一枚目:女性恐怖性な男児一人
天国にいった父さん、母さん、ついでに犬の三太夫。
お元気ですか?といっても、もう死んでるけどね。
俺は一応は元気のつもりです。至って健康です。心配しないでください。
けど一つだけ。一つだけ教えてください。
この状況は、あなた方が俺に与えた試練なんですか? だったらこれは酷過ぎます。 だって……
なぜに俺が女子生徒全員が集まる体育館のステージで自己紹介をせねばならないのですか?
白鷺学園。
中・高一貫校であり、巷では割と有名な私立校であり、近くの令嬢や留学生なども多い。
そして俺、上城雄哉もその学園に転校する生徒の一人であり、これから華の学園生活を送れるはずだった。書類を見るまでは。
なんせこの白鷺学園は…言わずと知れた有名な女学園であるのだ。
女性恐怖症。 その漫画などにしか出てこないような見事なまでのピンポイントの症状に、俺は犯されている。
それのおかげで、俺は小・中の青春真っ只中を女子と避けながら過ごすという、思春期男児にとってこの上ない苦悩に悩んでいた。
中学にあがるまでは、女子とメートル単位で距離を取らないと精神的に厳しいくらいで、中学に上がり、卒業式の時は隣に女子が立っていても平気なまでに克服した。
しかし、触れることはまず無理で、スキンシップ気分で背中に抱きついてきた女子に気づき気絶してしまった苦い中学時代を今でも鮮明に覚えている。
そして、高校時代。
俺はなんの悩みもなく男子校の受験を受けた。
男子校に行けば、基本的に女子と関わることはない。
この時点で、俺がこの症状を治す気がないのは明確であり、紛れもない事実であった。
同時に心が躍っていた。 小・中学時代のように、おどおどしながら学校に通う必要がなくなるからだ。
代わりにいじめが頻繁に発生しそうだが、腕っぷしには自信があるのでよしとしよう。
つまり、俺は高校生となり、それなりの学園生活が約束されるはずだった。
が…結果は受験失敗。
自分で言うのもなんだが、学力にはある程度自信がある。
それに俺が目指す男子校は私立であり、点さえ取れば入れるはずだった。
しかし、落ちた。おかげでクラスの笑いものだ。
そこしか受験していなかったので、俺は早くも浪人決定だった。
そこに救いの手が舞い降りた。
爺さんだった。
市内である程度権力がある爺さんがなんとかしてくれると言ってくれた。
嬉しかった。
通う学園はすぐに決定し、そこは寮生活らしいので、俺は爺さんのコネで借りていたアパートを出る準備をした。
一時はどうなるかと思ったがこれで助かった。
結果がこれだ。
「えー…では本校に通う五名の男子を紹介するぞい」
爺さんが喋る。
ここ、白鷺学園の学園長だと知ったのは、今しがたのことだ。
つまり、俺はハメられたらしい。
この学園は元々女学園らしいのだが、いつまでも女学園もまずいとの爺さんの発案で、今年から男女共学にすることを決めたらしい。
が、女子目当てで学園に来る男子が大勢いてはまずいので、事前にあらゆる手段で募集活動を行い、厳密な抽選の結果が、俺を含めたこの五人だと…今しがた知った。「―よろしくお願いします」
四人目の自己紹介が終わり、ついに俺の番だ。
女子生徒全員の視線が全部俺に集中砲火してくる。
中等部300人、高等部300人の計600人がこの学園の全生徒だ。
その視線が一気に集まるのだ。
これを何が意味するかわかるか?
俺は貧血でその場を倒れた。
「―ここは…」
保健室独特の匂いにより俺は目を覚ました。 純白のベッドで寝ている俺がいた。
そして、俺を覗き込んでいる二人の人物―。
「あ、雄君目が覚めたみたい」
「え?兄さんが?」
聞き覚えのある声。間違いない。
「由香姉さん…詩織…? …ええっ!?」
えらい美人の従姉妹がそこにいた。
「久しぶりだね〜」
「相変わらずですね兄さん」
「ちょっ…二人がなんでここに?」
俺の疑問に由香姉さんが答えてくれた。
「私たち、ここの生徒だよ?」「私が中等部3年で、お姉ちゃんが高等部2年だよ」
知らなかった。
森宮由香里、詩織。俺の従姉妹で、俺の女性恐怖症が唯一発生しない人物だ。
理由は定かではないが、幼いころからの付き合いのせいかもしれない。
「なんにせよ…二人がいてくれて助かったよ。正直女だらけで心細かったんだ」
「あはは、雄君女の子苦手なんだよね〜」
「ホント、兄さんらしいですね」
といって、笑顔で笑いあう俺たち。落ち着ける一時だった。
が、それはどうせ一時。一瞬の休息は一瞬で過ぎていった。
その安静はまず、保健室のドアが開く音で破られた。
「おーおー早速女に手出しやがって」
誰? という疑問よりも、俺の安静を返せと言いたかった。
入ってきたのは、この度転入が決まった俺以外の男子生徒だった。
「しかも学園ナンバーワン姉妹と名高い森宮姉妹の両方にチョッカイ出すとはどういう了見だテメー!!」お前こそどういう了見だよ。
「まぁ待ちたまえ。美しくないよ。ま、落ち着いたところで僕の美貌には勝てないがね」
いつの時代のナルシストだ。
「あの…えっと…二人とも落ち着いて…」
そこのちっちゃい君は男か女かわからないんだけど。
「………」
んでそこのお前は無言貫き通してないで何か喋れ。
とりあえず心理内で一通りの突っ込みを終えた後に俺は当然の質問を繰り出した。
「誰だっけ?」
「失礼な奴だなー。自己紹介聞いてなかったのか? 全くこのナイスガイの名前を忘れるとは…いいだろう。俺は須藤彰! よろしくぅ!」
ルックスは放って置いて、この目障り代表はとりあえず俺の脳内ブラックリストに登録しておこう。
続いてナルシ男が。
「綾小路光一郎だよ。よろしく我が同士」
どこから取り出したか知らない薔薇を由香姉さんと詩織に一本ずつ渡す。もはや俺に対しての自己紹介はどうでもいいらしい。
続いて。
「えっと…瀬良卓真です。よろしく」
おどおどした感じで自己紹介をしてくれた。
この子は…どちらかといえば可愛いのジャンルに入るくらいの美しさの持ち主で、そこらの女子よりよっぽど美少女だ。メイド服着せて付け髪させて須藤の前に差し出したら飛びつくくらいに似合いそうだった。
「…向坂由貴だ」
この絵に描いたような無愛想っぷりは一体誰に仕込まれたものだろう。この向坂という奴も、瀬良とは違った美貌を持つというか…カッコいいといえばそうだけど、どちらかといえば可愛いとかそんなジャンルに入る気がする。睫毛とか長いし。
つーか、須藤や綾小路はともかく、瀬良や向坂がこの学園を志望した理由がまるで読めない。須藤はすぐにわかる。女目当てだろう。とりあえず姉さんや詩織に手を出したら殺すか。
「で、お前の名前は?」
「ん、ああ…。上城雄哉だ。先に言っとくけどな、この二人は従姉妹でだからな。変な勘違いすんなよ」
「なんだフリーなのか! ラッキー! 森宮先輩、一緒にお茶でもどうですか!?」
どうやら俺は余計な事を言ったようだ。須藤のテンションケージを一気に三段階くらい上げてしまった。
「丁重にお断りします」
あくまで冷たい口調で姉さんが言い放った。
絶望を背中に纏い、地面に両手を付き愕然とする須藤。
さすが由香姉さん、グッジョブ。 が、持ち前の打たれ強さを生かし、負けじと詩織に座標を修正する。
「森宮ちゃん。俺とお茶どう?」
「嫌です。兄さんと行くほうがいいです。というわけで兄さん行きましょう」
と、詩織は俺に視線を移す。
再び絶望に打ちひしがれ、壁に寄り添いなにやらぼそぼそと呟きだす須藤。
ここまでくると若干気の毒な気がしなくもないが、こいつにはいい薬だろう。
とそこに、綾小路が須藤に近づき、肩をポンと叩いた。
まるで僕が代わりに手本を見せてあげるよとでも言いそうな雰囲気だ。
そして自信に満ち溢れた表情で姉さんと詩織に近づく。
「お嬢さん。僕と素敵な一夜を過ごしませんか?」
「「嫌です」」
あくまで笑顔で、二人同時に答えた。
アホみたいに口を大きく開き、愕然とする綾小路。
持っていた薔薇を加え、綾小路は
「ああ、なんて罪深い姉妹なんだー!」といいながらどこかに言ってしまった。まああのバカは放っておいて大丈夫だろう。
「やれやれ…」
「ところで雄君、住む場所とか決まってる?」
「へ…?」
そういえば全然知らない。
というか、ここに来ることが決まった以外はほとんど知らない。
確か寮生活だとは聞いたけど、詳しい場所はわからない。
「だったら兄さん、住む場所が決まるまで私たちの部屋に住みますか?ちょっと狭いかもしれませんけど」
「あ、詩織ちゃんいいね。どうかな、雄君?私たちの部屋でいいよね?」
「どうって…さすがにまずいだろ。いろんな意味で」
幼いころは一緒に3人ベッドで寝たりしていたが、さすがにこの年で同じ部屋で寝るのは気が引ける。
それに入学早々、噂に名高き森宮姉妹と同居などということが知られては、ウチのごく少数の男子を筆頭に市内の男子生徒の八割以上を敵に回しそうだ。入学早々それはきつすぎるものだろう。
「とりあえず、爺さんに聞いてみるよ。学園長室にいってくる」
「でも雄君場所わかる?」
「大丈夫だよ」
自信はないが、正直いろいろと学園を見て回りたかったし、丁度いい機会だ。
「よーし、暇だから俺もついていってやるよ」
保健室を出たところで須藤が出てきた。
「帰れ」
「頼む〜。連れて行ってくれ〜」
さすがに相手をするのが面倒になってきた。あ、そうだ。
「須藤。姉さんが用があると言ってたぞ」「にゃにぃっ!? おねぇ〜〜さ〜〜ん!!」
須藤は保健室の扉を勢いよく開け、水泳の飛び込みのように飛び込んでいった。
姉さんの悲鳴と須藤の悲鳴と拳が何かを粉砕するかのような酷い音が聞こえた。推測するに、須藤が姉さんにボコされているのだろう。
再び扉が開き、須藤が匍匐前進じみた動きで地面を這い蹲ってきた。
「姉さんは見かけによらず腕っぷしが強いからな。迂闊に手を出さないほうがいいぞ」「さっ…先に…いっ…て…」
とまで言って、須藤は力尽きた。
まあ姉さんのフルボッコを受けてまだ息があるのを見たところ、それなりにタフなのだろうな。
とりあえず、須藤に合掌。
さて、学園長室を探すとするか。
改めて思う。私立校の凄さを。
ここらへんの大学も真っ青な広さと美しさを誇るこの白鷺学園。
が、そのあまりの広さに迷子になってしまったわけで。「しまった…意地を張らずに詩織にでも道案内を頼めばよかった」
まさかここまで広いとは。
途方に繰れるに、当てもなくフラフラと彷徨っていた。
ふと、気づく。
見事なまでに手入れされ、見事なまでの広さを持つ花壇があった。
不思議と引き寄せられる。
再びフラフラとさまようような足取りで花壇に入っていく。
広い。
かなりの広さを持つこの花壇は、手入れするだけでも相当大変そうだ。が、この花壇は見事なまでに手入れがされている。隅々まで手が行き届いているようだ。ふと、奥の方で動く物影が一つ。
「ん…?」
持ち前の好奇心が上手く機能したのか、俺は先ほどからゴソゴソしている物影にトコトコと近づく。
そして…。
「子供…?」
だった。
見るからに幼い子供だった。
「はうっ!?」
あどけない悲鳴を挙げ、その物影(少女)は驚いて転びそうになる。
「危ない!」 考えるよりも先に体が反応してしまい、気がつけばその少女を地面との接触から妨げていた。
「えと、えと、えと」
おろおろとしているところがなんとも可愛い…。と、ロリコン発言は置いといて…ん?
見覚えのある制服を着ている少女がいた。それも当然、これは我が白鷺学園の制服だ。しかし、高等部の。
おかしい。
この明らかにロリ担当つつ中学生未満のスタイルを保っている少女が高等部の制服をなぜ着ている。
そうか、きっとお姉さんの制服でも借りているんだ。そうに違いない。
「君、大丈夫?」
あくまで笑顔でそう聞いた。笑顔は苦手だが、なんとか固い表情を極限まで和らげ、笑顔を作る。
肝心なことを忘れていた。長年嫌々ながら付き合ってきた症状、女性恐怖症。
子供とはいえ、女の子。そう意識しただけで体中に悪寒が走る。目が回る。気が遠くなる。
しかし、ここで倒れては、最悪この子を下敷きにしてしまいかねない。それはまずい。
薄れそうな意識を極限までに保つ。なんとか気絶せずに済んだ。ナイス俺。
なんとか倒れる寸前、両手を地面に突き立て、地面or少女との接触を免れた。
このまま倒れていたら、身体的にも精神的にもかなりのダメージを負っていた事だろう。
ひとまず、事情の説明と少女の気持ちの安定を狙うべく、俺は再び全力で笑顔作りをし、優しく少女に声をかける。
「大丈夫かい?」
とまずは一言。我ながら完ぺきなスタートだ。
「持病の貧血のせいで足下がふらついちゃって……怪我はない?」
フフ…パーフェクトな演技だ。見てみろ、あの少女の表情を。完全にこちらに心を許している表情だ。
よし、後一息だな。
「よかったらお兄さんが一緒に遊んで----ぐはっ!?」
身に覚えのない衝撃が、俺の頬を襲った。見ると少女の持っていたスケッチブックの角が俺の頬に炸裂していた。
情けないあえぎ声と共に主に頬に伴うダメージにその場でうずくまる。
「なにしやがる!」
今までのは前言撤回だ。この暴力ロリ少女にはお仕置きが必要なようだ。と思った瞬間だった。
「先輩には敬語使わないと駄目っ」
と口走ったのだ。
この子が先輩? なぜ?外見的にも内面的にもどう見てもロリ一色、明らかに自分より年下を思わせる容姿をもちながら自分より年上と言い放つのだった。
「美春は君より一歳年上なの。だから敬語使わないと駄目なのっ」
と言っている。確かに二年の制服を着ているし、何よりサイズがぴったりだ。もしかしたら彼女の言ってることは本当なのかもしれない。
「本当に先輩?」
「うん。二年の小桜美春なの。よろしくね。君は?」
「…上城雄哉だ。さっきは疑って悪かったな」
とりあえず謝っておく。俺も最低限の礼儀はわきまえているつもりだ。疑ってしまったのだから謝るのは人として当然のことだろう。
「ううん。気にしてないよ」
と言って笑顔をこちらに向けてくれる美春先輩。ああ、この笑顔を見ているとなんかもういろいろとどうでもよくなってくるな。全国のロリ好きの男子のハートを容易に鷲掴みできるなこれは。
「それよりもよろしくねっ」
はっ!?
いかん、自らもロリに目覚めるところだった。俺は差し出された右手に握手をした。
……ん?
勢いで握手をしたのはいいが、肝心の女性恐怖性についてなにも考えてなかった。ロリあとはいえ女性は女性。当然症状も発生する。
「ぐっ……!」
強いめまいに襲われる。抵抗しようとしたはいいが、いままでできなかったことを急にできるわけもなく、結局は足元がふらつき、そのまま倒れることとなった。
「わっ……!」
美春先輩も一緒に巻き込んでしまう。しかも今度は先輩が下だ。しかも先ほどよりめまいが酷い。きっと馴れない接触の数が多すぎたからだろう。
この小さな体で俺の体重に耐えきれるわけがない。
俺は無理やりに意識を取り戻し、両手を突いた。
「ふぅ……」
間一髪だった。
もう少し意識の回復が遅れていれば確実に俺の体でぺしゃんこだったろう。
「あ…あう…っ」
俺の下で美春先輩の可愛らしい声が聞こえた。下を見てみるともう少しで触れてしまいそうな距離に美春先輩がいた。
というか、少し冷静に状況を整理してみよう。
えーっと、美春先輩は端から見れば完全にロリ、つまり幼く見え、それと一緒にいる俺はわずかながらに変な人、もしくはお兄さんあたりと思われるだろう。
そしてこの体制。
明らかに俺が変態になってしまう。このような状況を誰かに見られてでもしてみろ。俺は完全に
「きゃーー! 変態っ!」
になってしまう。
「誤解だ! これは不可抗力であって…!」必死に抗議してみるが、今となっては無意味であった。
その間にも人は噂を聞きつけ集まってくる。
そしてここは元女子校。圧倒的に女子の比率が高い。再び女子の視線の集中砲火を浴びることとなった。
(ぐっ……まためまいが……!)
気がついた時には意識が途絶えていた。