地獄潜水
今回の件について真面目な顔をしたルトアと何度か質疑応答を行なった。
事件が起きた直後だというのに街は賑わい、活気に満ちていた。
商魂逞しい市場で買ったリンゴの様な果物とピザの様なパン、それと炊き出しのスープを戴いて互いに頬張りつつ、他にギガントバジリスクが及ぼした影響で困っている者はいないか街を散策している。
それはルトアの提案だった、小生もそれに同意した訳ですな。
それにしてもこのパン美味しいなぁ。
油断していたら肥えてしまいますぞ。
朝食はパン派な小生は次回から通うであろうパン屋さん本店の位置を把握した事が今日一番の成果だと言える。
広場に出店していたパン屋出張所で並んでいたパンの種類より本店は豊富な品揃えで、焼きたてを頂けるらしいとの事。
早速明日に買いに行こうと心に誓った。
「カチッ」
また何処かで音が聞こえた。
空耳では無く、オイルライターを開けた音に似ていた。
何度か聞いた覚えのある音は商店街の喧騒の中にかき消えていく。
ルトアは何も聞こえなかったらしい。
何だろう、悪い事が起きなければ良いが……
日が落ちてきた街を散策する。
黒く結晶化したギガントバジリスクや大勢の魔物達がいた場所は封鎖されているので、その範囲以外を見て周った。
道中、真面目に不真面目一直線な小生は疑問点や不思議を幾つかゾロりと解決する。
先ず、ギガントバジリスクの件と自分に起こった件を二分し、小生は1人で考察する事にした。
ギガントバジリスクの件で上がった疑問点と其れに対する見解は次の通りだ。
――『一般的』なバジリスクについて。
バジリスクによる石化は魔眼に魔力を通した呪術、石化の魔眼が呪術を行使している時に目が合うと石化するという白物家電だ。
……そう、白物家電!(白目)
この異世界にいる変態クラスの魔法使いは石化呪文を冷蔵庫の代わりにしているらしいのだ。
たぶん此奴の所為で石像が動くんだな、博物館を作って毎晩パーティーしてそう。
今住んでるお家の地下にも石化やホルマリン漬けされた魔物の標本がズラリと並んでいたり、忍者屋敷みたいな作りなのもその所為でありますな!
う〜ん、高名な魔術師のお家ってみんなマッドなハウスでござるか?
マッドがマックスでヒャッハーしてるであります……
――石化の魔眼。
バジリスクの魔眼は厄介で戦う距離が重要にもなってくる。
『目に届く範囲』が射程内との事だが、実際は1㍍も無く、夜目も効かない。
あ、㍍って単位で分かり易いなぁ。
普段用いる単位に脳内で変換してくれているのかな?
こういう痒い所に手が届くのは嬉しい。
ヤードだったら混乱していたところだ。
都合の良い翻訳してくれる不思議パワー↑様々ですはい。
帰ったらコンニャクを崇めよう(アーイーヤーイヤチタオー!イア!イア!
十分な距離を確保し、ある程度離れていると石化の進行は遅れたり、石化はしない。
予め対抗呪術を付与していたり呪術抵抗力が高いならその心配も無い……はずなのだ。
――『ギガントバジリスク』について。
先ず、ルトアの意見をまとめた。
魔族のルトアは呪術に対して強力な抵抗力があるらしい。
「魔族の中でも私は特に呪術や他の抵抗力が優秀だと自負しているのだが……」と毛先を指で遊ばせながら気不味く苦笑いで答えてくれた。
確かに街の人々が一瞬で石化した際、若干遅れてかつ徐々に石化の進行が始まっていた。
そしてルトアはバジリスク本体を目視していないのだ。
にも関わらずルトアの呪術抵抗力もギガントバジリスクの前では虚しく、僅か数秒の時しか稼げずに石化の呪術に侵されてしまった。
対抗呪術を付与した場所や人も一瞬にして石化したほど強力な魔眼だった訳だ。
つまりギガントバジリスクは石化に対し魔眼で対象を取る必要は無く、巨大な範囲魔法に近い性質のもので強力な魔眼だったわけだ。
出現と同時に石化現象が起きたため、常時発動している類の呪術と判断しても良いかもしれない。
大体が憶測だ、ギガントバジリスクの資料はあまり多くないらしいので整合性は期待出来ない。
ギガントバジリスクが出現した場所は石化し、解呪も施せない。
風化し、滅び行くだけとのこと。
300年間で出現した箇所での生存者は皆無だった、また語り継ぐ者もいない。
噂だけの怪物は実在するかアヤフヤな存在、伝説と謳われる化物と相対したのは貴重なケースらしい。
その目で見て生き残ったものは小生ただ一人ということ。たまたま特別なオンリーワン。
え〜と何々?
今入ってきた情報によりますと、ルトアが色々知っていたのは魔術の勉強の為、魔王城地下にある書架の禁書コーナーで該当する本を読んだ事があるとか。
何度か夜な夜な忍び込んでいたらしい。
あらゆる本を読んだ内の1つがギガントバジリスクの文献だった訳だ。
知識人なんですなぁ。
魔術書の他に啓蒙高まるウンチクお酒知識も保有しているへべれけルトアたん。
目を離した隙にお酒を飲んでいるんですな。
そうだ、ルトア魔術の禁酒目録を作ろう。
お酒を呑んでも呑まれるなというやつでありますな。
書架への深夜徘徊も酔っ払っていってそうである。
まぁお酒は正気度が回復する不思議な液体ですからな、イかれた本を読む前には適度にいただきましょう。
あぁ言ってる側からルトアが屋台でまたもやお酒を買っているではありませんか、なんということでしょう。
ルトアはグラスをアイテムボックスから取り出し、小生が冷えた瓶の王冠を栓抜き代わりの見えざる腕で開けて注いであげる。
美味しそうに喉を鳴らして飲んでるでござるよ。
しまった、飲み会での接待癖で呼吸をするかの様に空いたグラスにお酒を注ぎ、グラスに付着した水滴を拭いでしまった。
「くぅ〜っ!この一杯を飲む為に今日も生きている!」
呑んどる場合かーッ!
この呑兵衛め!口の周りに泡を付けよってからに!
まぁ殆ど散策は終了したも同然だから良いと言えば良いんでござるが!
グリーンでござるが!
見れば見るほどビールみたいだ。
しかもキンキン……!
キンキンに冷えてやがるでござるっ……!!
「これは魔術製法で作られたお酒の一つでな。熱処理はしていない。比較的に簡易に作れるが奥が深く、地域によって異なる風味、苦味、香り等の違いが楽しめるんだ。それから……(以下略」
ルトアはほろ酔いで舌が回ってきたのか、小生に饒舌に言葉の洪水を浴びせてくる。
正直、待って欲しいでござる。まず先に味見をですな……
魔術で製法したお酒?
小生、気になります!
生ビールみたいなものかも。
「では早速小生もいただくとしますかな……ん?」
小生が振り返ると同時にマントを引っ張られて静止させられる。
「あ〜だめだめだめ。テスカ、君は帰ってからのお楽しみだ。存分に職務に励みたまえよ」
エェ〜ッ↑↑今呑んだらダメェ?
そんなぁ!
もうやだ!
危ない!
「おぉすまんな、フラついて屋台に激突してしまうところだったよ。ありがとう……ヒック!」
ルトアはケラケラ笑いながら息をするように自然と酒を煽っている。
お酒クサイ。
アル中なんじゃないかと不安になる。
いつも後半になると呂律が回らなくなっているし。
文化的にお酒を飲む頻度が高いのかもしれない。
でもやはり一昼夜隙あらばお酒を打っ込むのは身体に悪いし、心配になってしまう。
早う酒制限を使わざるを得ない!
酒制限!
その方法の起源は小生が子供の頃、父上が毎日使っている高級な育毛剤に節約上手(?)な母上は度々水を足していた事を起因としたものだ。
幸運(?)にも父上は一向に気づく気配は無かった。
その血脈である小生もまた、この血の運命、徐々にお酒の割合を下げてジュースにしてみるという作戦だ。
割って飲むお酒で試してみようか?
笑顔で御満悦なルトアを見る。
いや、さすがに差しでがましすぎるでござるな。
酔いに効くアサリの味噌汁でも作れたら良いんだけどな。
あぁ千鳥足で真っ直ぐ歩けていない。
危なっかしいなぁ。
取り敢えずルトアの腕を掴んでおこう。
そういや子供の時によく迷子になる歳の離れた弟の手を引いたものだ。
小生はその頃から心配性だったのかもしれない。
手のかかる妹が出来た気分だ。
ルトアはお酒が回ったのか、赤面して俯き、黙り込んでしまった。
そういやギガントバジリスクの二つ名はセンス良いよね。
『疫病を齎らすもの』だったか。
資料にある名付けの作者は誰だろう?
というか、どうやってギガントバジリスクの文献を書いたのでござろうか。
『遠視』や『千里眼』のスキル持ちや『量産型小生』みたいな人達が昔にはいたのかもしれない。
――出現。
暗黒神殿からこの街に来るのに小生は片道3時間ほどかかった。
それをあの巨体は音もなく、ましてや道中に足跡や『石化』の痕跡は1つもなかった。
飛んで来た様子も無かったので違和感を感じずにはいられない。
まるで瞬間移動でござる。
ニンニン。
「まるで夢物語だな。君には悪いが、そんなもの、ココには無いよ……」
しかしそのような魔法はこの世界には存在しないとルトアは答える。
なん……だと……!?
今回ギガント バジリスクが暗黒神殿に出現したことを認識出来たのはギルドお抱えの『遠視』のスキル持ちが居たからだろうとルトアは答える。千里眼と遠視って違うのか。
ちなみに『千里眼』といったスキル持ちは存在しないらしい。
ルトアに子供の冗談みたいなスキルだと笑われた。
ヒドい!その目の前に浪漫を憧れている大人の様な子供がいるんですがそれは!
ついでに頭脳も子供なんですなぁ。
それでいて、小生の存在が冗談みたいなモノなんですがね……!
これがまた冗談じゃ無いんでござるが。
冗談交じりに生きてる者からするとね。
でも幸せならオッケーでござる!
出現と移動の二つの疑問について、それらは全ては謎に包まれたままだ。
何故あの場所に『突然』出現したのかが、一番気がかりでならない。
ギルドで聞いた話では暗黒神殿に出現したという情報だった。
その距離およそ100㌖。
だいたい徒歩で3時間くらい。
暗黒神殿に出現してからからそれほど時間は立っていないはずなのだ。
鈍間なギガントバジリスクの隠された能力の一つがあったのか、それとも他の外的要因なのか、現状では確かめる術はない。
確かめたいことがいくつかでてきた。今はやる事があるので答え合わせはもう少し後に回すことにしよう。
やる事に酔っ払いの介抱も追加になりそうな前に商店街から離脱する。
さて改めて散策散策〜!
……あ。
そういやシステムたんが『千里眼』スキルの存在を認識していたような??
あぁそうだ!『システムたん』のことも忘れて居た!
「HEY!システムたん!」
「ピピ!ご用件は何でしょう?」
「おぉ!起動したでござる」
「ピピ!こんな風に話しかけてください」
そう機械音声が聞こえ、ウインドウにいくつか具体的な質問が浮かび上がる。
よくある大企業のAIが言うようなフレーズを聞いたが気のせいにしておく。
取り敢えずそうだな、千里眼の事でも訪ねてみようかなー……
「……あ、結婚してください!」
はにゃーん、戯けた癖が出てしまった。
あるよねー、スマホのAIにセクハラ紛いの事を言ってしまう事とかって。
ほえぇ〜、無い?
男の子なら誰もが通るイバラ道でござるよ。
「今日のパンツ何色?」とか王道ですな!
《画面の中の向こう側に変態発言をしなかった者》だけが小生に石を投げるでござる。(拡大解釈)
《した者》という称号持ちは小生と一緒にシェケナベイベーであります。
『ドンガラガッシャーン!』
辺り一帯に衝撃音が響く。
その音の正体はルトアが屋台に盛大にぶつかった音だった。
木箱に入っていた何かの果物が小生に滝行のごとくブチ当りまくり、散乱してしまった。
小生の108ある煩悩が、今しがた取り払われる事となった。
う〜ん、ショッギョッムッジョッ!
片付けようと果物を拾う為、少し屈む。
ちょうどその時、頭上からシステムたんの音声が降ってきた。
「ピピ!それは……ピピ!充電してください。ピピ!充電してください」
何かを言いかけた台詞をドジっ娘属性がファインプレーで誤魔化したんですな。
ドジっ娘AIという属性だけあれば動画配信サイトで人気が出そうでござる。
小生もご飯3杯は余裕のゆっちゃんするめイカ!でござるイカ!
脳内で勝手にネコミミ擬人化し、職業は巫女でナースにするのじゃ、でござる。
「ピピ!セーフモードに移行します。ピピ!ピー!」
ンナー!
ヨコシマな妄想を膨らませている間にシステムたんは話しかけてもウンともスンとも返事は返ってこなくなってしまった。
もっと真面目にタテシマなことを聞いておけばと悔やむであります。
ステータス画面は表示できるので別段困る事はないけれど、これ以上の情報取得は出来ないようですな。
「ふ、巫山戯なければ良かった……」
「テスカ、君の独り言は些か大きい。出来れば時と場所を考えて欲しいな……あと雰囲気作りも大切……大切だと私は思うよ。私は大丈夫だから……」
右後方斜めから何かを勘違いしているらしい酔っ払いが顔を真っ赤にして上目使いで語りかける。
えっちだ、3クリック果て余裕ですぞ。
可愛い過ぎて目を合わせられないのでその後ろの虚空を見つめる。
VRゲームしてても美女の存在から目を逸らしてしまう小生のチキンハートを恨む。
顔色が大丈夫じゃなさそうなのでアイテムボックスから水を取り出し、ルトアが手に持っていた空のグラスに注いでやる。
お酒、さっき早いペースで飲んでいましたね。
これは不味いですよ。
「およよ?このシステムたんの声は聞こえなかったでありますか?」
そういってステータス画面が表示されたシステムに指を指す。
「ん?うむ、何も見えぬし聞こえなかったな。君が指し示す先は虚無、その先は壁だ」
あれれ〜?おっかしーぞー?でござるな。
ルトアには見えていなかったのかな?
このステータス画面は魔王殿には見えていたはずでは?
ルトアに見えていないということは魔王殿以外には見えないのだろうか。
もしかしたら魔王殿にも見えていなかったとかそんなオチではなかろうな?
でもステータス画面を表示させることを教えてくれたのも魔王だし、それは杞憂か。
「『しすてむたん』とやらは君の魔法か何かなのだろうか?」
「むむむ、残念ながら捜査中なので答えられないのですな〜」
「フフフ、なんだいそれは。まぁいいさ、では楽しみにしているよ」
それより充電ってどうするんだろうか。
もしかしてまた雷に打たれるとか?
HAHAHA!冗談キツイでござるなw
……冗談じゃないでござるよ!!!!
システムたんの事は暫くの間、置いておこう。
雷に打たれるなんて所業、人生で二度も体験したくないんですな!
心頭滅却どころか身体滅却しかねない。
自家発電みたいに充電方法が簡単なモノなら良いでござるが。
え?自家発電する為の準備に時間がかかるからダメ?そんなー?
――黒い雨。
バジリスクが発生させたであろう黒い雨は常時発動している呪術の副産物という過程を立ててみる。
その石化の呪術は触媒として消費仕切れなかった毒と魔力と瘴気が汚染された性質を有し、雨雲と混じり合い降り注いでいた、というのが要因では無いだろうか。
小生は神経毒の類ということを詳しくシステムで表示することができた。
その情報は酸、麻痺、混乱等を誘発するという複数の毒が混じり合うマッドでマックスな毒だった。
いずれにせよ毒の雨である事には変わりなく、魔晶石と同様に人体へ悪影響を及ぼす黒い雨だったのだ。
いやぁあの化物、派手に降らせるでござるな!酸性雨よりヒデェや。
これから毎日家に引籠ろうでござるぜ。
街並みもよくよく見てみると酸の影響で少し溶けていたり塗装が剥がれていたりする部分が散見できる。
この事件の爪痕はしっかりと存在していた。
小生の身体は《死神の寵愛》という称号のお陰なのか、人体に悪影響を及ぼすものの効果を反転(?)して発揮している。
酸は肌が潤い、麻痺毒で腸内環境を整え、混乱で頭の種がパーンと弾けるように冴えわたる。
もしかしたらそのお陰で小生の内に潜む黒龍の魂を奮い立たせたのかも知れぬでござるな。
自分の隠されたスキルについて。
パッシブとアクティブで分けてみる。
カックイイ名前を添えて。
――無意識常時発動型能力
・瘴気吸収
――
瘴気や毒等の汚染された雨との接触や呼吸での吸収で無害化。
悪環境下で負荷無く生命を維持できる。
呼吸ないし皮膚等への接触で発動。
瘴気でMPの最大値を超えて回復する。
毒だとHPが回復する(毒の定義がまだ曖昧で要検証)。
つまり歩く空気清浄器兼汚染物質浄化装置人間(オブツハショウドクダーッ!)。
小生から発する癒しオーラ(?)はマイナスイオン出しているでござろうし、うがいをすれば加湿器代わりになる。
隙が無い、無敵チートではござらんか?
今日の小生は目の付け所が鋭いでござった。
小生が一家に一台の日も近いでござる。
――
・百発百中不発弾
――
ルーレットにて約1/2を100回ほど外し、未だに当たっていない。
しかし裏を返せば全弾命中している(に等しい)チート能力。
幾つか試したい事があるのでいつかじっくり実験をして見たい。
そういやスマフォなゲームに課金して天井無しガチャで爆死した記憶がありましたな……つらたん……
みんなシナリオ読んでるだけでガチャ回してない?そんなー。
何にでも言えますがお金を落とさないとコンテンツが存続しないので課金と購買は大切ですぞ!
好きという愛は無駄では無いからもう一度回して欲しいキャラを引き当てるでござるよ!
さぁ、当たるまで回そう!(錯乱)
当たれば実質タダみたいなもんでござるし!お得!(金銭感覚崩壊)
――
・隣方不愛
――
聖属性の回復魔法が反転し、内部破壊を伴うダメージを受ける。
毒や瘴気で回復しなかったら東西南北中央不愛になっていた。アガペーな要素も無い。
――
――能動的発動型能力
・接触吸収
――
瘴気、魔力、毒類、石化、を個別に認識しないと吸収できない。
吸収量は無尽蔵?
範囲は広い。
小さな街程度なら大丈夫。(未測定)
接触と言っても意識するだけで大丈夫かもしれない。
無機物に内包された魔力及び瘴気を吸収する事が可能。
――
・透明な六巨腕
――
黒魔法の一種らしい。
発動時に最大HPが1減る。
背中から六本の巨腕を小生の意のまま自由自在に長時間操作できる。
腕は丸太のように太い。
腕の先は限りなく手のようなものに近い(厳密に言うと手ではない)。
手の平に空洞があり、壁に吸着して張り付く事もできる。
自分を含めて視認する事が出来ないが自分の腕のように少し感覚がある。
まだ力加減が上手くいかないので細かい作業には向かないが剛力で痛覚はほぼ感じない。
――
・吸収物探知
――
眼を閉じていても認識ができて、吸収できそうなモノが可視化されるんですね。
可視化されたモノはなんかモヤモヤーっとしていて。
やだな〜、こわいな〜って思っていると向こうの方からスーッとスーッと此方に向かって来るんですね。
近づいて来る方、これが仮にAさんとします。
このスキルを使うとそのモヤモヤーっとしたこの世のものじゃ無いクラゲのような浮遊体もね……Aさんと一緒に付いて来るんです。
付いて来ると言う表現をしましたが、正確には、Aさんの身体の中に存在しているんですよねー。
そう、取り憑かれているわけです。
不思議だな〜、変だな〜、変だな〜って首を傾げていると、浮遊体にも種類があるって判別できるんですよ。
瘴気、毒(石化)、は吸収した事があって個別に区別して認識はできるようになったんですが、他にもまだまだいくつか見えるんですよ。
あるんですねー、こういうことって……
――以上が今回の出来事を簡潔(?)にまとめたものだ。
『バチッ!』や『カチッ!』っとくるものと『システムたん@働かない』についてはまだ謎なんですな。
……擬音が多くてすまないでござる。
小生が作ったスキル固有名詞は他のゲーム仲間達からネーミングセンスが壊滅的だとしばしば指摘される。
どう考えても最高にクールな良い出来でござろう?
おや?ルトア殿の眉間に表情筋の元気が集まっているでござるよ?
「君がそういう事を言うのは、私の前だけにして欲しい。スキルの事とかは特に」
ルトアは小生の身を案じてくれているのでござろう。
その言葉を深く心に刻みつける。
「……は、恥ずかしいし」
何気ない一言が小生を傷つけた。
その言葉に深く心が刻みつけられる。
イケテナイ?小生の正義は彼女を傷つけていた、その逆もまた然り。
ドラゴンナイトな小生は今宵も怒りが有頂天だ。
「小生自体はそこはかとなくイケてる名前なんじゃないかと思っているのですが……ん?」
悲しい顔をしたルトアは小生を哀れんだのだろう、無言で手に持っていたお酒を差し出してきた。
いやよ…いやよ…いやよ…見つめちゃいや……
今回ならイケると思ったがさらなる悲劇を生み出してしまったようだ。
挽回できない……だと……!?
何を隠そう、ネーミングやセンスのいるものはゲーム仲間でギルドと飲食店を営んでいるマスターに決めてもらっていた。
彼のセンスは1つズバ抜けていて、小生のマントに刺繍されてる超絶カッコいいギルドの紋章は彼がデザインし、小生はそれに一目惚れして一匹狼だった小生はギルドの門を叩いたほどでござる。
ギルドメンバーのアダ名や必殺技等も皆んな彼に決めてもらっていた。
元の世界に戻ったらまたマスターにイカしたスキル名を考えてもらうとしよう。
これ以上傷口を開きたくないでござるぅ……(ジュッジュワァ
穴があったら入りた……ん?
『カチッ』っとどこかで音がなったような気がする。
フラグでも建ったんですかなwww
あのギルドは本当に心地良かった、なるべく早く帰ってまたゲームがしたいと欲が疼く。
……職場の事はこの際、目を瞑る事にする。
ヘーキヘーキ、まだ正月休み中だしダイジョウブダイジョウブ……
その他、事情がよく分からないものがいくつかあるのでまとめておく。
・異世界について
――
この世界に呼ばれた理由。
魔王から聞いた設定だと、神様が与えた力を悪用した7つの国の王子様を倒す為に小生は召喚されたという事。
全部済んだら元の世界に帰してくれるらしい。
帰れるではなく、帰してくれる。
つまり、魔王側には召喚と帰還の方法が既に手法として確立し、技術として存在すると解釈も出来たりする。
希望はあるのだ。
直接魔王様と交渉や説得をして帰してくれたりしないかな?
世界を救う約束をブッチしてしまったから怒ってそうだけど……
あれ?そういや8国間で争っているんだよな?
だったら魔王様の国にも神様から力を与えられた王子様がいるのだろうか?
だとすると魔王様がいる国の王子様を勝たせるという事になるのか。
悪い魔王子様じゃなければいいけど。
そういえば、争う理由はあるのだろうか、この国の街は平和過ぎて考える機会が無かった。
いや、あまり首を突っ込まない様にしよう。
政治の材料にはなりたくは無いでござるし。
――
・この身体
――
元の身体とは歳や背丈は似ているものの、丸っきり違う代物。
毎日鏡に向かって「俺は誰だ」と問い続けるのは心が壊れそうで不安になるでござる。
整った容姿、低い声で筋肉質、いくつもの傷の跡がある屈強な身体。
どこの誰かもわからない肉体に転生……いや、憑依したということだろうか。
この身体の持ち主には少なからず負い目を感じる。
成り行きは存じ無いけど、SSRクラスな勇者という救世主を召喚する為に身体を明け渡したかも知れないのに、小生の様なZ級クラスの遊び人で世界を救う度量も無いヘタレがガチャで出てしまったのだもの。
うわっ……魔王様のガチャ運、無さすぎ……?許して魔王さん。
その勇者も回せばきっといつか出るでござろう、要は回転数でござる。
小生は魔王様のガチャ運に有り金を全部賭けるでござるよ!
そもそも、何故この召喚システムに小生が選ばれたのか、訳が分からないよ。
こんなの絶対におかしいでござるよ、何か理由が存在するのだろうか?
知らない男に転生するんだったら魔法少女に転生したかったでござる。
物理で事を運ぶキュアっキュアな方で、肉体言語で語るキュアっキュアな方で。
勇者はまだ見ぬ君に任せるでござるよ。
なろうで良くあるチート系な勇者様が二刀流でこの世界を救ってくれる筈でござる。
必殺技が「滅びのスターバーストストリーム」とかなんとかですぞきっと。
――
・黒炎龍クアトルに意識を乗っ取られたこと
――
その龍の風貌は『モンハク』というゲームで幾度となく戦っていた黒炎龍クアトルと姿が似ていた。
憑依された時、鎧こそ変わらなかったものの黒い翼と尻尾が生え、小生の好きなゲーム『モンハク』で作って操作していたキャラクターに酷似していた。
乗っ取られ、小生が追い出されて幽体化した際にゲーム画面が表示され、そのユーザーインターフェース周りも『モンハク』に近い気がした。
元から表示されていたHP、MP、SP、ATK、DEF、STR、DEX、INT、CON、APP、AGL、LUK、VIT。
それに加え、ゲーム画面の様にST、オートモード、敵のHPとMPと敵との距離、簡易MAPで現在位置と方位磁石も表示されていた。
そしてもう一つ、確か『健忘』だったかな?
その数値は5と表示されていた。
言葉通りなら何か忘れている事が5つほどあるのだろうか。
そういや《思い出す》とかいうスキルも5つほど取得していた気がする。
500SPを無駄に使ったのが辛すぎて記憶の彼方に消していたんだった。
うん、そだねー。現実逃避した時にでも使おうかと思うますはい。(虚ろな目)
Lv.と違ってSPは目に見える形で上昇してくれていたから嬉しかったんだけどな。
思い出した……くない!!
過ぎたことはなるべく考えないようにしよう……
――
一通り散策をしてみて被害を確認してみたが、幸いにも被害はそれほど無く、重病人等はいなかった。
大通りには商魂逞しい人達によって一層活気が賑わっており、街行く人々も落ち着きを取り戻しつつあった。
何処の世も人は強く逞しいでござるな。
大通りにある教会の前でも食料を配っていたり、怪我人の治療を行っていた。
その近くで先日、小生が暗黒神殿へ向かう道中に出会ったパーティー達も教会の手伝いをしていたのを見かけた。
初対面の時に偏見を持ってぶっきらぼう(→↓↘︎+✖️)に会話を投げたことに申し訳無さを感じる。
あの時彼等は小生に善意の忠告をするつもりだったのかもしれないのにね。
小生も教会の関係者に頼んでお手伝いをさせていただいた。
彼等にも軽く挨拶をした。
声で昨日の朝すれ違った鎧の人とバレて生きていた事にも驚かれた。
小生ってば、身バレ早すぎない?
声とか特徴ある系でござるか?
元の体の時とCVが同じの様な気がするでござるが?
忙しいのですぐに彼等とは離れることになる。
業務は慣れて得意な荷運びと荷解き、整理整頓、配布、列整理。
ファビュラス走らないで歩いてくださーい、前を向いてくださーい人生と一緒ですよー。
日が暮れる迄続いた。
ルトアは教会内の椅子で爆睡していた。
魔族って縛りも無く教会に入れるんだね、それともルトアだからかな?
良い子だからね。
この街で被害にあっているのはギガントバジリスク侵入してきた壁の崩壊と、ギガントバジリスクが結晶化後に倒壊し、真下にあったヌルゴン様という貴族の館が下敷きになり全壊したというものだった。
ヌルゴン様には負い目があるので早いうちに何かしらお詫びしないといけないなぁ。
帰り道、偶々ギルド前を通った。
丁度良かったのでギルドに一部伏せて報告をしておこうとギルド内に入る。
もしかしたら知らない情報も聞けたりするのかもしれないしね。
朝と似た賑わいを見せる冒険者ギルド。
疲れた職員の人達の顔色が窺える。
「お待ちしておりました。テスカ様、それとルトア様もご無事で何よりです」
「ウヒョッ!?」
背後にはまたしてもホテプさんが微笑んでいた。心の臓に悪いでござるよ……
ホテプさんと簡単な挨拶を済ませる。
その後、ギルド長から話があるらしくまた奥の部屋へと通される。
ホテプさんにルトアも一緒に連れて良かったのかと言うと二つ返事で了承してくれた。
「そりゃぁもう。うふふ!職員やご婦人達との井戸端会議が楽しくな……ゴホン!テスカ様の大事な方なのでしょう?」
「えぇ、そうです。足を向けて寝れません」
「噂はかねがね聞いております。」
ホテプさんはニコニコしながら両手を頬に当てている。
「その薬指にはめている指輪、お二人共、とても良くお似合いですわ」
「ありがとうございます。(身体能力が向上する)珍しい指輪らしいのです、(このアーティファクトに)巡り会えて幸運でした」
ルトアの方を見ると始めて来る場所だからかソワソワしていた。
目も合わせてくれない、哀しみ。
扉を開けて出迎えてくれていたのは朝の時と同じ錚々たる顔ぶれの連中達だった。
ギルド長以外の人数は6人。
前は気にも留めなかったがその6人は全く異なる服装と派手な色をしている。
それぞれフードを深く被っているため表情は読めないが、異質な違和感を感じる。
何というか、『この街に溶け込まない服装』とでも言うのだろうか……文化の違いを感じる。
彼等は何かを話し合っていたらしく、会話を中断して此方の方に視線を移す。
うむ、取り敢えず挨拶をしておくでござるか。
面倒ごとを避ける為、ギガントバジリスクの事は無難にスルーを決め込もう。
いやぁ〜、ギガントバジリスクの件は大変でしたね〜。
小生も石化してしまってまして、何も出来なかったんですけれども。
お恥ずかCー!!ハハハ……ハッ!
おっと、キャラクターを忘れて地が出てしまった。
思っただけで声に出さなくてよかった。
下手に出るのではなく、カッコよくクールに決めないと……
「ーー死にてぇ奴から前に出な……」
そうそう、こういうカッコいい台詞をポンポンと言うキャラがテスカですよ。
ニヒルな笑いを浮かべてブラックな冗談を発言したり、主人公に対して意味深な台詞を残してその場を後にしたり、主人公のピンチに颯爽登場する銀河な美少年でW主人公の一人みたいなのキボンヌなんですな。
カッコ良いけど主人公を庇って死ぬ感じのキャラ、かと思えばラストシーンでしぶとく生き残っていたりする。
小生の思い描くテスカの人物像はまだまだ設定はあるから今後に期待していてほしい。
でも今言う台詞では無いわな。
小生の少ない決め台詞の一つをTPOなんて弁えずチョイスしてしもうた!
小生は時々脊髄反射で答えてしまうのがたまに傷なんですな。
友人が冗談を冗談であると見抜けない人でないと(小生と付き合うのは)難しいと言う。
小生のオチャメな機能として寛容に受け止めてくれると嬉しい。
ーーおやおやぁ〜?
どうして皆さん驚いているのでありますか?
ロック氏が何やら冒険者達に指示を出しましたぞ。
おっと、皆さんが近づいてきますな?
数人に優しく椅子に座らされましたぞ。
おんやー?
ーー手枷?
結構キツく縛るんですな。
首筋に冷たい物がいくつか突きつけられましたぞ?
今日も暑いですからな、首筋を冷やすと体温が下がって気持ち良いんですな〜。
イテテ!!食い込んでる!手枷グイグイ食い込んでる!?
首もなんかチクチクするでござる!?!?
「貴様等!テスカに何をしているっ!離れろっ! 」
すぐ後ろからルトアの怒鳴り声が聞こえ振り向くとホテプさんがルトアを宥めていた。
「確かに先程のテスカの発言が発端となると自業自得か。よし、もっとキツく縛っていいぞ」
ホテプさんの説得ロールがクリティカルしたのかルトアはすぐさま手のひらをクルーしましたぞ。
軽率な発言をした事にテスカ君は、反省します!反省しております!
絶賛猛烈に後悔しております!助けてルトアえもーん!!
小生は冷静に状況を飲み込み、辺りを見渡す。
すると6人がかりで小生を捕縛し、剣や槍、短剣を小生の首筋に突きつけているではありませんか。
頭の髪の毛を捕まれ頭を前を向くように固定される。
やめて!小生の髪の毛は遺伝でハゲる事が証明されているからソフトに扱って!!
腰掛けていたギルド長のロック氏は重い腰を上げ、此方に近づいて来る。
あ!ロック氏!助けて!特に頭皮を助けて!
「あー、手荒な真似をして申し訳ないがァ、今しがたァ君に伺いたい事が幾つかできたのでねェ!」
悲痛の眼差しをロック氏に向けるが、返ってきた返事は期待外れの言葉だった。
首筋に当たる刃物が一層食い込んでくる。小生、何か不味いこと言ったぁ!?
証拠は無いけど説得力ありすぎるでござる。
「コラコラァ、お前らァ丁重に扱えよォ?それと君ィ!テスカ君、私の鼻は誤魔化せんよォー?」
その言葉に思い当たる節があった。
これは不味いことになった。
ロック氏は小生の対面にある椅子に深く腰掛け、踏ん反り返って鼻を指差す。
高性能嘘発見器に引っかかったらしい。
何かのスキル持ちなのだろうか。
うーん、後出しジャンケンで負けた気分だ。
でもコレばっかりは仕方ないネ。
「君から魔物の臭いが漂ってくるのだがァ?それも私が嗅いだ事のない臭いがなァ!」
そういや魔物の体内に入りました、そういや毒にも頭まで浸かりましたね。
毒を吸収した際に除菌消臭効果があったので大丈夫と腹を括っていたのだが……
消臭は少しだけだったのかな?
確かに若干小生の身体は生臭く獣臭い感じではある。
「因みに私は『臭い』からいくつかの情報を得る事が出来るのさァ!」
暗にギガントバジリスクの臭いを判別したという事を示しているのだろう。
小生のスキルでは『臭い』までは吸収出来なかったと捉えて良いのか。
臭い、即ちギガントバジリスクの微粒子が付着していた訳だ。
自分の臭いを嗅いでみるけど汗臭いくらいしか思わない。
確かにギガントバジリスクの体内は超絶猛烈ダイナミック臭かったから付着しているんだろう。
オッス、小生、スーパークサイ人ですぞ!
臭いを完全に吸収する事は出来ないという事なのだろう。
帰ったら真っ先にお風呂に入りたいでござるな……その後で洗濯も。
ギガントバジリスクが発生させた呪術の毒は小生が認識している範囲内ではもうこの街からは探知しない。
臭いも人体に影響の無いレベルまで吸収、という事なのかも知れない。
まぁ……小生じゃわからないか、この領域の話は。
専門外だし。
「『生きた』ギガントバジリスクに接触した事は分かっているゥ。正直に話せば悪い様にはせン!」
ロック氏の言う通りに正直に話すか?
到底信じてもらえるとは思わないが。
初めから話をするとしても、そもそもロック氏は信頼に足る人物であるのか。
あ、獣人物っていう言うのかな、この場合。
となってくるとルトアの件をどうするかだろう。
小生はまぁどうとでもなるとして、ルトアは魔族で魔王の城に住んでたのだ。
ルトアの人柄ならぬ魔人柄は優しく常識が有り聡明だ、ただ出生等は小生も知らない。
話したくないのかその話題になると上手く躱される。
漏れてはいけない秘匿すべき情報を握っている、という事を仮に想定すると、小生は何をすべきか自ずと見えてくる。
「…………!!」
ーー沈黙!これが最善の答えなんだ。
口は災いの元。
うっかり口に出した情報がルトアを困らせて仕舞う状況を作り出しかねないし、人として恩を仇で返す事はしたくない。
彼等は今、此方を敵か味方かを選別している最中だ。
その鍵となるのはギガントバジリスク。
その件を調査し終えるまでは生かしてくれるだろう。
大人しく捕まる事にする。
もう捕まってるが。
「名の知らぬゥ腕の立つ冒険者が来た次の日に怪物が来た、というのはァちと出来すぎた話とは思わんかネ?」
因果関係は否定はするけど、原因は一つも無いとは言い切れない。
小生には『疫病神の寵愛』という謎の称号が付与されているからだ。
ギガントバジリスクは暗黒神殿に出現した後、何故この街に出現したのか。
前日に小生は暗黒神殿に赴いている。
キッカケを作ってしまっているのかもしれないのだ。
思い当たる節はサイクロプスを退治したこと、巨大な魔晶石を採取したことくらいだが。
……もしかすると当てはまるのかも知れない。
顔に出るタイプの小生も仮面をつけていているのでバレていない……はず!
「ふムゥ、黙りカ。コレでも私はァ、ギルドの長ァ!ひいてはこの街を守護する役目も担っている訳だァ。知らねェうちに街を滅ぼされかねん状況だったらしいのは面目くねェがよ」
みんなの元気を集めているかの様に手を広げたロック氏はそのまま視線を窓に移す。
「色々あったが私は結果的に街と民を守る事が出来ればそれで良いのさァ!その為なら何でもするゥ。そういう男だ……」
ロック氏の目線は小生から後ろにいるルトアへと視線を移す。
その意味を、意図を察しろと言わんばかりに。
「結果から鑑みて、例え君が救世主だとしてもォ、初めに私は、私だけは先陣に立って君に嫌疑をかけなければならんのだァ。辛い仕事だ、実に不本意だが誇りある仕事だ。せっかちな性格なもんで言葉はあまり選べねェんだけどなァ。まだ話す気にならねぇかァ?」
剣を突きつけられてはビビッて話もできやしねぇ。
ロック氏はクカカと豪快に苦笑いしながら視線を此方に戻す。
「ギガントバジリスクを退治したと仮定するならばァ、その『力』は我々にとって脅威ではないか?とギルド連盟で今議題が上がっててねェ……」
ロック氏は親指で背中の大きな水晶を指し示す。
水晶で連絡とか取れるの?
異世界人はイッちゃってるよ、彼ら未来に生きてるな……
「でなァ、ギルド直属の……まァ年寄り連中の各国にいるお偉いさん達が口を揃えていうんだわァ。『ギガントバジリスクに関係のある者が現れし次第、丁重に扱い、庇護下に置かせて頂く。歯向かうのなら手段は問わず力づくで持て成せ』とまァ〜無茶を言いなさるゥ……」
ロック氏は耳を垂れて困った表情に変わる。
不躾とは思うが表情や仕草が次々にコロコロ変わるので見てて楽しい。
ロック氏は裏表が無さそうな獣人さんに見える。
すごーい!お鼻が良く利くフレンズなのでござるね。
「勝てない戦はしない主義でなァ。私は内心、事件の事後処理が面倒だから有り体で言えば嘘を付いてしらばっくれても構わんぞォ!嘘を見抜いて音が鳴る古代の人工遺物なんてェ代物はココには無ェんだからよォ!」
ロック氏は隠さずに情報と本音を漏らす。
本音というか情報を引き出そうと揺さぶっている感じに近い気がしてならない。
抜け目無い者だからこそギルドの長をやってこれているのでござろう。
つまりヘタな嘘は返って余計に目をつけられる事になりそうだ。
ロック氏が持ってる情報が何なのかわからないので油断は禁物ですぞ。
小生等にどうあるべきかを提示してくれた様にも思える。
「あらあらまあまあどうしましょう」とホテプさんの声が聞こえる。
いや本当にどうしましょうかこの状況。
そろそろ脳内一人ボケも苦しくなってきました。
小生の事だけでも隠さずに言うべきだろうネ。
「それでは我々が納得しない。真実を見す見す見逃したくは無いのだが?運良くギガントバジリスクからの被害が最小限で済んだからといって、二次災害を防がずにどうする!水際で食い止めるのも同盟国である我々の責務でもあるのだから、民のことを考えるのならば慎重に現場の対応をして、軽率な発言は控えていただきたい」
そう話す甲高い声の人物はフード達の中の一人だった。
ちらりとフードの隙間から見えた風貌は赤毛で長髪な女性だ。
至極真っ当な意見、小生も開示できる部分を探して折り合いをつけるべきである。
足の小指をタンスにぶつけて転げ回っている時に階段から転げ落ちた事がある小生には痛いほどわかる(わかる)わかりテスカ。
家でもスリッパを履くようになった。
あ、いや、この例え違うな。
一次災害で運良く生き延びられても二次災害によってその多くの命が失われた、二次災害の方が被害が甚大なケースも多々ある。
今回の例でいうとヌルゴン様のお屋敷が崩壊したことかな……あれは人災だったね。
運良く怪我人もいなかったみたいだった様だけれども。
ごめんなさいでしたぁー!
確かに今は慎重に事を迅速に進めなければならない場面だよなぁ。
ここに巨大不明生物特設災害対策本部を建てよう。
そうなると曲者揃いが揃いそう(辺りを見渡す)もう揃ってそう。
イロモノ枠の括りに入れられるのは心外でござるので電車の役がやりたいでござる。
はまり役でござるな、今の小生は一人電車ごっこしてるみたいで笑えるでござるし、背中から電車出せます。
体温も、もしかしたら吸収できるかもです。
爆発もしたいです。(願望)
同盟国って事はこの6人はこの国に所属していない外国人ということかな?
小生からすれば皆外国人というか異世界人でござるな。
「だってよゥ、ここまで脅しているのに身じろぎ一つしやしねェ。こいつは覚悟を持った人の目だァ」
小生の瞳レイヤーはギャルゲー並みに多くてキラキラしているんですな。
因みにこの身体の瞳の色は澄んだ青色でござるよ、両目ともね。
「ならば拷問をすればいいだろう。すべきだ。口を割らないのならば隠している事があるはずなのだから」
赤髪の女性は小生を睨め付ける。
美人に睨め付けられるというプレイも悪くないですな。
「じゃぁョ、直接的な言い方に変えるぜェ?仮にギガントバジリスクを一人で葬った奴だとして、脅して何とかなるって思っている御花畑ちゃんによォ?牽制が出来たらそれで良かったんだ、コイツと嬢ちゃんは話ができる奴だとホテプから聴いている。私はそれを信じ、対話を通じて彼等と良心的な信頼関係を築いていきたいと考えているわけだがァ?因果関係はゆっくりとで良い……」
ロック氏は人差し指を差し出し、下から上にクイッと向けて曲げる。
――烈風。
小生の両腕に細く衝撃波が走り、縛られていた縄を切り裂いた。
首筋に突きつけられていた刃物も乾いた音を立てて床に叩きつけられた。
ホテプさんが濡れタオルを首筋にかけてくれる。(癒され〜)
ホテプさんに軽く会釈をする。
ありがとう、そしてありがとうホテプさん。
ルトアは壁にもたれて腕を組み怒りをあらわにし、此方を見つめてくる。
美人に睨め付けるのも悪くはn(略
ホテプさんの顔を立てているのだろう、大人しくしている。
「この国の王は脅迫行為やらを是とはしないだろうしなァ、私もそれを尊重しているゥ。事を荒立てようとしているのはお前さん達なんだぜェ、各国の大使館たちどもォ。知っていたかァ?お前らのいた国とは違って特権階級の人間にも罪を犯せば罰せられるんだぜェ!それともこの国の軍事戦力として警戒でもしてんのかァ?」
「この国に戦力はない事は分かりきっていて話にもならん。個々は化け物揃いでも粒で少なく統率も無い、それに軍隊があってないようなもの。貴公こそ知らぬようだな、この行為についてもギルド領での揉め事は治外法権が適用される。そもそもこの事情聴取は使命である事を忘れるな!我々に謂れの無い嫌疑をかけるよりも、かけるべき人間が一人いるだろう?」
「はッ!それを横暴というのだァ。一端の事をほざくもんだなァ!クカカ!」
「あらあらまぁまぁ、どの口が言うのでしょうと思ってしまいますが、ロックさんらしいというか。お上の指示に従うなんて、ロックさんが出来るはず無いんですもんね。ウフフ」
わふーっ!と小柄なホテプさんが微笑む。
可愛いくて背景に見える筈のないお花が見える。
ホテプさんのメイド服眼鏡っ娘巨乳という最強の存在は小生に理性を喪失させるに十分でござった。
ロック氏と赤髪の女性は絶えず口喧嘩をしている。
難しい政治(?)の話をしている。
「テスカさん、ごめんなさい。でもテスカさんとルトアさんは安心してね。あの人は『この街に住む人々』の事をとても大切に考えてて、守る為なら何でもするから。誤解されがちなのが偶に傷ですが」
ん?今、何でもするって言ったよね?
ホテプさんは困った顔を隠すかのように口元を手で隠す。
でもどこか優しい笑顔が見えている。
……あぁそうか、この街に住む人々というものに小生は入っているのか。
いつの間にか隣にいたルトアが皮肉混じりに言う。
「この街の住人の代表して感謝します。なんて此方に移り住んでまだ数日ですけれど」
「充分ですわ。嬉しいことに今朝方産まれた赤ん坊も、目出度くこの街の住人になりましたの」
ぐうの音も出ない返しに頬を染めたルトアは小生のマントを少し摘まむ。
照れ隠しである。コレがツンデレ……?
小生自身、蚊帳の外感がパナいでござる。
台風の目が静かなのに似ている。
――嵐の前の静けさみたいでござるな。
小生はギガントバジリスクの件で緊張感が緩んでいた。
この騒がしい日常が微笑ましくて、うっかりすっとぼけたフラグを立ててしまった。
「こんな日常が続けばいいのにな」
『カチッ』と何処かで音が鳴った。
やはり気のせいでは無――
――大地は爆ぜた。
それは一瞬の出来事だった。
言葉に呼応したかの様に大地は巨大な悲鳴を上げる。
足場に怒涛の波が起き、何かにしがみつく事を余儀なくされた。
しかし無情にも掴む間も無く、小生達は大地の裂け目に落ちていく事となった。
建物は噴火したかの様に弾け飛び散り激しく崩壊する。
落ち行く中に見た景色は『地盤沈下』に似た凹凸の大地の隆起が見られる。
落ちゆく間際に6本の見えざる腕を展開し、ルトアと近くにいたフードの5人を掴み、安全な地帯まで投げ飛ばす。
ホテプさんはロックさんに救出されていた。
赤髪の女性が何処かに頭をぶつけたのか頭から流血し意識を失って頭から大穴に落ちていく。
透かさず腕を伸ばしながら穴に飛び込むが足場が崩れ一緒に落ちる。
穴は絶えず広がり続け、崖に『手』を伸ばしても届かない距離になっていた。
落下の体感時間はゆっくりと流れていく、上空にはルトアが屈みながら此方に向けて何かを叫んでいた。
周りの轟音の所為でその声はかき消される。
俺は大丈夫だと認識してもらうために笑顔で親指を立てジェスチャーをする。
打ち所が悪かったのか、ルトアも気を失って倒れる。
落下しながら女性を掴んで抱き寄せ、他の見えざる腕を自分の周りを囲み包み込み落下の衝撃に備える。
――大穴を覗き込むと深淵が広がっていた。
――その深淵の奥底で此方を見返している様な気配がした。
底は未だ見えない。
――――――――――
「ホテプッ!状況を教えろッ!何が起こっているゥ!」
「状況ですか……簡略に述べます、ありえないと思いますが『暗黒神殿』の魔力を感じます。おそらく迷宮の暴走かと。『ここまで伸びてきた』と考えるとギガントバジリスクが出現した事にも納得がいきます」
「迷宮の暴走だァ?予兆も無しに何で起こったァ?」
「――恐らく『暗黒神殿』内部に広がる魔力磁場の均衡が崩れた為だと推測します」
「わざわざこの国の偏狭な街を狙うなんざ運が悪いとしか言い様がない。何故だァ?何が目的でこの街に『伸びてきた』んだ?」
「……この街に今は無き城があった時代、城の地下深くで迷宮化した記録があったはずです。その記録ではその迷宮の踏破者が封印した筈ですが……その封印された巨大な魔力に惹かれているとすれば説明はつきます」
「迷宮……確か『金色龍脈』かァ。遥か昔に唐突に出現した迷宮ゥ。その出現が切っ掛けで王都が移転したんだよなァ」
「眠れる獅子を呼び起こさなければ良いのですが」
「まァ最近は物騒だからなァ。もう何が起ころうと驚きゃしねェ」
「仮に封印が解かれ迷宮同士が融合してしまうと被害は甚大でしょうね」
「今出来る限りの事をやるかァ。先ずは怪我人の救出からだァ!」
「分かりました。ではその様に伝えてきます」
「一つ気に食わねェ事があるゥ。ホテプ、何故今まで隠していたァ?」
「あら、何の事でしょう?」
「惚けやがってッ!彼奴も迷宮もお前の領域内に入ってきたんだ、鑑定スキルであらかた理解したんだろォ?」
「何度もお伝えしていますが鑑定スキルではありませんよ。まぁ全てではありませんが、大凡なら検討はついています……ただ、知っていても私はあまり干渉はせずに傍観しておこうかと」
「――今回も楽しめそうかァ?」
「えぇ、退屈はしないでしょう……」
「けッ!腹黒な化け物めェ!」
「化け物ではありません。私は『あくま』で家政婦ですから。時々に職員と講師を行う普通の一般人ですわ」
「クカカッ!本業の悪魔の方が可愛く見えるぜェ!いつか化けの皮を剥がしてやるよォ」
「あらま!破廉恥な申し出です。求婚と受け取っても?」
「クカカッ!寝言は寝て言ェってんだァ!」
――――――――――