家にお呼ばれ
『私の家に遊びに来ませんか?』
音楽室でのあーん、から本格的に始まった桜ちゃんとのお付き合い。ここ数日は人目を忍んで相変わらず弁当を食べさせて貰う平和で、幸せな日々を送っていた。
そんなある日の事だ。ついに桜ちゃん宅へのお呼ばれが来た。良いんだろうか行っても?なんか色々と段階を吹っ飛ばしてるような気がするけど。
家に呼ばれると言うことは……その、何かを期待して良いのかな?
そんな思いを抱えながら桜ちゃんに連れられて彼女の家に。桜ちゃんの言葉使いからして良いところの家なんだろうなとは想像していたが
「うわぁ、リッチ。ビバリーヒルズとかこんな感じ?」
二階建ての高級感溢れる邸宅。庭付きに噴水付き。築二十年の家とはえらい違いだ。家の壁の隅には黒カビが出来ているってのに。
家の中もとても綺麗だ。見るからに高級そうなインテリアは無いけどその分清潔な感じがして良い。プロの人に掃除をさせているのか床なんて鏡ばりの反射率だ。俺の顔が鮮明に映っている。床に。
「想像はしていたけど凄いところに住んでいるな。親御さんは何をしてるの?」
「お父様が貨物船の船長を、お母さまは海外で貿易の営業を……」
なるほど、父親が船長、母親が海外を相手にバリバリのキャリアウーマンか。稼いでいる訳だ。
「寂しく無い? 仕事柄親は留守だろ」
「……いえ、大丈夫ですよ?いつもの事ですから」
いつもの事か……その答え方が一番寂しいだろうに。親しい人が側に居ないってのは寂しいもんだ。バイク便で働き初めて、それと同時に一人暮らしを始めたころはよく寂しい気持ちになったもんだ。
「私の部屋でお茶にしませんか?人目なんて気にせずゆっくりお話ししたいです」
桜ちゃんの部屋か……やっべ、凄いドキドキしてきた。
桜ちゃんの部屋には、もう沢山のテディベアが。机の上、ベッドの上、床の上、所々に置いてある。……うん、意外と散らかっている。
「テディベア好きなの?結構そこらにポンと……」
「あわわわ! 片付けるのをすっかり忘れてました! ちょっと待っていて下さい!」
かなり慌てて桜ちゃんはテディベアを片付け始める。他のところが綺麗だった分、自分の部屋とのギャップが凄いな。
「このテディベアの山、全部コレクション?」
「違います! 全部私の友達です!」
そこそこ強く返して来たな……全部友達か、ものを言わない。
「そうか、全部桜ちゃんの友達か。ならその友達を俺も大切に扱ってあげないと」
テディベアを丁寧に抱えて桜ちゃんの側に寄る。そして彼女の腕にゆっくりとテディベアを渡した。
「良いなぁ、このテディベア桜ちゃんの側にずっと居れて」
「……やっぱり可笑しいですか?テディベアが友達だなんて」
「そんな事は無いさ。羨ましい位だ。友達と呼べるほど大切にされていてさ」
「私の側にずっと居てくれるのはこの子達だけです。お父様よりも、お母さまよりもずっと長く、ずっと……」
やっぱり。寂しいって思っていたんだ。親が側に居ないことをいつもの事だなんて、しれっと言うからには寂しい証拠だ。
「みんな聞いてね?今日は素敵な日です。学校でも一緒に居てくれる人が今私の部屋に居ます」
桜ちゃんはテディベア達に話かけるように語り出す。
「学校じゃあなた達程お話し出来る相手は居ません。話が出来たとしてもそれはクラス委員長としての時だけです。自分から、自分の好きなようには振る舞えない……みんなクラス委員長だから、育ちが良さそうだからって言います。だからそれに答えるように振る舞わないと……」
耳が痛い。俺もそうだったが皆して桜ちゃんを勝手にあれこれ理由をつけてワクで囲んでいたんだ。
「好きだって言ってくれた人の前でくらい、自分の好きなように振る舞ってみたいです」
桜ちゃんがこの前からかうようにスカートの中がうんたらの話や行動をとったのは、ちょっと悪いようにに振るいたかったのだろう。
「この子達はいつもこうやって私の話を聞いてくれます。……タカヒロさんも、私の側に居て話をいつも聞いてくれますか?」
最初はテディベアに向かって話をしていたのを、ゆっくりと俺の方を向いて聞いてくる。
気が付けば彼女の手に握られていたテディベアと一緒に桜ちゃんを抱き締めていた。
「……ああ、桜ちゃんが寂しく無いようにどんな話も聞いてあげる。俺の前でくらいワガママになっても良い。もう何を一緒にしたって疑問には思わない。全部君の為にやってやるさ」
もう桜ちゃんをこうなんじゃないか、ってワクで囲むのを止めよう。この部屋のテディベアのように桜ちゃんを受け止めてあげよう。
俺はもう彼女の物だ。これから誰に文句を言われようが気にする物か。せっかくのやり直しの青春だ。なにもかも好きな子の為に捧げて良い。
「君が寂しくならないように何をすれば良い? ……そう言えばまだ連絡先を交換していなかったね。交換すればいつでも話が出来るよ」
「それも良いです。でもその前に……」
桜ちゃんはゆっくりと顔を近付ける。流れるように俺達はキスってやつをしていた。
「側に居てくれるお礼です」
お礼じゃない。もうご褒美だ。