幸せな昼食とスカートの中
待ちに待ったこの時が来た。
桜ちゃんが作ってきてくれる昼食の弁当の為に朝御飯は味噌汁だけ飲んできた。本当は何も食べなくても良かったんだがそれだと家族に変に思われる可能性があった。
朝はあまりお腹は空いていないと適当に誤魔化し、取り合えず味噌汁だけを胃袋に詰め込んだ。お陰で午前の学校の授業は腹が鳴ってしょうがない。
しかし! これも桜ちゃんの弁当をより美味しく食べるための試練だ! と自分に言い聞かせ、ついにお昼時を迎えた。
「さぁ、ここでお弁当を食べましょう!」
昼休憩の時間を迎えると共に、桜ちゃんに連れられ来た場所は音楽室。教室で食べるのは人目があって落ち着かない。
しかしこの学校なぜか音楽室はフリーに開いているんだよなぁ。準備室も含め、音楽の先生がいつも教務室よりも詰めている頻度が多いと言うのがあるんだけど。
「ここにも先生いるけど大丈夫?」
「大丈夫です♪今日、先生は午後から出張で居なくなります。お昼にピアノの練習をしたい、と理由を付けて鍵も貰っておきました」
ちゃっかりしてるよ。音楽の先生のスケジュールの都合込みでお昼の弁当の予定を建てているとは。そんなに俺との昼休憩を桜ちゃんも楽しみにしていたのか? そう考えると嬉しさで心臓かバクバクしてくる。
数ある机の一つを間に挟み俺と桜ちゃんは向かい合う形で椅子に座り今日この日のメイン、桜ちゃんの弁当とついにご対面。
「いつもより早起きして作ってきました!」
満面の笑顔でそう答え弁当箱の蓋を開ける桜ちゃん。おかずのメニューはどんなかな? と期待の眼差しで中身を見るとその中は、
「……玉子焼き?」
「はい! 玉子焼きです! 昨日好きだって言ってたので腕を振るって作ってきました!」
そう、確かに昨日好物は何か? と聞かれ俺は卵焼きと答えた。そして桜ちゃんは作ってきてくれた。玉子焼きを。
玉子焼きだけ、を。
弁当箱の内側を埋め尽くす黄色一色。その黄色の一つ一つが玉子焼き。
「……桜ちゃん、これは?」
「玉子焼きですよ?」
見れば分かる。なぜか玉子焼きだけなのか。
桜ちゃんからの新手のイジメ、だなんて思いたくない。まさか……俺が玉子焼き好きと答えたから、その『好き』を突き詰めて玉子焼きオンリーにしたのか!?
まさかと思い桜ちゃんを見ると、どうですか! 美味しそうに出来ているでしょう! と言いたげにフンス、と鼻息高く輝いた目をしている。
……彼女は純粋だ。純粋故に天然でもある。一緒にお昼を食べると言うこれからが付き合い始めにして知った彼女の一面。
「……とても美味しそうだ。頂きます」
本当なら文句をつけたい所だが、桜ちゃんが俺の為に作ってきた弁当、ケチをつける訳にもいかずありがたく頂こう。次に弁当をつくって貰える並ば注文を増やさなければ。
気を取り直しいざ食べようとした時、あることに気付く。箸が無い。
今日は自分の弁当は無いから当然箸もない。そして桜ちゃんが作ってきた玉子焼き弁当にも箸らしき物は付いていない。
玉子焼き作りに夢中になって彼女は俺の箸を用意するのを忘れたのだろうか?
「あの、桜ちゃん。俺の箸が無いんだけど?」
すると桜ちゃん、自分の箸を取り出して玉子焼きを一つ掴み左手を受け皿にして俺の口許に寄せ
「はい、あーん」
ドキッとする。もしやこれが噂に聞く彼女が彼氏に食べさせてあげる『あーん』とか云う奴なのか?
言葉に甘えて良いのだろうか?こんな幸せを味わって良いのだろうか?
「……なぜ、あーんを?」
「嫌、でしたか?こうしてあげると彼氏さんが喜ぶって本に書いてあったんですけど……」
桜ちゃんが不安そうに聞いてくる。どんな本を読んだんだ?と言うかそんな事が書いてある本を読むのか。
あーんが嫌だって?そんな事は無い! やってみせよう、甘えてみせよう! あーんに!
ゆっくりと彼女の持つ箸に口を近付け、玉子焼きを一口。
程よく甘く、柔らかい。母さんの作る奴より美味なんじゃ無いか?
「美味しいなぁ、桜ちゃんの玉子焼き」
「まだまだ一杯ありますよ。はい、あーん」
至福だ。桜ちゃんの手で次々と口許に運ばれていく玉子焼きの数々。こんなに幸せを味わえるなら弁当のメニュー全て玉子焼きと言うのも悪くは無いと思えてきた。
「あら、鍵もう開いてる。豊城さん居るのかしら?」
至福の時を味わう中、音楽室のドアの外から聞こえてくる第三者の声。ひょっとして先生か?
「音楽の先生、出張じゃ無かったの!?」
「ど、どうしましょう!取り合えずあの机の中に!」
桜ちゃんに隠れるように指定されたのは、基本資料や教材を置くためだけに使われている教職員用のデスクの下。
ピアノの練習、なんてのは建前で本当は俺にあーんをさせる為に教室を使った、なんてバレたらなんて思われるか。
俺はデスクの下に、そして桜ちゃんは更に俺を隠すように椅子に座り、誤魔化しの芝居なのかデスクの上を物色し始める。
「あら豊城さん、私の机の上で何を?」
「えっと……練習曲用の楽譜を忘れてしまって……お借りしようと思ったんですけど。今日は出張じゃ無かったので?」
「車の鍵を忘れちゃってね。楽譜なら左側のボックスの中ですよ」
音楽室に入ってきたのはやはり音楽担当の四十はいっているおばちゃん先生。桜ちゃんはなんとか誤魔化そうとしているが、……角度的にね、そのね、スカートの中がね、見えそうに……
なんかクラクラしてきた。桜ちゃん、緊急事態とは言え無防備過ぎるよ。
俺がデスクの下に隠れていると言うのは彼女も分かっている筈だから足を閉じれば良いのに、なぜちょっと開いてるの?
……見ろと誘っているのか? バカな! 何を考えて居るんだ俺は! ……でもやっぱ、嫌ダメだ! 彼女が傷付いたらどうするんだ!
「……それじゃあ私は行くから、終わった後鍵閉めるの忘れないでね」
車の鍵を回収し終わったのかおばちゃん先生は音楽室から出ていく。桜ちゃんのふう、と息を吐く声が聞こえ、椅子を下げて桜ちゃんがデスクの下を覗いてくる。
「もう大丈夫ですよ……どんしたんです?目と鼻を押さえて?」
桜ちゃんのせいです。隠れていたのはほんの一分くらいなのに物凄い疲れた気がする。
「……タカヒロさん、机の下で何かありましたか?あったら教えてください」
えっ、そこ聞いてくるの?彼女の顔を見ると何処か挑発的な顔をして覗いている。俺を試しているのか? そうだとしたら桜ちゃん、悪い子だよ……
「いや、別に……何も見ていない」
「ふふ、タカヒロさんは嘘が下手くそです♪見ていない、と答えたと言う事は見えたんですね?タカヒロさんはえっちです」
「あっ!」
しまった……引っ掛かった……桜ちゃん、やっぱ意外と悪い子……
「因みに中は青ですよ」
「教えちゃうのかよ!」
あぁ何だろうますますクラクラしてきた。
桜ちゃんは甘えさせたがりであり、意外と悪い子の部分もあったのか……