第42話 中層
うおおぉ! 大変お待たせいたしました! 最近、月一ペースですいません。
迷宮都市〜光と闇のアヴェスター本編の続きをご覧ください!
夕暮れの街が茜色に染まる頃、ユウ達の姿は未だ平民街の一角にあった。
図らずも二人の獣人族の子ども達を助けたユウとダルクハムは騒ぎを起こした街の裏路地から離れ、治安がいい大通りに来ていた。
「ダルク……。その、悪かった……。余計なことしたよな」
「ユウは悪くねぇ! それに余計なことなんかじゃねぇんだ!」
バツが悪い少年が顔を下げる。その対面にダルクハムがいた。やっちまった感を全面に出しているユウを獣人族の友人が励ましていた。
「でも、俺が……!」
言いかけた少年に友人が言葉をかける。その顔はユウに誤解して欲しくないと焦っているようだった。
「違う! ユウが悪い訳じゃねぇ。もともと俺たちの問題なんだ!」
ダルクハムの顔に後悔の影が差す。そこにあるのはハルディアの一件だろうか。ダルクハムが頼んだばかりにユウに負担をかけることになった件だ。
「……俺のほうこそすまねぇ。勝手に追いかけて来たうえに引き留めちまった。お前にも理由があったってのによ」
友人の謝る姿を見てユウも場の空気を変えたいと思ったのだろう。
「なら、この話はこれで終わりにしようか?」
歯切れも悪く、なんとも格好のつかない様子で切り出すユウにダルクハムは自分こそと応じた。
互いに気恥ずかしさがあるだろうに男同士の理解は早い。拳を出し合い、ぶつけることでこの話は終わりだと打ち切っていた。
最近、探索者の間で流行っている流儀だ。
そんな男同士の会話が成立する傍らで、その様子を見つめる瞳があった。
「で? どうするんだ、ユウ?」
「どうするって言われてもなぁ」
友人の視線が向く先には、二人の襤褸を纏った子どもが立っていた。
先程の騒動でユウが結果的に助けた子ども達だ。街の裏通りにある闇市で露店商から商品を売ってもらえずにいた子どもだ。
まるで奴隷のように虐げられていた姉弟の姿を見て、ユウは義憤から強く拳を握り締めた。気が付けば二人はユウを頼り、付いて来てしまったのだ。
(俺の責任だよなぁ、これ……)
少年を見つめる四つの瞳。汚れのない純真な瞳に二の句が告げなくなる。
少しだけ不安そうな瞳で少年を見る弟と、それを気遣う優しい姉。種族は何処かで見たことがある気がするが、詳しくは分からない。ユウも異世界に来て日が浅いのだ。
(本気かよ……)
自分のした事に今更ながら溜息を吐くユウだった。
尚も少年の言葉を待つ二人に、ユウは意を決して向き直った。ビクン、と二人の子ども達の身体が震えた。時間が経てば経つほど話しづらくなると言わんばかりに、ユウは機先を制するべく話し始めた。
「君たち、名前は?」
なるべく小さな子どもに言い聞かせるようにユウは話した。できる限り優しく振る舞うことが良かったのか、子ども達はユウの目を見返していた。
あまり間を置かず、姉から返答があった。
「……私は、デュナンとアマラの子でアイリです。この子は弟のタスクといいます」
そう言った少女は十代中頃だろうか。日本ならJCくらいの年齢に見える。ユウの知る同年代の少女達より痩せているのが気になった。それでも落ち着いた態度で礼儀正しく少女はユウに接していた。
少女は襤褸のフードを取り、顔を見せている。
特徴的な獣耳は黒っぽい毛並みで、髪は肩辺りで切り揃えている。ダルクハムのように先祖返りではない。ほとんど人族と変わらない容姿は、むしろ綺麗に整っていた。
「部族は黒狼族です」
姉のアイリの説明にどおりで、と少年は一人納得する。
師であるガルフと同じ部族なのだ。彼のように周囲を圧する抜き身の剣の如き凄さはないが、同じ特徴を持った子ども達だとユウは思った。
「師匠と同じ部族か。なら戦士の子だな?」
ユウの思いつきで言った質問に少女が過敏に反応する。
「はい! 父は立派な戦士でした。私達とは違い、見事な先祖返りでしたので!」
双剣の話も父に聞かされて知っています、と少女は言う。部族の誇りだとも。アイリの澄んだ瞳に映るものが純粋な憧れなのか、それとも部族の誉れを尊ぶ別の感情なのかはユウには分からなかった。
「両親はどこに? 逸れたのか?」
聞いた途端にアイリとタスクの顔色が曇る。俯いた二人の子ども達が唇を噛む。訳ありだと、ユウの直感が告げていた。
「両親は、私達を守って……。樹海の猿人の前に……」
弟タスクが姉のローブの裾を握り締めた。辛い記憶を思い出したのかもしれなかった。アイリ達の話を聞いて、ユウはしまったという顔をしないよう我慢していた。
訳ありだと分かっていたのだ。聞いて相手に気不味い思いをさせるのは避けたいとユウは考えたからだ。
「悪かった。余計なことを聞いた」
「……いいんです。私達も父と母の最後は分からないんです」
大丈夫です、と言う少女にユウは健気な女の子らしさを感じ取っていた。
年上の自分が狼狽えてはいけない、この子達を不安にさせるだけだとユウは腹に力を込めた。
「ダルク。まともな商売人のいる店を教えてやってくれないか?」
「任せろ。おっちゃんの店なら安全だからな。腹一杯、食わせてやるぞ」
口の端を上げるダルクハムが子ども達に声をかけた。
子ども達の気分を変えようとユウは無理にダルクハムに話を振ったのだが、友人も分かっているのか二つ返事で了承した。
「あとはこれが必要な」
そう言う少年が取り出したものは二振りの剣。ガルフから託された“純鉄の双剣”であった。
ざわり、とした無言の騒めきが走る。ダルクハムなどは完全に顔色を変えている。誰もが少年の行動の意味を図りかねて注目していた。
「えっ?」
二人の姉弟でさえ、困惑にも似た表情でユウの差し出す双剣を見ていた。
「使ってくれ。“戦士の剣”だ」
ユウの提案に姉のアイリが疑問を挟んだ。口に当てた手が震えている。
「……なぜ?」
堪らずダルクハムが止めに入った。
「おい、ユウ! そいつは流石に……!」
姉のアイリが困惑している理由は明白である。出自も分からない余所者に武器を与えることへの懸念であった。生き馬の目を抜くようなこの時代、情けをかけたつもりが、かけた相手に殺されるなど、この世界では日常的ですらあった。
そんな友人達の心配をよそに、ユウは少女を見つめたまま語り始めた。
「食べ物は、すぐ腐る」
差し出した手には“純鉄の双剣”が握られている。
「着てるものは、まだ大丈夫そうだ」
少年の視線が襤褸の外套の下にある服に向いていた。アイリの手が口元を離れた。
「お金を渡しても誰かに盗まれるかもしれない」
いつのまにか見つめ合う二人の視線が片時も離れない。
「獣人族なら誇りを持て。それが戦士の一族なら、尚更だ」
アイリの身体が衝撃に震えた。
両親の死に直面しても、弟の手前、泣くことも叶わなかった辛い記憶。助けを求めた町で、浮浪児同然に追い払われた悔しい記憶。弟タスクとともに父の名誉を守ると誓い、それを最期の拠り所に生きてきた厳しく辛い数日間の記憶。それでも優しかった両親の最期の気持ちに報いたいと歯を食いしばり歩いてきた記憶。
それらが綯い交ぜになって少女の胸を締め付けていた。
自らを認めてくれる相手と出会えた幸運に言葉もなく、感謝に震える。
自分達によくしてくれる少年に聞きたいこともあった。しかし、それを押し流すような感情が溢れてしまっていた。
「部族の先達が使っていたものだ。誇りとともに受け継ぐべきだ」
アイリの顔が歓喜の涙でくしゃくしゃになる。受け取った彼女の手には、しっかりと“純鉄の双剣”が握られていた。
消え入りそうな声は震えていた。
「はい……。このご恩は必ず……」
驚愕に固まっているダルクハムの横では、少年があたふたとした表情で“純鉄の双剣”を抱きしめて泣いている少女の対応に苦慮していた。
間違いないのか、と戦士ガルフが確認する。
その双眸は戦闘時もかくやと言わんばかりに鋭かった。その視線の厳しさにダルクハムが思わずたたらを踏んで後退る。それでも何とか首肯したのは良い結果を生んだ。
「そうか、“双剣”の次なる持ち主はデュナンの子か……」
そう言って浮かべる笑みは獰猛な肉食獣の其れだ。
事情を知らぬ者が見れば、間違いなく誤解を生むだろう。凄味すら感じる気を発して戦士は思考していた。片手を顎の下に当て、ガルフは今後の展開に思いを巡らせているのか。
彼の姿は血の匂いが漂う地下迷宮の中にあった。
そう、彼らは迷宮攻略の真っ只中にいた。
迷宮の中、小さな松明の明かりに固い床と壁面が見えている。火の粉が散り、落ちた場所を焦がしながら消えていった。
ダルクハムは疑問を抱えたままで後衛を務める。剣と小楯を構え直し、仲間達の様子を俯瞰した。前衛を務めるエルダーとユウは、いまだ戦闘の真っ最中だ。遭遇したゴブリンの群れに果敢に攻め入る仲間達を見ながら、ダルクハムはリーダーの言葉を待つ。迷宮内での序列は絶対であった。
しかし、返ってきたのは意外な言葉だった。
「戦士デュナンは俺達世代の黒狼族なら誰もが知る英傑だ。今の族長であるディーンの弟でもある」
誰に聞かせるでもないガルフの独白にダルクハムは必死に耳を傾けた。ピクピクと彼の耳が忙しなく動く。
「兄より武勇の優れた彼を戦士長に、と推す声があってな……」
腕組みをした彼の背には、真新しい双剣があった。その剣の柄は貴重な素材が惜しみなく使われている。
だが、と彼は続けていく。
「部族が二つに割れることを嫌った彼は、故郷を離れて放浪の旅に出た」
ガルフは前を向いたままだ。その目は狭い迷宮内で戦う少年の姿を見ていた。
背後に控える二人の魔法使いが支援魔法を飛ばすのが視えていた。フリッツバルトの傍らでドリスも頑張っていた。
「兄のディーンにとっても辛い決断だったと聞く。部族の掟に従わねばならなかったからだ」
黒狼族の男は伴侶を見つければ妻子を守るため帰郷する。言い換えれば伴侶が見つからなければ帰って来ないのだ、とガルフは言った。暗黙の了解という名の掟があった。其れを利用したのは果たして誰だったのか。
「本来なら、戦士長となるのは彼だった。そして強者が受け継ぐ“戦士の剣”を彼の子ども達が手にした。クク……、神の御心は我ら凡夫には計り知れん」
響く剣戟の音と魔物の断末魔にダルクハムは緊張を解けないでいた。
そんな戦場を見ながらガルフは巡り合わせという名の運命を感じていたのか。瞳を閉じて戦場を睥睨する姿は歴戦の強者に相応しい。
図らずも黒狼族の強者に受け継がれていた“戦士の剣”は次なる主人へと渡った。族長の血筋にあたる若い戦士は必ず次代の統率者として頭角を表すだろう。
それが御使いの計らいならば、誰もが納得することになる。
後継問題で苦渋の決断をしたディーンは弟の子を無碍にはしないはずだ。それが解るからこそガルフは神に感謝せずにはいられなかった。
のちに、黒狼族が大陸南部の森林地帯で生物の頂点に君臨していた樹海の猿人ギガントピテクスを討伐すべく立ち上がることになる。その原因は氏族の長に連なる戦士を殺されたためだと言われている。
狂える巨猿に支配された豊かな森を解放した戦いは、獣人族の世界でも瞬く間に知れ渡ることになる。その討伐戦に双剣を使う若く逞しい戦士が参加していたことは余談である。
「なあ、ユウ。ひとつ聞いていいか?」
「なんだよ、改まって?」
戦闘がひと段落したところでダルクハムはユウに尋ねてみた。
「ダナ・ピジンのことだ。やっぱり恨んでるか?」
つい先日まで彼らは少年を狙う暗殺者に襲撃されたばかりだった。
暗い地下迷宮の中、松明の炎を頼りに歩く。その僅かな平穏になされた質問であった。
「……どうだろうなぁ。死んだ人に恨みも何もないだろうし」
ザッザッ、と砂を噛むような音だけが響く。迷宮の地下六層を下へと降りていく彼らのほかに誰もいない。少年の顔には怒りや悲しみ、怨恨といった負の感情は読み取れなかった。
「正直言って、恨みはないかな」
はっきりとユウは口にしていた。
少し驚いた顔のダルクハムに、少年は気付かない。魔物との戦闘の余韻がそうさせるのか。無頓着とも思えてダルクハムは聞き返していた。
「そうなのか?」
「うん。確かにいきなりだったけど、恨んでるってのは違うと思うな」
友人を見る少年の瞳は曇ってはいない。本心を推し量るまでもなく、彼の心は負の感情には捕らえられてはいないのだ。
「凄えな。部族長みたいな台詞だぞ、それ?」
「なんだよ、それ? 自分から聞いといて、それはないだろ?」
二人の会話に傍聴する者はいないが、獣人族の友人が驚くくらいには意外な答えだった。少年がこの世界の常識に疎かったとも言える。
現代日本の常識と宗教観が、そうさせたのだろう。其れが、この世界の住人にとって驚かれただけだ。
その後も他愛のない会話にユウは時間を潰していった。
「おい、ガキども遅れるんじゃねぇぞ!」
戦士職であるエルダーからの檄に少年達は前へと急いだ。
話し込んでしまったため、少し距離が開いていたらしい。ユウも小走りに駆けていく。
「揃ったか……」
ガルフが先頭で待っていた。ユウを見守る姿勢は変わらずだ。階段がある通路の前で彼とその一行は待機している。
「いよいよ中層に降りる。ユウ、気をつけろよ?」
「はい!」
新人探索者への助言にユウは素直に首肯する。その横ではダルクハムが同じく真剣な表情をしていた。ドリスもまた彼の傍らにいて両手の握り拳に力を入れていた。
探索行は続く。迷宮攻略に向けた本格的な道程が始まろうとしていた。
ガルフから階段を下り始めた。エルダーが続いて行く。
「さ、行きましょうか?」
フリッツバルトが少年達を促して先に階段に足をかけた。
少年も緊張している。一行は気を引き締めて迷宮の中層へと降りていった。
ユウの目に其れは飛び込んでくる。地下迷宮にしては、有り得ない筈のもの。其れが確かに目に見えてきた。
(なんだ……? どこから光が……?)
降りて行く先頭集団に変化はない。怪訝な顔をしたまま、ユウは彼らの後を追った。
階段を下り、其れが嫌でも目に見えてくる。段々と地下迷宮の通路に光が溢れてくる。
ダルクハムとドリスが何やら背後で話しているようだ。だが、それでも自分が集中していなければ対処することが出来なくなる。どんな危険があるか分からないのだ。
そんな想いでユウは足を前へと運んだ。
「これが迷宮の中層……」
「うわぁ……!」
「凄えな……。これがそうかよ!」
三者三様の感想に、ガルフ達三人のベテラン勢は気を良くしていた。
ユウ達が地下迷宮の更に下層へと続く階段で見たものとは、何処からか射し込む光であった。其れが今、ユウ達に降り注いでいる。フリッツバルトなどは、悪戯が成功した子どもなような表情で三人を見ている。
どうやら自分達は嵌められたらしい、とユウは思った。それでも、この感動を無視できない。息を飲む少年は其処から目を離せない。
少年が初めて眼にする光景。それは巨大な木壁に囲まれた一つの閉じた世界。
はるか高みにある天井付近から、透明な水晶に反射して、陽の光が降り注ぐ。空間内には植物が生い茂り、地面は緑の絨毯を敷き詰めたようだ。所々で小さな光球が飛び回っている。妖精か何かだろうか。魔力濃度が高いことが素人のユウにも分かる。肌で感じる目新しい環境に少年は視線を奪われたままだ。
到底信じられないような幻想風景が目の前に広がっていた。
それは、かつて大空に大葉を広げた世界樹の幻想風景か。
表層部分と言われる地層を抜けた先にある神秘的な地下都市に似た場所であった。
現代日本では決して目にすることのない風景。巨大な空間を照らす緑光の加減が、絶妙な色彩となって鮮やかな風景を映し出していた。まさに絶景。
「この迷宮は、元は世界樹の若木だと言われている」
いつの間にか、ユウの側にガルフが立っていた。
「ここから更に北の地に火山がある。大昔、それが噴火して世界樹の若木を焼いたのだと学者達は言っている」
古い歴史書にも出てくる話だ、とガルフは言った。
少年のいた世界でも旧約聖書の中にこのような一節がある。
ーーその木は成長して逞しくなり、天に届く程の高さになり、地の果てからも見えるようになったーー
ーー見よ、その枝は美しく豊かな陰をつくり丈は高く、梢は雲間に届いたーー
それがかつて栄えた偉大な王朝の一人の王が見た夢であったとしても、巨大な木が存在していたことを完全に否定する根拠にはならないことだろう。
ユウのいた世界の至るところに不自然なほど大きくて、そのように形作られたことが不思議に思える巨大な岩があることを知っているだろうか。
アイルランドのベンバルビン。
チュニジアのユゲルタ・テーブルランド。
オーストラリアのマウント・コナー。
南アフリカのテーブル・マウンテン。
カナリア諸島のロス・オルガノス。
アメリカ合衆国アリゾナ州のスーパー・スティション山脈。
ベネズエラのクケナン・テプイ。
同じくロマイラ山。
そして、同じベネズエラの“セロ・アウタナ”は、かつて生命の樹だったと伝えられている。
これらのテーブル状の岩山が単に溶岩の冷却によって形成されたと教えられているが、それらを直接見た者はある種の畏怖を感じるのではないだろうか。
かつて天まで生い茂り、枝葉は遍く地表を覆い、多くの野の獣が憩う場所となった。
神話の中で語られる“世界樹”のような巨木を少年は幻視した気がして、暫し声を失っていた。
少年の手にした松明の火が力無く揺らぐ。小さな火の粉が少年の手の中で散っていった。
隣を見ればダルクハムとドリスは二人して何やら楽しそうに話している。それを見たユウが少しムッとした表情になる。
「なんだよ、ダルクは知ってたのかよ?」
「いや、俺も親父やおふくろから聞いただけさ」
なあ、とダルクハムはドリスのほうを見る。
「相変わらず間抜けよね? 下調べは大事よ、ユウ」
クスクスと笑顔を見せてドリスが応える。その笑顔は可愛らしくも何処か小悪魔的だとユウは思った。
「さあ、今日はこの辺りで野営だ」
早くしないと寝る場所がなくなるぞ、とエルダーがハッパをかける。よく見れば下のほうには他の一行らしき探索者達がいるようだ。
中層に来ている探索者は、それなりの数はいるようだ。
「行こうぜ、ユウ!」
「ああ!」
友人の誘いに負けじと走り出す。
少年の一行も今日の探索は切り上げとなった。連泊での迷宮探索と聞いていたが、こんなにワクワクすることになるとは思わなかった、とユウは一人心の中で興奮した。
現代日本の誰もが見たことのない絶景が彼の眼前に広がっている。走り出す足も軽くなるというものだ。
それから野営地を決め、食事や道具の手入れ、就寝の準備等と野営までの流れは早かった。その中で、ユウは火の番をすることになった。
迷宮内の光はどうやら外の太陽光が何らかの理由で入ってきているらしく、食事の後から次第に薄暗くなっていった。
今は三つか四つの焚火の光を中層で探すことができる。そんなところも新鮮な体験であった。
見つめる先に火が揺らめいていた。
人は炎の中に安心感を覚えるという。本能に根ざした感覚は誰しも覚えがあるものだ。
迷宮内という特異な場所であっても、その揺らめきは変わらなかった。
きっと心身の疲労も蓄積していたのだろう。まるで炎の輝きに惹き込まれるように、いつのまにか少年は意識をなくしていた。
それは思いがけぬ出会い。運命の導きにより、少年は自らの理解を超える存在というものを知る。そこで知らされる驚愕の事実にユウは果たして何を思うのか⁈
次回、第43話「邂逅」でお会いしましょう!




