第96話 妖精
お待たせしております!子どもの成長ってどうしてこう予測がつかないんでしょうね。などと言い訳をしながら、何とか間に合わせました。
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振り下ろされた長剣が、大質量とともに衝突する。
真っ向から衝突する剣戟の激甚さに火花が飛び散る。
5メートルを超す長身からの振り下ろしが獲物を真っ二つに裂こうと襲いかかり、不快な金属音が鳴り響く。
「おおぉ……!」
伝説の種族、巨人族の一撃を小兵が受け止める奇跡に誰もが目を剥く。
少年の危機に山の民の王子ドヴァーリンが決死の覚悟で窮地に飛び込んでいた。
「……手負いの状態では碌に話も聞けんと見える!」
山の民の強者が身体全体で長大な剣を受け止めている。
ドヴァーリンの持つ伝家の宝斧が巨人族の重撃を止め、今も激しく桔梗していた。
巨人族の長剣を受け止めるも、衝撃で周囲の土塊は跳ね上がり、ドヴァーリンの両脚が半ば地中に埋もれている状態だ。宝斧を持つ腕は筋肉が隆起しており、巨人族の一撃の重さを語っている。
だが、山の民の戦士に相応しい覇気を身に纏い、相対する巨人族の威容に負けていない。
「お前たちとは、爺様の代にドルーナ川以北の土地を巡って争ったと聞く!」
腹の底から大声を出してドヴァーリンが吼える。
「その気迫! その闘志! 知っているぞ!」
山の民の戦士がギラつく眼で巨人を見据えている。
「巨人族の戦士長ヴァルナークだな?」
「小賢しいわ! 小人の分際で吼えるな!!」
雄叫びのような戦士ヴァルナークの気迫に空気が震える。
鍔迫り合いを解いて振るわれる剣撃は、横一文字に敵を屠る。
「ぬう……!」
死神の大鎌すら幻視させる巨人の剣にドヴァーリンは引かない。宝斧を袈裟に返して迎撃している。
受け流した筈の一撃で身体ごと後方に吹き飛ばされるような衝撃がくる。
「“御使い”殿、下がってくだされ!」
身体ごと持って行かれそうになる小柄な兵が強靭な足腰で踏み留まる。
「ご主人様!」
「ドヴァーリン!」
アイリが飛び込んでユウを確保するが、少年は自分を庇ったドワーフを気遣って離れない。
両腕が痺れるのも構わず、ドヴァーリンは前に出る。自殺行為にしか見えない其れを後ろから見た者達は驚嘆する。
「兄者!」
「待て、トーリ!」
二人の従者が駆けつけるも状況は既に他者の介入を許さない。下手に間に入ればどちらかが死ぬ。そう思わせる程に苛烈な巨人の剣撃が続く。
「ドヴァーリン様!」
後方から魔法使いや弓使いが声を上げるがまだ遠い。敵味方が密集しており、とても援護を期待できない状態だ。
(あぁ、いや……! いや……!)
不意に聞こえてくる小さな声。
ユウの耳に届く其れは、いったい何者なのか。その理解が及ばないうちに巨人が更なる動きを見せる。
「忌わしい夜と闇の同胞共めが!!」
巨人族の戦士長ヴァルナークが激昂して雄叫びを上げる。
「くっ! お前の相手はこっちだぞ!!」
ドヴァーリンが対抗するように大声で注意を引く。
耳が割れそうな咆哮が周囲を圧する。
不快な金属音を撒き散らしながら、ドヴァーリンが再度の攻撃を凌ぐ。長剣や宝斧の刃に沿って赤い火花が明滅する。
風圧で身体が煽られそうな戦場に誰もが息を飲む。
「我は負けぬ! 我は退かぬ!」
巨人の声に異常を感じるのは誰もいない。
「盟友の危機を救えるのは、我をおいて他におらんのだ!」
再び雄叫びが戦場を支配する。
周囲を物理的に威圧する大声にユウやアイリは足を止められる。
其処を狙った一撃が繰り出され、死神の大鎌のような横殴りの剣撃が飛ぶ。
「くっ!」
咄嗟に抜き放ち、構えた少年の剣に銀色の光が迸る。
光明神の加護が齎らす銀光が今までで一番の光を見せた。
「オーリ!」
「応とも!」
少年の両脇から前に踏み込んだ山の民の戦士達が巨人の剣を迎え撃つ。
不快な衝撃音を撒き散らして巨大な剣が宙に止まる。
身体ごと持って行かれそうな衝撃を二人掛かりで止める。山の民が経験した戦いの歴史の中でも死闘と呼ばれ、語り継がれるドルーナ川の攻防を彷彿とさせる衝撃だった。
「「おおおおぉぉ……!!」」
助けられたユウの眼前に迫る長大な剣。其れを止めんとする二人の山の民の戦士達。
刹那の間に、少年は前へと踏み込む。自らの手にもヴァルナークの剣圧が掛かっている。
(お願い……! お願い……!!)
振り抜かれれば死。極限の緊張感が加護の銀光を輝かせる。
少年の持つ輝く白銀の剣にヴァルナークが目を見張る。
「前を空けろ! どけ!!」
誰かの声が戦場に響く。飛び出した影は二つ。双刃が左右から敵を屠る。
空気を斬り裂く音が聞こえる。
一人は双剣を叩き付けてそのままヴァルナークを押し込み、もう一人は斬りつけた後に空中で身を捻り、着地する。
空に舞うのは黒狼族のガルフ。地に降り立つのは猫人族のエージュ。
歴戦の戦士達がユウのためにと集う。
双剣を額に受けた衝撃で巨人が顔を背ける。だが、ヴァルナークは踏み留まり、ガルフを盾で止めていた。
双剣とは思えない重い衝撃音が響き亘る。“双剣”と呼ばれたガルフの猛攻を防ぎながら巨人が目を見開く。
「……その光、光の神の加護を受けし者か!?」
額から僅かに血を流したヴァルナークが驚愕の表情でユウを見る。
乱撃と呼べる双剣の舞いに、巨人族のヴァルナークから“気”が溢れてくる。
巨人の様子に何かを感じ取ったガルフも距離を取る。膠着した戦場に緊張感が充満する。
一拍遅れて獣人族の戦士達が武器を手に後方から集まってきた。戦場の状況など些事とばかりにヴァルナークが問う。
「お前は加護を受けし者か!?」
再度の問いに少年は困惑する。しかし、なお鮮烈な輝きを放つ銀光にヴァルナークは目を奪われていた。
巨人から剣圧と戦意が急速に失われていく。
「オオォ……!」
ドォン、とヴァルナークの両膝が落ちる。同時に彼の身体を覆っていた幻視の魔法が解けていく。木片を思わせる幻視は綻び、真実の姿が現れる。
其処には満身創痍の身体に鞭打ってまで戦う巨人族の戦士の姿があった。
その戦士の目がユウを追っている。視線を切らさず、何かを訴えかけるように見ているのだ。
緊張の糸が張り詰めていく中、巨人が信じられない行動を起こした。
「汝、天の御使いよ……! 盟友の窮地を知り、我らの願い、聞き届けたまえ!」
戦闘中であるにも関わらず、誇り高い戦士が地面に頭を下げた。
「ど、どういうことだ!?」
「巨人族が戦いをやめた? 信じられねぇ!」
周囲のどよめきを他所に、ユウの直感が囁く。この巨人は敵ではないと。
「戦意は無い……、武器も収めよう」
長剣を盾の内側に収めるヴァルナークは、其れを中層の大地に置いて手放した。
次第に少年への期待のようなものになって仲間達の視線を集めていた。そんな状況下で誰もが少年の次の言葉を待った。
見れば、ヴァルナークの身体には大小の傷が無数に付けられており、所々で出血している。
ドヴァーリンが手負いと言った意味は此れかと誰もが得心する。
ユウは慌てて己の剣を鞘に納める。敵意の無い者に剣を向ける訳にはいかない。
「……話を、聞かせてもらえるか?」
なんとか声に出した少年にヴァルナークは視線を向こうへと投げる。
「此方だ……」
大股の一歩で近くの瓦礫が集まる場所へと向かう。
無防備に後ろ姿を晒す巨人族に攻略組の誰もが理解出来ない行動を見るような顔をしていた。
中層の床を数歩進んで止まる。ヴァルナークが其処で膝をついた。
振り向いた顔はユウに縋るような色さえ見える。
「寄る辺ない幼子を……! この世界樹に宿る精霊の若木のひと枝を、どうか護らせたまえ!」
「それは、どういう意味……?」
ヴァルナークの声にユウは巨人に敵意が無いことを周囲に知らしめたかった。
まだ攻略組の殆どが戦闘態勢を崩していなかったからだ。
だが、そんな少年の心配を他所にある事態が彼らを惹き付けてしまう。
透き通る花弁が光を浴びたかのように輝き出す。人智を超えた神秘的な光が見る者を惹きつける。
精霊の落し物と呼ばれた白銀の花が綺麗に花開いていく。
巨人の手元で顕れる神秘的な現象に誰もが注目する。
完全な姿を見せる稀有な花が白銀の光を纏う。その光が中央の花弁に集まってゆく。
そこから姿を現したのは小さな生命。
「おい、あれって……!?」
「嘘だろう?」
「精霊の落し物が、開く瞬間なんて……!?」
探索者達が次々と驚きを口にする。
「嘘! まさか、そんな事って!?」
耳長族の王族であるアリエルですら驚きを隠せなかった。
魔法使いですら言葉を失ったまま事の成り行きを見つめている。
「妖精族なのか!?」
一行の誰かが言った言葉に全員が反応する。
白銀の花弁を咲かせる秘密の花園に降り立つ人智を超えた存在。
妖精郷と呼ばれる精霊達が群れ集う場所に住んでいると噂される種族。誰も伝承だけで見た事すらない小さな妖精の存在に息を飲む。
「本気かよ……!?」
少年が絞り出した声はその場にいる全員の其れを代弁していた。
妖精族ーー。
神と人の中間的な存在として其れは存在する。
精霊が受肉した姿とも言われ、その存在は古くから語り継がれており、様々な神話や伝承の中に現れている。
曰く、人に運命を告げるもの。好意的なもの。悪戯したり、騙したり、時には障害として立ち塞がるもの。
剣と魔法の世界である異世界においても其の存在は神話の時代から脈々と語り継がれており、実際に妖精族の手になる様々な魔法薬や錬金術の材料などが一部の幸運な者達によって齎されている。
現代日本においては妖精と言えば、映画や小説などサブ・カルチャーの影響で幼い子どもの姿を連想することが多いのではないだろうか。
その語源は古代ローマ帝国時代まで遡り、人の出生を定める運命の三女神によって其の概念が定着化したとも言われる。
その後、妖精の概念は土着の宗教観念や妖怪や怪物の伝承などと混合していき、人間と同じ姿に限らない妖精が登場することになった。
特に、ケルト民族の神話、伝承には様々な姿を持つ妖精が登場する。
ケットシー、レプラコーン、バンシー、ウィルオウィスプ、メネフネなど多種多様な種族の姿を取って語られている。ファンタジーでは定番となったゴブリンやドワーフさえ、妖精種として登場する。
有名なところでは、「アーサー王と円卓の騎士」の物語にはアーサー・ペンドラゴンにエクスカリバーを渡した湖の妖精などがそうだ。
(……!)
幼い子どものような高い声。
今度は、はっきりと聞こえてくる。
眼前の精霊の落し物と呼ばれる花から少年の耳元へと届く確かな声。
(使徒、様……!)
花開く白銀色の花弁。其れに重なり合う薄い緑衣。その白く輝く衣がフワリと開き、実体を持つ妖精が姿を見せていた。
小さな妖精族の少女が無防備に姿を晒す。妖精が住まう国に行くことすら困難な事を知る耳長族の王女アリエルが有り得ない事態に困惑する。
淡い金糸のような髪。透き通る肌色。黄金色の瞳を涙で濡らした少女が人族の少年を見つめていた。
(使徒様……!)
真摯な眼差しが訴える窮状は予想だにしないものだった。
小さき者の声が響く。
(助けて……。ママを、助けて……!)
震える妖精が求めたもの。其れは、彼らの母なる存在の救出だった。
虐げられた者達の悲鳴が、またひとつ迷宮で消えた。虐殺され、事切れていく小さな生命達。
高笑いが響く坑内で妖精族を切り刻んだのは闇色の肌を持つ者達。悪辣な魂が放つ腐臭が坑内に澱んで漂い、鼻につく。
狂気を孕んだ笑い声が響く中、嗚咽のような女の泣き声が聞こえてくる。
押し殺した哀しみと溢れ出す悲しみに己の感情を保てないような嗚咽だった。女の顔は見えない。
薄暗く灯りも無い場所に入れられているのか、ジメジメした空気が不快感を増す。
その足元では巨大な樹木の根が蠢き、女を絡め取っていた。変異種の巨木に絡み付かれ、女は身体を鉄の鎖で縛られている。鎖は巨木にも巻き付いている。縛られた肌が赤く焼けているのか、爛れた皮膚が裂けて血が流れ落ちているようだが、暗く灯りの無い部屋では確かめることも叶わなかった。
終わらない笑い声。充満する鉄と血の匂い。
女は涙を堪えることが出来ないというのに、小さな声のする方向へと視線を向け続けている。
消えていく小さな生命に、我が身を切られるような憤りと深い悲しみが交互に襲ってくる。
長い耳と闇色の肌をした戦士達が守る祭壇に、女は呪詛のような怒りをぶつける。其れが跳ね返って我が身を焼こうとするかも知れないのに。
女は己の罪に苛まれ、生きながら身を斬られ、それでも小さな者達へと向かって叫ぶ。もう声は枯れ果て、言葉も出せないというのに。
下弦の月が夜空に浮かぶ。見えない筈の月に自分の運命を知らされる。
“妖精女王”が闇堕ちさせられる儀式の日まで、残された時間はあと僅かしか無かった。
迷宮に潜む闇の勢力。止まらない殺戮に妖精族のリリスは泣き腫らすしかなかった。盟友を救うべく奮闘したヴァルナークすら手を焼く闇色の肌をした種族。その目的は何なのか?
次回、第97話「盟約」でお会いしましょう!




