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第88話 集結

 お待たせしました!「迷宮都市〜光と闇のアヴェスター」本編の続きをご覧ください!

 外の騒めきは一向に収まらなかった。

 あまり教育も受けていない、読み書きすら浸透していない者達が集まり、広場には夥しい数の亜人達が集まっていた。

 皆、列を作ることを知らない。ところどころ渦のようにひしめき合っている。

 その渦中で歴戦の探索者たちに必死になって何かを説明している少女がいた。珍しい黒髪の狼族らしき少女だ。

 自身も探索者であるのか、短槍を手にしてる。

 先程から議論になって中々説得が思わしくない。しかし、それは百も承知とばかりに少女は声をあげ続けていた。


 「ですから! 戦争が始まる前に迷宮に挑むのです!」


 余裕の無い表情を魅せるアイリに年嵩の探索者が反論する。


 「でもなあ、嬢ちゃん。“御使い”様の言葉を疑う訳じゃないがなぁ……」

 「“御使い”様は俺たちの気持ちが分かってねぇよ。王国とは戦うしかねえだろ?」

 「ああ、王国のシュリ姫様に対する扱いは俺たちも聞いてるぜ」


 当然の反応を見せる探索者達にアイリは理路整然とユウの考えを説明していく。

 少しでも多く、彼の賛同者を得るために。少しでも多く、彼の負担が減るようにと願いながら。


 「“御使い”が求めているのは戦乱の世ではありません! 私たちの未来を繋ぐための戦いです!」


 黒曜石のようなアイリの瞳が眩い輝きを宿し始める。


 「あと数日もすれば此処(アンガウル)にも友軍が攻め上がって来ます。この街も戦場になるんです! そうなれば何万、何十万、いえ何百万と次々と死んでいくんです! 罪もない仲間達が!」


 揺るがない意志をもって彼らを説得する。其れが少年の助けになると分かっているから。其れが少年の望むことだと信じているから。


 「種族の存亡を賭ける前に、やれる事はまだあるはずです!」


 アイリは滔々と語りかける。


 「皆さんの力を貸してください! “御使い”はシュリ姫様の希望(・・・・・・・・)を成し遂げるつもりなのです!」


 ザワリ、と外にいる連中から騒めきが起こる。皇統の姫君の安否は彼らにとっても最優先の事項だ。


 「一人二人(ひとりふたり)では足りません! 複数の有力な仲間達(パーティー)を集めた合同(レイド)での戦いになります!」


 どうか、と黒髪の少女は探索者たちに視線を投げ掛ける。


 「危険な探索行になります。迷宮深部では何が起こるか分かりません! それでも“御使い”の意思に賛同する者がいれば同行して欲しいのです!」


 アイリの真摯な瞳が年上の探索者たちに向けられる。


 「迷宮攻略に名乗りを上げる者はいませんか? 蛮勇ではなく、亜人社会全体の未来のために命を賭す覚悟のある者はいませんか!」


 ざわざわとした騒めきが熱を帯びてくる。戦場の熱気に当てられるように探索者達の顔付きが変わり始める。

 ある者は戦場に想いを馳せて勇ましさに、ある者は慣れない戦いに顔を顰め、ある者は狼狽えて仲間たちの動向を伺っていた。

 誰もが態度を決めかねているのは明らかだった。

 自分のような小娘が、いくら御使いたるユウの代理とはいえ危険極まりない迷宮攻略に同行するメンバーを集めるのだ。胡散臭い話だと言われても仕方ない状況だった。

 それでも諦める訳にはいかない。(ユウ)を助けるために、皇統の姫君を救うために自分達に出来ることはあるのだと怯みそうになる自身の心に必死に言い聞かせる。

 心の熱量を全て説得する言葉に吹き込んでいく。


 「探索者である貴方がたも、氏族の戦士たる矜持をお持ちの筈です。戦など恐れぬ勇気をお持ちの筈です!」


 黒曜石のような光を讃えたアイリの瞳が強い意思により眩い輝きを増していく。弱気になりそうな心を意思の力で捩じ伏せていく。


 「ですが、戦える者ばかりではありません!」


 獣人族広しと言えど戦闘的な種族ばかりではなかった。兎人族を始めとする戦闘に不向きな種族も大勢いるのだ。


 「戦場に赴く栄誉を賜ることが出来るのは選ばれた戦士達だけです!」


 また、と少女は続ける。


 「故郷で待つ皆さんのご家族はどうするのですか? 貴方がたの帰りを待つご家族に、氏族の子供や老人達に、蛮勇でもって戦場に赴き、帰らぬ人となったが為に彼らに死ねと言うおつもりですか?」


 違うはずです、と少女は凛として言い放つ。


 「それに、シュリ姫様がお倒れになっているいま、その御希望を叶えて差し上げられるのは古都(アンガウル)にいる私たちだけなのです! 私たちしかいないのです!」


 どうか、どうか“御使い”の願いを聞いて、と言いかけたところでアイリを止める者が現れた。


 「俺たちを同行させてくれ! アイリ、それ以上言わなくていい! 俺たちはやるぞ!」


 少女を制したのは、かつて所属していた探索者仲間(パーティー)のリーダーたるバルドの声だった。


 「“森林同盟”かよ。大手クランじゃねぇか」

 「バルドじゃねえか。あいつ、本国から来てたんだな」


 周囲の耳目が集まる中、バルドをはじめとした顔馴染みの仲間達(パーティー)が少女の前に進み出る。


 「アイリ、大丈夫だった? 見ないうちに立派になっちゃって!」

 「よう! 元気だったかい?」


 “森林同盟”にいた頃の女探索者ライラや青犬族のムーザと言った知り合いが声を掛けてくれた。


 「皆さん……!」


 声が詰まりそうになるのを堪えながらアイリは彼らに応えた。


 「お姉ちゃん!」

 「タスク!」


 少女の胸に飛び込んでくる可愛い弟にアイリも相好を崩す。姉弟の再会に少女の胸が熱くなった。


 「噂には聞いたが……。お前、本当に“御使い”様の側にいるんだな」


 バルドの質問に黒髪の少女は愛想良く肯首する。


 「はい、私の居場所です!」


 自然と溢れる笑みにタスクもつられて笑った。


 「おい! 俺たち“天狼の剣”も参加するぞ!」


 幸せそうなアイリに新たな吉報は届く。


 「俺も行くぞ! シュリ姫様のためなら迷宮攻略ぐらいやってやらあ!」

 「“鋼の牙”もだ!」


 続々と手を挙げる名うての探索者達に、アイリの緊張感が解けていく。


 「我々の氏族から腕利きを同行させたい。何人でもいってくれ!」

 「“悠久の風”もだ! 攻略組に混ぜてくれ!」


 一気に迷宮攻略へと探索者達が名乗りを上げていく中、広場の一画で不穏な空気が流れた。

 探索者達の怒号が飛び交う。明らかに肉を打つような打撃音が響く。

 すわ広場に集まった者達同士の喧嘩かと注目された。

 既に喧嘩は始まっているのか怒声が響く。その中心にいるのは二人の男達。一人は既に倒されている。

 槍を持った灰熊族の探査者が誰かを踏み付けていた。


 「どうしましたか?」


 アイリが責任感からか広場で起こった騒ぎに駆け付ける。その後ろには彼女の訴えを聞いた有力な探索者達が騒ぎを押し留めながら続く。


 「何があったのですか!?」

 「すまない。騒ぎを起こすつもりはなかったんだが……」


 灰熊族の探索者が振り返って言った。大柄だが決して乱暴者ではない理性的な目にアイリも戸惑う。

 足蹴にしていた男を一瞥し、灰熊族の探索者は言った。


 「むしろ、こいつの処遇を預けたい」


 それはどういうこと、と言うかけて少女は倒れている探索者らしき男を見た。まるで迷宮から出てきたばかりにも見える薄汚れた姿にアイリも探索中のもめごとかと考えが過ぎる。


 「貴方は……!?」


 倒れている男は黒犬族の青年か。いや、少女がその風貌を見忘れるほど時間は経っていなかった。

 かつて闇市で“御使い”たるユウと共に自分達を助けてくれた黒犬族の探索者。

 倒れていた()が立ち上がり、口の端に滲んだ血を袖口で荒っぽく拭き取った。

 アイリは後で知ったことだが、

 獣人族の中でも或る特別な業績(・・・・・)を成し遂げて栄誉を授かった一族の血縁。そして、その栄誉を奪われた一族の後継。

 知る人ぞ知る、名探索者ラベンハムの息子、ダルクハムであった。

 その相貌は決意を秘めた男の顔であった。












 「獣王(・・)よ、お前も戦っていたのだな……」


 黒狼族の戦士ガルフは誰に聞かせるでもなくそう呟いた。

 “獣王”とは、かつて彼と共に肩を並べて戦った金獅子族の男の二つ名だ。

 銀弓(・・)と呼ばれた耳長族(エルフ)のアリエルのように、優れた戦士には年齢や性別に依らず二つ名が付くことが多い。

 生来、気難しく余人を寄せつけなかったガルフを認めさせ、圧倒的なまでの暴力で戦場を駆け巡った男。

 氏族での将来を嘱望されながら先の大戦の煽りを受けて去って行った男。

 彼を惜しむ声は、今も枚挙に暇が無いほど聞こえてくる。ただ、其れが許されないだけで。


 「ガルフ、此処にいたか。司令官就任の件は了承されたぞ」

 「ああ、すまない」


 不意に掛けられた呼び掛けにガルフは現実に引き戻された。

 鬣を揺らして見事な体躯を見せるザナドゥが尋ねた。


 「それでどうする? 外の連中を説得するにしろ纏めるにしろ、お前の存在が不可欠だぞ?」


 それでも迷宮に潜るのか、と迷宮攻略に難色を示すザナドゥの視線を受け流して、脳裏に浮かぶ男の面影を振り払うようにガルフは素っ気なく答えた。


 「無理に説得する必要はあるまい」

 「なに!?」

 「抗戦派には準備を進めてもらう。万一、迷宮攻略を断念せざるを得ない状況になった時に備えてもらいたい」


 成程、とザナドゥが喉を鳴らす。


 「ならは副官を決めておくか……」

 「適任者に心当たりが?」


 フム、と顎に手を当てるザナドゥにガルフが聞く。


 「……『炎灼の剣』にいる大剣使いのハザム、だな。軍役でも経験を積んだ上級探索者だ」

 「ああ、大剣使いとして名前を聞く大物だな」


 たしか“猛虎”だったか、とガルフが呟く。彼らは一つ前の世代における英雄達だ。大戦でも活躍した虎人族歴戦の猛者。

 今は氏族の戦士長を退き、氏族内における己の立場から後進を連れて迷宮入りをしていた筈だ。


 「よくそんな古い二つ名を知っていたな?」

 「英雄たる先達の名前は(そらん)じておくものだ」


 フッ、とザナドゥが笑う。多数の部族社会連合で形成される神聖皇国において、祖霊を敬い、悪戯に戦いを仕掛ける愚は犯さないよう誰もが幼い頃から躾られる。強く、勇猛で知られる氏族ほど其の傾向が強い。

 ザナドゥは次代の族長会議を率いることになるだろう男の人物評に太鼓判を押していた。


 「それに、二つ名(・・・)なら持っているだろう?」


 なあ“獣王(・・)”よ、とガルフが金獅子族の前代戦士長を見据えて問うた。


 「まだ許せない(・・・・・・)のか?」

 「……ケジメは必要だ。其れが誰であっても(・・・・・・)


 睨み合う両者の雰囲気に、後方で控える文官達は目に見えて狼狽えている。


 「……“御使い”殿には感謝しておる。儂だけでは意地を張って取り返しのつかない事態になっていただろう」


 妻にも何度となく孫娘(コニー)のことを嘆願されてきたと零した。


 「直系だぞ?」

 「それでも(・・・・)だ。金獅子族だからこそ、最後まで抗うべきだった」

 「それが、シュリ姫の意向を汲んでのことであってもか?」


 後悔という色が滲むザナドゥの眼を見て、ガルフは次の言葉を飲み込んだ。

 これ以上の問答は受け付けないと判断してガルフは緊張を解いた。


 「頑固な男だ」

 「我々の世代にとっては此が普通だ。今の若い連中こそ筋を通せぬ阿呆ばかりよ」

 「違いない」

 

 両者の相合が崩れたところで外から扉を叩く音はした。

 幾分、急ぎの用件があると主張する其れにガルフが入室を許可する。

 先程から少し外が騒がしい様子だった。探索者達が問題でも起こしたかと考えたが、ガルフはすぐに目の前の人物に集中した。気配を抑え足音をさせなかったからだ。

 現れたのは氏族会議中に見かけた猫人族の男だった。


 「失礼します。外にいる者達からガルフ様に伝言を預かっております」


 すらりとした長身の戦士職だった。武装は解いているが並の者ではないことが窺える。


 「誰からだ?」


 咎めるでもなく尋ねた黒狼族の戦士に猫人族の男は目を細めながら澱み無く答える。


 「“御使い”殿の従者であられる黒狼族の少女からのようです」


 伝言も本人からではなく頼まれたと申す探索者達からです、と続けた。


 「ダルクハム様(・・・・・・)が戻った(・・・・)とお伝えして欲しいとのことです」


 丁寧に頭を下げる男は隙の無い所作を見せた。


 「何処だ?」

 「既に“御使い”殿が外に向かわれました。恐らくですが、一緒におられるかと……」


 思案しようとしたガルフを他所にザナドゥが猫人族の男を呼ぶ。


 「エージュ! 案内せい!」

 「分かりました。では、ご一緒にお願いします」


 慇懃に頭を下げて接してくる猫人族の戦士に幾分か興味を持ったガルフは快諾した。

 迷宮攻略には幾らも腕の良い探索者が必要だった。

 ガルフを見返すエージュの眼力もまた強者を値踏みする乱波者特有の色があった。

 此処でこのような強者に出会う。

 運命的とすら言える出会いに、ガルフは湧き上がる暴力的な愉悦を抑えられなかった。


 神は戦いを望まれているーー。


 戦士の矜持を満たす特別な戦が彼を待っている。

 それだけで、双剣使いの彼には生命を賭けるに相応しい充分な理由だった。











 明かされるダルクハムの窮状。迫り来る暗黒神の魔の手。ユウを取り巻く情勢は、予断を許さぬ厳しさに満ちていく。迷宮攻略に挑む者達に試される覚悟。それは生死を分けた選択を迫る。

 次回、第88話「二人」でお会いしましょう!

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