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第5話 思惑

「迷宮都市~光と闇のアヴェスター」本編の続きです!

 無表情な兵士達に先導されて、奇妙な一行は進む。

 一見風変わりな集団は、夜道を何かに警戒しながら進んでいく。其れは松明を持つ従士の鋭い目付きや兵士達の緊張した雰囲気からも伝わってくるものだった。風に煽られた松明の炎が、時折音をたててはぜる。

 彼等の足元には、石畳が敷かれた細い路が何処までも続き、松明の灯火の下では先は見通せなかった。その路は、暗闇の中に消えていくように終わりが見えなかった。気が遠くなりそうな錯覚に囚われまいと、集団に緊張感が走る。

 路を歩く者達は、一様に夜の闇に呑まれまいと抵抗するように気を張っていた。皆が無言だった。先導する騎士を含めて六人ほどの集団が、暗い夜道を物言わず歩いていく。

 六人ほどの中心には見慣れぬ格好をした年若い人物がいた。

 周りの大人達と比較すると、すぐに細い体つきが目につく。服装も軽装で、とてもこれから赴く地へと向かうには何とも不似合いな格好をしていた。生地は薄くこざっぱりとしているため、何処かの商家の嫡男と言ってもいいかも知れないが誰も同意することはないだろう。

 十代半ばくらいの少年だ。いったい何処の生まれなのか、見たこともない黒髪と黒い瞳を持っていた。強い意思を宿す瞳は、夜の闇を映してなお、光を失うことがない。

 その瞳が伏せられる。


 (いったい何処まで歩くつもりだ?)


 集団の中程にいる少年が溜め息をつく。交じり気無しの疑問には、余人を納得させる理由があった。

 神殿から歩き続けているのだ。その時間、(およ)そ一時間ほど。

 数キロもの距離を歩いてきた一行は、ただ単調な行軍を延々と続けていた。通常ではない夜間行軍を強いる理由もさだかではない。そんな不確かな情報しか与えられずに急遽任務につくとあれば、兵士達の誰も彼もが無言になるのも納得がいくというものだ。

 少年は周囲にいる兵士達に視線を送る。

 なんとも剣呑な雰囲気を醸し出している。やはり、ただの護衛ではない。

 内心の動揺を悟られまいと、少年は唇を噛む。そして、余計な思考を追いやって大人達についていくべく前を睨んだ。

 その様子を注視していたかのように、少年に話し掛ける者がいた。


 「どうかしたか?」


 突然の低い声に、ユウの背筋がぞくりとする。六人の一人、彼の召喚の際にも居合わせた大男が珍しく口を開いた。


 「何でもない」


 素っ気ない返事を返す少年に、大男のほうがフムと納得していた。だが、たったそれだけのことで少年には監視の目があるとの印象を与えてしまっていた。武装した大男の厳しい視線など、ユウでなくとも警戒するなというほうが無理な話だ。

 巌のような大男の存在が、少年に緊張を強いる。

 その証拠に、ユウは背後を歩く大男の足音を気にしていた。ガチャガチャと鳴る腰に吊られた剣のたてる音も姦しかった。燻るような疑念と緊張を孕んだままで、集団は進んでいく。

 少年の汗を拭う手がわずかに震え、それを掻き消すように大きく払われる。無意識の行動だったが、緊張がユウの精神に影響を与えている証左と言えた。

 それから数十分余りを経て、ようやく一行の足が止まる。


 「フム……」


 そう言って一歩前に出る大男は、暗闇の先にある大穴を見据えていた。

 深い穴だ。全長は幅百メートル以上はあろうかというほどだ。夜の闇に紛れて、正確な規模を掴むのが難しい。それほどのものだった。


 「……あった。ついて来い」


 立ち止まったのも束の間、大男はユウを見ながら声を掛けた。その意味するところは命令と同義だった。声に従い歩き出した少年に、周囲の兵士達も続いていく。

 一行が向かう先は、自然林に突如出現した峡谷の入り口に近いものだった。鬱蒼と繁る自然林は豊かな緑を湛え、多くの野生動物の住み処となっていた。聞き慣れない鳥の鳴き声が、辺りに木霊する。さしずめ、現代日本でいえば国立公園のような広大な自然環境を訪ねたようなものだ。

 月明かりに浮かぶ木々の枝や葉の(シルエット)が周囲を囲んでいる。


 「彼処(あそこ)だ」


 大男が見つけた場所が次第に現れてくる。夜の月明かりに浮かぶ影は、確かな人工物のシルエットを見せる。其れは、細長く続いていた(みち)を分断する石造りの門。

 ただ、崩れかけた門だ。嘗ては路を分け、その役目を十分果たしたのだろう。だが、自然の風雨に晒されたせいで最早かつての姿はみる影もない。 

 少年はうろんな目で石造りの門と闇夜に広がる森林地帯を見詰めていた。その眼は警戒するように周囲を見渡す。

 それからユウが見せた行動は、兵士達の予想を裏切っていた。


 「送ってもらって、ありがとさん」


 軽やかな足取りで前に進む様は、まるで午後の散歩にでも出掛けるような気軽さだった。

 兵士達にすれば、尋常ではない少年の言動に正気を疑うものだ。背中を見せる少年に、兵士達が驚きを隠せないという顔をしていた。

 振り向いてそう告げる少年に、憮然とした表情の大男が話し掛けた。いや、表情は読めないままだというほうが正しい。

 夜であるが故に闇夜が多くを隠していたが、夜陰に乗じるのは動物達だけではなかった。

 其処が”奈落“と呼ばれる難所であったことは、少年以外の全員にとって周知の事実である。既にその様な状況にあることが、少年への王国の態度を何より雄弁に物語っていた。

 一人で歩き出そうとする少年に、大男が尋ねた。


 「待て。お前は何故……」


 風の悪戯か、大男の躊躇いがちだった声はユウに届かなかった。うんっ、と首を捻る少年に大男は告げた。


 「いや、やはり聞くまい。少年よ……」


 ズイと前に出る気迫を大男が示す。


 「生き延びろ。それが凡てに優先する、此処はそういう場所だ」


 真剣な声が届いたのか、それを聞いた少年が見返していた。黒い瞳が見つめている。その瞳には、先程までの遊びに行くような気軽さは消えていた。

 だが、それ以上の問答は無いまま大男は来た路を引き返そうとする。

 兵士達の視線が、ユウと大男とを交互に行き交う。しかし、一行は上官にあたる大男の意思に従った。歩き出した一行は、今度こそ帰るために背を向けた。

 集団の後方に位置する兵士の一人が、小声で大男に尋ねていた。


 「よろしかったのでしょうか? 宰相閣下の指示は迷宮探索のために無事入り口まで(・・・・・)送り届けよとのことでしたが……」

 「捨て置け。本人が此処まで(・・・・)でいいと言っている」


 大男の迫力に、兵士の一人は物も言えない。それ以上、少年のことに口を出す機会を失ってしまっていた。


 「はっ!」


 返礼をする兵士にそれ以上語らず、大男は来た路を帰っていく。

 その後を兵士達が慌てて追い掛けていった。

 

 「おい、どうする?」


 一人の兵士が小声で同僚に聞いた。

 数人の視線が集まる。


 「クレイン将軍になんて報告する気だ?」

 「仕方ねぇだろ!? 俺たちだけじゃ、監視の目が厳しくて手を出せねぇ。それに、どのみちアイツは長生きできねぇさ」


 少し焦ったような声が響く。少なからず動揺しているらしい。


 「いくら召喚者でも、権力者に楯突く真似すりゃ未来(さき)はないさ」

 「だな。それに、獣王(・・)の機嫌も悪い……」


 兵士の一人が前を歩く大男(・・)を見る。


 「ああ、それに王国(お偉いさん)の風向きが変わるのは何時(いつ)ものことだしな。俺たちみたいな下っ端は、危ない橋は渡らねぇにかぎるさ」


 兵士達の事情を知っているのか知らないのか。大男は黙して語らず、ただ歩き続ける。軍人としては、彼の行動は奇妙の一点につきた。しかし、彼の考えは表情からは読み取れない。

 歴戦の迫力に、兵士達の誰も反論などしない。軍規を乱す上官の行動に慣れているとでも言うように、だ。

 その彼の気紛れが、少年を救った事実だけは間違いなかった。









 「やれやれ、おっかねぇなぁ……」


 冷や汗ものの展開に、ユウは内心焦っていた。神殿での一幕から、急遽迷宮へと案内されることになったはよかった。しかし、案内を任された連中はどう見ても兵士というよりゴロツキかチンピラの類いだった。

 自分を見る目が妙な悪意に満ちていたのを少年は見逃さなかった。

 そして何より、神殿でも見掛けた無口な大男が自分を監視していることが少年の肝を冷やした。

 異世界(こんなところ)なのだ。多分、生命の危機とみて間違いないだろう。いくら平和な現代日本で暮らした彼でも気付くというものだ。


 (一難去って、また一難か……。どうすっかな、これ?)


 見回した周囲には、門以外の人工物は無い。自然林が鬱蒼と繁る状況に、少年は嘆息した。元の世界であれば、山道以外のなにものでもない。馴れない環境を前にして、少年は考えることしきりだった。


 (迷宮の入り口に待ってる奴も信用できないだろうな……)


 彼に案内役を付けると宰相は言っていた。彼方を見つめる少年の瞳に、夜の闇が映る。


 「まっ、星は綺麗だ。うん。見る価値はあったな……」


 上を見れば満天の星空が広がっている。到底日本では見られない光景に、少しだけ少年の溜飲も下がる気がした。

 雲間からこほれるような星が瞬く。圧倒的な数の星々の競演に、暫し世俗の悩みを忘れてしまう。ありのままの自然の姿を美しいと、ユウは素直に感じていた。

 そして、気を取り直して下を見れば広がる暗黒の淵。渓谷の始まりのような急な斜面と道なき道。どうすれば生き残れるか、割りと真面目に少年は考えていた。

 足元にある小石を蹴ったのも少年に言わせれば思いつきだった。

 蹴った小石が落ちていく音で、渓谷らしき此処の深さを知りたいと思っただけだ。正確には分からなくとも見当はつくだろうと。

 右足で、燻る焦燥感をぶつけるように蹴る。小石はあまり跳ねず、暗い淵に落ちていった。

 その音を聞こうかと耳を澄ませた。


 「っ痛ぇ!」


 誰かの声が、夜の闇にあがった。

 えっ、と少年が慌てて身構える。しかし、すぐに不審なものでなくユウが蹴った小石が原因だと気付く。声がした方向は、直近にある淵の入り口だった。


 「くそっ、誰だ!?」


 ユウは直ぐに走り寄った。


 「ごめん! 大丈夫か?」


 向こうから少年を誰何する声がする。ユウはその声を頼りに自分が怪我をさせてしまったかもしれない相手を探す。地上に横たわっていた外套を纏う何者かが起きてくるところだった。

 フードから覗く黒っぽい髪や体毛と頭の上の獣耳。“亜人”と呼ばれる種族の男性が、其処にいた。


 「その……大丈夫だったか? 悪かった、わざとじゃないんだ」

 「いてて、ヒデェ目にあったな」


 声は不機嫌な色を纏わせていたが、小石程度はさほどのものではないのか特に痛そうな顔をしていない。

 寝ていたところに小石が直撃したのだろう。彼の手は、右の側頭部付近を擦っている。

 だが、少年を見る目は警戒より好奇心が勝ったようだった。


 「お前さん、誰だい? 見掛けねぇ顔だな? まっ、余計な詮索(こと)だとは思うが……」


 起き上がった男は亜人。どこか人懐っこい印象さえ与える犬族の獣人種だった。その彼の目が好奇心からか少年を見つめてくる。

 その彼に、先ずユウは謝罪した。頭を下げて誠意を見せる。


 「今のは、この谷の深さを測ろうとしてやったんだ。人かいると知ってたら、しなかったよ」


 その少年の態度に、男は目を丸くして驚く。彼にとって予想外のことだったらしい。だからという訳ではないが男は再度少年を見ると、一度考えるように手を顎にあて、それから徐に右手を差し出してきた。


 「まぁ、気にすんな。こんな”奈落“の入り口で会ったのも何かの縁ってもんよ。俺はダルクハム。呼ぶときゃダルクでいい」


 男の口角が上がった。


 「よろしく、新人(・・)さん」

 「ユウだ。こちらこそ、よろしく」


 差し出された手を取る少年に、ダルクハムは興味深そうに見返すと初めての笑顔を見せた。

 これが、少年の冒険に最期まで付き合ったとされる後の迷宮都市の顔役となる獣人ダルクハムとの出会いであった。

 初見の亜人にも友好的な態度を示す少年に、ダルクハムは一目で彼を気に入ったと言われている。

 少年と友誼を結んだ数少ない人物の一人として数えられる彼は、信義を重んじる性格であったために民衆からの支持を集めた。

 少年と交わした約束を守り通した彼の信念は、子孫達によって語り伝えられたが、晩年、ダルクハム自身が少年との出会いを神の恩寵だったと語り、少年の偉業を称えるべく終生、迷宮都市に居を定めたと言われている。

 














 獣人ダルクハムとの出会い。それは、異世界に放り出されたユウにとって、思いがけない幸運に他ならなかった。行動を共にする二人は、奈落に巣くう強敵に挑むことに。

 次回、第六話「探索」でお会いしましょう!

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