四話 ついに見れました!
どうやら、俺がただの子供ではないことがようやく分かってもらえたようだ。
姉たちの名前を発した日から俺に色々と言葉を教えたくて、姉たちも母もよく喋りかけてくれるようになった。
単語が分かるだけで話していることが以前に比べれば理解できるようになった。
俺が覚えた単語を拙い言葉で口から紡ぎだすたびに、母や姉たちは喜びの声をあげてくれる。
家族の愛情に応えるべく、俺は今できることを一つ一つやっていくことにする。
赤ん坊の間というのは時間の経過がとにかく早い。自分では数日のつもりが数週間経っていたなんてことも普通にある。
なんたって、一日の殆どを寝て過ごしているわけだし。
俺が転生してからの正確な日付はわからないが、おそらく数ヶ月はもう経っているはずだ。
赤ん坊の知識なんて全くないので、自分ができることが早いのか遅いのかなんてわからないが。
俺は夜風に窓ガラスが叩かれる音で眼が覚めた。
部屋はぼんやりと明るい。そして、人の気配はない。
母はおそらく別の部屋にいるのだろう。
今までもそういうことは何度かあった。
部屋の明かりについては最初はガス灯の類かと思っていた。
しかし、俺が見ている限りだと特殊な鉱石のようなものがこの世界の明かりのようだ。
俺はゆっくりと周りを見て、改めて人がいないことを確認する。
ついにこの時がきた。
自らの意思で移動する。
自分で動けると気付いたのが数週間前、それから毎日隠れて少しずつお座りからハイハイまで練習を重ね、掴まり立ちまでできるようになった。
俺は今まで、天蓋つきのベッドとそれにつながれるように置かれたベビーベッドしかないこの寝室を出たことがなかった。
お湯につかるときもメイドたちがたらいに入れたお湯を持ってきてくれていた。
首が座っていない間は窓から外の景色すら見えなかった。
一度だけちらりと見えた景色は石造りのこの家の一部だけだった。
俺は早くこの世界とこの世界で生きていく自分の姿が見たい。
あいにく今は夜なので外を見ることはかなわない。
しかし、今の俺ならこの簡易なベビーベッドから抜け出して部屋の外まで出ることができるだろう。
部屋の扉は俺の声が聞こえるように、いつも半開きのままだ。
俺はぐるりとうつ伏せになってから重たい頭を体を使って持ち上げる。
そのままゆっくりとベビーベッドの端をよじ登る。
簡易のベビーベッドの柵は殆ど高さがない。尚且つ、母が寝るベッドにつながれている為柵を乗り越えた後も危険はない。
完璧な策戦である。俺は今新たなせk……
ゴン!と音がしたと思った時には遅かった。
俺は母のベッド側に落ちた拍子にベビーベッドに頭をぶつけていた。
堪えようにも本能には悲しきかな抗えない。
響き渡る俺の泣き声。
ここ最近は夜泣きもなくなってきていたのに。
どたどたと数人の気配がして、部屋には母と上の姉ナナカ、紫髪の目隠しメイドことダリューが入ってくる。
俺がベビーベッドを抜け出しているのに驚きつつも、何が起こったのか母たちはすぐに理解したようだ。
俺を抱えて打ったと思われる部分をゆっくりと撫ぜる。
しかし、俺はそれどころではなかった。
見えたのだ。
外が暗くなったことで鏡代わりになった窓ガラスが。そこに映る己が姿が。
色素の薄い肌に漆黒の髪。それを分けるように生えるヤギのような角。
そして、額を割くように覗く赤い第3の瞳。
ぐちゃぐちゃの自分の泣き顔を見ながら俺は、まぁヤギっぽくはないならまだいいかなとどこか冷静に考えるのであった。