恋路を邪魔する奴は
「アハハハハハ……」
「とうとう頭のネジが壊れたかタカ……」
学校の教室。
ユウジが気の毒な人を見る目で俺を評する。確かにさっきからにやけるしか無いが壊れてはいない。
今でも鮮明に思い出す事が出来る。桜ちゃんの柔らかい唇の感触。脳みそがトリップしそうな心地良さ。
「とても良いことがあったの。お前にもこの幸せを分けてやりたいぜ」
「ああそうかよ! 一人の時は後ろに気を付けな!」
ん、どうゆう意味だそれ?
「最近親衛隊が嗅ぎ回ってるぞ。お前は豊城桜と二人きりの世界にトリップしてお腹一杯だろうけどな、周りはそこそこピリピリしてるぜ?」
親衛隊か、そんな事をして何が楽しいんだか。でも俺には関係無いね。好きなようにやらせておけば良いさ。
「無視だ無視。連中の変な噂は聞いた事はあるけどな、大手を振って物騒な事は出来ないだろ。学校の中だぞ?」
「その変な噂が少しずつ広まってるから忠告してるんだろ」
親衛隊の変な噂。
桜ちゃんに近付く奴、特に男子には容赦せず。
近付く野郎はその辺に連れ出して恐ろしいことをさせている。
定期的に行っているらしい集会に遅刻した奴は鼻フックデストロイヤー。
アホな連中だ。あくまで噂レベルだから先生に問い詰められてもシラを切っているらしい。
「襲われたりはしないさ。基本桜ちゃんと一緒だから。トイレ行ってこよ」
「さりげなくノロケるなバカ」
トイレで用を足しつつ、これからの事を考える。
桜ちゃんは家では基本一人だ。これからは桜ちゃんと一緒に彼女の部屋で過ごす事も視野に入れておこう。
そして夜は一緒に……映画を見ても良い。ドラキュラ映画とか。
どこかにデートにも行きたい。青春のやり直しでこんなに楽しみが増えるとは思わなかった。最初は混乱ばかりしていたのが、不思議なもん……
「ッ……!」
あれ、なんだろう……頭に変な、衝撃が……
「おい、早く運べ!」
なんか、誰かの話し声が聞こえる……クラクラしてきたし、目の前もぼやけてきた……
「目を覚ませ」
そう聞こえてきた声に反応し、ぼやける視線が少しずつはっきりとしていく。後頭部辺りが物凄く痛い。タンコブ出来ているんじゃないか?
今の自分がどうなっているのか状況を理解する為に周りを見渡す。
薄暗い部屋の中、俺の前方には机を挟んで椅子に座る奴が一人、その左右に立っている奴が二人。
そして俺の取り囲むように四人の男が立っている。
おれ自身はどうなっている?
手錠を掛けられた状態で椅子に座らされていた。こいつらが掛けたとすれば変態だな。
何よりもこの薄暗い部屋の中で一番異質に見えるのが、部屋の壁を埋め尽くす写真。サイズはとにかく色々。映画のポスター張りのデカイ物からプロマイドサイズまで。そして写っているのは……桜ちゃんだ。
十一年前の次は変態が支配する不思議の国にトリップでもしたのか?
嫌違う、教室でユウジとあんな話をするんじゃ無かった。変なフラグを自分から立てちゃったようだ。
「親衛隊のアホ共め……」
「口を慎め。自分の状況を分かっているのか?」
その言葉をそっくり返してやりたい。壁という壁に張られた写真に写る桜ちゃん。アホな噂で有名な親衛隊以外にこんなに事をする奴等が居るものか。
「人の頭を殴って、手錠をかけて軟禁か?お前ら変態クラブに改名しろよ」
「口を慎めと言っている!」
俺を取り囲む奴の内一人に棒で殴られる。もう無茶苦茶だ。殴られた所がジンジンする。
「沢村タカヒロ。身長175、体重68、君の事は大体調べてある」
親衛隊のリーダー格であろう椅子に座った奴。
身長体重も調べてあるとはますます変態の匂いがする。
「成績は中の下、部活動は特にしていない。小学校時代に近所の家のガソリン缶の中身を水に入れ替えるイタズラの常習犯。中学時代に先輩生徒の顔に生卵をぶつけたそうだな。こんな底辺の生徒が豊城さんに近付くとは……」
よく調べあげたもんだな。思い返すと訳の分からん事をしてきたもんだ。入れ換えたガソリンは後で元に戻してたし、生卵は先輩がやたら威張ってくるし何か奢れとしつこいしで頭に来て顔面にぶつけてやったんだ。
「プライバシーのプの字も無いな。つまりどうしたいんだ? ガキの頃の話をまとめてさ」
「君みたいな最低の男が豊城さんの側に居る資格は無いという事さ。成績優秀、容姿端麗、性格も温厚。彼女は非の打ちようが無い。君はおろか誰にも汚させて、独り占めして良い人じゃ無いんだ。そんな彼女に……」
おい、あれか?用は桜ちゃんはとても理想的だから独り占めしたり、俺みたいな親衛隊基準で落伍者が彼女と付き合うのを止めましょうってか?
嫌なこった。
「彼女のように目上の存在に手の届くような人間は限られている。彼女同様に容姿に優れ、財力があり、能力がある人間だ。我々もそれを持ち合わせていない……だから有志を集め彼女を見守っているんだ。それを君は……」
聞いてて腹がたってきた。カッコよくて、頭がよくて、金持ってて……それが無ければ可愛い子と付き合うのはダメだってか?
俺もかつての高校生の時にそう考えて、告白できずにいた。それが後悔になってずっと引きずって来たんだ。
何の因果か、高校時代に戻って、幸せのチャンスを掴みかけた所で何で他人にお前はあれがダメだから、これが足りないからって『好き』を否定されなきゃいかんの?
「お前らの演説を聞いてるとアホらしくて涙出てくるぜ」
「……何?」
「アホらしいって言ったんだ。釣り合う釣り合わないとか、汚しちゃいけないとか、ヘドが出る。そうやってワクで囲まれる方は堪ったもんじゃ無いだろうよ」
こんな辛気臭い所に居るのも飽きたな。そろそろ暴れるか。
「人を貶してくれたが、お前らこそクソだ。勝手に理由をつけて桜ちゃんに近付けさせないようにして、人を連れさらって、頭を殴るのか。まるでチンピラだ。何でお前らに俺の恋路を邪魔されなきゃいけないんだ?」
椅子から立ち上がり、さっき俺の頭を殴ってくれた奴の前に立ち
「ふざけるな!」
頭突きを一発。食らった奴、鼻を真っ赤にして倒れたぞ。
「やはり奴はロクデナシだ! 押さえろ!」
頭突きを食らい延びた奴以外の三人が真ん中、右、左の三方から襲いかかってくる。今まで座らされていた椅子を蹴り飛ばし真ん中からくる奴の脛を強打する。
右から来る奴の横面にスピンキックをかましクラッシュしたレースカーのようにスピンさせる。
残る一人に後ろから羽交い締めされるが、足を踏みつけ、腹に肘打ちを当て、その場で前転をし引き剥がす。
「沢村が何かスポーツや格闘技ををやっていたなんて聞いてないぞ……手錠をかけられているのに四人も!」
何とか拳法使えなけりゃ弱いなんて理由があるのか?
「おい手錠の鍵よこせ。桜ちゃんの弁当が食べられないだろ」
連中はたじろいで鍵を渡そうとしない。なら奪うまでだ。
連中の側まで寄り、左の男に手錠で縛られた両手で顔面にパンチを何発も打ち込み気絶させる。
もう片方の男には金的をお見舞いする。将来オカマにならなきゃ良いな。
「取り巻きは全員延びたぞ。鍵よこせ」
リーダー格の奴は慌てて鍵を取りだし俺の手錠を外す。それと同時に自由になった手でリーダー格の顔を抑え壁際に押し付ける。
「良いかモヤシ野郎。俺の、邪魔をするな。そうすればお前らに変態プレイを強要された事は黙っておいてやる。それと、桜ちゃんはお前らの物じゃ無いんだ。釣り合わないとか、汚しちゃならんとか、変な理由で、ワクで囲むな」
ああ、無駄に疲れた。バカを振り切るのに立ち回りをしなきゃいけないなんてな。動いたらお腹が減った。今日の弁当が楽しみだ。
また誰かにいちゃもんつけられたらどうしようか……蹴散らすまでだ。