
「失礼……紹介が遅れました。僕の名は多摩場サトシ。貴方のプリンスです。キラッ☆」
「は、はぁ。」
もうやめろ、ていうかやめてくれ。
鬼道引いちゃってるから。周りの目が痛々しいから。
でもこの状況に慣れてる俺が悲し過ぎる。
「さてMs.アヤネ。突然だけど放課後二人でお茶でもしないかい??いいお店を知ってるんだ。美味しいコーヒーのお店をね。」
「え、遠慮しておきますね……。」
「何故なんだい?!僕の誘いより大事な事でもあるのかな??」
「部屋の準備とかを……。」
「そんな事後でもいいじゃないか。なにせ僕達は同じアリス荘の住人なんだから!!」
サトシは周りに自慢するように高々に叫ぶ。
周りが舌打ちなどをして、こっちを睨んでくる。俺の事を睨んでも知らねぇよ。
「さぁMs.アヤネ!!」
「多摩場くん。」
「な、なんでしょうか……Mrs.小山??」
「貴方は今朝、私からの指導をきちっと受けたはずですよね。そして私の弁明のお陰で木本さんからのお許しを得たのでしたよね??」
「そ、その通りです。」
「言いたい事はわかりますね??」
「わ、わかりました!!!!」
小山先生は杖を授業用のタクトの様な杖ではなく、世界でも30個しかない魔術最高峰の杖を左手に持ち、サトシを睨み殺す。
そしてサトシはトボトボ自分の席へと帰って行く。
自業自得だ。
「さてと……それでは鬼道さん。適当な席にでも座ってください。今から授業を始めます。教科書等はないようなので近くの方に見せてもらうように。」
「わかりました。」
そう言って座った席は俺の隣。
やめてくれ。周りの奴どころか、サトシとアケミまで睨んでくる。ていうかこの二人にはさっきの俺と鬼道の話を聞かせたはずなんだけどな。
はぁ、面倒くさい。
「お前ちょっとあっち行ってくんない?」
「嫌よ、私貴方しか知り合いいないんだから。」
「俺もほんの数時間前に会っただけなんだけどな。」
「それでも知り合いは知り合いよ。」
それもそうかもしれないが……。
ならこの面倒くさい状況をなんとかしてほしい。
「もしかして、貴方の後ろの二人と隣の二人はアリス荘の??」
「あぁ、よくわかったな。」
「いや雰囲気がね、もうなんか違うもん。」
睨んでいる奴が二人。
隣の多摩場にうるさく喋りかけてるのが一人。
眼鏡をくいくいしながら今夜の料理のレシピを模索しているのが一人。
俺に単位取れてていいなぁーとか言うなら勉強をしろよという正論はこいつらには効かない。
「初めまして鬼道さん。私、タクヤの幼・馴・染で貴方と同じアリス荘の4号室の住人、西条アケミと言います。これからよろしくね。」
「よ、よろしくお願いします……。」
突然、アケミが自己紹介を始めた。今授業中なんだけどなぁ………。
そして手を差し出して握手を求めるアケミだが、その手には明らかな殺意が込められてる。
当然、鬼道もそれに気づくが、新入居者の身的には握らざるおえない。
「どうしたの?握手しましょうよ。」
『たすけてー!!』
追い込むアケミ。顔が怖いよ。笑顔だけど笑顔じゃねぇよ。
ていうか鬼道は鬼道で口パクで助けを求めるな。
あぁもう面倒さいなぁ。
「アケミ。今日のパーティーの買い出し、一緒に行かないか?」
「えっ、行く!!絶対行く!!!」
「よし、決まりだな。でも放課後に呼び出しくらってるから少し待っててくれ。」
「わかった!!買い物デート……ふふん!!」
こんな単純な事で気をそらしてくれるとは……そんなに買い物が好きなのか??
「ねぇ……パーティーって何??」
「お前の歓迎パーティーだよ。今日は寝られると思うなよ。」
「聞くだけならただの変態ね。でも嬉しい……そんな事してくれるの久しぶりだから……。」
「やめてくれ、その悲しい雰囲気。面倒くさい。」
「えぇ……せめて同情くらいはしてよ。」
同情なんて面倒くさ過ぎるだろ。人の事を考えるとか、あり得ない。
「タクヤ!!ちょっとMs.アヤネと近すぎないかい!!!もう少し離れろ!!!」
「サトシいい加減にしろ!!私というものがありながら他の女とイチャイチャ。私ともっと絡め!!!」
「なぁタクヤ……。今夜のパーティーの料理、すき焼きにしようと思うんだけど、どうだ??」
「早乙女君!今は授業中ですよ、静かになさい!!」
なんで俺が怒られてんの??ていうか後ろと横がうるさ過ぎる。
「まったく……、もう少し聖ラヴァフト学園の学生であるという意識をですね……」
「先生そんな事より授業を進めましょう。俺らに構ってたら日が暮れますよ。」
「それもそうね。」
それもそうなのか??
まぁ変に面倒くさくなるよりマシか。
「なら……多摩場君!!昨日は契約術の歴史的基本を学びました。では最初に魔術を発動した、魔術の祖の名前はなんでしょうか。」
「ふっ、簡単ですね。伊武崎カレン様と足立ムサシ様ですよね。」
立ち上がりドヤ顔でこちらを見るが、そんなもの常識でしかない。ていうか初等部5学年で習うわ。
「正解です。世界最初の契約者であり、魔術の祖。私達が扱う魔術は全てその方々が考えられたとまで言われています。続いて……柊さん。その男女の契約にはどんな意味がありますか??」
「はい!!男には魔力が無くて、女には魔術回路がない。逆に男には魔術回路があって、女には魔力がある。なら男の魔術回路に女の魔力流し込んだら、魔術できるんじゃね?みたいな感じの意味で。」
「まぁだいたいあってますね。」
要するにコネクトを築くのだ。
契約によって築いたコネクトを使って、女は魔力を男の魔術回路に流し込む。そして男は魔術を行使する。
「では男女のコネクトを築くための契約には何種類ほどありますか??それでは………早木君!!」
「はい。合計で3つ程。我々が行なっている仮契約、血の契約と呼ばれるもの。そしてお互いの気持ちを深く理解した時に行う契約、時の契約。そして最高峰の契約、永遠の契約です。」
「エクセレント!!完璧ですね。」
血の契約は互いの血を数滴摂取する事でコネクトを築く簡易的な契約。
時の契約は互いの苦しみや悲しみさえも理解し合えた者達がする血の契約よりも上位の契約。
そして永遠の契約は生涯を誓い合う契約といっても過言ではない。そのまま結婚なんてのもよくあるパターンだ。
「さて……復習も終わった事ですし。早速契約術の実践といきしょうか。教科書57ページを開いてください、今日はゴーレムの創造を行います。」
ゴーレム。
土の守護者とも呼ばれる土の精霊。
土に魔力を流し、こちらが一方的に契約する事で創造し、意思を持たせる。
その力や大きさは魔術師の流した魔力量によって決まる。
「それでは皆さん、契約者同士で前に来てください。土の入った袋を渡します。」
マサヒロの契約者はアケミ。
サトシの契約者はミライ。
皆、各々の契約者達と前の方の席に座り、土を貰ってゴーレムの創造を開始する。
作るのは小さなゴーレムだ。第一魔術とも呼ばれる超初級魔術。鉄棒の前回りぐらい簡単、といえばわかるかな?
でも………鉄棒の前回りでもできない人はいる。
そう………
「こんなとこで何してるの?」
「うん?」
そう………俺のように。
「契約者いないの?」
「どストレートだなぁ……。まぁその通りだよ。」
「なんでって聞いていい??」
「契約者がいない奴の理由なんて大体1つだろ。」
「特異体質……。」
「あぁ。」
特異体質。
噛み砕いていえば魔術とは異なる異能の力。その特異体質は自身の種族や血で異なる。
だがその分、デメリットが各々に存在する。
「どんなデメリットなの?」
「フーバーの魔力共有論って知ってるか??」
「えぇ……知ってるけど。」
例を挙げよう。
今皆んなが作っている土と契約し、ゴーレムを創造するのにかかる魔力を10パーセントとする。そしてそのゴーレムの維持に毎分2パーセントの魔力を有するとする。そうした場合もって約47分程度。しかし女性の魔力は減っていくと同時に製造を始める。そうすると徐々に魔力は回復していき、毎分ノーコストでゴーレムを維持することが可能だ。
これがフーバーの魔力共有論。
「俺の場合、この法則が通用しない。」
「………。」
「まずゴーレムの創造に相手の魔力の50パーセントを使用する。そしてその維持に毎分20パーセントもの魔力を有する。」
「それが貴方のデメリット。」
「あぁ。魔術起動に皆んなの倍以上の魔力を使う。」
「そう……。」
重い空気が漂う。
そんな中、重たく鬼道が口を開く。
「それなのに……なんで学園に残って魔術師を志すの??」
「魔術はゼロの可能性をイチにする。」
「??」
「どっかの馬鹿の戯言なんだけどな。」
そう銀髪靡かせた白スーツのおっさんが昔から口癖のように俺に言い聞かせた、俺の心を救った言葉。
「この言葉を信じてるんだよ、俺はな。」
「意外ね。」
「自分でも意外だよ。根拠も成功例すらない戯言なのにな。」
「なら貴方が成功例を作りらなきゃ。ほら!!」
「うわっ!!」
突然、俺の手を引いて鬼道が俺を前の席へと移動する。鬼道は何故か嬉しそうだった。
「しっかり魔術を学ばないと!!」
「こんな初歩的な魔術……大丈夫だっての。」
「やったことない癖に。」
「んん………。」
俺の手を握る鬼道の手は氷のように冷たかった。
けれど、そんな彼女の笑顔はとても暖かかった。