表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/117

第6話 探索

 迷宮都市~光と闇のアヴェスター! 本編の続きをどうぞ、ご覧ください!!

 鬱蒼とした夜の森が、二人の男を押し包んでいく。

 まだ明けやらぬ暗闇の中、深い森を確かな足取りで進む者達がいた。動き出した男達の歩みを止めるものは何も無い。倒れた木々に突き出た枝葉、起伏に富んだ地形に生い茂る植物群。それらは時に踏みしめられ、切り払われ、次々に越えられて行く。

 自然が見せる夜の顔は、二人に濃密な気配を感じさせた。

 地上から見上げる空は昏い。自然は雄大さの中に、常に生命と死を内包している。それゆえに渾然一体となった夜の森は、其処に生きる生物達の迸るような生命の煌めきと躍動感を秘めているようだった。

 まるで行軍中の軍人のように無口な人影が、ようやく口を開いた。


 「ダルクは、なんで“奈落”の入り口にいたんだ?」


 その少年(ユウ)にとって、ダルクハムが一人で危険な場所にいることには疑問があった。

 異世界に呼び出されたユウと違って、彼は生粋の亜人、つまりこの世界の住人だったからだ。王国とは無関係であり、初めて出会えた獣人の彼に損得勘定無しで興味が沸き、尋ねてみたいと思ったのだ。

 ユウが、ダルクハムの動向を気にしたともいえる。少年の中では既にこの時、彼は異世界での最初の友人と言えたのかも知れなかった。


 「んあ? 俺か? まぁ、俺は他の誰にも真似できない探索(ぼうけん)のために来てたのさ!」


 おどけた調子のダルクハムの返答に、少年が質問を重ねた。


 「でも彼処(あそこ)仮眠(ピバーク)してたのは、何か意味があるのか? “奈落”の中ならともかく、狩りには不向きだろ?」

 「そいつは、ちゃんと理由があるのさ!」


 獣人特有の身体のバネで荒れ地のような斜面をいとも容易く滑り降りていく。まだ視界の悪い闇夜に、頭の位置が揺れていないのは、ひとえに身体能力の高さゆえのことだろう。

 まだ暗いうちに行動に移した二人は話ながらも足を止めない。探索に出る者達の間で、狩りに向く時間帯は少ないというのが常識だった。

 探索者ーー。

 およそ常人が近寄らぬ危険な迷宮に敢えて挑み、魔物達を仕留めてくることを生業とする者達の総称だ。仕留めた魔物の肉や毛皮、牙や爪といったものは迷宮探索の証として、彼等に名誉と多くの富をもたらしてくれた。誰であっても腕に覚えがあれば、立身出世を夢見ることができる。そうした個人の才覚任せな生き様が国民の一部に熱狂的に受け入れられ、土地を継ぐことが出来ない農家の次男坊や職にあぶれた喰い詰め者達などが我こそはと迷宮の周囲に集まり始めた。

 やがて、そうした者達の中にも家族を持つ者が出始め、彼等が集まって迷宮の周囲に小さな集落を形成した。それは村となり、すぐに街へと発展した。今では為政者の保護を受けて、王国を代表する立派な都市へと急激な変貌を遂げ、より多くの探索者達の受け皿として十分に機能するに至っている。

 また、飢饉や疫病、貧困など王国の経済と直結した理由から迷宮に潜ろうとする者達は年々増えていった。其処に挑む者の数だけ、悲劇をもたらすなど誰も予想出来ないかのように、だ。

 そう、彼等の生存率は低い。危険な迷宮に果敢に挑む者達は、常に死と隣り合わせであった。そして、死と危険を認めたくないかの如く、探索者達は剣をふるい、己を奮い立たせるのが常となっていた。

 いや増す探索者の数に、王国は迷宮の経済的効果を認めた。

 やがて、迷宮探索は多くの人材を呑み込み、都市そのものが魔都として成長していくような錯覚すら人々に覚えさせた。

 それが、迷宮都市と成り立ちである。そして、今日もなお成長を続ける魔都の光と影の姿であった。

 生きるために、死地に挑む者の仮初めの宿ーー。

 それが、迷宮都市の真実であり、少年がダルクハムから聞いた話であった。

 背の高い下生えを掻き分け、なるべく環境に影響が出ないよう気を付けながら男達は進む。

 周囲の鳥や獣達も、まるで二人の潜伏行動に鳴りを潜めているようであった。暗闇の中、二人の抑えた足音と呼吸音だけが響く。

 前を歩くダルクハムが、永い孤独に耐えきれないとでも言うように口を開いた。


 「……この”奈落“には、もう何年も前から”はぐれの(ぬし)“がいるんだ。こいつがこの辺り一帯を縄張りに囲ってやがるのさ。だから他の魔物は寄り付かない。鳥や獣達も水場があるのに近付くのをためらうのさ」

 「主?」


 怪訝な顔色を見せて少年尋ねた。


 「ああ、マッド・ボアだ。それも飛び切り大物(・・)のな」

 「大猪(マッド・ボア)?」

 

 息を吐きながら、ユウはダルクハムに続きを促す。まだ話も序盤だ。


 「普通のマッド・ボアじゃないぞ。すげーデカイんだ!」


 振り返って両手で大きさを表現するダルクハムの姿はユーモラスでさえあった。ただ、その顔は真剣な表情を見せている。着込んだ外套(コート)の裾が広がり、風に揺れた。

 自分を見る目が不安に揺れている。ユウは、ふと、そんな印象を受けた。


 「元々、奴は迷宮の地下七階あたりにいたらしいんだが、もう何年も前に依頼を受けた探索者が無茶をした挙げ句、取り逃がしちまった。深傷を負った奴は、迷宮の壁を越えて外に出ちまったんだ」


 ダルクハムの真剣な目付きに、当時の状況を映すような苦悩が滲んだ。

 何を思い出したのか、彼の拳が勢い握り締められる。だが、自らに冷静さを強いるように獣人の拳はやがて力をなくしていった。

 話を続ける彼が、長い爪を持つ手で谷底を示した。


 「傷を負った奴が落ち延びた場所、それが……ここ“奈落”さ」

 「ふーん。しかし、昔の話だろう? それに……、迷宮の壁って簡単に越えられるのか?」


 後ろを振り向いた彼は、獣人特有の髭をひくつかせていた。ダルクハムが声を抑えて笑う。


 「勘がいいぜ。そういうの(・・・・・)は探索者向きだ」  


 よく分からないという風に少年が頭を掻いていると、ダルクハムは再び前に歩き出して話を続けた。


 「詳しい話は、長くなる。とにかく、ここに奴がいる。それだけは確かだ」


 下生えを無造作に掻き分けているようで彼の歩行には足音がほとんどしない。

 その後ろに続く少年は、枝を払いながら進む。むせるような緑の匂いが少年の鼻をついた。


 「奴は迷宮にいた頃、その巨体で階層主と呼ばれていたんだ。分厚い外皮は鏃や刃物を通さず、その突進は討伐に赴いた騎士団を何度も蹴散らしたって話だ」

 「へぇ、凄いな」


 純粋に感心したユウが感想を漏らす。あまりイメージし難いが、かなりの巨体なのだろう。


 「分かってねぇだろ? 迷宮の壁は大鬼(オーガ)の集団が丸一日攻撃しても崩れねぇんだぞ?」


 恐がる素振りを見せないユウに、ダルクハムも焦れたようだった。身振り手振りを交えた話は大げさになっていた。


 「そうなのか?」

 「うっ!? まぁ、多分な……」


 ユウの反応に、ダルクハムの顔が曇る。答える彼の口調も歯切れが悪い。


 「いや、深いところなら大鬼(オーガ)でも無理だと思う、かな……?」


 つい大風呂敷を広げた手前、ダルクハムも口が滑ったようだ。それを気にしない少年が話の続きを催促する。


 「それで?」

 「まあ、いいや。それでな? 奴は深傷を負ったにも関わらず自分を殺しに来た探索者達を逆に追い上げ、上の階層(・・・・)から飛び出して来たんだ」


 語られる逸話に、少年は素直に感心する。


 「浅い階層にいるはずがない大物の登場に、当時は魔物の大量発生かと上を下への大騒ぎになったらしい」


 足場の悪い場所をひょいと飛び切り、ダルクハムは夜目が利くのかペースを落とさない。

 少年にもついてこれる速さで、黙々と”奈落“を進んでいく。その顔に闇を怖れる様子は無い。肝が据わった奴だと感心しなから、ユウはダルクハムの背中を追った。


 「俺の知り合いにも、その時の騒動で怪我したのがいてな。いつか敵討ちが出来ないかって、考えてた」

 「そうか。なら、俺も手伝うよ」


 少年の意外な返答に、ダルクハムも思わず熱くなる。その理由も彼の性格を端的に現していた。


 「あぁ!? 危ねぇんだぞ! 何度も言うが、新人(・・)に奴は荷が重い。止めるなら今だぞ!」

 「分かってるって。危険な目に逢いそうになったら離れるよ。でも狩りのやり方を見たいんだ」

 「本当か!? 奴の巣に近付いたら、俺の指示に従うんだぞ。本当に危ねぇんだからな!」


 ユウをじっと見るダルクハムの目が次第に細められる。


 「や、止めるなら今のうちだぞ」


 笑みを返す少年に、ダルクハムもばつが悪そうに前を向いた。

 覚悟を決めたのか、ダルクハムも聞き返す事はしない。ただ、身震いするように首を振るとユウに昔の話を聞かせた。


 「まあ、なんだ。お前の気持ちはありがたく貰っとく。だがな、危険なことに変わりないんだ」


 目指す場所を睨むように、ダルクハムが口を結ぶ。苦い体験があるのか、今は多くを語るべきではないのか。振り返り、少年を見つめる瞳は真摯な色を映していた。

 先程のやり取りが気まずかったのか、ダルクハムが咳払いをする。


 「もう少し、話しとくことがある」

 「なんだい?」

 「普通、魔物ってのは迷宮の何処かで勝手に生まれ、生まれながらに強い力を持ってるもんなんだ。当然、奴もそうだ。だから、俺たち探索者は魔物の油断をついて戦う」

 「……寝込みを襲うってことか?」


 つまり、と少年は納得したように呟く。

 しかし、眉根に疑問が寄る。ムムム、と悩んでいる少年を見ながらダルクハムも目を見張る。勘がいいやつだと感心しなから少年に講義(レクチャー)をする。


 「ユウ、夜襲はここじゃ悪手だ。土地勘も無い場所で、満足に戦えるのは歴戦の勇士でもないかぎり難しい」


 目を細めて姿勢を低くする様は、夜襲時のものだろうか。


 「地面の起伏、歩けない斜面や崖道、天然の落とし穴もあるかも知れない。植物も毒を持ったやつがあったら迂回しなきゃならないだろ?」


 掌で起伏に富んだ地形の変化を表現しながら、説明するダルクハムはおどけた表情を見せる。


 「それに第一、この“奈落”は奴が巣くってから誰も近寄らない場所になってたんだ。計画性が無い狩りは、それだけでマズイんだ。何が起こるか分からねぇしな……」


 本職の探索者らしい台詞に、少年はおぉ、唸るようにと頷いた。

 

 「それに、奴は鼻が利く。元々用心深いうえに昼間でも縄張りから動かないことがある。気付かずに風上から回りでもしたら、出くわして即イチコロだぞ」

 「凄いな。その大猪(マッド・ボア)……、いかにも大物らしいな」


 口元に笑みを浮かべる少年に、獣人であるダルクハムが嘆息してこぼした。


 「笑ってられねぇんだぞ!? まったく新人(・・)なんだか、肝が据わってんだか……」

 

 迷宮を抜け出した影響なのか分からないんだが、と前置きしてダルクハムは一息に喋った。


 「あとな、これまで討伐に向かった連中は騎士団を含めて悉く返り討ちにされてる。干魃と飢饉が酷い年に、騎士団と探索者達が手を組んで奴の討伐に向かったことがあってな……」


 固い表情に歯切れの悪い口振りでダルクハムは伝えた。少年が自分の生命を惜しむことができるように。少年が冷静に考えることができるようにだ。

 そんな危険な狩りに無理に同行する義理は無い。そう、少なくとも眼前にいる明るい少年には。

 何度も聞いた言葉で少年から断られることをダルクハムは覚悟していた。


 「それからだ。奴が人の味を覚えた(・・・・・・・)のは……」


 現地の人々に降りかかる災難。自分達の生活圏に大型の魔物が跋扈するなど、いったいどれ程の不運だというのか。まして、それが”人喰い“であるなど誰が予想できるというのか。

 ダルクハムの喉仏が、無意識に嚥下した。


 「巨体に似合わぬ突進力。容易に罠に掛からねぇ用心深さ。並みのマッド・ボアじゃねぇ……」

 「仕留めてみせるさ」


 その一言に、不意を突かれたようにダルクハムが目を丸くした。その声がした方向に注目する。力強い、迷いの無い声だった。


 「やってやるんだろ?」

 「あ、あぁ……」


 この新人(・・)の探索者は、どれ程自分を驚かせてくれるのか。ダルクハムは何時しかその胸に期待すら抱いていた。この身体に感じる震えは、いったい何だというのか。


 「本気で……協力してくれるのか?」

 「当たり前だろ? 俺は男だ。そんな大猪に単独(ひとり)で立ち向かおうって奴がいるのに、見てみぬふりなんかできるかよ。寝覚めが悪いだろ?」


 震える手で、つかえた声を無理矢理に出して、ダルクハムは少年に問う。


 「獣人だぞ、俺は……?」

 「それの何処が問題なんだよ? どうかしたのか?」


 眉をしかめて問う少年に、ダルクハムは胸に込み上げるものを感じていた。それが何なのか、分からないまま彼は少年を見て笑っていた。


 「頼りにするぜ、相棒!」

 「任せとけ!」


 共に戦う仲間を得て、意気を上げる二人。

 待ち構える危険が如何に大きくとも、男達はきっと立ち向かって行くことだろう。死地に等しい“奈落”へと向けて二人は進んで行った。










 いよいよ狩りに挑むユウ達。しかし、はぐれの主は一筋縄ではいかなかった。魔物との戦闘に緊張が走る。

 次回、第7話「戦い」でお会いしましょう!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ