長い手紙
「思い出の中から」
メールなんて、まわりで誰も使ってない時代だったので、長い手紙を書くのはとてもたいへんだったはずです。あんなにたくさん文字を書くと、きっとペンだこができるし、腱鞘炎になります。
バイト先を替えたボクは、当時パソコンを使ったことがなくて、先輩のキミに表計算ソフト(エクセルではない)を教わった。
スタイルがよくて、無邪気で、笑顔が素敵だと思った。
キミは4つ年下だった。
昼休みによく音楽の話になった。
キミに頼まれて選曲した日本のポップスのCD-Rを、1回1枚、合計3枚プレゼントした。
ランダムに10曲ほど思い出してみる。
岡崎友紀“ドゥー・ユー・リメンバー・ミー”
サディスティック・ミカ・バンド“影絵小屋”
RCサクセション“Oh! Baby”
桑江知子“私のハートはストップモーション”
鈴木さえ子“アメリカのELECTRICITY CO.(電気会社)”
久保田麻琴と夕焼け楽団“星くず”
斉藤由貴“ブルー・サブマリン”
井上陽水“海へ来なさい”
友部正人“すばらしいさよなら”
夏木マリ“むかし私が愛した人”
これらを含む、50曲くらいだったと思う。
キミはその選曲すべてを甚く気に入ったようだった。
「すごいよ、こんなことがあるなんて」と驚いていた。
「私の分身かと思った」と言われた。
キミがボクの部屋に来るようになり、泊まっていくことが増えていた。
或る時、バイト先の同僚がボクの部屋に来た。
ボクの部屋にはキミがいた。
その時初めて、キミは彼の恋人だと知った。
ボクは別の会社に入ることになった。
うちわで送別会を開いてくれた。
その席で、ボクは聞いた。
キミは彼と結婚して、南の島へ移住したのだ、と。
ボクに長い手紙が届いていた。
これまでボクに届いた手紙で、これほど厚みのあるものはなかった。
たくさんの便箋には無数の文字が犇めいていた。
でも、差出人の名前も、住所もなかった。
長い手紙の内容は、要するに、「ありがとう」と「ごめんなさい」の二言だった。
16/9/24 Sat. ~ 16/10/29 Sat.