第44話 対話
だああああぁぁぁー!
いろいろ叫びたい気分でしたが、やっと更新なのです!
お待たせしました。「迷宮都市〜光と闇のアヴェスター」本編の続きをご覧ください!
ーーユウ。私はあなたに、この世界特有の現象である魔法について理解して欲しいのですーー
其れを理解することは、この世界に生きる醍醐味と言えますと光明神は言い切る。
ユウが顔を上げる。少年に見えている視界に光の波が広がっていく。
広大な宇宙空間に光明神の光背から放たれる光が行き渡り、遍く銀河を照らしていた。
ーーユウ、私はあなたに『魔力とは、この宇宙の森羅万象に行き渡って万物に宿り、その性質に働きかけ、その存在の在り方を定め満たすもの』と言いましたね?ーー
理知的な面を見せる光明神の背後に光背が輝く。
暗黒の宇宙空間には、いまや無数の星々の光が瞬いていた。
優しげな慈悲の面を見せて光明神は語りかける。
ーー今はその理解で十分です。それに、まだ他にあなたに知って欲しいことがあるのですーー
光明神によって語られ始めた“魔法”という未知の技能に、ユウの心は揺さぶられていた。いや、乱されていたと言えるかもしれない。
ーー魔法とは、生きることが困難な異世界において私が幼子たちに与えた恩寵なのですーー
「!」
ユウの動揺は表情に出ていただろう。聞かされる異世界の真実に、少年の精神は落ち着かなかった。
聞かされたこと総てを理解させられる光明神の声に、ユウは震えていた。
ーーあなたのいた世界では、魔法はお伽話の中で語られるものーー
光明神の話はユウの心情を知ってなお、平静を装う少年を巻き込んでいく。
ーーしかし、この異世界では、現実に術者の精神力を代償として魔素に方向性を与え、生成される“魔力”を使って世界に様々な事象を現し、それを重層世界に決定付けるもの。または、その技術的体系を言い表しますーー
魔法に関する情報に、ユウは困惑しながらも注目していた。光明神の話が理解されるだけに、嫌でも注目してしまうのだ。
光明神の口角が上がったように見えた。
ーーあなたが好きな音楽を例に話しましょうかーー
「!!」
少年の背筋に冷たいものが流れる。ユウは光明神を前にして、一言も喋ったりしていない筈だ。
言い当てられた事実に驚愕する。同時に、全てを見抜かれているとの感覚がユウの悪寒を強めていた。
少年の身体が硬直した。
ーーユウ、あなたの世界には、音色は楽器の胴で決まるという言葉があるそうですねーー
まるで何事もなかったかのように、理知的な面を見せて光明神が言う。
知性を体現しているその姿を見て、ユウはいまだ困惑から抜け出しきれずにいた。
ーーギターの音は、何処から出ていると思いますか?ーー
「弦を弾く振動だ! 何故、そんな話をする!」
強く言い返してしまったのは少年の精神が平静を取り戻そうとしていたからだろうか。緊張から肩に力の入った少年は相手を睨むように見据えていた。
そんな少年を見て、光明神は特徴的な微笑みを見せながら応える。
ーーギターの弦が振動することで、弦の周囲の空気が振動します。しかし、それでは小さい音しか出ません。弦の表面積は小さく、ギターの胴の中央部にあるサウンドホールに入って共鳴しても、エネルギー量が小さすぎるからですーー
光明神によって、ギターの音が聞こえる理由の説明が続く。
ーー弦を爪で弾く、すなわち外部からの力による強制加振ですが、この場合、弦は固有振動数で振動しますーー
ユウの頭の中で過去の体現が次々と現れては消える。何かにあれほど没頭したのは、少年の人生で一度きりだ。
ーー外部からの力による振動が伝播する過程において、弦の一端に波が到達した場合、端に行った力の波が反射して戻って来ますーー
光明神による説明を受けながら少年は神の理知的な面から目を離せない。
いつのまにか、眼前の神は神々しくも美しい完璧な調和を象る姿を見せていた。
ーーまた、弦を二回弾くと、弦の上に波が二つ走ります。この時の波を二次の固有周期と呼びます。固有振動数は二次の固有振動数といい、基本振動数の二倍となります。こういった振動数は、基本振動数の整数倍の振動数があるので、まとめて高調波と呼びますーー
「……何が言いたい? いったい、俺に何を理解させようってんだ!」
回りくどい方法は好みではないようですね、と光明神が笑った。
ゾクリとする程に妖艶な笑みであった。直後に光の波が迸った。
ーー弦を弾いた者に依存しない、その物体固有の振動数。言い換えるなら、弦が、力を加えた者が発した意思を伝えるようなものでしょうかーー
特徴的な微笑みを浮かべた光明神の説明は続く。
ーー等しく何者にも使え、同じ結果をもたらすもの。その存在は、共通の認識と価値観を与えることを可能にしますーー
あなたの世界でいう道具といえば理解できるのではないですか、と光明神が尋ねた。
理解できる光明神の語りに、ユウは流れる冷や汗を止められない。
神の言わんとする事が喉元まできていた。それを必死になって飲み込もうとする。流れる冷や汗を留めようともがくユウの顔色は悪かった。
ーー何かに似ていると思いませんか?ーー
「俺に分かる訳がないだろう!」
続けましょう、と光明神は言った。その面には特徴的な微笑みが浮かんでいた。
ーーもう少し、分かりやすく説明してみましょうーー
相変わらず光明神の意図が読めず、ユウは困惑していた。
光背の光が遍く銀河の全てを照らし出している。無駄に美しい光景がユウの心に無常感を生む。
ーー振動による音の発生エネルギーは、振動する物体の表面積に比例しますーー
光明神の視線が少年を射抜くように鋭くなっていく。それはまるで獲物の様子を見る猟師の目に似ていた。
事実、少年の頭の中では一つの単語に複数の意味が理解できるような、重層的な響きが聞こえ始めていた。
ーーギターの場合、弦の振動が胴の中央部に入ることで共鳴し、大きくなったと考えやすいですが、これは間違い。あなたの世界でいうエネルギー保存の法則に反するからですーー
ユウの視線も光明神から外すことが出来ない。強制的に理解させられる言葉は、いまだ彼の心を締め付けていた。
ーーギターなら、弦の振動が駒に伝わり、ボディの響板に振動を伝えます。表から更に側面の板が振動して、裏側の響板が振動します。それで、振動面積が二倍、三倍となり、更に音が大きくなっていくのですーー
少年を知るギターの音が聞こえるという現象が起こる仕組みが、目の前で神の手によって解き明かされていく。
理解しがたい現実に、ユウの精神が悲鳴を上げていた。それを歯を食い縛って何とか耐えている。
ーーサウンドホールは、響板の裏側の空気が振動し、胴内部にも振動が発生します。ボディの前面に穴が開いている事で、内部の音が外部に出て音を大きくしているのですーー
やめろ、とユウの精神が悲鳴を上げる。
ーー魔法においては、術者が精神力という代償を払う代わりに、先程話した媒質となるものを通じて、周囲の一定の空間に生成された魔力が伝播し、様々な現象を引き起こします。この時、周囲の空間に影響を与えるには魔力量が多いほど都合が良いと言えますーー
理知的な面を見せた光明神がユウに語りかける。
神と対話する一人の少年。その様は、さながら神話の中に見る神と英雄が織り成す絵巻物のようであった。
ーー術者の心的表象が魔力による現象の発現を左右すると言っても過言ではないでしょうーー
魔法という現象が成り立つ際の要因について光明神が言及していた。
ーー魔法という一つの技能が、世界に及ぼす影響力ーー
光明神はユウの目を見て話す。
ーー魔法をひとつの技能と捉えるならば、それは個人の技量に左右されるもの。つまり、その出来はユウ、あなた次第ですーー
ユウ、分かりますかと光明神が問いかけてくる。
ーー私の創造したこの世界では、あなた自身が、あなたの魔法の価値を決めることができるのですーー
他にも魔法に関わる話は限りなくあります、と光明神は微笑みかける。
例えば、と話の続きを少年に向けた。
ーーチェロなどは、脚部たるエンドピンが地面に接地して演奏されます。これによって起こる変化は、更に音が大きくなるというものですね?ーー
「床に? 魔法陣か!?」
ーー理解が早くて助かりますーー
特徴的な微笑みを浮かべた光明神の視線の先には、常に一人の少年がいた。
広大無辺な宇宙空間の中でひとつの存在そのものが小さな輝きを灯していた。
ユウにとっても魔法は興味がある代物だ。観念的な説明であっても次第に少年は意識を集中させていく。
その後も魔法に関わる例題が次々と紐解かれていく。絶対音感や相対音感に見られる音程や魔力の変動による認識力。連続する音の調和がもたらす奇跡的な旋律などなど。
魔法を使うものが知るべき逸話を少年は次々と吸収していく。
ーーさながら音楽家が持つ音感のように、魔術師が持つ感覚も独特なのですーー
神々の授けるものがユウにどんな影響をもたらすのか、其れを知る者もまた神々のみであろう。
ーーこの異世界にも物理法則はあります。音と振動を例に説明しましたが、魔法とはいうなれば神に捧げる音楽のようなものーー
柔らかな微笑みを浮かべる光明神にユウは目を奪われていた。
ーーどうです、ユウ? 私の創造するこの世界は、あなたが好きな愛と音楽に溢れていますよーー
「……俺に、何をさせようってんだ!」
其れは少年が発した意思ではなかったかもしれない。
光明神との対話で精神に負荷がかかっていたユウにいつもの判断力はなかっただろう。人ならざる者との対話は、それほどまでに少年の負担となっていた。
そして、予期せぬ答えが返ってくる。
ーーこの異世界に蔓延する魔法に依存した価値観を打ち壊して欲しいのですーー
重層的な意味を持つ言葉の響きがユウの頭の中に入ってくる。
真摯な瞳を見せて光明神がユウを見つめた。
それまで浮かべていた特徴的な微笑みは消えていた。
それもそのはずであった。
神の計画。
それは、この異世界に住む者たちにとって運命に等しいもの。その一端を聞かされる少年とは、いったい何者だというのか。
かつて神代の時代に私は幼児たちに魔法を授けました、と光明神は語った。
ーーユウ、あなたの世界に音楽があるように、私の世界には魔法があるのですーー
ですが、何世代にも亘り受け継いできた一族の血統は途絶える危機にあり、彼等に現状を打破する力はありません、と悲しげな面を見せて光明神は言う。
自分たちを守ってきた存在を自分たちの手で壊そうとするなど、とその理知的で美しい面を隠す手があった。
天と地を指し示す手は今も健在だ。
そして印を結ぶ手は光に調和を与えていた。
ーー栄枯盛衰は世の必定ですが、哀れな幼児たちには分別がついていないのですーー
自ら滅びを早めようとしているのですから、と光明神が哀しげな表情を見せた。
ーーユウ、あなたの世界において多言語世界での相互理解が難しいことは理解しているでしょう?ーー
光明神が少年に問うもの。
其れは人類の歴史であった。旺盛で貪欲な、発展を望む意思が種族全体にあるかのような衝突と戦争の歴史。
互いに理解することが可能になったのは、世界的な戦争を二度も経験してからだろうか。
光明神が言わんとする事とは、多種族世界における相互理解は単一種族の其れより遥かに難しいということか。
彼等は今、共通の価値観を有する何かを手放そうとしているらしい。
その後は恐らく血で血を洗う戦争の繰り返しになるだろうとユウは思った。
しかし、別の何かを手に入れたとして、其れが代わりになるものなのか。果たして神の意向を汲んで衝突を回避することができるのだろうかと考えてしまう。
ユウの心に漠然とした不安が広がっていた。
同時にひとつの疑問も浮かぶ。恩寵として授けた其れを神が取り上げることもできるのではないか、と。
そして即座に答えが返ってきた。
ーーあなたが懸念する事も理解できます。あくまで音楽も魔法も現象でしかありません。それを使う者次第で結果が大きく異なるからですーー
ですが分かって欲しいのです、と光明神は続けた。
ーーあなた方が魔法を行使する時、地上で其れが正しく発現するのは、それは神である私があなた方の行いを追認しているからにほかなりません。私の造った世界において、魔法とは母を呼ぶ赤児の泣き声のようなもの。どうして可能性の芽を摘むような真似などできるでしょう?ーー
私の作った世界もまた、存在そのものに矛盾を内包する自由を与えられているのです、と光明神はユウに語りかけた。
静けさの中にある無言の説得力に、少年は閉口した。
あなたを此処へ呼んだのは此れを知って欲しかったからです、と光明神は伝えた。
ーーユウ、あなたの願望が何であるかは知っています。私も嫌々ながらあなたが協力することは本意ではありませんーー
「俺は……。俺は元の世界に……」
少年の声が震えていた。
ーーあなたに課せられた運命。総ては導かれるままに進むといいでしょうーー
慈愛に満ちた面を見せる光明神がユウに優しい目を向けていた。
ーーユウ、とても有意義な時間でした。あなたは今、魔法の精髄に触れました。目覚めた時、微睡みのなかで、この世界の真実を織るでしょうーー
「待ってくれ! 俺はまだなにも……」
ーー大丈夫です。既に、あなたの中で答えは出ていますーー
瞬間、光が爆発したかのように広がり、総てをのみ込んだ。その中で少年は三面六臂の美しい女神の姿を見た気がした。
ーーユウ、いずれ訪れる試練の時に、あなたが下す決断を私は尊重しますーー
ユウ、それまでよく考えてくださいと光明神は伝えた。
「待ってくれ! まだ聞きたいことが……!」
ーーユウ、あなたの未来に幸多からんことを祈っていますよーー
言葉すら霞む莫大な光の奔流の中、ユウは自分の思考の波すら操ることが出来なかった。
全てが消えた空間に、神々しい声が伝播する。
其れは何者にも聞かれることは無かった。しかしそれでもなお、神の実在をしろしめすほど美しい韻を含んで響いていた。
ーーユウ、犯罪者を許さない果断な勇ましさ、国家の為政者すら疑う用心深さ、あなたの持つ熱い情熱も、他者を思いやる優しさも、敵ですら許そうとする危うさも、そして神である私にすら歯向かうことを臆さないその心も……。ああ、ユウ。あなたのすべてが理想的ですーー
広大無辺な空間に神の意思が行き渡るが如く、その声は確かに伝わっていく。
ーーユウ、あなたはトリックスター。この世界の歪んだ秩序を打ち壊し、新たな文化の再生を促す者。無事に試練を乗り越え、再び会える日を楽しみにしていますよーー
不可思議な邂逅がもたらした変化。其れは少年の中で息づく確かな生命の鼓動となっていた。ユウの激情が嵐となって異世界に吹き荒れる。
次回、第45話「魔法」でお会いしましょう!




