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第50話 奔走

 お待たせしました!

 「迷宮都市〜光と闇のアヴェスター」本編の続きをご覧ください。

 迷宮を抱えるこの街(アンガウル)の朝は早い。空が白む頃から人々は起き出し、日々の暮らしに精を出すからだ。

 其れは、迷宮に入る探索者達も同じだ。

 迷宮の地下深くへと挑む彼らを支援するために街は自然と早朝から活気付いていた。

 忙しい朝の様相を見せる(アンガウル)の路地に、其の男達の姿があった。

 商売人たちの威勢の良い声や大通りを行く馬車の蹄と車輪の音が街に木霊している。陽光が燦々と照らすせいで、北の大地も賑わいを見せていた。


 「……」


 物陰から剣呑な視線を送る男がいた。虎の獣人族の男だ。種族特有の縞模様が袖口やフードの奥に見える。

 何かを考えているのか、じっとしたまま動かなかった。

 そんな男に声を掛ける者がいた。


 「ラジャダイン」


 足音を消した男が近づく。しなやかな肉体を備えた男は、やはり獣人族であった。フードを目深に被り、顔は見えない。

 それでも虎人族の男(ラジャダイン)が、目礼する。


 「あれ(・・)か?」

 「はい。朝方から獣人族(我々)のことを聞き回っているようなのですが……」


 彼らの視線を先に線の細い男がいる。まだ若い。10代の少年であった。


 「若いな……」

 「はい。何処かの商会に所縁のある探索者に見えますが目的が分かりません。ですが、彼には奴隷ではない(・・・・・・)獣人族の三人がついています。どうやら探索者仲間のようなのですが……」


 成る程な、と報告を受けた男が頷く。

 彼も獣人族であり、その尻尾が僅かに動いた。


 「この先へ行くようなら何らかの形で排除(・・)しろ。孤児院にいかれては面倒だ」


 ラジャダインが頷く。軍の間諜として培ってきた彼の経験が上官の命令を受諾させた。


 「あそこには金獅子族に所縁のある娘がいるからな」

 「分かっております」


 簡潔に報告する彼の視線が動く。他に、とラジャダインは続ける。


 「彼には別の尾行(・・・・)がついております」


 なに、と長身の男が尋ねた。ラジャダインを部下と扱う男は回答を求めた。


 「気配しか掴めませんが、間違いなく付いてきています」

 「王国(・・)か?」

 「そこまでは分かりませんが、距離を置いて付いて来ているようです」


 こちらを警戒しているようです、とラジャダインが報告する。

 腕を組んでいた逞しい腕が顎へと動く。


 「厄介だな」


 舌打ちする男も軍人なのか、隙のない所作に歴戦の強者を感じさせるものがある。

 厳しい視線を向ける先で、数人の探索者達がアンガウルの街を歩く。

 獣人族の二人の男達は暫し状況を静観することを余儀なくされた。


 「ユウ。何処に行くんだ?」


 ダルクハムの声が通りに響いた。陽気な性格の彼だが、今はユウのことを心配してか言葉も少な目だ。


 「悪い。ちょっとな……」


 早足で前を行く少年に、獣人族の仲間達が追従していく。後ろから見れば三つの尻尾が揺れながらついていく姿が見えるのは、どことなくユーモラスな光景だった。もっとも、件の少年は周囲を気にする余裕が無かったのだが。


 「オラはいいけども。さっきから何か探してるだか?」

 「ちょっとな……。大丈夫だって、すぐ戻るから! 帰ってていいぞ」


 仲間達の制止を聞かず、ずんずんと街を歩いていく。そんな少年の様子を気にかけて後から仲間達が追いかけていた。


 「ちょっとユウ!」

 「待つだよ、ユウ!」


 ドリスやムースの声を尻目にユウは何かを探していく。

 確かな目的がある意思を宿した瞳が強く輝く。少年の意図しない力の発露に、ダルクハム達も何かを感じ取っているのだろう。

 そんな時、唐突に少年は大通りの中央で立ち止まる。


 「わっ、ぷ!」


 後ろを追従していたドリスが少年の背中にぶつかる。

 通りを見通すように周囲を見回しながら、ユウは立ち止まったままだ。


 「ムキーッ! 危ないじゃない、ユウ! 急に立ち止まらないでよ!」


 ちょっと私の話を聞いてるの、とドリスが騒ぐが当のユウ本人は気もそぞろだ。


 「なあ、ダルク?」

 「んあ? どうした、ユウ?」


 少年の瞳がアンガウルの街並みを見渡す。街並みの中、古都の一画へと視線が固定されていた。


 「この辺りは、いつもこう(・・・・・)なのか?」


 その視線は、日常の中に潜む何かを捉えていた。そして、それは獣人族の友人も同じだった。

 少年の言わんとするものを感じ取ったのかダルクハムの顔が真剣な表情になる。


 「そうだなあ。お前の目にはどう映るんだろうな」


 ダルクハムの返答は曖昧なものだった。


 「どういう意味だよ、それ?」


 問いかける少年に、友人(ダルクハム)は答えない。

 向き合う二人は無言だ。辺りには静かな緊張感が生まれていた。

 古都の街並みには、朝方の慌ただしい時間が流れていた。

 街行く人々が談笑しながら思い思いの場所を目指している。そこに人族や獣人族の区別はなかった。


 「ダルク……。この辺りは獣人族への差別が無い、よな? 少なくとも俺にはそう見える」

 「ああ。そうだぜ、ユウ」

 「なぜだ?」


 少年の言わんとすることが分かったのか、ダルクハムが言葉に詰まった。

 やがて、ガシガシと頭を掻きながら少年へと答えた。


 「あー、なんだ。この辺はちょっとなぁ……」


 言葉に詰まりながらもダルクハムが答えていく。友人の真摯な瞳がまっすぐに自分を見ている。


 「この辺り一帯はセスのおっちゃん達が獣人族(俺たち)のために買い占めた区画なのさ」


 ダルクハムの返答は曖昧だったものを明確にする内容であった。やがて彼は腰に手を当てたまま嘆息した。


 「店主が獣人族の店が多いだろ? 他じゃあ、賃料を釣り上げられて商売にならないんだ」

 「……」


 少年が周囲の様子を見る。其処にあるのは獣人族の人々による彼らの暮らしぶりだった。

 少年が気付いた違和感の正体だろう。


 「お偉いさんが氏族会議で決めたんだろうけどな。この辺りを買い占めたのは、南部(・・)じゃあ大店(おおだな)で名前が通る商会ばっかりさ」


 だから、ここは安全に商売ができるのさ、とダルクハムは言う。


 「獣人族がやってるとは言え、真っ当な商売だから人族でも鼻の効く奴は集まって来る」


 長年の経験から、商売人も探索者達もここの連中の気質が分かってるのさ、と彼は説明した。


 「前にも言ったと思うが、俺たちを差別しないでくれる一握りの人族がいる。逆に貴族連中なんかは、この区画には近寄らねぇ」


 腑に落ちた顔をする人族の友人を見て、ダルクハムは説明を続けた。

 みんなが帰って来れる場所にしようって頑張ってる場所なんだ、とダルクハムは説明した。


 「まだまだ、だけどな」


 いつも通り笑って見せる友人を見て、ユウは何かに思い至った様子だった。


 「ダルク、案内してくれ!」

 「えっ、なんだ?」


 いいから早く、とばかりに少年が友人の手を引いて行く。


 「待つだよ、ユウ」

 「ちょっと! なんで貴方が手を繋いでるの! 待ちなさい、ユウ!!」


 忙しない四人組が獣人族のホームタウンと呼ぶべき区画に入って行く。

 その一部始終を見ている者達もまた、後をつけて動き出したのだった。










 「はあ? 商会の代表(おっちゃん)に会いたい?」


 ああ、とユウがダルクハムに答えた。


 「おっちゃんは商売人だぞ? 何か欲しいものがあるのか? 装備なら……」


 違うよ、と少年が苦笑する。


 「組合(ギルド)を作ろうと思ってさ」


 困惑しているダルクハム達三人に少年は説明していく。彼が何を望むのかを。


 「この街は、まだ個人の商店がそれぞれ独自に商売をしているよな?」

 「あ、ああ……」

 「例えば麦を例に話すと、売り買いの場では、麦の収穫量によって値段が高くなったり、安くなったりするよな?」

 「いや、ユウ?」

 「そうよ。前の年に干ばつや日照り、水害とかがあったら村にとっては大問題なんだから」


 合いの手を入れたドリスが力説する。農村の生活を知っているからこそ、彼女の言葉には意味があった。


 「店に麦の在庫が無いと値段が高くなる。逆に豊作続きだと、麦の在庫が余って値段が安くなる。そうだよな?」

 「んだなあ。確かに毎年の作付けと収穫量で決まるだども。他にも商隊がこの街に来ない時も値上がりするかなぁ」


 ムースも(アンガウル)育ちのため、北の果てにある街の実情を知っていた。


 「そうした天候なんかに左右される麦の値段の乱高下を抑えて、毎年同じくらいになるようにするための組織(もの)ものでもあるんだ」


 更にユウは続けた。


 「農家から麦を買い付け、店には一定の値段で売り出す。豊作の年に買い溜めして備蓄に回すことで値下がりを防ぎ、凶作の年にその備蓄分を出すことで値上がりを防ぐ」

 「そんなこと出来るだか?」


 ムースの疑問に少年の黒い瞳が向き直る。

 大掛かりにやるんだ、と少年は説明する。大店の商会の協力が必要不可欠だとも言う。


 「俺のいたところじゃ、国がやってることだ。経済政策って言って、難しくて俺も専門外だけど、やってみるべきだよな」


 アンガウルの街並みが流れていく。彼らの足は自然と街の外れへと向いていた。


 「他にもあるんだ。例えば何処かの大店の商会が麦を買い占めた場合、その商会が麦を売る時の価格を決めることができるようになる」


 少年は身振り手振りを使って友人達に説明していく。


 「すると、その商会が独占的に利益を上げることができる。自由に価格を決められるんだ。ボロ儲けになる」

 「ユウ、おっちゃんの店は真っ当な商売をしてるんだ。そんな話なら……」

 「ダルク、続きがあるんだ。いま話したのは各商店が自由に競争する場合での弊害の話だ。極端だけれども有り得ない話じゃないって例だよ」


 自由主義経済の弊害を説明しようとするユウがダルクハム達に理解してもらおうとする。

 少年の持つ真面目で誠実な人柄があっても中々説明するのが難しかった。


 「プライスメイカー、だったかな。価格を決めることができる商会が独占的に利益を得るようになった場合、麦が値上がりするだけじゃないんだ」


 ユウは自分の知る知識から、友人達に組合制度のような仕組みを作る利点について説明していた。


 「値段が高いと誰も麦を欲しがらなくなる。つまり、誰も麦を買わなくなる。麦の取り引き自体が減っていって、麦を食べたい人々のところに麦が行き渡らなくなるってことが起こる」

 「麦が食べられなくなるだか!?」


 ムースが驚いてユウに聞き返すが、当の少年は話を続けていく。


 「この王国じゃ、獣人族への差別意識があるせいで、商売が上手くいってないだけで、物が売れない訳じゃない。欲しいって言う需要はある。それも常に、だ」


 それに、と少年は話を続ける。


 「迷宮があるせいで探索者達が集まってくるのに、その受け皿がないから経済効果があがってないと思うんだ。上手く説明できないけど、要は人材や物資を最大限に活かせてない状態だと思う」

 「ユウ、お前……」

 「ただでさえ、差別のせいで獣人族は足元を見られてる。不当な差別を無くすためには何らかの方法(かたち)で力をつけるしかない。それも正攻法でだ」

 「おいおい、ユウ。いち商店じゃ、やれることなんて限られてる。無茶言うな」

 「獣人族は王国の人口より数が多いんだろ? それが強みだと思うんだ。だから、それを活かすんだ」


 小さな商店を取りまとめて協力し合うようにすればいい、協力し合う仕組みを作るんだよとユウは笑って言った。

 その黒い瞳がダルクハムを見つめる。


 「数は力だ」

 「ユウ、そいつは危険だぞ!」


 ダルクハムが警戒して声を荒げた。


 「ただでさえ、獣人族は王国から危険視されてる。これ以上、火種があるとヤバい」

 「勘違いしないでくれ。俺は獣人族が無闇に差別されない方法を探してるだけだ」


 少年の態度に獣人族の青年は頭を抱えた。


 「ユウ、ここにいる連中だって生活するので手一杯なんだ」

 「ダルク、アンガウル(ここ)って、小さな国と同じだよな?」

 「あ? 何を急に……」


 話の展開にダルクハムが目をパチパチしている。


 「探索に関係する店を取りまとめて、探索者のための組合(ギルド)を作るんだ。絶対とは言えないけど、必ず迷宮都市の名に相応しい町に変わると思うんだよ」

 「なんだ、そりゃ? ユウ、あのな……」


 話の飛躍に友人はついていけない。


 「以前、話しただろ? ここ(・・)に俺たちでギルドを作るのさ!」


 俺たちの手でこの町に、と少年は笑った。


 「へぇ、面白そうな話だね。僕にも詳しく聞かせてくれるかい?」


 明るく朗らかな声がする方向へ振り向いたユウは目を見張った。

 其処に立つ自分と同年代の人族の少年に並ならぬものを感じたからだ。


 「君がユウ(・・)かい?」


 少年を見つめる彼は、澄んだ午前の光を浴びて立っていた。


 「僕はユヌス。ああ、こんな格好してるけど家名は名乗れないんだ。だから、ただのユヌスでいい」


 よろしく、と彼は言った。

 見事な金髪が陽の光に輝き、純粋な碧色の瞳がこちらを見ていた。

 これが後に、このアンガウルで王国初の迷宮探索のためのギルドを設立することになる人物との運命の出会いだった。














 思いがけず出会ったユヌス。初めて会う王国貴族の子弟は、少年にとって得難い友となった。二人の出会いが王国の歴史に何を齎すのか。

 次回、第51話「友誼」でお会いしましょう!

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