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第7話 戦い

 「迷宮都市~光と闇のアヴェスター」、本編の続きをどうぞ!

 咽せ返る緑の匂いが鼻孔をくすぐる。闇夜に浮かび上がる深緑と蔦と影絵からなる世界がユウ達の眼前に広がる。緑の魔境、そう呼ぶに相応しい森が其処に広がっていた。

 静まり返った夜明け前の森林に、男達の抑えた吐息が響く。

 夜明けが近い。少年の感覚が、間もなく明け始める空の色合いの変化を捉えていた。夜明け前の暗がりに、何時に無い緊張が高まる。


 (じっとして待つ、か。これが本物の狩りなんだろうな……)


 ユウの胸中は異世界に来てからというもの、ある意味で落ち着く暇もないほど刺激的な時間を過ごしていた。

 少年の運命を象徴するかのような息つく暇もない冒険。その強烈な余韻に、少年自身が酔ってしまっているのかも知れなかった。近くにいる獣人の後ろ姿が、ユウの感覚を非日常へと移してしまっているのかもしれない。

 此処に来ている二人のうち、どちらともなく戦いの始まりが近付いた事を肌で感じていたのだろう。互いの緊張が高まっていくのが解る。


 (陽が上るまであと(わず)か……。此処まで来たら、もう後には引けねぇ)


 獲物を狙う狩人がそうするように、ダルクハムが肚をくくった。暗闇の向こうにいる魔物を狙うために息を潜める。

 鋭い視線を暗闇に投げ掛けるダルクハムに、少年が追随する。

 これから始まる狩りに、期待と緊張のせいか口数が少なくなるのは、ユウでなくとも仕方なかった。


 (奴の習性(こと)は調べてきたんだ。失敗した連中と同じ轍は踏まねぇ! この数ヶ月間の成果を見せてやる!!)


 ダルクハムは無意識のうちに懐に手をやる。隠し持つのは、果たして彼の秘策なのか。

 佇む彼の表情には、不安の中にも確かな決意が見えていた。音の無い世界が彼の日常であるかのように、慣れた様子で黙々とこれからの狩りに備える。

 夜が明けてくるまでの間、息を潜めた行動を取り続けた。

 音も無く、ダルクの左手が挙がった。

 それを合図にユウが前に詰めて来た。互いの目が読み取れる距離だ。

 静かにアイコンタクトを取る男達の表情は真剣だ。これから、彼等は全てを賭けて大猪(マッド・ボア)に挑む。

 ダルクハムの指差す先に、森が開けた場所があるようだった。日も指さぬ森に、ユウが目を凝らす。見つめる先に枝葉の影が薄い箇所があることが分かる。

 二人の影が意識的に離れる。分かたれた道が其々の役割を導くのか、ダルクハムとユウは無言で進み、離れていく。

 間も無く始まる狩りに備えて、男達の意気も高揚していた。


 (いよいよ、だぜ……)


 夜空に、朝焼けの気配が立ちこめる。藍色の空を焦がすような朝陽の光に、ダルクハムが決意した。片手を器用に丸め、口元に添える。

 朝陽が指す深い森林地帯に、一番鳥の鳴き声が響きわたった。森に住む鶫のような鳴き声は、夜行性の生物達に朝の到来を告げて回る。

 梢に留まる小鳥の声だとしか思えない其れに、森が俄にざわつき始めた。それは、気配を消したダルクハムが狩りに用いるひとつの合図。

 様相を変え始めた夜の森に、男達の決意が浸透していく。


 「来た! よし、じゃあやってやるか」


 森林の外縁に近い開けた場所で、ユウは立ち上がった。

 打ち合わせどおりだと呟いた少年は、道具袋に手を伸ばす。取り出したのは、小さな布袋が三つ。

 意外なほど手慣れた感じで準備を進めていく。


 「うっ!? 手早くやらないと結構キツイんだな、これ……」


 そう言う少年の周囲に煙りが上り始めたのは、その直後だった。


 「手筈どおりだな、ユウ……。なら、俺もいいとこ見せないとな」


 遠目に上る白煙を見て、ダルクハムが口の端を上げて見せた。徐に背負っていた弓矢を取り出す。左手に弓を持ち、右手で矢をつがえて構える。なかなか堂にいった姿は、正に歴戦の狩人のそれだ。

 今、彼がいるところは突き出した岩場の端。眼下に渓谷のような森林地帯の広がりを一望できる。事前に入念な準備をしていた彼が、弓矢等の武器を隠していた場所であった。そして、”奈落“に巣くう(ぬし)の塒に最も近い場所でもある。

 ずっと視界の端に捉える獲物を初めて凝視する。距離にして軽く50メートル以上。弓で狙えるギリギリの場所(ポイント)

 まるで小山のようにも見える獣の背をダルクハムの目が捉えた。努めて冷静に、気持ちを落ち着かせてダルクハムが弓を更に引き絞る。視線に感情を乗せないように、全体を俯瞰する。警戒する獣には人の気配すら、逃げ出す要因となるからだ。まるで岩でも見るような無機質な視線に、狩人の熟練の技が見え隠れする。


 「受けてみやがれ! これが俺の本気だ!!」


 数十メートル以上の距離を渾身の一矢が飛ぶ。鏃に返しが無く、やや長めの針のようにも見える。現代の知識で見れば、戦国時代に使われた鎧通しと呼ばれた鏃が一番近いだろうか。

 その矢が明けきらぬ空を切り裂くように一直線に飛んだ。飛ぶ先は、勿論”大猪《マッド・ボア》“だ。

 張り詰めた弓から一気に放たれた矢が、しゅんと空気を裂いていく。その音だけがダルクハムの耳に残響を残していく。

 ズンと突き刺さる音が、彼方から届くのをダルクハムの耳が捉えた。


 (よし! いける、俺はやれるぞ!!)


 二本目の矢を取り出し、流れるような手さばきでつがえる。眠りを妨げられた魔獣の咆哮が朝の森に響きわたる。

 ダルクハムの中で抑えつけていた何かが弾けた。それは、“奈落”に住み着いた(まもの)のために、鬱積した気持ちを強いられてきた住民達の持つ閉塞感だったのかも知れない。

 彼のような者にとって、魔物は生活そのものを脅かす存在なのだ。


 「Uuuooooooooooooーー! さあ来い、勝負だ!!」


 ダルクハムが吼える。獣人の血が滾り、全身から気炎が立ち上る。岩場から駆け出した彼にとって決して後には引けない戦いがこうして始まった。









 ダルクハムの初撃は上手くいった筈だ。その証拠に、ユウの耳にも怒りに任せた魔獣の咆哮が届いている。

 聞いた事も無い不気味な吼え声。腹の底から震撼するような威圧を含んだそれが、先程から時おり地響きと共に“奈落”の隅々まで聞こえてくる。

 だが、その場所までは遠い。少年の足では木々と其れに絡まる蔦や下生えの草などが邪魔して、まだまだ距離を詰めなければならないほどの距離だった。

 だというのに、ダルクハムの狩りは既に佳境に入ったような激しさを見せている。

 ユウは焦りを捨てて、ひたすら足を動かす。たった一人で魔獣と戦おうとした彼に助力するため、少年は全速全開で駆け続けた。


 (間に合え、俺! 口だけの男になるのは、まっぴら御免だ!!)


 煙のような砂埃が舞う方向に、ユウは走った。その行く先では、金属同士を打ち合うような音が微かに響いてくる。

 友の危機に逸る少年の背に、冷水を浴びせるような事態が起こったのは、その時だった。

 突如、雪崩を打うような轟音が”奈落“に轟いたのだ。

 行く手の方から、もうもうと舞い上がる砂塵が森の中の少ない視界を奪っていく。

 そんな砂埃(じょうきょう)の中に、恐れも見せず少年は分け入っていく。ユウの中で、危機感が募る。

 ようやく明け始めた空の下で、木々の間に砂煙が立ち込める。立ち上る砂煙で陽の光が遮られ、森の中は薄暗くさえある。そんな場所で、ユウは立ち止まらざるをえなくなった。

 恐らく、ダルクハムが仕掛けていた罠に大猪(マッド・ボア)がかかったのだろう。それでもダルクハムの安否に気を取られ、少年は其処に入っていった。

 少年の目が、その光景を捉えていた。

 堆い小山のような体躯。巨獣にそぐわない突進力を支える太い四肢。体毛はナマクラなど通さないほどの剛毛で、その一部には泥を被ったように土塊が乾燥したまま付着している。

 粉塵の中で見せる揺るぎ無い存在感。身を捩り、降りかかった岩や土砂を払い落とす動作には緩慢さは見られない。ゆっくりと頭部を持ち上げ、燃えるような色の双眼には強い力が漲っている。巨体を揺らして後退した大猪(マッド・ボア)が、駆け付けた少年を見つける。巨象にも匹敵する魔物が、その姿を現していた。


 「でかっ!? なんだよ、マンモスかよ!? ボアって、(いのしし)じゃなかったのか?」


 瞬時に危険性に気付いた少年が離脱を図る。荒い息を整える間も無く、来た道を戻るか林の中に飛び込むか旬順する。

 刹那の判断に、少年は道ならぬ木々の影を選択した。


 「ユウ! 違う、こっちだ!!」


 自分を呼ぶ友の声に、少年は顔を上げて周囲を見回した。

 その隙を見逃さぬとばかりに大猪(マッド・ボア)が足を挙げる。立て続けに踏み荒らすストンピングに、地面が揺れる。数トンもの体重を持つ巨体が暴れるのは、それだけで危険だ。


 「こっちだ! 急げ!!」


 ダルクハムの声の出所すら、よく分からない混乱した状況で、少年は危うく踏み潰される危機を間一髪で回避していた。

 空気を切り裂く音が、断続的に聞こえてくる。今や猛る魔獣の咆哮は、ハッキリと怒りと殺意に燃えていた。

 大猪(マッド・ボア)の背後に回り込み、ユウは何とか斜面になっている山肌を駆け上がる。

 途中から前方で弓矢を構えるダルクハムの姿を確認しつつ、少年は戦友に合流する。ユウが駆け上がる時間を稼ぐために、ダルクハムは文字通り弓で援護射撃をしてくれたらしい。


 「サンキュー! 助かったよ」

 「無事か!? 良かった。それに、よくやってくれたぜ。お前のおかげだ、ユウ!」


 背中を一発バンと叩かれたユウは、その場でたたらを踏む。倒れなかったのは自分でも意外だったが、疲れが吹き飛んだ気がするのも確かだ。

 戦友の激励は、掛け値無しの賞賛だ。新人(・・)の彼が、巨体を誇る魔物から逃げ出さずにいるのだ。

 勇気と名誉を大事にする探索者達の流儀にかなう行動だった。


 「取り敢えず、ダルクも魔物に一矢報いたんだな?」

 「ああ。あとは打ち合わせどおりにいく」


 少年の質問に頷いて返すダルクハムが次に進む方向を示す。グズグズしている暇は無かった。


 「分かった。行こう、道案内を頼んだ!」


 二人の背中を追うように、魔物の咆哮が近づいてくる。地響きをたてて走り出した大猪(マッド・ボア)が砂煙から姿を見せる。ゆっくりとしたモーションが、次第に早くなってくる。

 迫る大猪(マッド・ボア)に男達の動きも活発になる。後方から近づいてくる地響きを耳にしながら、ユウは全力で走り出した。


 (このまま、予定通りにいけばいいけど……)


 一抹の不安がユウの胸をよぎる。猛追してくる魔物は、この“奈落”の主と呼ばれた獣だ。踏み潰す勢いの蹄の音も恐怖しか齎さない。追い付かれたならば死あるのみ。

 初めての狩りに、少年の頭はクールに研ぎ澄まされていった。


 「あれだ、あったぞ!」


 目指す場所へ到達するや、ダルクハムが隠し武器を取り出す。岩と木々の間に隠していた布切れを掴み取る。紐解くとも煩わしいとばかりに、布切れを剥がして武器を取り出す。それは長めの手斧で、少年からすればかなりの重量があった。まだ新しい手斧(それ)を投げて寄越すダルクハムに、ユウも受け取って感触を確かめていた。


 「ユウ、いけるか?」


 不意に尋ねてくるダルクハムに、少年がああと応える。斜面となったすり鉢状の森林地帯を彼等は選んでいた。


 「最初だからって躊躇うなよ?」


 背の高い樹に取り付き、ダルクハムが仕掛けを急ぎ確認する。長い蔦が絡まる森の植生は、少年がいた世界だと密林のそれに近い。


 「得意分野だ。ダルクこそ、下手を打つなよ?」

 「ぬかせ!」


 ニヤリと笑うダルクハムに、ユウは右手を突き出して合図する。それを受けるのが早いか、ダルクハムは太い蔦を手に斜面の下へと跳躍した。

 自然の植物によるロープアクションよろしく、ダルクハムが振り子運動の要領で対岸側の森林地帯へと飛び込んでいく。

 まるで映画でしか見た事のない活劇に、ユウの心臓が早鐘を打つ。興奮する気分に追い風を受けて、少年は蔦の一本を手に取った。大猪(ビッグ・ボア)の姿が迫ってくる。


 (こんなアトラクション……、元の世界の何処(どこ)にも無いな!)


 先行するダルクハムのやり方を確認しつつ、少年は気合いを込めて跳んだ。

 大猪(マッド・ボア)の咆哮が谷間に木霊する。地響きをたてて魔物が迫る。

 風を受けて宙を疾駆する少年は、魔物の脅威を置き去りにする。


 「うおぉォォォォー!」


 みるみる迫る対岸側の木々に、少年の頭はフル回転で距離と角度、相対時間を計算していく。  思った以上の反動に驚きながらもユウは枝葉のクッションへと軟着陸していた。

 すぐさま体制を整えて次の蔦を探す。とても初心者とは思えないほど滑らかに移行して、ユウは二回目の跳躍に踏み出していた。

 仕掛けていた策を使い、魔物を出し抜いたという油断が忍び寄る。


 「ユウ! ダメだ、まだ跳ぶな!!」


 叫ぶダルクハムの声が届かぬ少年の背後に、巨体を揺らす魔物の影が急接近していた。小山と見紛う体躯が視界を埋めた。

 風鳴りを吹き消すほどの咆哮が少年の背を打つ。慣性に従い揺れる蔦を引き千切る突進が、木々を薙ぎ倒して迫った。


 「!!」


 根元から倒れる大木が、宙を舞う少年の脇を通り過ぎる。枝葉の擦れる摩擦音が辺りを凪ぎ払う。

 バランスを崩したユウの背後を衝撃音と木々の破片が飛び交う。


 「こんなの狩りじゃないだろ!?」


 からくも樹木の幹に巻き付いて着地した少年の口から、死と隣り合わせの現実が顔を覗かせる。

 それは、避けられない自身の運命を呪う言葉だった。


 「命懸けの戦いじゃないか!!」















 戦闘の火蓋は切って落とされた。荒れ狂う魔獣の脅威を男達の機転が凌いでいく。死地に飛び込むユウの運命は?

 次回、第8話『罠』でお会いしましょう!!

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