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第4話 依頼

 「迷宮都市~光と闇のアヴェスター」本編の続きです! よろしければ、どうぞ!

 「だ、大丈夫か!?」


 我に返った少年が、倒れた少女に問う。

 外野(ボノ)の説明に戸惑ったものの、落ちた状況を見ていた彼は少女をその腕に抱き起こす。いくら絨毯が敷かれていても、転倒した衝撃は身体に残っているはずだ。

 十代の少年にとって、些か勇気の()る行動だった。助けたのが同年代の少女であるためユウの顔が若干赤らむが、怪我したかも知れない者を放っておくことは彼の正義が許さなかった。


 「大丈夫か? しっかりしろ!」


 少年の励ましが聞こえているのかいないのか。倒れた少女は、項垂れたままだった。

 その頭が、不意に上を向いた。

 広間の灯りに照らし出される白皙の美貌。

 ユウは自分自身の息を飲む音が聞こえた気がした。

 美しい白銀色の髪が、光を反射して溢れる。黒いフード付きの外套が奪われ、亜人の特徴たる耳と尻尾が白日の元に晒され、白銀色の艶に揺れている。

 少年が現代日本で生きていた頃にさえ、見たことも聞いたことも無いほどの美貌。

 その姿にユウは目を奪われていた。いや、正しくは声すらも無くしていた。


 「うっ……!」


 薄く声を洩らす少女が苦痛に顔を歪める。その有り様さえ、少年は美しいと思った。

 すべらかな肌は抜けるように白く、艶を持ちながら弾力に満ちていた。手足はスラリと伸び、無駄な贅肉など見られない。

 輪郭は小さくまとまり、形の良い唇はふっくらと潤い、紅く艶めいて僅かながら開いている。すっと通る鼻梁は高過ぎず低すぎず、眉は筆ではいたよう。苦痛に眼は伏せられているが、露になった霊媒師(シャーマン)の白い装束と相まって神秘的な美を魅せていた。

 年頃の少女が持つ可憐さ、愛らしさ。貴き血筋が齎すだろう生まれながらの気品と麗しさ。華奢な身体を覆う儚げな雰囲気といい、花拓く前の蕾に匂う瑞々しい趣といい、この美しい少女を形作るそれら総てが、この世に比類なき美の造形であった。

 神の造りたもうた芸術が、シュリという少女の中で息づいていた。

 その美しい肢体がユウの腕の中で無防備に横たわっている。


 (いかん、何処を見て……!)


 ユウの顔に赤みが指しているのは、少女の胸元にある豊かな双丘を眼にしたからか。

 先程の活劇じみた動きを見せた者と、とても同一人物とは思えなかった。見目麗しい姿の少女が騎士の一人を翻弄した。その事実も何処か現実的ではない幻想のように思える。俄には信じ難いものを眼前に突き付けられて、ユウの困惑は益々増大する。


 「あっ、……う……!」


 不意にあがった細い声に、ユウが現実に引き戻される。

 少年の心配する目に、気がついた少女が映る。その身を案じるユウの姿が、シュリの瞳に映り込んだ。

 はっとする鮮烈な色相(ひとみ)。それは、この世の汚れを知らぬ蒼く透き通る瞳であった。

 氷の色(アイスブルー)とも言われる稀有な瞳を持つ少女が、痛みと戦いながらも目の前の少年を見つめている。

 驚きに開かれた瞳は、ユウの顔を映していた。見つめ合う二人だけが、時間と空間の意味合いを超えて惹かれ合う。意識を取り戻した少女の瞳に、何らかの意思が現れていた。

 シュリが何かを伝えようと口を開いた瞬間、彼女は激しい苦痛に翻弄された。


 「あうっ!?」


 美しい顔が、更なる苦痛に歪む。


 「頭を打ったのか!? 何してる! 早く医者を……、薬か、とにかく怪我人を治せる人を呼んでくれ!!」


 少年の声が周囲の者達に助力を求めていた。

 広い神殿の一室で、少年の声だけが石壁に反響して耳につく。


 「誰かいないのか!?」


 抱き留めた少女の身を案じるユウの声だけが響く。

 応える者の無い求めだけが、神殿の広間に何度も木霊していく。

 少年が助けを求めて周囲を見渡す。


 (誰か!? 誰かいないのか……?)


 一番近くにいた騎士の男は微動だにしない。細められた碧眼が無感動に二人を見詰めていた。

 男は剣を納めると、少女に一瞥をくれて背を向けた。仲間の騎士が踞る場所へと足早に歩いていく。その姿は少年に対する無言の拒絶を示していた。


 (……なんだ、様子が?)


 ユウは一旦助けを求める事を止めた。何かがおかしい。そう、彼の直感が訴えていた。

 誰もユウ達のほうへと近付いて来ない。籠を取り落とした従士達ですら、籠の脇に控えたままだ。

 しかし、少女の苦痛に耐える様を目にして、彼は取り急ぎ自分に出来る事を探した。優先すべきは人命のはずだ。医学的な知識など十代の少年にどれ程あるのか分からなかったが、少年は乏しい知識を総動員してシュリの容態を看る。

 苦しみ喘ぐシュリの姿が、一層ユウの胸を締め付けてくる。

 何とかしてやれないのか、と自問する。

 熱の有無を調べるため、シュリの額に手を当てる。身体に震えなどは無い。実際、もし痙攣でも起こしていたら、到底自分には手に負えない。

 外傷は見当たらないのだから、打撲傷や骨折などを確認しようとユウは目論んだ。

 ただ、その目論見を横から阻む声がかかった。


 「ユウ……。いや、異世界人よ……」


 思いの外、冷たく冴えた声であった。衣擦れの音とともに宰相ボノが、少年の背後から声を掛けていた。


 「そなたに話さねばならぬ大事(こと)がある」


 その声に、少年は渡りに船とばかりに便乗した。その顔には、少なからぬ安堵の色があった。


 「よかった。手を貸してくれ!」

 「その者は我等に任せて欲しい」


 少年に手を差し伸べるボノの顔色は読み取れない。実際、彫りの深い顔に影が差して表情が読めなかった。


 「先ずは我らの話を聞いてもらいたい。そして、我が王国の迷宮探索に、そなたの力を貸してもらいたいの……」


 ボノが話を進めようとしたところで、ユウは宰相に問い返していた。


 「なんで、この子を助けようとしない?」


 不意な質問に、宰相の手が止まった。ユウとて、直感的な反応だった。それほど深い意図があった訳ではない。

 だが、彼等の反応はそうではなかった。言い様のない緊張と無言の反発が、そこかしこで顕現した。

 その結果として生まれた一瞬の沈黙が、その場を支配していた。


 「怪我してるんだ、話より先に怪我人の手当てを優先して……」


 そんなユウの優しさを遮るように、宰相ボノが首を左右に振ってハッキリと告げた。


 「この娘は手の施しようがないのです」


 まだ何かを言おうとして遮られた少年が、その言葉を飲み込む。


 「……病気、なのか?」


 ボノは変わらず表情が読めない(かお)で続けた。その声は固く、少し冷たい響きを含んでいた。


 「この娘は、我等とは違う文化圏から来た言わば異邦人。王国の其れを良しとせず、事ある毎に反発しては、結果として症状を悪化させていった経緯がある者」

 「……」


 淀みなく述べられていく少女に関する前語りには、まるで少女の犯した王国での罪状を読み上げているような酷薄さがあった。


 「“亜人”は、我等とは違うものだと言ったはず。理解し難いが、彼等には彼等の文化がある」

 「助けられないのか?」


 彼の口元に、厳しい表情が垣間見えていた。その意図するところが分からず、少年の不安が濃くなる。


 「既に王国にいる医師達には()てもらっているが……、皆一様に口を揃えて言うのだ。無理である(・・・・・)と」


 一国の宰相の言葉が、重みを増してユウに届く。

 彼等に出来ないと言わしめた事が、どれ程の難事であることか。だからこそ、少年が口にした言葉は気休め程度だったのかも知れない。少なくとも、少年はそのつもりだった。


 「……なら、亜人の医者は? 彼女のことを亜人だと言ってたよな? だったら、亜人の医者には()せたのか?」


 シュリを抱く少年の両手が、まるで壊れ易い硝子細工を手にしたかの如く震えていた。少女から伝わる体温が、今にも消えてしまいかねないとでも言うように、だ。


 「なあ、さっき言ってたよな? 王国の迷宮探索に力を貸して欲しいと。だったら、この子を助けてやってくれないか? 亜人の医者に診察させてくれるだけでもいい。きっと同じ文化を理解する医者に()てもらうなら、彼女も安心……、いや、納得できると思うんだ。頼む、この()を助けてやってくれ!」


 何の私欲も無く、少年が口にした内容(ことば)。其れは期せずして、王国側が望まぬ結果を示していた。

 そして、少年が提示した交換条件。

 其れが、宰相ボノを始めとした王国の重鎮達の背に、冷水を浴びせることになろうとは召喚されたばかりの少年に分かる筈もなかった。

 ユウは気付くことなく、ボノに頼み込む。


 「代わりに俺が、あんた達からの依頼を受ければいいんだろ?」


 迷わない少年の瞳。黒い瞳には、いまや何者にも屈せぬ強い意思が宿っていた。


 「俺が、迷宮を探索すればいいんだろ? 頼む、依頼を受ける代わりに助けてやってくれないか? この()は今助けないとダメなんだよ!」

 「さすがに無謀ですぞ」


 少年の瞳を見返す灰色の慧眼。

 忠告と取れる言葉は、誰のためのものだったのか。


 「俺を召喚して優遇してくれるのはいい。でも、怪我した者を見捨てるのが王国のやり方なのか? 違うだろ?」


 少年の口上に宰相の眉根が動いた。

 

 「そなたの覚悟のほどは分かりました。では、そのように図らいましょう」


 踵を返したボノを見送るように、ユウが彼の背中を見つめる。その時、少年の腕に掛けられた細い手があった。

 温かいものが伝わる感覚に、ユウは気付いた。

 優しく置かれた手は、他ならぬ腕の中のシュリのものであった。痛みと戦いながらも、少年を見詰める湖水の色を映した穢れない瞳。震える手で、少年に何かを伝えようとする行為は彼女の強い意思を示していた。

 ユウがシュリを気遣うように見つめる。

 シュリが発する言葉を待っていた少年に、掛けられたのは意外な一言。


 「ごめんなさい。ずっと貴方に、謝りたかった……」

 「えっ?」


 思い詰めた瞳に、流れていく一粒の涙。

 傷付き倒れた少女から伝わってくる真摯な祈りに似た謝罪と後悔の気持ち。

 少年は何も聞くことが出来ぬまま、自分を見つめる少女の涙に胸を打たれた。

 シュリの頬を伝う涙の訳を少年が知ることはない。運命が引き合わせた二人の宿命は、今この時から激しい荒波の逆巻く航海へと漕ぎ出そうとしていた。

 












 ユウに強烈な印象を残した皇女シュリ。彼女の願いは、周囲の思惑に翻弄されてしまうのか。

 兵士達に連れられる少年に、危険が迫る。

 次回、第五話「思惑」でお会いしましょう!

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