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第58話 激突

 お待たせしました!

 「迷宮都市〜光と闇のアヴェスター」本編の続きをご覧ください!

 ううっ、子どもの熱が……、病院が悪いんや。

 死を連想させる黒い闇を纏わせた剣が、詩織を斬り裂いて呑み込もうと迫る。

 鋭い剣先が巻き起こした黒い影が濃密な闇となって彼女を狙う。


 「死ねぇ!」


 迫り来る刃を睨んで詩織が無詠唱の属性魔法を使う。

 全てを吹き飛ばす烈風が迫る刃を押し退けようと吹き荒ぶ。クライン将軍の放った上段からの斬り下ろしが、風の圧力で逸らされる。

 地面に深くめり込んだ剣先が、殺気の程度を教えてくれる。その剣先から地面が変色し、音を立てて腐食していく。


 「はあっ!」


 斬り返す詩織も魔力をのせた聖剣を振るう。

 黄金色の軌跡を残す聖剣が空を裂く。リン、という鈴の音に似た祝福の鐘の音(ホーリー・ベル)の追加効果が付き従い、周囲の不浄を祓っていく。

 黒い影を斬り裂いた聖なる剣(ホーリーソード)が手応え無く空を斬った。


 「さすが勇者。簡単にはくたばらないか……」


 クライン将軍が昏い笑みを浮かべて嗤う。対する詩織は険しい表情を見せた。


 「闇に堕ちた(・・・・・)のね、貴方。狂ってる……」


 そいつはどうかな、とクライン将軍が嗤った。狂気に彩られた目は詩織だけを映している。

 大柄な体軀を誇る彼の一撃を受ければ男の兵士であっても無事では済まないだろう。あまりの体格差に詩織は黙ったままだ。


 「クライン将軍! おやめ下さい!」

 「ダメ! 危ないわ、下がって!!」


 カングレンの制止を聞かず剣を振り上げるクライン将軍の姿を予見(・・)して詩織が叫ぶ。

 光魔法を発動させて放つ白い光の奔流がカングレンを後ろから覆い尽くす。

 その光を潰すように闇を纏わせたクラインの剣が薙ぎ払う。

 硬質な破裂音が鳴り響き、空間に衝撃波が伝播する。足元の床を破り、壁に亀裂を穿つ様は圧巻だ。


 「くっ!」


 二人の剣撃が生み出した衝撃波に詩織も後退る。

 何とか踏み止まったものの、身体が本調子ではない彼女にとって再度の爆風と衝撃波は鬼門だ。本能的に相手の実力を測って魔力を合わせた筈が、予期せぬ事態に陥りそうだった。

 見ればクライン将軍も利き手を押さえている。詩織の放った光魔法“聖なる盾(ホーリー・アーク)”のただならぬ反発力にクライン将軍も思うところがあるようだった。蒼く昏い目が憎しみで相手を射殺さんばかりに睨んでいる。

 勇者の技能では測りきれない未来を予感して、詩織も言葉を少なくした。


 「……すみません、詩織さま」


 詩織の近くまで吹き飛ばされてカングレンが身体を起こす。直近で衝撃波を受けた身には辛いはずだ。


 「ごめんなさい。気遣ってやれる余裕がないの」

 「とんでもございません。騎士でありながら不甲斐ない様をお見せして……」


 急いで立ち上がるカングレンの姿を視界の端に捉えつつ、詩織は前方を警戒したままだ。先程から黒い闇がクライン将軍を中心に広がりつつある。

 突然始まった光と闇の戦いにカングレン以外の者達は臆してしまっている。詩織の勇者としての戦い方をカングレンは見知っているため、彼だけがこの場に踏み留まっていたが、探索者の一部などは悲鳴を残して既に走り去ってしまっている。

 対峙する詩織の表情が険しさを増している。敵と認定したクライン将軍を見据えたまま彼女はカングレンを呼んだ。


 「ねぇ、お願い。その娘を連れて逃げて」


 しかし、とカングレンが言い淀む。メイド姿の少女も目を見開いた。


 「その娘はね、母親が私と同郷(・・・・)で元王宮女官だった娘なの。決して悪い娘じゃないから私に何かあった時はお願い」


 他に頼める人もいないから、と詩織がカングレンに告げる。

 しかし、と尚も詩織に加勢しようとするカングレンの声を異様な魔力の高まりが遮った。

 地鳴りのような音が聞こえてくる。クライン将軍の魔力の高まりに呼応して、床に広がった闇が更に深く色づいていく。

 詩織の背中に冷や汗が流れた。


 (ダメ。このままじゃ、全力が出せない。何とかしないと……)


 詩織の中で闇の勢力との戦いというものは避けて通れるものではなかった。

 其れは彼女の召喚そのものに関わることなのか、彼女にとって闇の勢力との戦いは勇者としての宿命なのかもしれなかった。

 床が既に半分くらいが変色してしまっている。残された時間すら蝕むクライン将軍の魔力に詩織も決意を固める。

 彼女とて無策ではない。これまで勇者として戦ってきた経験が、彼女に秘儀(・・)を選択させる。

 彼女の身体を聖なる魔力が覆い始める。祝福の鐘の音(ホーリー・ベル)がリンと周囲の空間に伝播していく。同時に彼女の手にある聖剣が輝きを増していく。

 祝福の鐘の音(ホーリー・ベル)の小さな光が細波のように周囲を照らしていく。


 「早く! 逃げて!」


 魔力にものを言わせて風属性魔法を発動させれば隙を作ることぐらい彼女にもできる。

 サクラたちさえ、この場から避難してくれれば詩織にもやりようはあるのだ。


 「いやです! 詩織さま!」


 一緒に逃げましょう、と懇願するサクラの頬に涙が伝う。

 その涙を見ない振りをして彼女の主人たる詩織は剣を握り直した。

 早く逃げて欲しい、本心からそう思って。

 詩織の魔力が風を呼ぶ。

 複数ある必殺技のひとつ。有り余る魔力にものを言わせた光と風の二属性複合魔法を操る剣技。

 光と風の勇者と呼ばれていた彼女の決め技。

 詩織の決意を乗せて刀身が輝く。静かに光り出す聖剣が、とてつもなく重い魔力を纏わせていく。其の魔力塊がいまや遅しと励起する瞬間を待っていた。


 「詩織さま! 必ずや勝利を!」


 カングレンがサクラの手を引いて走り出す。

 あり得ない魔力量に勇者の決意を汲み取って彼も決断したのだ。嫌がるメイドを強引に抱きかかえて走る。いち早くこの場を去ることが詩織のためになるのだ。自分たちが居ては勇者が全力を出せない。カングレンはそう悟っていた。


 「目障りなヤツ……。逃ガさん」


 クライン将軍の魔力が溢れて床を、壁を黒く腐食させていく。逃げた鼠を追うように屋敷中に闇の魔力が溢れていく。


 「貴方の相手は私よ!」


 勇者詩織が叫ぶ。

 其の魔力量にクラインだったものが喜悦の表情を見せる。

 クラインが伸ばした片腕から黒い霧が溢れ出す。死を撒き散らす其れに、勇者は覚悟を決める。


 「聖なる嵐(ホーリー・ブラスト)!」


 励起した詩織の魔力が爆発的に膨れ上がり、光が迸った。

 光と闇の衝突に、世界は塗り潰された。

 轟音をたてて屋敷が半壊する。悲鳴があちこちで上がる。

 屋敷から逃げ出した直後のカングレンもまた苦鳴を漏らしていた。


 「くそっ! 痛え……!」


 だが、生きてるとカングレンは喜ぶ。直ぐに彼女(サクラ)を連れて脱出しなければならない。

 痛む背中を無視して立ち上がった。爆発の瞬間、サクラを庇って身を伏せたが爆風の余波で飛ばされていたのだ。

 見れば周囲には連れて来た部下たちがいた。いずれも倒れるなり、仲間を助け起こしている。


 「お前たち! 直ちに撤退しろ、これは命令だ!」


 困惑する部下たちがいるものの、彼らを助けるには考えさせる暇は無かった。


 「急げ! 此処(ここ)は保たない。撤退だ!」

 「隊長、いったい何が……」

 「話は後だ。全員を避難させろ! 屋敷の人間も全部だ!」


 急げ、とカングレンは部下たちに指示を出す。そして倒れていたサクラに手を貸して立ち上がらせた。

 悲壮な表情の彼女のためにも急がなければならない。カングレンは再度サクラを抱きかかえて屋敷から撤退した。

 その同時刻、同じミツヤス邸の一角で詩織が口に笑みを浮かべていた。


 「ドウしタ? 恐怖に狂っタカ?」


 クライン将軍の目に黒い淀みが見えていた。彼のものではない、闇の魔力を感じる其れに詩織は何かを感じ取った。


 「別に。貴方の方こそ余裕が無さそうね?」


 憎まれ口を叩く、とクラインだったものが嗤う。昏い笑みに詩織の表情も固い。

 だが、これで五分だ。仕切り直せると彼女は笑う。勇者の瞳には確かな光があった。

 サクラを始め、屋敷の使用人達もカングレンが連れて行ってくれている。その様子が勇者の技能(スキル)によって感覚的に分かるのだ。

 せっかくのドレスがダメになったのが残念だが非常時だから仕方ないと彼女は諦める。

 幾ら全力ではないとは言え、相手は彼女の必殺技のひとつを受けて生き残った奴だ。気の抜けない戦いになりそうだと詩織は笑っていた。


 「ドノみち、生きテハ帰さン」

 「その言葉、そっくり貴方にお返しするわ」


 三度(みたび)、光と闇の魔力が昂まっていく。

 聖剣に輝く光が集まり、その光度が増す。彼女から溢れる光の魔力が際限なく昂まっていく。

 相対するクライン将軍の方も昏い魔力が底無しに闇を深くしていく。全てを呑み込まんとする黒い淀みが彼の目に現れていた。


 (足が治りきってないことが不安材料だけど日本人を、まして大和撫子を舐めないで欲しいわ!)


 伊達や酔狂で勇者を引き受けたんじゃないんだから、と詩織は吠える。彼女も本気だ。闇の勢力に属する魔物にとって、決定的な力を行使する気だ。


 「ハハハハハッ!」


 クライン将軍が喜悦を隠さずに嗤う。自分を倒すかも知れないものを見て、彼も何かが狂っていたのかもしれない。


 「ルミナス・ブレード!」


 魔を滅する光の刃が顕現する。刀身を遥かに超える長大な光が収束している。

 勇者詩織の必殺技のひとつとして、数多の魔物達を迷宮の底に沈めてきた技だ。其れが、大上段からクライン将軍に向けて振り下ろされた。

 幾筋もの真っ白な軌跡を残して、光が闇を切り裂いていた。

 迸る光の乱舞に闇に侵食された大地や建物が崩壊していく。彼女に力を与える神の威力が闇の勢力に叩き付けられる。

 弾ける光に衝撃波が追従していく。

 大地を抉り、闇を打ち消す詩織の一撃が本領を発揮した。神技だ。受けた魔物の方は一溜りも無い。

 轟音の後に砂塵が煙となって流れた時、詩織は信じられないものを見た。


 「まさかルミナス・ブレードを受けて無傷だなんて……」


 まさかの事態に詩織は毒づく。

 立ったままのクライン将軍の目が黒く染まっていた。


 「クククッ! モットだ。モット楽しませてクレ!」


 願い下げよ、と詩織は会話することを放棄した。

 冷静に現状を分析する。光属性の攻撃魔法であるルミナスブレードを防いで見せたクライン将軍に油断はできない。

 彼がいったい何者であるのか。それすらも謎だが、詩織の中でハッキリと分かったことが一つだけあった。


 「つまり、魔王級(・・・)ってことね……」


 詩織が召喚された頃、世界は大きな戦乱を乗り越えたばかりであった。

 人族と獣人族との戦いが終結し、まだ戦後の混乱期にあったのだ。当然、勇者たる者の戦いは迷宮を主たる戦場としていた。

 其処には、魔王の存在など無かったのだ。

 勿論、黒妖精族(ダークエルフ)などの知性ある闇の勢力と戦った経験はある。

 しかし、目の前の奴は恐らく人間に寄生、もしくは憑依する(タイプ)の知的生命体だ。最悪、何処かに隠れている本体を倒すか、魔術的な作用で滅殺しなければならないかもしれない。

 王国の中枢に入り込まれれば、一日で王都(アンガウル)は滅ぶだろう。それほどの危機感を感じさせる相手だった。

 震える手を聖剣を握り締めることで抑える。恐怖もあるが、勇者としての矜持が眼前の敵を討てと叫ぶ。

 胸の中に熱い滾りが漲る。詩織の手はもう震えてはいなかった。


 「ドウした? 来ないノカ?」

 「あらあら、せっかちな男は女の子に嫌われるわよ」


 詩織の聖剣が光を纏う。ルミナス・ブレードの応用だ。光のヴェールが砂塵を払い、侵食してくる闇の魔力を押し留める。

 朗らかな笑みを浮かべつつ、詩織は勇者として立つ。

 凛とした気配が周囲を圧する。底無しの魔力が神聖な光輝を放つ。


 「多重発動(マルチプル・ブースト)!」


 勇者の身体が再び光に包まれる。詩織の決意が力となって顕現する。

 光属性魔力の重ね掛けによる身体強化、防御力上昇、攻撃力上昇の効果が現れた。


 「勇者の力。見せてあげるわ!」

 「面白い! 面白イゾ、女!」


 歪んだ喜悦にクライン将軍の目が爛々と輝く。

 二つの大きな存在が互いの全てを賭けて剣を構えた。

 クライン将軍の剣からは真っ黒な闇を思わせる霧のようなものが見えている。暗黒の力であることは疑う余地がない。その闇が深く色濃くなっていく。


 (あれ(・・)をやるしかないか……)


 戦いの最中、詩織は冷静に考えを巡らせる。フル回転する頭の中では戦いの趨勢を決するだろう技のひとつを選択していた。

 詠唱を始める。勇者の力である光と風の二属性複合魔法。範囲攻撃型の上級魔法が威力を現し始める。

 相手より先に決め、先手を取るのだ。そう詩織は自分に言い聞かせていた。


 「神の裁き(ジャッジメント)!」


 勇者である詩織が叫ぶ。


 「闇の楔(ダーク・ウェッジ)!」


 ほぼ同時に放たれる魔力に狂気じみた笑い声が響く。

 クライン将軍の剣が振り下ろされ、詩織の剣が振り下ろされる。

 激突する光と闇に、その場の全てが震撼した。












 

 激突を繰り返す光と闇。二つの勢力の争いは決して相入れることなく続く。魔王と勇者の運命は互いの存在を賭けた死闘を余儀なくする。

 次回、第59話「慟哭」でお会いしましょう!

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