第91話 競争
朝夕がめっきり寒くなり始めてるところ、皆様お変わりありませんか? お待たせしました!
「迷宮都市〜光と闇のアヴェスター」本編の続きをご覧ください!
瘴気漂う迷宮の入り口は以前とは全く違う異様な雰囲気を醸し出していた。
闇の魔力の影響により活性化した魔物が彷徨うのだ。入った時からずっと何かの咆哮が聞こえてくる。気味が悪い熱気のような何かに支配された迷宮内は前回入った時とは文字通り大きく様変わりして変質していた。
「騒がしいこった!」
近寄る魔物を斬り捨てながら誰かが吼える。
ユウも群れ飛ぶ皇帝蝙蝠を小盾で弾き、向かってくる個体を剣で捌く。
魔物が群れ、集団を形成する側でキイキイと耳障りな鳴き声が迷宮内で木霊する。叩き落とす際も声を上げるため接敵から騒がしくて仕方がない。
しかも蝙蝠種としては最大級の大きさを持つため戦闘でも簡単にはいかない。現代で言えば哺乳綱コウモリ目大翼手亜目に分類されるだろうか。
呆れるほど大きな個体ばかりの群れは、小さな探索組だと全滅する危険性があるように思える。迷宮攻略組でなければ苦戦は免れないはずだ。
少年の傍らにいたアイリも前線に上がっている。
駆けながらすれ違い様に次々と魔物を間引いている。襲ってくる魔物だけを殺し、他は無視して進むタイムアタックのような攻略法に少年は今更ながら不安を感じていた。
(まったく別の迷宮に来たみたいだ……)
入るなり始まった魔物との戦闘に、誰もが返り血に濡れている。
「確実に潰す必要はない! 後続に任せて進め!」
全員が足を止めずに魔物の群れに突っ込んで行く。先程から少年の頭上を飛び越していく個体が増えた。
それすら個体の大きさが翼を広げれば2メートル近くあるためヒヤリとする。確実に地球上の蝙蝠種より大きいだろう。ただ、迷宮の其れは噛みついた獲物の血と魔力を吸うのだが。
本来、地上に近づく種ではないため出会うのは中層以降の筈だ。
攻略組の全員が違和感を覚えながらも前へ進む。
(蛇神の遣いの時みたいに下の階層の魔物が上がってきてるのか……!)
危険性を増した常とは違う迷宮に、少年は身震いする。
だが、周囲には闘志を漲らせた戦士達が付き従う。彼らの強い意志と迸る熱意が頼もしく感じる。
不安はある。けれど前へ進むべきだ。
そう思えるほど迷宮攻略組全体の士気は高い。
駆けながら近寄る魔物を斬り捨てて行く。戦闘と言うより作業に近いのではと思えるほど獲物には事欠かない。
そんな迷宮一階層に突入して、魔物達との衝突は激しさを増す。
(これが活性化した迷宮か……!)
光明神が言っていた世界樹の迷宮本来の姿ーー。
魔物が群れ集う悪鬼の巣窟。闇と夜の領袖が作り上げた生命と死とが相反する戦いの舞台。
少年は使徒であるが故に戦慄する。果たして何人が生きて帰れるのかと。
獣人族を巻き込んでしまった後悔が心を過ぎる。
頭では分かっている。彼らにとっても他人事ではないのだと。
それでも、この危険な迷宮の攻略は決して一人では成し得ないのだ。そして、同時に自分がいなければ決して成し得ないのだとも。
剣を握る手に、意志を宿すように力を込める。
眼を逸らしたくなる衝動を意志の力で抑え込み、前だけを見て走る。
ユウは己の使命に従う。迷宮踏破こそが、この異世界の未来を繋ぐ唯一の方法だと信じて。
誰にも打ち明けることの出来ない宿命を抱えて進む少年に魔物達は牙を剥き、爪を浴びせる。
今は考える時ではない。そう自分に言い聞かせてユウは振り上げる剣に魔力を込める。
闇を切り裂く銀色の剣線が、この異世界を救う希望になることを彼はまだ知らない。
ブリドラとアイリが競う。
迷宮攻略の最前線で二人の槍使いが舞うように戦い続ける。
魔物達の生命を刈り取りながらお互いを意識して進む。
ブリドラの突き出す鋭い槍が魔物を屠れば、アイリの繰り出すしなやかな槍が魔物を穿つ。
どちらもが最上。どちらともが見事な腕前を披露して魅せる。
最前線に身を置きながら、二人は競い、前へと進む。戦士としての己の矜持に掛けて引くことの出来ない戦いに、だ。
アイリは思い出す。迷宮突入の直前、この無頼な槍使いに反発したことを。
「おい、お前。辞退しろ」
最初、アイリはこのブリドラという猟豹族の男の言う意味が分からなかった。
「“御使い”様をお守りする大役には足りてない。役不足だ」
自分がユウに見合わない、と言われたことに瞬時に怒り心頭に発した。
(何を言ってるの!? 彼が苦しい時に守ろうとしないどころか側にもいなかった猟豹族のくせに!)
気づけば彼女は槍を手にブリドラを拒絶していた。
「ご主人様のそばに素性の知れない者は置けない!」
空気が軋む。二人の槍使いが互いに牽制する。緊張感は高まり、周囲の者達も気配を感じて集まってきた。
そこからの詳しい遣り取りは覚えていない。激しい怒りが彼女を衝き動かし、戦いの成果で証明してみせると互いに言い張ったのだ。
同族の戦士ガルフの仲間が止めに入らなければ決闘すら受けて立つつもりだった。
そんな最悪の邂逅から数刻、迷宮に突入する一行のなかで最前線に立つブリドラを見てアイリは負けられないと思ったのだ。彼のために最前線に出ることを決意するほどに。
「少しは槍の握り方を知ってるな!」
長身痩躯のブリドラがアイリを嗤う。その笑みが冷笑と知って彼女も応じる。
「この技は黒狼族の戦士だった父から受け継いだ。侮辱するなら相手になる!」
ハッとブリドラが嗤う。この猟豹族の戦士のシニカルな行動は、時にガルフ達をして謎だった。
「相手が違うだろ! お嬢、ついて来れんのかよ!」
「また馬鹿にして!」
迫る皇帝蝙蝠を槍で捌きながら彼女はその体力で前線を前に押し遣る。
それを見たブリドラがギアを一段上げる。
「ついて来い! 槍使いの戦い方を教えてやる!」
猟豹族の戦士は兵種としての槍使いの完成形に近い男だった。
力強さ、素早さ、いずれも申し分なく、迷宮の魔物を相手に無双している。
後を追うアイリの眼からしても悔しいが一枚も二枚も上手だ。
体幹の強さ、体重移動から連携した突き技の数々。有無を言わせぬ突破力は本物だ。黒狼族で異名を取る双剣の探索者仲間というのは伊達ではない。
(この男に遅れを取ればご主人様に迷惑を……。いや、その前に私が負けたくない!)
死んでも喰らいつく、とアイリが吼える。
上空から襲い掛かる皇帝蝙蝠の集団を瞬く間に減らし、ブリドラを追いかける。
周囲には長剣や盾を使う戦士達が前線を押し上げるべく奮闘している。
そして、その後方には魔法剣を巧みに操るユウの姿があった。今、彼の側にはフリッツバルドやエルダーが陣取っている。
下手な妄想を追い遣り、アイリは前を向く。
「証明してみせる!」
小さく呟いた誓いは誰の為か。
黒狼族の少女は戦場を突き進む。まるでそれしか方法を知らない戦鬼ように戦いに身を置き、荒れ狂う。
舞い上がる血風は死と暴力を呼び、更なる獲物を求めていく。野性の血が昂るままにアイリは最前線に居続けたのだった。
迷宮突入から一刻後ーー。
既にユウ達、迷宮攻略組は地下四階を進んでいた。
活性化した迷宮本来の姿に、皆が驚きつつも確実な成果を掴んでいる頃、ひときわ喧騒のような魔物達の鳴き声が響いた。
「Gya! Gya!Gyayaaa!」
「ちっ、早いな……」
地下に潜った彼らを歓迎するのは人形の魔物。幾許かの知性を持ち、集団行動をとる悪鬼の類い。
醜悪な外見を持ち、手製の石斧などで武装して集団で狩りをする。小鬼との衝突である。
「盾持ちを揃えろ!」
「急いで組め! 後ろは任せて前を向いてろ!」
上級探索者達も行動は早い。見る間に隊列を整えて小鬼との集団戦の準備に入った。20人近くが盾を並べ、今や遅しと迫る脅威に備えていた。
(小鬼……、あれか!?)
緑がかった灰色の肌。剥き出しの乱杭歯。体毛はなく、醜悪な姿は見る者に忌避感すら覚えさせる。
ぞろぞろと湧き出るように増えていく姿にユウは佳日の苦い思い出を振り払う。其れは、魔物を使役したダナ・ピジン率いる闇の勢力との死闘だった。
眼前に迫る新たな闇の勢力の参戦に迷宮攻略組全員が戦闘体制に移った。
「Gya! Gya! Gya!!」
小鬼達は我先に新たな獲物に群がる。生存本能優先の行動原理に誰もが辟易する。血に飢えた魔性が探索者達を見つける。
衝突はすぐに起きた。
間断なく波状攻撃を仕掛ける小鬼達に誰もが強面を作る。人族が弱味を見せたら容赦なく襲ってくるのだ。
「押せ!」
「うおおおおォォォォーーー!」
ガルフの号令一下、盾持ち達が力任せに小鬼達を押し退ける。
「突け!」
「うらあああァァァァーーー!」
盾の隙間から槍の穂先が次々と突き込まれる。緑色の血が迷宮に染み込んでいく。
予期せず集団戦となった探索者達と小鬼達の戦闘は、押し寄せる小鬼達に迷宮攻略組が組織的な戦いを挑む形で始まった。
「討ち漏らした小鬼は確実に仕留めろ!」
おそらく一つの群れなのだろう。百を超える人形の魔物がこちらに駆け寄ってくる。
「Gya! Gyayaaa!」
仲間達が殺されたのを見た個体が叫び、群れ全体に伝達する。その熱気に冒されていくように小鬼の群れ全体が凶暴化していく。
ガルフが討ち漏らしを仕留めるよう指示していた理由がこれだと少年にも理解できていた。
殺到する小鬼達にユウも交戦する。陣形など取らない魔物は生き物のように形を変えて後方の女性探索者を狙っていた。アイリも流れるような槍捌きで次々と仕留めている。混戦模様になっていく戦況にガルフも矢継ぎ早に指示を出す。
「前線を維持しろ! 後続は討ち漏らしを押し返せ!」
足を止めた盾持ちのために残りの探索者達が入れ替わり立ち替わり戦線に参加する。
醜悪な姿を見せる魔物の血飛沫が飛び、地面に倒れ伏していく。短時間で過半数を仕留めた頃、小鬼達が反転し、我先に逃げ出して行った。
「やめ! 各自で装備を整えろ、次が来る前に移動する!」
指揮官の号令に応じる探索者達を後方の山の民、ドヴァーリン達が見ていた。
「“双剣”殿は指揮も執れるのか……!」
「うむ、見事なものだ」
オーリの驚嘆にドヴァーリンが答えた。その瞳には油断なく装備を整えて、ガルフの号令を待つ探索者達の姿があった。一国の将たる器を示された気がして、ドヴァーリンは唸った。
「これは“御使い”殿がそうさせるのか……、それともガルフ殿達の技量がもともと高いのか……」
己の立場を捨ててまで“御使い”に同行することを選んだドヴァーリンにとって、世界樹の迷宮という戦場で国軍大将のように振舞うガルフの姿は、本来なら自分もあのように一軍を率いていたのではとすら思わせる程だった。
第一王子として国の為に槌を振い魔物達と戦う、そんな未来を彼は自らの意思で捨ててきていたからだ。
「オーリ! ドヴァーリン様も。油断しては足元を掬われるぞ!」
トーリの諫言に主君たるドヴァーリンも現実に引き戻される。
「……分かっている」
ドン、と伝家の宝斧を地面に突いたドヴァーリンが応える。
「この程度、山の民にはぬるいわ!」
その意気ですぞ、と持ち上げるオーリを置いて山の民の第一王子は迷宮の奥へと進む。
その勇姿を見たオーリとトーリの二人が槌を握り締めて追従した。
移動を始めた迷宮攻略組の一行は地下五階へと続く階段を探して進んでいく。
「ユウ!」
ガルフの声に黒髪の少年は立ち止まることなく顔を向けた。
「大丈夫か? 無理に前線に出る必要はない。むしろ全体を把握するために俯瞰して見渡すんだ。いいな?」
師匠たる彼の言にユウが頷く。
「おそらくだが、連中には群れの本隊がいる。この階層にいるのなら階段前の広場で待ち構えるだろう」
師匠の冷静な状況判断に少年も同意する。
師と共に赴く戦場で、今度は肩を並べて戦うだろう。その戦いに臨む自分が、いつに無く高揚しているのが分かる。師の期待に応えたいと。
「もう一度ぶつかるぞ。行けるか?」
「はい!」
気合い十分に返事をする少年にガルフも口角を上げる。
いよいよ近づく下の階層へと続く階段のある場所に、一行の士気は鰻上りだ。先程の戦闘の興奮も冷めやらぬうちに階段前の広場へと突入する。
其処にいるのは果たして百匹に迫る小鬼の群れ。数体の上位種らしき個体が群れの中心に見える。騒がしい鳴声をあげて今か今かと戦闘になる時を待っている。
「進め、蹴散らすぞ!」
応、と鬨の声を上げて探索者達が突撃する。放たれた魔法や弓矢が機先を制するべく乱れ飛ぶ。
「Gya! Gya!」
秩序無く群れ集うような動きを見せる小鬼達が探索者達を迎え撃つ。激しい戦闘の火蓋が切って落とされていた。
戦場は前面が衝突するや小鬼達の防御を抜いた探索者達が斬り込み、すぐさま混戦となった。
激しくなる一方の戦いはユウにも敵を斬り、止めを刺す機会を与えてくる。魔法剣を器用に使い熟す少年にとっても敵味方が入り乱れる戦場は初めてだった。
(本気か……! ここまで無茶苦茶な戦いになるなんて!)
右の敵を斬った直後には前から、左からと次々に小鬼が迫ってくる。
頭上を後方の魔法使い達が放つ火の玉が飛び越えて、着弾した爆発音が途切れることなく聞こえてくる。
気持ちが冷えていくのを感じてユウは冷静さを保とうと必死だった。血の匂いが充満したせいか、騒めくような不快さがあるのだ。
「上位種を倒したぞ!」
味方の声が響く。戦況はこちら側に傾いているのだろう。それでも、まだ他の上位種がいた筈だ。奇声をあげる小鬼達は一向に減らない。
(まだか! まだ突破できないのか!?)
斬りつける魔法剣の銀光がユウの心が乱していく。
少年を狙った凶刃に護衛として張り付くエルダーや他の探索者の剣が小鬼の血を撒き散らしていく。
焦る少年の心がおさまらない最中、戦場の一角で更なる悲鳴が上がる。
地響きが続き、大質量の何かが地面を持ち上げるような感覚がユウの足元を襲った。
「危ない!」
突然の拘束になす術なく倒された少年が見たもの。
其れは階段前広場の地面を突き破って現れた新たな魔獣の姿。
頭に角を持つ巨大な獣。穿孔するための鋭い爪と硬い外皮。
初めて眼にする其れは、中層にいるはずの大型齧歯類を思わせる魔獣ケラトガウルスの姿だった。
新たな魔獣。混乱する戦線。迷宮に突入したユウ達に次々と襲いくる魔物達。己の使命に進む少年が激闘の最中に見るものとは。
次回、第92話「混戦」でお会いしましょう!




