十六話 乗り越えた壁は、また障害となりうるのだよ!
「さて、どうしたものか……」
5mの壁の上から俺はメロウの飛んで行った方向を見つめる。
さすがにここまでの高さから飛び降りたことがないので、体が耐えれるかどうか不安だ。
痛いで済みそうな気もする。
ふと俺が見つめる先に、ジンがいる。
おお、どうにかしてあの壁を突破できたみたいだ。
俺も負けてられないな。
「とりあえず、可能な限りのことはするか」
PDCAサイクルは大切だ。
仮定を立てて、行動。まずはそこからだな。
俺は壁に握力だけしがみつく。
そのまま、壁を垂直に力任せに蹴る。
さっき失敗したことを逆に利用する。まさにPDCAサイクルだな。
5mの地点からの水平投射。
何度も言うが俺はもともと文系だ。
どうなるかなんてよくわからん。
だが、この世界には魔法があり、大抵なんとかなる。言わば、ニュートンさん激おこな世界だ。
さすがに重力そのもをどうにかできる魔法なんかは、ないのかもしれないが。
俺はどんどんと近づいてくる地面に、少し恐怖感を覚えながらも、第3の眼に力を込めて魔法を詠唱する。
「風よ我と共に。【ウィルガ】」
突風が向かい風になり、落下スピードが僅かに減速する。
だが、これだけじゃ足りない。
「水よ土と混ざりあえ。【デール】」
俺は着地地点の地面を沼に変える。
泥の飛沫を盛大に立てて俺は着地 (というか単なる落下の終息だな)を迎える。
「ふぅ、なんとかなったな」
せっかくの一張羅が泥まみれだが、怪我はない。
ダリューもさすがにこれで怒ることはないだろう。
後ろを見ると驚いた顔のジンがいる。
だいぶと距離も稼げたみたいだ。
俺は自ら作り出した沼を出ると再びコースを走り出す。
校舎を折れたところで、次の障害はすぐに見えた。
10mはあろうかという支柱にぐるぐると回る幹。
あぁ、某木人拳的なものね。
幹の太さや回る速さはまちまちだ。
これじゃ先に行ったメロウも相当苦戦しているだろう。
どうやら上空にはこの試練を素通りできないような対策がされているみたいだし。
うーん。どうやらあの回転する幹以外にも色々と厄介なものまでありそうだな。
「何が出てくるかまではさすがに分からないか……」
元SEとしては、何が起こるか分からないのに行動をしなければならないのは不安だ。
「おい、スフェール家の!」
追いついたジンが俺に声をかけてくる。
なんだ?さっき作った沼を元に戻さないとかダメだったりするのか?
その辺のマナーは箱入りに育ててもらったおかげで全くわからんぞ。
「なんですか?」
少しビクつきながらジンの方へと振り返る。
「貴様、その歳で魔法の心得があるのか?」
黒の長髪を今は後ろで縛っている少年は俺に質問を投げかける。
受験生の噂が本当ならこいつは南のミキシ国の王子らしい。
失礼をはたらいて外交問題とかになったら怖い。
「父の仕事の手伝いと、個人的に毎日訓練している程度です」
この世界の礼儀なんて全く知らない。ダリューに教わっとくんだった。
「そんな従者のようなしゃべり方でなくても良い。俺と貴様にはそのような縛りはない」
ダリューの馬鹿!メイド用語とかあるなら俺が使わないようにちゃんと教育しとけ!
「カスヴァル=ミキシ=グルータル=ウェリゼラ=ジンだ。ジンと呼べ」
ジンはそう言って右手を差し出してくる。
「スフェール=ペルヴナント=オーカです。よろしくお願いします。オーカと呼んでください」
俺も右手を差し出すとジンの方から強く握ってくる。
「よし、オーカ。1つ提案だ」
そう言うとジンはこちらに顔をぐっと近づける。
やだ、近い。
「俺と協力しないk……」
「いえ!恐縮ですが、結構です。自分の力でなんとかしますので!」
それでは!と、俺は顔に付いた泥を手で拭うと第二の障害物へと逃げるように走った。
ありゃ、俺を絶対利用する気だ。
元社畜の勘がそうささやく。
まぁ、あたったことなんか一度もない勘なんだがな。