第51話 友誼
お待たせしました!「迷宮都市〜光と闇のアヴェスター」本編の続きです!
孤児院の一室に部屋を借りて、ユウたちは話し合いの場を設けていた。
木製の簡素なテーブルを挟んで二人は話をしている。まだ若い二人の会話にしては内容は大きく、この迷宮都市の未来を題材としたものだった。
大人なら一笑に付すか、まったく取り合わなかっただろうことは想像に難くない。
それでもユウは、初対面であるユヌスと名乗った富裕層階級出身の少年へと真剣に自分の考えを伝えていた。
「組合か……。特定の職業のために同業者等が集まって形作る新しい組織。面白いね」
金髪碧眼の麗しい容姿を持つユヌスが笑った。その目は興味深いものを見つけたのか、強い輝きを宿していた。
彫りの深い白人系の顔立ちをしているユヌスは現代ならハリウッドスター並みの容貌を誇る。この異世界の貴族階級が生んだ正真正銘の貴公子であった。
「それに、なんと言ったかな?」
声までもが美少年然としたユヌスが尋ねた。
「相互扶助」
「そう。それだよ」
合いの手を得たように少年貴族が続けた。
「興味深い考え方だよ。確かに、飢饉や大雨といった災害に備えておくという考えは古くからある」
でも、とユヌスは眼を細めた。真剣な表情でユウを見つめる。
「それは領地を持つ貴族の考え方だ。商売人だと目端の利く者くらいしか分かっていないかな」
普通はできないからね、とユヌスは言う。
「あと、関連産業にも利益を分配するという発想にも驚かされたよ。武器や防具といった必需品を扱う協力店の中から優良な店を選んで組合が探索者達に斡旋する、か……。思いもよらないとはこの事だよ」
不意にユヌスが目を伏せる。そして、再び顔を上げて見開いた碧の視線がユウの心の奥を見透かすように射抜いた。
「君の其れはどれもとても革新的で、具体的だ」
まるで何かを言い当てられたかのようにユウの心臓が跳ねた。この貴族籍を持つ少年は見た目以上に高い頭の回転が早く鋭いようだ。
属する世界が違う自分を見透かされているような錯覚すら覚えて、ユウは言葉に詰まった。
「なかなか居ないよ、君みたいな傑物は。本当に興味深いね」
そう言って笑うユヌスの笑顔に釣られて、ユウも愛想笑いをする。
ところで、とユウの対面に座っていた少年貴族が尋ねた。
「受付業務のことなんだが……。どうして全て女性に任せるんだい? 業務の斡旋なら、探索を経験した男性職員の方が安全面への配慮もできると思うんだけど」
ユヌスの質問に、ユウは幾分ほっとしている自分に気付いた。
彼も現代日本では高校生らしく様々な娯楽小説や映画を観ていた。異世界転生ものの冒険譚を知らない訳ではない。妹に勧められて読んだ本は幾つかある。
そして世の男の子の例に漏れず、彼もまた冒険が大好きなのだ。
「何言ってんだよ。受付嬢がいるといないじゃ、探索者達のやる気が違うだろ?」
ユウの説明にユヌスの方は少し首を傾げる。
「そうなのかい?」
「探索者って言ったって、もとは食い詰めた農民とかだろ?」
「そうかな?」
「探索者なんて土に塗れたむさい野郎ばっかりじゃないか! 受付で、強面の顔に傷があるようなおっさんが対応するより、若くて綺麗な女性の受付嬢が対応したほうがいいに決まってるだろ!」
「それはそうかも知れないが……」
黒目黒髪の少年は新たにできた友人に説明する。その勢いにユヌスが言葉を詰まらせた。
「分かってないな、ユヌスは。男は美人に弱いんだよ、何歳になっても!」
指を横に振りながら、身振り手振りを交えて説明する少年も、段々と熱を帯びてきている。
「組合を立ち上げたら美味い依頼ばかりじゃなくなるんだ。危険で割りに合わない依頼も斡旋しなくちゃならない。時には探索者が見向きもしない依頼を斡旋して、受けてもらわなきゃならないだろ? そんな時こそ美人の笑顔は最高の説得力だろ?」
ユウの気迫に幾分押されてユヌスが答える。
「……要は煽てながらも上手く人材を確保する場合を想定しているんだね?」
「あと育成な」
「育成?」
それはどういう意味だい、とユヌスが尋ねた。
「若い新人が探索の世界に入った場合にさ、いきなり迷宮で戦えると思うか? 無理だろ?」
農村出身の若者が、何の技術や特技も無く迷宮に挑めばどうなるか。ユヌスも聞き知っている現状に首肯せざるをえない。
「組合で基本的な剣の扱いなんかを教えてやれば探索者の生存率は上がるはずだ」
少し意趣返しをと思ってユヌスがユウに質問する。
「それはそうだが……、誰が教えるんだい?」
「引退した探索者を雇うのさ! 彼らの経験と知恵を組合が買い、新人がその教えを受けて活躍する決まりを作るんだ!」
まるで目から鱗が落ちるようなユウの語る夢の話に、ユヌスは暫し聞き入っていた。
まるで見てきたかのように語る黒髪の少年に、王国貴族の一員として権力争いに揉まれてきたはずのユヌスが呆然とする。
その碧眼に力が戻ってくるや彼はユウに質問した。
「教えてくれないか、ユウ? それは、どうやるんだい?」
どうすればいいのか、と少年貴族は焦ったように繰り返した。
黒髪の少年はと言えば、組合に関する自分の知識を惜しみなく開示していた。この異世界では貴重な専門的な知識をまるで友達に気軽に話すように、だ。
「ほら、探索者って言っても若い連中はいいけど、結婚して身を固めたい連中や怪我をして引退を考えてる奴もいるだろ?」
「ああ」
「そんな中堅どころの探索者を雇うのさ。そうすれば、ひとつの都市に腰を落ち着けてくれるんだ。狙い目だろ?」
目を見開いたユヌスがユウのことをマジマジと見つめている。彼にとって不可能だと思っていたことが次々と突破されていくのだ。彼でなくとも黒髪の少年に興味が湧くというものだ。
「確かに、恋人がいるのに中々辞め時を得ずに燻っている探索者を知っているよ……」
思わず溢した呟きに、黒髪の少年が口角を上げる。
「組合に職員として雇う場合は、現役時代の依頼達成率や人柄を見て雇うようにするんだ」
そのためにも、とユウが続ける。
「各探索者の情報を集めておくことが何より肝心なんだ」
自分を見つめる碧眼に驚きが溢れているなど思いもよらずにユウは語る。
「情報こそ、組合の最大の資産になる」
目の前で壮大な夢を語るこの少年に、王国の少年貴族として生きてきたユヌスは驚きを隠せなかった。
「ユヌス。はい、どうぞ」
孤児院の一室に部屋を借りて話し合いを続けるユウたちに、孤児院の娘であるコニーがお茶を淹れてくれていた。
香りの良い紅茶だ。孤児院には似付かわしくないがユヌスが渡したものだろう。互いに話しに熱が入り、ちょうど喉が渇いていたところだった。
ユウはありがたく金獅子族の娘が淹れてくれた紅茶に口を付けた。
躊躇いのない所作に、むしろコニーのほうが驚いた表情を見せた。しかし、少年からは見えない位置のため場の空気は変わらなかった。
「そういえば、ユヌスは貴族なんだよな?」
ユウの素朴な問いにユヌスが笑いながら応じた。
「僕かい? これでも王国貴族の一員だよ」
金髪碧眼の麗しい微笑みにコニーが見惚れている。生粋の貴公子は微笑みだけで人の印象を変えられるようだ。
「警戒しなくていいよ。僕なんて次男だし、当主になれないお飾りだからね」
自嘲気味に言う彼の言葉からは、とてもそうは思えない雰囲気があった。
ユウも身分制度の中で家督を継ぐ長男以外の扱いが酷いものだということは知識として知っていた。次男であるならば、もしもの時のために家で部屋住みのような暮らしを強いられているだろうことも知ってはいた。
だが、彼の態度や言動からは次男でも十分な教養と貴族の子弟としての尊重された暮らしが出来ていることが想像できる。
少なくとも彼からは鬱屈した感情も卑屈な態度も見えない。
少年だが貴族家の当主だと言われても納得する雰囲気を持っているのだ。
「けど僕にもやりたいことはあるんだ」
ユヌスが飲み終わった紅茶をテーブルに置いて、はっきりと言った。
家のために飼い殺しなんかゴメンだよと彼が笑う。
「君とは方法は違うけど、この街をもっと大きく豊かにしたいと考えてる」
穏やかな笑顔でユヌスは明言した。
「僕は、そのために獣人族と手を結ぶことを否とはしない。君と同じようにね」
強い意志の力を宿した碧色の瞳が陽の光を受けて輝く。やわらかな印象を持つユヌスの中に、彼自身の矜持がある証のように見えて、ユウは知らず身震いした。
「今度はもっとゆっくり君とは話したいね」
また会えるかい、とユヌスは尋ねた。
「勿論。俺のほうこそ、また会えるのを楽しみにしてるよ」
「ああ、よろしく」
テーブルの席を立ち、固い握手を交わす二人。
話し合いが終わったと知らされたダルクハム達が迎えに来るまで、ユウとユヌスは穏やかな雰囲気の中で談笑していた。
客が去った孤児院で、今日の邂逅の一部始終を見ていたコニーが尋ねた。
「ねえ、ユヌス?」
「なんだい、コニー?」
優しげな微笑みを浮かべてユヌスが応える。
「会って良かったでしょ?」
コニーの頭の上の獣耳と尻尾が揺れていた。彼女はどうやら上機嫌らしい。
「どうして、そう思うんだい?」
金獅子族の少女にそう言われてユヌスは聞き返していた。
普段から孤児院の子ども達に人気がある彼のことだ。コニーが物陰から見ていたのは知っていた。だが、ユヌスも親しい友人との気の置けない遣り取りなどを見られたことはなかったため、少し気恥ずかしかったのだ。
「だって、ユヌス。あの人と話してる間、ずっと笑ってたもの。それに、あの人すごく優しそう」
良かったね、と少女が笑う。
屈託の無い心からの笑顔にユヌスも相好を崩す。
ユヌスは思う。果たして彼は本当の友人になってくれるだろうかと。
その心配と期待は全く無用だったと彼が知ることになるのに、さほど時間は要さなかった。
「あん? ユウは何処に行ったんだ?」
セスの商会が定宿としている宿で、ダルクハムが少年を探していた。
いつもなら、部屋で読書をしたり、宿の誰かの手伝いなどをしている少年がいないのだ。ダルクハムでなくとも其の所在が気になるところだった。
キョロキョロしていたダルクハムを見つけてドリスが声をかけた。
「ユウならムースと一緒に孤児院に行くって言ってたわ」
聞いてなかったの、と彼女は首を傾げる。
あそこか、とダルクハムは納得した。目を細めて何か考えるような仕草をする。
「最近、ずっとだな」
どこか不満そうな口調にドリスがくすりと笑った。
「ダルクも行ってきたら?」
「勘弁してくれ。尻尾がバサバサになっちまう」
「子ども達に人気だものね?」
よせやい、とダルクハムはそっぽを向く。
ユウが孤児院に行った日以来、ダルクハムは孤児達の人気者となった。もともと面倒見の良い彼は子どもたちと一緒に遊んでやっていたのだ。今では彼が来ることが分かると孤児達が玄関前で待ち構えてすらいる有様だ。
「よっぽどウマが合うんだな」
「ダルクもね」
ドリスが入れた合いの手にダルクハムも満更ではない様子だ。
「ふふっ、尻尾が揺れてるよ?」
「そんなんじゃねぇ」
照れ隠しに話題を変える獣人族の青年に、彼女は微笑ましさを感じていた。
「しょうがねぇ。森の浅い場所で何か狩ってきてやるか」
「それ、私も行く!」
腕組みして狩り場を選定しているであろうダルクハムは頭をひねった。孤児院の子どもたちに行き渡る獲物を探さねば。
「あの子たち、きっと喜ぶね」
「あいつら腹ペコだからな」
すぐに迷宮探索用の荷物を準備しなければならない。ドリスはダルクハムとの午後のひとときの過ごし方を決めた。
一方、孤児院に足を運んだユウたちは、別々に対応することになっていた。
「ユウは獣人族のために組合を作るって言ってたね」
ユヌスの碧色の眼が黒髪の少年を見遣る。
「ああ。最終的には無用な差別を無くしたいんだ」
そう話すユウの黒い瞳はまっすぐにユヌスを見返していた。何の見返り求めず、ただ己の信ずるところを貫く者の眼だ。
「どうして君が尽力するんだい? 君は人族だろう?」
ユヌスの質問ももっともだった。この異世界において獣人族はそれだけ虐げられている。
だからこそユウの返答もまた、ユヌスにとって衝撃的だった。
「友達がいるからに決まってるだろ。ユヌスも獣人族の友達がいるんじゃないのか?」
王国貴族の一員であるユヌスにとって、其れを公言することがどれだけ難しいことか。
心の何処かで彼自身もそうしたかったというのに、身分制度が、己の置かれた立場がそうはさせてくれなかったのだ。実際、幼少の頃に同じことをしようとしたユヌスは周囲の大人たちから窘められているのだ。
自分の持つ常識を易々と打ち破る少年を羨ましく思ったほどだ。
「まったく君は……」
自分の持つこの世界での常識を易々と打ち破ってくれる少年に軽い嫉妬すら覚えるユヌスであった。
黒髪の少年を見る彼の方はまいったとばかりに肩の力を抜いていた。
「計画を進めるために教えてくれないか? この業務内容の査定と買取なんだが……」
「ああ、これか。この素材の評価なんかは……」
孤児院にある応接用の部屋でユウは寛いでいた。
ユヌスは今別の来客があり、其れに対応している。彼がこの孤児院にいることは近くの獣人族たちにとっても当たり前のことらしい。
そんな折、ユウは金獅子族の少女が出してくれたお茶を飲むと何故か彼女と目が合った。
「なんだい?」
ユウの質問に少女の目は真剣だった。
「貴方にお願いがあります」
ユウが続きを促す。彼にとってもこの少女の申し出は意外だった。
「ユヌスのことなんです。彼に贈り物をしてあげてくれませんか? 何でもいいんです。貴方が贈るものなら、ユヌスはきっと気にいるから!」
「は?」
彼女の意図が読めず、ユウは困惑していた。妹より少し幼い程度の女の子から頼まれ事をするなど、ユウにとっては本当に久しぶりだ。
「獣人族の習慣では親しい間柄の者同士で互いに贈り物をする事があるんです。本当は一年で決まった日にするんです。収穫祭の日に。でも……。あ、あの……」
コニーの両手が着古した服を掴んで震えていた。まだ小学生の高学年くらいなのか、何かを訴える少女のいじらしい姿にユウは視線を合わせた。
「ご、ごめんなさい……」
恥ずかしくなってしまったのか、言葉を詰まらせたコニーにユウは尋ねた。
「理由を聞いてもいいかい?」
顔を耳まで真っ赤にして俯いているコニーに話しかける。
少女がなぜそんな提案をしてきたのかに少年は興味を持った。
「あの……。ユヌスはずっと私たちのために色んなことをしてくれるんです。他の人族は誰も孤児院になんか見向きもしません。ユヌスは言わないけど、たぶん居心地の悪い思いをしてると思うんです」
私たちのせいで、とコニーは言葉を詰まらせた。
ユウは黙って聞いていたが、彼女の話に頷いてやった。
「私たちからは、何度も贈り物をしました。ユヌスも喜んでくれました。でも、ユヌスが言ってたんです。こんな心の籠った贈り物をしてくれる相手はいないよって……」
王国貴族の一員である少年にとって、獣人族の習慣など取るに足らないもののはずだ。彼も公式の場では贈り物を受け取ることすら躊躇うはずなのである。
彼が守りたいと思っているものが何かは分からないが、ユウにとっても興味が湧いた。
「貴方が贈ったものなら、ユヌスは本当に心から喜んでくれると思ったから……」
ごめんなさい、とコニーが頭を下げる。その頭の上にある獣耳がしゅんとしているように見えた。
「俺は何をすればいい?」
そう言った黒髪の少年をコニーが見た。
彼女の申し出を笑わずに聞いてくれた人族の少年に、コニーは思わず破顔していた。
異世界に召喚された日本人。彼らだけが知る召喚魔法の齎らすもの。王国の将軍となったミツヤスにも守らねばならないものがあった。
彼にとって新たな召喚者ユウの存在は一体どう映るのか。
次回、第52話「真実」でお会いしましょう!




