理由はそれだけ、のこと
クラスのアイドル、豊城桜から明らかに親しそうに挨拶された事を不信に思われたのか俺はユウジに腕を掴まれ教室の外に連れ出される。
「おい、さっきのどういうこった? 昨日まで眺めているのが精一杯だったのがいきなり挨拶されてんぞ!?」
「簡単に説明してやろう。告白したらOK貰えた。以上」
この答えに納得出来ないのかユウジはますます不思議そうな顔をしている。今までに無いくらい眉間に皺がより、唇を尖らせている。
「なんか催眠術でも掛けたのか? それとも、朝目覚めたら人に好かれるチートでも手に入れたのか?」
「何言ってるんだお前?」
まぁ、目覚めたら十一年前と言う不可解な出来事は起きてはいるけど。
「あの、タカヒロさん? どうかしたんですか?」
急に廊下に連れ出された俺の事が気になったのか豊城桜が俺とユウジの側に寄ってくる。さりげなく名前で呼ばれたぞ。さっきまで沢村さんだったのに。
「いや別に何でも……名前で呼んだ?」
「はい! 今の私はタカヒロさんの彼女ですから。……ダメですか?」
とんでもない! 大歓迎だ! こっちも豊城桜なんて遠い言い方じゃなくて桜ちゃんって呼ばなきゃ。
「どうも! タカの相棒やってます、ユウジです。どうぞよろしく」
ユウジの奴、ちゃっかり挨拶していやがる。
「あの、タカになんかされませんでしたか? 弱味を握られたとか? それとも催眠術的な何かとか?」
さらっと何聞いているんだコイツ。
「弱味? タカヒロさんは優しい人です♪ 落としたプリントを一緒に拾ってくれました。 それに……」
満面の笑顔で答えてくれるな桜ちゃんは。それに?
「正面から、素直に好きです。って言ってくれました」
桜ちゃんの答えにユウジが『それだけ!?』とでも言いたげな顔をする。俺から告白しといてなんだけど、それだけでよかったの?
「それだけ、のことが一番嬉しかったんです」
それだけ、か……なんだろう、羞恥からなのか喜びからなのか胸の奥がカッカしてくる。
「……ちょっとタカ借りるね」
ユウジは俺の肩に手を起き桜ちゃんから少し離れて耳打ちをしてくる。
「おい、こうなったら何も疑わない。でも大丈夫か?」
「何も心配は無い。告白した後の事ははっきり言ってノープランだったが、どうにでもなるさ」
「ファンクラブとかが黙ってないぜ? 他にも豊城桜の事を狙っている奴とかもいるだろうし」
「それもどうにでもなるさ」
本来の、十一年後までは味わえなかった気分だ。人間、気の持ちようでどうにかなる! かもしれない。
俺の答えに少しだけ呆れたような素振りを見せてユウジは教室に戻っていく。
「あの、タカヒロさん」
桜ちゃんに呼ばれ振り向けば、彼女は何か聞きたげにモジモジとしていた。
「うん、何かな?」
「あの、好きな食べ物とかありませんか?」
好きな食べ物?そんな事を聞いてどうしようってんだ?思い返せば過去に女の子と付き合った事なんて無いからこうゆう会話だけでも何を読み取っていいのか分からない。
「好きな食べ物……玉子焼きとか」
「玉子焼き……はい分かりました! 明日作ってきますね!」
にこやかな笑顔で桜ちゃんも教室に戻っていく。作って来る? 玉子焼きを?
……そうか!そのために聞いたのか!と言う事は明日は……一緒にお昼ご飯を?
考えただけで有頂天になりそうだ。本当の十一年前に出来なかった事を今出来る。明日弁当要らないって母さんに言っとかないと。