第93話 拙速
お待たせしました!ペースが乱れてしまって申し訳なく思ってます。早速、「迷宮都市〜光と闇のアヴェスター」本編の続きをご覧ください!
ユウ達、迷宮攻略組は地下5層を突破して奥へ奥へと急いでいた。
幸い、殆どの者が怪我も無く付いてきており、上級探索者達の実力が窺い知れた。
「遠距離から削れ! 向かって来たなら止めろ!」
指揮官の号令に前線組が反応する。
二人組になった探索者達が盾持ちを主力に確実に足止めし、もう一人が仕留めていく。
迫る魔獣の群れに誰もが臆することなく止め続けている。
「行ったぞ!」
「任せろ!!」
大質量がドン、と轟音を立てて立ち止まり、其れを上級探索者達が押し留め、あるいは威力をいなして討ち取っていく。
仲間達の死を見た巨獣が絶叫のような雄叫びを上げる。巨躯から湯気のような熱気をあげて怒れる猛牛へと変貌していく。
黒褐色の体毛を押し上げて筋肉が隆起する。
「Vuumoooo!!」
固い迷宮の地面に足跡を残しながら上級探索者が巨獣を制止する。
「エージュ!」
虎人族の戦士が勇猛と名高い氏族に相応しい膂力で突進を押し留めている。その隙を狙っていた猫人族の戦士が素早い動きから首筋へと剣を振るった。
血飛沫を上げて倒れる巨躯に見向きもせず、エージュが剣を納める。どう、と地響きを立てて魔獣が崩れ落ちる。
其れに一瞥もくれない黄金色の瞳が次の獲物を狙って獰猛な肉食獣のようにギラついていた。
「大したものだ!」
虎人族の男がエージュにエールを送る。
「オーロックスを一撃で沈める、か……!」
「ガス。前にも言いましたが急所があるのですよ」
それでもだ、と話すガスにエージュは抜刀して応える。
「そんなことより、次が来ますよ!」
肩を回しながら話すガスは、倒れた巨獣を見遣る。友の戦果に胸を焦がすような衝動が湧き上がる。
「次は俺の番だぞ?」
獲物を取られるような危機感を覚えてガスと呼ばれた虎人族の戦士がエージュに釘を指す。
やれやれと肩を竦めるエージュに、言質を取ったとばかりにガスが気炎を上げる。
「ああ、燃えてきた!」
手甲をつけた拳をぶつけ合い、獰猛な戦士が嗤う。
遠方から迫る巨獣を見て、何の怯えも躊躇いもない。ただ己の武威を示す好機とばかりに虎人族が吼える。駆け寄る巨獣が突進の速度を上げる。
「Vummoooo!!」
「おお!!」
吼える虎人族の戦士が手甲だけを頼りに巨獣に挑む。
そこかしこで繰り広げられる肉弾戦に地下迷宮は湧いていた。
むせるような闘いの熱気を感じて、その場の戦士達が次々に先陣を切って行くのだ。
シガ・ニオの神が御照覧下さる戦いだ。彼らはそう信じている。だから、誰も策を弄するつもりが無い。正面から食い破り、抗う敵を仕留めていく。
獣の本能に従うまま、戦いの渦中に身を投じるのみ。
そんな友を見るエージュの顔もまた闘いに興じる戦士の其れであった。
「このっ!」
「気をつけて! 次は右!」
上級探索者に援護されながら、ユウは巨獣の突進を捌いていく。
振り抜いた魔法剣が頼りなく思える状況に、思考が麻痺してくる。
「Vuuuuummooooooo!」
絶叫のような咆哮。腹に響く蹄の音。
迫る大質量の巨獣に息つく暇も無い。
右に、左に剣を振い、眼前の敵と切り結ぶ。
(こいつら、本気かよ!?)
突進して来る巨獣を見て、内心毒づく。
捌き切れない程にやってくる魔物にユウも辟易としてくる。群れと遭遇してからと言うもの暴れ回る巨獣達に手を焼かされっ放しだ。
敵も生き残るため広い場所を選び円を描くように周回している。勢いのまま相手を踏み潰し、突進で体当たりして吹き飛ばす。野生の獣と同様に群れを統率する個体がいるのだろうか。次々とくる襲撃に少年は体力を削られていく。
それでも立ち塞がる魔物を討つべく前を向く。ユウにも生きて帰らなければならない理由がある。
無意識のうちに新しい個体を狙って剣を構える。剣筋を静止させて己の精神を落ち着ける。
自分に向かって突進してくる個体に集中する。少年の後ろでは護衛のパームが構えを取るところだった。
「また来ますよ! 集中して!」
「分かってる!」
まるで巨獣の突進を見切るように体を捌き、魔法剣を叩き込む。少年の一撃に護衛も感心していた。
「せいやっ!!」
ユウの一撃を見越して槍が背後から唸る。
間髪入れずパームの槍が振るわれる。数ヶ所を突き破った衝撃は魔獣の足を止めていた。
そのまま押し込む黒狼族の女戦士であるパームに感嘆の声をあげながらも、ユウは一旦間合いを稼ぐ。二十代の彼女は体格的にも少年より馬力がある。
「次に備えてください!」
「ああ!」
戦いの最中、いつの間にかアイリを援護してくれていた彼女が護衛代りに付き添ってくれている。
ガルフと彼の仲間たちだけでは乱戦時に支障があるのだろう。黒狼族の戦士達が入れ替わり立ち替わりに少年に付いてくれる。
「上手い立ち回りですよ!」
どうも、と彼女の称賛に応えるが視線は前から外さない。
前衛で戦うアイリが自分と同じ様に巨獣と戦っているのだ。
(アイリ……)
危険な前衛を買って出た彼女を心配するユウだったが、先程から彼女の方は危なげない槍捌きで巨獣の突進をいなしている。
(この世界では生命の価値は軽い……)
医療技術の遅れた異世界。
大怪我をすれば即座に生命に関わることになる。優れたポーションの類いや回復魔法はあるが、医療技術の格差を知っているたけにそれだけでは不安を拭いきれない。
(無茶はしないでくれ!)
生命の危険を承知で自分の使命に同行してくれた少女。
今はブリドラと張り合ってはいるが、その気持ちを無駄にすることは出来ない。
誰かが迫る巨獣に警戒を促す。
叫び声のような指示が矢継ぎ早に飛び交う。気を抜けば誰かが後ろから追い抜いて行き、置いて行かれそうな感覚になる。
そんな戦場で一瞬、前衛の少女が振り返る。その黒曜石のような輝きを宿す瞳と少年の視線が合う。
可憐な笑みに、時を忘れる。
すぐに前を向いたアイリの背中に揺るぎない闘志を感じて、少年は知らず口角を上げていた。
緊張感を切らすことなく探索者達が迷宮の先をジッと窺う。
暗闇の中に僅かな生物の気配を感じる。
立ち止まり、姿勢を低く構える。長年の勘が伝えてくる危機感に首筋がチリチリとする。
中層のひとつ手前の階層で斥候職達が接敵していた。
(何かいる……)
音を立てずにジリジリと距離を詰めていく。その先に何かの気配を感じて肌がピリつく。
潜む敵が姿を見せない。耳をそばだてて周囲の音を拾うが捕捉できない。
見えない敵が潜んでいる。その直感が警鐘を鳴らす。
(複数で潜んでやがるな。それも遠くじゃない……!)
何処だ、と視線は闇の奥を食い入るように見つめる。
暗い影が集まったような闇は、光を拒むように奥へと続いている。
仕掛けるか、と逸る気持ちを抑えて後ろの仲間たちへ合図を送る。物陰に身を潜めた仲間たちも意を汲んでくれたことだろう。
「……!」
壁際に寄って左手に小楯を構える。右手には小さな珠のようなものを握っており、確認するために一瞥する。
音を立てないように行動する斥候職達に緊張が走る。
男がゆっくりとした動作で、右手で迷宮の奥へと放り投げた其れは壁面や床に音を立てて跳ね、次に音と光を発した。
刹那、一条の雷撃が迷宮内を照らす。
いたぞ、と斥候職の誰かが叫んだ。
「闇の下位精霊だ!」
「行け! 魔法職だ、魔法職を連れて来い!」
後方の仲間に前を向いたまま指示を出して警戒を続ける。乱れ飛ぶ一条の雷撃が二つ、三つと増えていく。
「こいつらは早いぞ! 抜かれるな!」
「あいさ!」
腕が鳴りまさぁ、とナイフ使いが構えを取る。
直ぐに男達は安全な距離を取って撤退する。無駄に戦闘はしない。情報を持ち帰り、仲間たちに伝えるのが仕事だ。
一斉に動き出す彼らを追って、迷宮内から暗い影が浮かび上がる。影が恨み辛みを負って魔物化したような姿が実体化していく。宙を飛び交い、迫り来る姿に戦慄する。
「うようよいるな!?」
「はは、団体様のお出ましだぜ!」
「お前ら根性見せろよ!」
ベテラン勢が後続を逃がすために戦闘を買って出る。この情報を持ち帰る事が最優先事項だ。
「Luuuuu!」
風鳴りのような呻き声が迷宮内に響く。
戦意喪失を招く状態異常をもたらす声だ。ベテラン勢が身を屈めて耐えている。その硬直を狙って雷光が舞う。
「あちっ!」
一条の雷光が掠ったのか、斥候職の誰かが声をあげる。
「情けねえ声を出すな! 迎撃しながらゆっくり後退だ!」
撤退戦を指示して先頭の男が合図を送る。後方がつかえては撤退もままならない。
仲間達を率いる男は飛び込んできた闇の下位精霊を振り向きざまに一閃する。闇が黒い霧のように霧散して散っていく。
「ちっ、こいつら……!」
「左右で挟むか?」
仲間からの提案に男は視線を向けないまま返答する。前方からの圧は気を抜けない。
「いや、このまま注意を引いておく。上からなら、その方が早い」
「あいさ!」
イヒヒ、と笑う声に狂気じみたものを感じつつ、音は撤退を指揮して下がる。
「数いる魔法使い達で殲滅する……。なんとも贅沢ですねえ!」
「そういう事だ!」
魔法職が貴重な兵種だと知っている斥候職だからこその用兵に彼ら自身も高揚していた。
「面白くなってきた!」
迫る闇の精霊達を右に左に斬り崩して後方の味方が来るまでの時間を稼ぐ。
「光弾!」
魔法を使える斥候の一人が闇の精霊を仕留める。光属性魔法で消滅する精霊種に、彼らはやれると自信を深める。
その間隙を突かんとして雷光が次々と襲ってくる。
「弾け、弾け! まともに喰らうなよ!」
先頭に留まる男が指示を飛ばす。
「たまんねぇな!」
「いつ以来かねぇ! ゾクゾクするぜ!」
獣人族社会でも名前を知られたベテラン勢が奮闘する。数々の戦場で背中を預けた仲間達の存在に互いに持てる力を出し合っている。
短刀や投げナイフ、短弓などの軽装備しかないと言うのに闇の下位精霊達を仕留めている。
一見すると何の変哲も無い短刀には持ち手の部分に属性魔法石が埋め込まれており、持ち主の魔力に応じて火属性を付与するのだろう。
闇を切り裂く動作に赤光の輝きが走り、幾許かの火の粉が舞い散っている。
投げナイフを使う斥候職もそうだ。投擲するナイフの刃は魔銀製であり、込められた特殊な魔法のせいで数秒後には投げた本人の手元に戻って来ている。
獣人族の高い身体能力に魔法付与された武器が組み合わさって軽装備でも十分な戦果を上げている。
一撃離脱。決して無理せず、深追いせずに一体ずつ確殺していく。
「あらよっと!」
振り抜いた鉈に近い無骨な短刀を構え直して息を撒く。
「こんなもんかよ! 来いよ、オラッ!!」
荒くれ者どもが命懸けで時間を稼ぐ。その意味するところは彼ら自身が他の誰よりも理解していた。
「無理すんな、撤退だぞ!?」
「まだまだ行けるぜ!」
死亡率が高い撤退戦だと言うのに斥候職達の戦意は高揚して止まない。
“御使い”とともに時代を斬り開く戦いに挑む栄誉が興奮とともにそうさせるのか。常に危険地帯へと踏み込んで行く彼らの足が止まらない。
人知れず戦う斥候職達の奮闘が迷宮内で繰り広げられていた。
「気を付けろ!!」
誰かの叫びが響いた頃、群れを形作った精霊達が大きな群体となって動き出していた。
途中で触れた岩盤や防具などの一切をボロボロに崩していく。
「やべぇ!」
迷わず飛びすさり、斥候職のひとりが受け身を取って起き上がる。
すぐ近くにいた仲間がまともに喰らって身体を溶かされていた。蠢くように蠕動する闇の下位精霊達が群体としての意思で襲っているのだ。
生物としての死を感知したのか、新たな獲物を見つけたのか。闇の色合いが深く、濃くなっていく。
「まずい! 無理に交戦するな、逃げろ!!」
その言葉を最後まで言い切る程の時間はなかっただろう。
群がる闇の精霊達が生き物を殺す。生命活動を停止させる呪いのような闇の祝福を群れ全体が放っていく。
肉が溶け、身体が、骨が、身に付けた装備ごと崩壊していく。倒れる男の亡骸は何も残らず、手放した鉈剣だけがカランと迷宮の中で乾いた音を立てた。
「おい!」
「くそっ! 撤退だ!!」
俄かに騒めく探索者達に闇の下位精霊達が殺意を向ける。雪崩をうつように次の標的を狙って殺到する。
「Llluuuuuuu!」
乾いた風のような、しかして呪詛のような精霊達の声が聞こえてくる。闇は色を増し、密度を上げる。
状態異常を振り撒きながら、探索者達を狙って闇の下位精霊達が迫る。
「Llluuuuuuu!」
名状し難い殺意を孕んで群体となった闇の精霊達が狂気の産声を上げる。その声を聞いた者を次々と餌食にして屠り続ける。
阿鼻叫喚の迷宮内で幾筋もの光明が駆け抜けたのは次の瞬間だった。
「光の矢!」
魔法職による渾身の一撃が闇を切り裂いて空を駆ける。
着弾した光の矢が群体を貫いて光が闇を相殺していく。
バラバラになった闇の下位精霊達が新たな敵に警戒の色を示した。
「大丈夫ですか!?」
魔法使い達の声に安堵の色を顕にする。
“黎明の杖”を手に現れたのは人族の魔法職。眠りの森の異名と共に大陸中に其の名を轟かせるフリッツバルドであった。
常とは違う魔物の群れ。現れる古の闇の精霊族。異質な様相を見せる迷宮の闇に、攻略組は仲間を失いながらも前進する。フリッツバルドが見せる数々の“魔法”が其の杖の名の如く、新たな夜明けを呼び込むのか。
次回、第94話「黎明」でお会いしましょう!




