夢か現かワンチャンス
人生は一度きりしか無い。
そんな言葉を何かのドラマで聞いたことがある。俺もその言葉の通りだと思っていた。今までは。
沢村タカヒロ、年齢二十八歳。職業バイク便。
配達が終わっていざバイクを走らせたその時だった。六トントラックと正面衝突したのは。潰れるバイク、パァになったであろう荷物、そして宙に舞う俺の体。
そして俺の頭によぎるのは、好きな子に告白出来ずに終わった後悔だらけの苦い青春の日々。多分、限定的だけどこれが走馬灯ってやつらしい。
俺、死んだかな…
そんな思いをしたそのすぐ後で、目を見開けば映った光景は自分の部屋の天井だった。でも何かがおかしい。
昨日までの自分の部屋とは何か違う違和感を感じた。首を横に振りパッと身を起こす。男の部屋らしくそこそこ散らかっていて、テレビの下にはゲーム機があって、枕の下にはエッチな本が置いてあって、壁にはハンガーにかけられた制服…制服?
何で高校時代の制服がハンガーにかけられたままなんだ?それにこの部屋の広さ、汚さ、レイアウト、昨日まで住んでいた安いアパートじゃない。実家の部屋だ。
まさかと思い枕元の携帯の電源を入れる。この携帯も機種が古い。
携帯の液晶画面に表示されたのは、十一年前の、俺が高校生の頃の西暦と日時だった…
死んだ後の世界ってこんななのか。それともトラックと正面衝突した後、搬送されたで有ろう病院のベッドの上で見ている夢なんだろうか?
たまらず家のリビングに駆け込めば、親父も、母さんも、妹も、何もかもが十一年前のままだった。親父の登頂部はハゲ散らかっていないし、母さんも小じわが少ない。妹も生意気な貧乳のままだった。
家の皆に今は西暦何年何月何日だ、俺はトラックに跳ねられたんじゃ無いのか、妹は貧乳のままか、と聞いても親父達は首をかしげ、どうかしたんじゃないかと心配され、妹からローキックを食らい…
なぜ十一年前に戻った、のか?その答えが全く分からないまま制服に着替え、多くの生徒に混じって校門をくぐり、気がつけば十一年前の自分の席であろう場所で頬杖をついていた。
「タカお前何たそがれているんだ?とりあえず貸した百円返せ」
俺をタカと馴れ馴れしく呼ぶ奴、俺の前の席に座り髪を茶髪に染めたこいつは…
「お前、ユウジか?」
「なんだその聞き方?ボケたジジイかよ」
間違いないユウジだ。小学校の頃からつるんでいたユウジだ。俺が貸したゲームを二つ借りパクしたユウジだ。
「懐かしいなお前、何年ぶりだ?」
「昨日ゲーセンで別れてから二十四時間もたってねぇだろうが。まじでボケたのか?とりあえず貸した百円返せ」
「俺はお前に貸したゲーム二つ借りパクされたままだぞ」
完全にユウジからボケたと思われているけど、俺の頭が正常に動いている限りはもう何年ぶりの再会だ。卒業した後、めっきり連絡する機会が減ったからなぁ。
「おい、お姫様の登場だ」
ユウジが顔を向けた先を俺も向くと、目に映るのはショートカットの髪にスタイルの整ったまるで妖精みたいな可憐さを振り撒くあの彼女。
豊城桜
成績優秀。性格も優しくそれ故にクラス委員長も務めるクラスの、いや学校のアイドル。
そして、俺が好きだった人。いや十一年年食った後も好きなまま。彼女は高嶺の花だから、なんて自分で勝手に理由をつけて告白も出来ずにヘタレのまま青春が終わってしまった。…だから十一年も告白出来なかった後悔を引きずっている。
にしてもやっぱり可愛いよなぁ…が凄いな。男子も女子も関係なくなんかキラキラした目で彼女を見てる。多分俺もそんな目で彼女の事を見ているんだろう。
本当に偶然だろうけど自分の席に座った彼女と目が合う。そして彼女はにっこりと笑いながら会釈をする。彼女にとっては社交辞令としての行為だと言うのは明確だけど、それでもこんな状況に巡り会えただけで俺は幸福者だ。自分でも分かる。もう顔が真っ赤で暑い。
会釈されて帰さないバカは居ないだろう、とこっちも会釈で返した。…次の瞬間彼女の側にいた何人かの男子から物凄い剣幕で睨まれる。その視線に耐えきれず俺は顔を叛け、同時に手振りでユウジに側に寄るように合図する。
「おい、今俺をスッゲェ睨んだ奴ら親衛隊か?」
「だろうな。タカも無茶をするなぁ。何の考えも無しに会釈返して」
そうだ。睨まれて思い出した。彼女には非公認のファンクラブ…という名の親衛隊が存在していた事を。豊城桜に近付く者、主に男子には容赦せず。噂では校舎の裏に連れ出してその後は…ギャーって言いたくなるような事をしているという…あくまで噂だけど。
改めて思い返すと俺の母校はトンでもなかったんだな。
青春の、あこがれの彼女をもう一度見れた事ですっかり舞い上がって忘れていたけど俺は何故十一年前にいるんだ?タイムスリップ?タイムリープ?どっちだっけ?どっちでも良いか。あるいは死んだ後の世界とも俺の見ている夢考えられる訳だし。
どのみちトラックと正面衝突したのが切っ掛けというのは確かなんだ。
トイレを済まし手を洗いながら考えに耽る。…豊城桜と会釈を交わす為だけ、なんてアホな理由じゃあるまい。
…どのみち理由がどんな事であってもこれはチャンスかもしれない。告白出来ずに終わった後悔を払拭する為の。告白が成功する望みはほとんどゼロだ。あっさりフラれて終わる結果も想像できる。それでも良い。自分の思いにけじめをつけられれば良いんだ。
告白出来ずに終わったのはきっと『失敗したらどうしよう』と自分で思っていたからに違いない。だから後悔として引きずっていたんだろう。
手洗いの鏡で自分の顔を見て頬を叩く。
しよう!告白!
トイレから出ていざ豊城桜はどこにいるのか、と探そうとした時だった。
クラス委員長の仕事なのか、彼女はプリントの山を精一杯抱えて運んでいた。都合よく見つかるもんだな。
今は彼女一人だ。邪魔な物は特に無い。取り合えず『手伝おうか?』とでも声を掛けてお近づきに…
「きゃ!」
スッ転んだ。そこそこ派手にスッ転んだ。
あの人気者の豊城桜が。
声を掛けようとした矢先こうなるとは思わなんだ。抱えていたプリントの山が見事に散らかっている。
「あの…豊城さん?大丈夫?」
「あぅぅ…転んじゃいました…」
ダメだもう可愛い。
頬を少し赤く染め、涙目になり、転んだ時にぶつけたのかおでこを押さえている。
「あぁ拾わなきゃ!」
「…手伝うよ」
こっちのプランが若干狂ったが、接触には成功する。後は、告白するタイミングだけ。
でも何か新鮮だ。俺の中で豊城桜っていう人物は成績優秀でクラス委員長も務めて、結構何でも出来るって思ってたのに、あんな風に転んだりするんだな。
「これで全部かな。はいプリント」
「ありがとうございます…えっと、沢村さん、ですよね?」
ウソ、俺の名前知ってる!?あの豊城桜が?
「俺の名前は知らないと思っていた…」
「知ってますよ。クラス委員長ですから!」
さりげなく胸を張ってクラス委員長であることをアピールしてくる。そっか、クラス委員長だから知ってて当然か…それでも嬉しいもんだな。
「朝、挨拶を返してくれましたよね」
「あ…軽く頷く程度だけどさ。おでこぶつけたようだけど大丈夫?」
彼女のおでこはちょっと赤くなっていたけど、豊城桜はそのおでこを擦りながら『だ、大丈夫です!なれてますから!』と笑顔で返してくる。…馴れているんだ。
よし、やるなら今だ。賽を投げるなら今だ。例えその出目が失敗と出ようと、ごめんなさいとフラれようとけじめをつけるしか無い。後々引きずる後悔の思いを、昔のほろ苦い思い出話にするなら今しかない。
「あの…時間に余裕があるならちょっと話を聞いてくれませんか?すぐ終わるから…」
「お悩みですか?相談に乗りましょう!」
ああ!なんかお悩み相談と思われている!ええい引き下がれるか!賽はもう投げられたんだ!
「…好きです。付き合ってください」
頭を下げ、腰を七十五度くらいに曲げる。
言ってしまった。とうとう言ってしまった。本来ならこれから先ずっと胸の内に閉まい込んでおくしか無かった思いを告げてしまった。
さぁ豊城桜、ごめんなさいとでもノーとでも答えてくれ。そうすればここが過去ならばほろ苦い思い出話に、死んだ後の世界ならば天国への見上げ話に、夢の中ならばお目覚めスッキリ位にはなるんだ。
「あ、あの…」
つ、ついに答えが返ってくる!な、なんだろう玉砕覚悟で告白したと言うのにこの期待と不安が入り雑じった独特な胸のバクバクは!思春期か!俺は心は二十八だぞ!
顔が謎の緊張でプルプル振るえるのを感じながら顔を上げて豊城桜の顔を見る。彼女の顔、真っ赤だ!そんなに、俺からの告白が見てて恥ずかしかったんですね。すいません…さぁ、ノーとでもキモいとでも返してください。
「沢村さん…よ、よろしく、お願い、します……」
「はは、そうですか。そうですか…これで清算が、……え?ちょっと待て!?よろしくお願いします!?」
ま、待て。今なんて聞こえた?なんかよろしくお願いしますって聞こえた?まさか!?俺の耳どうにかなってないか?実はトラックと正面衝突した時点で耳ぐちゃぐちゃとかになってたりしない?
「あ、あの、豊城さん今なんと…」
「よ、よろしくお願いしますって…は、恥ずかしいです!二回も聞いちゃダメです!」
ウソだろ。こんな結果考えて無いぞ。
俺は、俺は、俺は!告白に成功したのか!?