呪詛の解放者
気まずい。
当分の間はルトアの家に帰ってこれないつもりでいたからだ。
こんなに早く問題が解決すると思っていなかった。
嬉しい誤算というものだ。
扉をノックすると、直ぐにしかしゆっくりと扉は開いく。
ジト目なルトアが出迎えてくれた。
顔色は元に戻っていたようで安堵する。
俺の顔は安心して緩んでいたが、ルトアの顔は厳しかった。
眉が怒りを表している。
「……お帰りなさい」
機嫌が悪いのかムスッとした表情をしている。
「ただいまです。ははは……」
どうやら勝手にいなくなった事に腹を立てていたらしい。
簡単だけどメモを残して置いたんだけどな。
情けなくニヘラと笑って誤魔化してしまう。
やはり俺はどうしようもなくヘタレなのだ。
お酒を包んだ箱を片手で背中に隠しながら、もう一方の手で頭をかいてルトアとの眼をそらす。
お酒はバレないようにアイテムボックスに閉まっておくとしよう。
ときどき、アイテムボックスがあることを忘れてしまう。
こういうのも慣れないとな。
「別に君が何処で何をしようが構わないんだけれどな。はい。合鍵を作って置いた、これは君の分だ。無くさないでおくれよ」
合鍵を受け取る。
これで俺もこの家の住人になれた気がした。
「これからここで暮らしていくんだな。まだ実感が湧かないな」
我が家(?)を眺める。
居候の身でありながらこんな良い家に住めるなんて元の世界に住んでいた時には考えられなかった。
部屋は狭いし上の階の足音は聞こえるわ隣の部屋の会話が聞こえる賃貸とは雲泥の差だった。
仕事帰り、蠱毒をしているのかと錯覚した満員電車でヘトヘトに鳴りながら小さい賃貸マンションで暮らしていた記憶が甦る。
そう考えると天と地ほどの暮らしぶりだ。
「昨日の今日だからな。仕方がないだろう。私もまだ、寝て起きると知らない天井で困惑する。立ち話も何だ、中に入ろう。食事の用意も済ませてある」
そういえば今日は食事をしていなかった。
俺の胃袋が呼応するとルトアはやっと笑ってくれた。
俺に帰る場所ができた。
郷土料理を作っていたらしく、見たこともない色とりどりの料理がたくさんあった。
知らない味の食事に舌を唸らせた。
お酒を飲んだ時同様に、料理も色々食べて歩いて見ようかと思う。
「すごく美味しい料理だった!特にこのお肉が好きかな」
豚の角煮に似ているがどこか違う。
味付けや肉の種類が違う気がした。
「それはオークの肉を甘く煮込んだものだな、酒の当てにもなる」
マジか、初めて魔物を食べたよ。美味しい魔物オーク、覚えました。
まだゲームや漫画、薄い本でしか見たこともないから今度調べてみよう。
聞くと豚や牛、鶏などに似た動物もいるらしい。
魔石を其の身に宿す動物を一般的に魔物と呼ぶのかもしれない。
もしかしたら魔石を宿した人族がいるのかもしれないな。
其の場合が魔族なんだろうか?
聞いてみたいがルトアには聞きにくいな。
食事を終え、食器を洗おうと手に持ち台所へと向かう。
「座っていても構わんぞ?ほら、こうして私が洗う」
俺が台所に立つと隣にルトアもついてくる。
ルトアは魔法で器用に食器を浮かし、水と洗剤の付いたスポンジを空中で操作して洗っている。
「おぉ!魔法にはそんな便利な使い方もあるのか。実用的な魔法は覚えてみたい」
洗い終わるまで観察していた。
ルトアは「ジロジロと見られると緊張する」と言っていたが魔法を操作して、丁寧に水気をタオルで拭き取っていた。
そうだ、後で俺も魔法(?)が使える事を話してみよう。
何て言うかわからないけど、背中から6本の手が生えて自由自在に操作できるアレだ。
ルトアなら何か知っていて教えてくれるだろう。
一息つくとお互いにテーブルを挟んで椅子に座り、俺は今日の出来事をルトアに話す事にした。
「今朝、起きるとルトアが倒れていたからビックリしたよ。自分と寝室の惨状を見たところ、ルトアに介抱されてたんだなって理解できた。ルトアには助けられてばっかりだ。心の底からお礼を言うよ、ありがとう」
「元はといえば完全に私の過失が招いた所為だ。寝酒なんて勧めなければよかった。追い討ちをかけるように『ヒール』でダメージを与えてしまうし。もっと君のスキルについて調べておくべきだった。 浅慮な行動をとったものだ。君には迷惑をかけることになった。謝罪する」
「其のおかげでこうして生きているんだから、儲けもんだったのさ。目覚めたとき、開いてた本の内容を見て、俺の身体に巻きつけてあった石が魔晶石だって理解して吃驚したよ。それにしてもルトアはよく瘴気で俺の傷が治癒されるって知っていたよね」
スキルのせいで痛覚が倍になっているからか、その時は尋常じゃないくらいの痛みが全身に駆け巡っていた。
もう味わいたくない、怪我をしないように心がけなければ。
「『ヒール』でダメージを食らうのはアンデット等に似ていたので、もしかしたら闇魔法や瘴気で回復するのかもしれないと考えてな。すまないが悪いと思いつつも試してみた。しかしあれだな、聖属性でダメージを食らってしまうのはあまり他人に知られるものではないぞ。アンデットの類やヴァンパイア等と勘違いされてしまいかねん。それ以上に瘴気で回復しているところを見られたほうが不味いがな」
「確かに人にばれたらややこしい事になりそうだ」
一抹の不安を覚えた。もしバレた時に言い訳を考えておくことにしよう。
『ヒール』とかあるんだったらこの世界は即死以外じゃ助かるのかな。
だとしたら嬉しいものだ。
それにしても魔法にも種類があるのか、こういうのは覚えたいな。
やはり魔法にはロマンがある!
「手持ちの魔結晶と聖水を使って治療しようとしたんだがな。治療の途中、瘴気に当てられ続けたのが原因なのか気を失ってしまった。起きるとあんなにも怪我を負っていた君はベットから消えているし、ベットに移されていた私が窓を見たときにはもう夜だった。部屋に行って机の上にあった書置きのメモを見つけて読むと『ちょっとダンジョンで魔結晶を見つけてくるよ』だ。頭が痛くなってな。あまり体調が優れなかったので、鍵屋に行って鍵を受け取り、食材の買出しをして帰って休憩していた。後は料理を作って待っていたのさ」
「もう身体のほうは大丈夫なのか?」
「ふふふっ、それはこっちの台詞なんだがな。私は大事無いさ。君のほうはどうなんだ?きっとまだ治っていないのだろう?そんな身体で本当にダンジョンに行ったのか?」
「起きたときは身体はまだ痛んでいたけど、ダンジョンでサイクロプスを倒して出てきた地下の部屋に大量の魔晶石を見つけて、今では全快してます」
アイテムボックスから特大の魔結晶を取り出す。
瘴気が漏れ出してはいけないのですぐに戻した。
「――は?すまない、脳の処理が追いつかないんだが?サイクロプスと言ったか?君はLv.1だったはずだろう、何故そんな危険な真似をしたんだ。言いたいことが山ほどあるが……倒したって?その魔結晶も見たところ本物のようだし。何があったか話してくれないか?」
「朝は混乱していたのか頭が雑な思考しかできなくて、ダンジョンに行って魔結晶を採ってこようと出かけて。たまたま襲われている人がいたから助けに入ったんだけど、其のとき自分が丸腰だって気づいたよね。鎧だけで武器と呼べるものは何もなかった。其のときは素手でなんとかなったけど、助けてくれた人を頭で邪魔な人間と捕らえてしまったんだ。幸い、地響きが聞こえたから正気に戻ることができたけど、あのときは精神が別の誰かに乗っ取られているのかもしれないと思ったね。意識は明確にあったから、自分でも何故そう考えたのかは疑問だった。後はその場を逃げるようにして奥に進んだら複数のゴブリンたちと出会ってしまって、逃げ延びるように部屋の中に入ったら扉が閉まってサイクロプスと戦う羽目になったんだ」
「君のスキル『破壊衝動(呪)』か称号が何かしら作用してしまったのかもしれないな。それが肉体面と精神面の両面で。それはこちらでも調査してみるとしよう。その状態になってしまってはどうすることもできないからな。それでどうやってサイクロプスに勝ったのだ?」
「上手い事、説明ができる気がしないんだけどね……これ、見える?」
我ながら案外、上手く6本の見えざる腕を操作していると思う。
「見えないが?何をしている?」
「背中から6本の腕を生やしているんだ」
今になって漸く理解できる。
この腕はあのサイクロプスよりも大きいサイズであることに気付いた。
腕は多少伸縮性があり、コタツに入りながら遠くのリモコンやミカンが取ってこれる便利な腕だ。
試しに机の上にあった水の入ったグラスを見えぬ手で掴む。
むむっ、力加減が難しいな。
「私と同じ風魔法では無いようだ。確か君には闇魔法の特性があった筈だ。となるとその闇魔法で間違いあるまい。闇魔法はまだまだまだ謎が多い、複合魔法も闇魔法と分類される時もあるくらいに幅が広い」
『ガシャン』
な~に~!割っちまったな!
勢い余ってグラスを握り潰してしまった。
これは課題としておこう、こんなんじゃまともに運用なんてできやしない。
「あ、ごめん!」
椅子から動かず見えざる腕を伸ばし台所にあった布で机の上を吹きながら残りの見えざる腕でガラスを片付ける。
「いいよ、また新しいのを買うさ。其れにしてもその見えざる腕とやらは痛覚は無いのか?」
「言われてみれば痛覚は……それほど無いかな?でも不思議と触覚を意識できるからあるにはあるかな。たぶんだけどこの腕が思ったより大きいので皮膚が厚いのかも、そのおかげかさほど痛覚は感じ無いのかな」
試しに砕けたグラスの破片を一つの見えざる腕で握り潰してみた。
何ともまぁ綺麗で歪なビー玉に……はならない。
ただ粉々に砕けただけだった。
痛みはない。しかし凄まじい握力だ。
サイクロプスに攻撃をしたとき、2本の見えざる腕で飛び上がったことも説明した。
落ちてた剣を使って倒したことも。
この見えざる腕を一緒に使い、目玉を簡単にくり貫いた事も伝えた。
試しに見えざる腕を2本、地面へと体を支えるようにして力を込める。
すると身体は宙ぶらりんになる形で浮かぶ。
ヨーヨーで言うストリングプレイスパイダーベイビー、懐かしい。
「おぉ、身体が浮いたように見えるぞ!素晴らしい、空を飛ぶ事は魔法でも難しいのに見事なものだ」
これはロマンだ!
正確には空には浮かんではいないものの、慣れれば進んでいくこともできるだろう。
「でも前にこの見えざる腕を使ってサイクロプスと戦ったとき、凄く疲弊したんだけれど。今は余裕がある気がするんだよ」
「ほう。さすれば君のレベルが上がったか、瘴気に内包されている膨大な魔力がその身に宿ったか。私の考察では後者の影響が多いとみた」
「俺もそんな気がする。地下で瘴気を大量に吸ったのが原因だと思う。俺の身体から瘴気漏れてない?大丈夫??」
身体の臭いを嗅いでみるがそもそも瘴気の臭いを知らなかった。
でも汗臭いな、後でお風呂にでも入ろうかな。
確か浴槽があった筈だ、何でも火の魔石を燃料に湯を沸かすらしいから楽しみだ。
習慣だから1日に一度は入らないと。
昨日は庭にある井戸で水を浴びたので入り損ねていたし。
「瘴気に敏感な私が平気なのだから問題は無いだろう。ふふふ、私はさしずめモルモットだな」
異世界にもモルモットがいるのか。
とりあえず今は関係ないし置いとくか。
まず、何かの拍子に人に害を与えてしまうのなら危険極まりない。
歩く爆弾だ。
瘴気を吸収して魔力に変えていたとして、魔法を使う度に瘴気を排出していたとしたら大問題だし。
ここら辺は課題だな。
普通に魔法の事とか考えてる自分に笑ってしまう。
非日常に染まってきたんだなと。
明日の仕事がダルいなーとか考えなくて良いのは救いだ。
「縁起でもないことを言わないでくれよ。異変があったら直ぐに知らせてくれ、全力で遠くに離れるから」
もし瘴気が漏れたら全速力で遠くへ逃げよう。
その際、ルトアがヤバそうなら冒険者ギルドや教会に頼むとしよう。
そう頭で計画を立てていると「それはそれで退屈なんだがな」と言っていた。
暇潰しで倒れられても困るんだけど!
ルトアと近況を話し合った結果、とりあえずの間はレベルをあげる過程で戦闘、魔法の訓練や社会常識を身につける事に決まった。
異社会常識の異文化コミュニケーションだ。
人通り話終えたので買ってきたお酒を渡すことにする。
なかなか上等なデザインの箱に入ったお酒をアイテムボックスから取り出す。
葡萄に似た果実の果実酒らしい。
こっちで言うワインに似ている。
「これ、いつもお世話になってるお礼なんだ。これからも宜しく御願いしますと言う意味で受け取ってくれないかな?」
ん?ルトアの表情が固まっている。
もしかして口に合わないお酒だったのかな。
「これを……君が私にくれるのか?」
「あぁ。そうだよ。もしかして迷惑だったか?」
「いや、そうではない。そうではないんだ」
ルトアは何か言いたげな顔をしている。
「これを私が受け取るという事はだな、その、なんというか……」
あ、ルトアってお酒に詳しかったんだよな。
金貨3枚したお酒を贈られる事に後ろめたさを持っているのではないだろうか。
安心してください、払いますよ!
お金を稼ぐ明確な手段はまだ決まっていないけど、当分の間はダンジョンで狩りをする予定だから困る予定は無い、と思いたい。
「俺はルトアに受け取って欲しいんだ」
「ーーッ!!」
普段クールなイメージとはうって変わった表情だった。
あどけない姿は年相応に見えて愛おしいですな。
思わず「フルルカポゥ!」と声が小さく漏れてしまう。
若干、慌てふためいているともとれる彼女は指で髪の毛を弄っている。
こっちに目も合わせてくれない、泣きそうだ。
冷静に考えると素性の知れない大柄な男が小柄な美少女に高い酒を贈る図になる。
事案発生、ここですポリィスメェーン。
見知らぬ土地で右も左もわからぬ俺をルトアは優しく接してくれた。
彼女に甘えすぎていた。
お酒が気に入らなくても、何かしらのお礼を考えよう。
俺が……小生が一人で旅をしても御中元とか御歳暮とか送れるように働くでござるよ。
異世界にハローワークはあるでござるか?
まさか小生の時のように就職氷河期では無いでござろうな。
あのときは辛かったのでありますぞ。
その時に異世界に来ていたら「就職氷河期時代に就活してたら異世界に飛ばされたけどここでも就職氷河期な件」という最近流行りの長めなタイトルで何処かのweb小説でひっそりとありそうな異世界モノになっていたかもしれないんですな。
そんなの主人公が多才なスキルと現代知識を使った多芸さで内定取りまくり、引く手あまたな俺TUEEE以外は読みたくないであります。
どちらかというと少年誌でやってる学園ハーレムもののパンチラやラッキースケベを期待しているんですけど?
こればっかりはスキルで『難聴(呪)』が無い事が悔やまれるんであります。
どこまでいっても小生はモブキャラの枠組みに編み込まれた存在なのでありますぞ。
それにしても何故、小生はくぁわいい美少年に転生しなかったのか!!
可愛くて愛でられるなら小動物でも魔物でもよかったのに。
綺麗なお姉さん達に育てられ、眼鏡っ娘でボインなクーデレ幼馴染みが毎朝起こしに来てくれたり、登校途中に「遅刻遅刻~!」と言って走ってきた女性とぶつかって口にくわえていたトーストを落とした事を根に持ったツンデレ金髪ツインテ転校生と席が隣になったり、ハチャメチャ大混乱でどったんばったん大騒ぎな異世界学園ハーレムなバトルものがよかったであります!!!
巨大ロボットとドリル成分も無さそうでありますね……
あ~、魔法使い見習いの美少女が空から降ってきて偶々ぶつかった後、話の流れから一緒に住むみたいな展開にならないでござるかな~。
そんな邪な事を考えながら長い間ルトアを見続ける。
ルトアはというと、あわあわと歪ませた唇をしていた。
何か言いたいのだろう、両手を振り、口をパクパクとさせているだけだった。
なんだこの可愛い天使は?
あぁっ、女神様か。
あれ?そういえば魔法使いの美少女と一緒に住んでたでござらんかw
1つ妄想が叶っていた。
「……こんな私が頂いてもいいのか?」
「ルトアの為に拵えたんだ。貰ってくれると俺は心の底から嬉しいさ」
「幸せになってもいいのか?」
「うん、もちろん!」
幸福は義務です。
ウルトラなヴァイオレット様が市民に言っていたありがたい言葉だ。
「これからも君には迷惑をかけることになる。それでも?」
「気にしないさ」
それ以上に迷惑をかける俺と一緒にいてくれるのだ。
断る道理は見つからない。
「――ありがとう」
ルトアはお酒を受け取ってくれた。
どこかで胸を撫で下ろした自分がいる。
今夜はなんだか良い夢が見れそうだ。
――カチッと何処かで音が聞こえた気がした。
そういえばダンジョンで拾っていた指輪があったな。
いまいち効果がわからないし、質屋に売っても足元を見られそうだからそのまま取っておいていた。
とりあえず事情を説明しルトアに見てもらおうと指輪を2つとも渡そうと差し出す。
同じ型だったらしいので1つはルトアにあげることにした。
快く受け取ってもらえた。
アクセサリーとか好きなのだろうか?
返してもらったもう一つをアイテムボックスへ仕舞おうとしたがルトアに装着することを勧められた。
何でも能力値が底上げできるらしい。
勧められた指に嵌めつつ、どの能力値が上がるのか聞いたところはぐらかされた。
明確な答えはきちんと調べた後で教えてくれるそうだ。
なんだか良い物を拾ったのはラッキーだった。
ルトアは終始笑顔だったのでもしかしたら珍しい指輪なのかもしれない。
そういや効果が付与されたアイテムなんて初めて見た気がする。
アーティファクト、これはロマンだな。
風呂を満喫した俺はまた晩酌をルトアと嗜んだ。
元いた世界での話が以外にも盛り上がる。
今度晩酌をするとき、ルトアの昔話を話してくれるらしいから期待しておく。
ん?
そういやルトアも指にあの指輪をつけている。
左手の薬指につけていた。
聞くと一番効率の良い場所なのだそうだ。
自分もその場所を勧められて装着していたことに気づく。
おいおい、まるで結婚しているみたいじゃないか。
元いた世界の常識がこの異世界の常識とは違うのだから野暮な詮索は止める事にする。
酔いも良い感じに回ってきたので眠りに付く為に寝室へ向かう。
また千鳥足になっているとルトアに指摘され、肩を借りた。
あぁ、また世話になってしまった。
ベットに横になる。
最後に見た光景は近づいたルトアの顔だった。
綺麗な笑顔だ、もっと近づいて、ずっと見ていたい。
腰を少し上げるが顔に何かが当たる。
それと同時にバチッと何かが弾いて俺の内側に流れ込む。
この感覚には見覚えがある、ルトアの部屋の扉を触ったときと同じ感覚だ。
――俺は深い眠りに落ちていく。
瞼がゆっくりと閉じる。
近くで誰かの嗚咽が聞こえた気がした。