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第3話 亜人

 「迷宮都市~光と闇のアヴェスター」です! お楽しみください。

 黒鉄の錠前が外され、鎖が解かれる。

 ジャラジャラと鳴る鎖に、少年の本能が得体の知れないものに対する恐怖を感じ取っていた。鎖は少年の知るものより太く、重い。

 作業は全て従士達が行っていく。その途中で、籠の覗き窓が開けられた。

 小さな窓から除くのは、深く暗い闇。中にいる者が決して外に出ないようにと閉じ込められたのか、窓は鉄の枠で囲われていた。

 物音はしない。中に誰かいるのか、いないのか。少年には何も分からなかった。


 「終わりました」


 従士の一人が宰相に敬礼を示して報告する。彼等は宰相の言い付けのとおり、籠の後ろへと下がった。控えながらも有事に備えた緊張感が走る。

 何かあれば駆け付けるための距離。ユウには、そう思えてならなかった。


 (違う世界、なんだ……)


 一見、当たり前のような眼前の光景に、少年の血の気が引いた。

 異様だった。

 おそらくは絶対的な権威を持つ王権に基づいた社会構造と、身分制度に根付いた人の在り方。

 現代日本に暮らしていた少年にとっては、ひどく(いびつ)な現実があった。

 そんなユウの心情も意に介さず、宰相ボノが封印を解かれた籠を見遣る。


 「こちらへ」


 ユウへと差し出された手は、件の籠を示していた。その意味するものとは何か。嫌な予感が頭を過る。

 やむを得ず、というように少年は立ち上がった。立ち上がらざるをえないのが実情だった。とても自分から近寄りたくない。そう思えてならないほど、数歩の距離を歩く足が重たかった。


 「さあ、手を籠へ」


 ボノが指し示す先には暗い闇を覗かせる小窓しかなかった。手を入れるように促す宰相に、ユウは思わず聞き返していた。


 「……手を?」


 驚きに目を見開くユウに、ボノが頷く。あの小さな窓に言い知れない不安を感じて少年の態度が固まる。


 (……本気(マジ)か?)


 消極的なユウへとボノが説明する。


 「心配無用。中にいる者は、そなたのため精霊に働き掛けるだけ」

 「精霊(スピリット)?」


 ボノの口角が再び上がった。


 「いかにも」


 精霊(スピリット)ーー。

 それは草木、動物、人、無生物や人工物などにも宿るとされる超自然的な存在。万物の根源をなしている精気や肉体から解放された自由な霊と言われる。

 古来、原始的な社会における精霊信仰(アニミズム)に見られるように、原始文化における霊的存在への信仰は現代とは比較にならないほど強く存在する。そこにおいて精霊とは人格性を欠いた力、または生命のような観念として理解されている事が多い。古代社会人の純粋な心情に根付いた信仰心に、その存在は決して切り離していいものではなかった。

 宗教色の強い社会であれば、精霊に対する態度如何で彼等の社会そのものを否定したと取られる怖れさえあった。

 少年は息を細く長く吐く。


 (事の真偽はともかく……。考えろ、俺!!)


 我が身が置かれた状況。集まった視線。この場の中心にいる自分が選択すべき選択肢(みらい)

 それらは確かにあるはずだ。それを見て、感じて、ピンチをチャンスに変えるのだ。


 (こんなの(・・・・)は、例え(マーロウ)でも経験する事はなかったはずだ……)


 クールにいこう、と少年は心に決めた。

 踊る心臓を意思の力で黙らせて、一歩前に出る。暗い小窓から覗き返す視線を感じた。

 もう一度前に出る。手を伸ばす自分に、ユウは檄を飛ばす。こんなのは、男なら受けてたて(・・・・・・・・)と。

 差し入れた手に、ヒヤリとした涼感があった。

 意外と気持ち悪さは感じなかった。最初からそうなのだ。余計な先入観があった。鎖に惑わされ、恐怖に心が負けそうになっていたのだと少年は反省する。


 「……#▲☆◎♂!」


 突然、地を這うような声ともつかぬ音が少年の耳朶を濡らす。わずかに高い音程(トーン)は彼だからこそ拾えたものか。

 ユウが背筋に悪寒を感じるより早く、誰かが、いや何かが彼の手を取っていた。少しヒヤリとした触感。

 ゾクリとする強烈な存在感は、籠の中にいる者の確かな存在を浮き彫りにした。見えないはずの視線がユウを見つめる。その圧力に気圧される。

 触れたのは、思ったより小さな手だった。

 心の中を、奥底までも見透かすような視線を感じてユウがたじろぐ。その一瞬に、握られた手から伝わるものがあった。温かい想いが少年の身を案じていた。その感情に、小さな光が反応している。


 (この感情は……!? なんだ?)


 言い知れない恐怖と警戒心がない交ぜになって、ユウの心を支配する。

 そこに救いがあるとしとら、少年が早期に籠の中にいる人物に悪い印象を持たなかったことか。


 (本気で、俺の心配(こと)を……!? なぜ?)


 少年が、その答えを知るより早く別の口から問いかけがあった。


 「どうであるか?」


 宰相ボノの声が、問い詰めるような色を帯びて放たれる。


 「……▲※☆あ、う。大きな、光が……。炎のように、揺れて☆#▲▼。あっ、◇〇◆★……!」


 籠の中から上がる声に、ユウは警戒心を露にする。その声は、近い年代の少女のように清らかだったからだ。

 霊媒師(シャーマン)だと、彼等は言った。自分の手を掴む者が、そのはずだ。ならなぜ、彼等はこんな扱いをしているのか。加護の力を見定めると言っていた事が関係するのだろうか。そんな、とりとめもない思考が少年の精神(こころ)を占めていく。


 「……ト☆※◇、スター!! 嗚呼、神よ!」


 興奮を抑えきれないとでもいうのか、声が昂る精神を映していく。


 「トリッ☆●▼ター! 彼はトリック、スター……」

 「フム……」


 白い顎鬚に手を添えて、ボノが難しい顔をする。難題が持ち上がった時に彼がとる、半ば癖のような行動であった。


 「……トリックスターとは、何か?」


 重々しい、何処か冷徹な声が響く。想定外の事態に宰相たるボノも思考を速めていた。籠の中から発せられる声を一言一句聞き逃すまいとする。


 「悪戯好きで、慈悲深く……、また傲慢であるもの……。移ろう世界を……、くっ! あ、新しい知恵を授けるもの……」

 「なんだ、其れは!?」


 苛立つような声と厳しい視線を感じて、少年が意識を戻そうとする。

 其処へ、待ってと何者かが干渉した。


 (えっ!?)


 ユウの意識に干渉するもの。手を繋いだ箇所から、彼の精神に同調しようとする者がいた。

 流れ込む青の力。そうとしか呼べない何かが、少年と籠の中にいる人物とを繋いでいだ。例えるなら青い色調の光の乱舞か、青くぼけた影絵のような変化と言えば良いだろうか。


 (私を見て! 私に意識を向けて!)


 籠の中にいる人物の輪郭が、ユウの意識に浮かび上がる。あるはずの無いものが、見えないはずのものが見える現実に、ユウは驚愕した。


 (時間が無いのです!! 伝えなければ貴方は……。お願い……! 抵抗しない、で……!)


 酷い頭痛のようなものを感じて、ユウの意識が飛びかける。

 いまだ繋がったままの青い力が、ユウの手を掴まえていた。


 (どうか、心を開いて! 貴方は……トリック、……! この閉じられた世界を……、運命を切り拓く者なのです!!)


 濃密な力の奔流が少年の身体をすり抜けていく。奔流に晒される少年の頭の中を、神代の魔法が結ぶ。

 二人を中心に見えない青い影が形成されていた。その影絵が酷く歪んだ形を見せていた。


 「詳しく話せ!」


 宰相の厳しい声が再度飛んだ。ただ、少年は其の事実を意識の外から感じとっていた。

 宰相に応える霊媒師(シャーマン)の声が不思議と聞き覚えがあった。


 (この声……。同じ人が、同時に!?)


 初めて意識を向けた相手は、一方で宰相ボノを相手取っている。そのことが、ユウに関心を持たせた。


 (貴方に……の危険が迫って……! 宰相の後ろにいる者達に、……てはなりません!)


 必死さを隠さない声は、ユウの心情に興味と警鐘を齎していた。青い影が物語る自身の危機に、少年は真剣に話を聞いていた。

 まるで精神(こころ)に直接語りかけてくるような影の声に、ユウは思わず問い返していた。


 (何が起こってるんだ? いったいぜんたい、俺の身に何が……!)


 その問いに影が答えようとした瞬間、意識を向けた相手方(さき)に異変が生じていた。

 霊媒師(シャーマン)としての能力面に何か問題が生じたのか、それとも限界が訪れたのか。意識を戻した少年の前には、物言わぬ檻だけがあった。

 いつの間にか、ユウの(こころ)を握んだ小さな手は離れてしまっていた。


 「話せぬか……。もうよい、下がらせよ!」


 控えていた従士達が素早く反応する。鎖をかける暇も惜しいとばかりに、手早く籠を担ぎ上げた。あっと、声を一言発する間に、従士達は隣室へと歩き出していく。その作業のような光景が、ユウの心を打つ。まるで、友人を連れ去られるような錯覚が胸を満たす。さっきまで、確かに感じた互いの繋がり(シンパシー)にユウの感情は揺さぶられてしまっていた。

 籠を担いでいた男達が進む。揺れる籠が、衝撃に傾いだ。


 「おい! ボサッとするな!!」

 「後ろ! しっかり持て!!」

 「あっ!?」


 突然、形を無くした籠が崩れていく。その中から、黒い影が躍り出る。

 見る見る迫る黒衣の影に、少年は理解が追い付かない。控えていた護衛の騎士が、駆け抜けてくる。距離を詰める両者に譲る気配はない。

 刹那、一人目の手元を蹴って黒衣の影が宙を舞う。

 抜刀する鞘鳴りが、現実感の無い音として少年に届く。先攻した騎士が手元を抑えて踞っていた。

 二人目の騎士が、剣を水平に寝かす。構えた姿に不退転の意思が見える。

 両者が擦れ違う瞬間、白刃が黒衣を切り裂いていた。


 「あっ!?」


 か細い女の声が、黒衣の裾を乱していた。


 「お戯れは、なりませんぞ!」


 騎士の告げる先に、人影が倒れる。細く華奢な身体の線は、まだ若い女性のものだ。激しく倒れ込んだ影に、少年の意識が向いた。

 

 「おい! 大丈夫か?」


 怪我をしたと思ったユウは、倒れた人物のもとへ駆け寄る。そこで、彼は思いがけないものを目にする。

 

 「えっ!?」


 その反応を事前に知っていたかのような態度で、宰相ボノが告げた。


 「これは、お見苦しいところを見せてしまいましたな」


 何処か冷めた声が広間に響いた。


 「驚かれるでしょうが、王国には人間以外の複数の種族が住んでおります。多くは獣の血を引く者達。野蛮な“亜人”です」


 カツンと床を鳴らす杖が、ボノの言葉を無言で引き継ぐ。

 彼の言いたい事は、明らかだった。人間のような姿に、まるで獣のような耳と尻尾がある。駆け寄ったユウの眼前に、美しい白銀色の髪を持つ少女が倒れていた。

 そして、彼女自身が亜人と呼ばれる種族の特徴を具備していたのである。


 「……亜人!?」


 少年が目にしたもの。それは、この大陸に住む総ての種族の中で最も古く高貴な血筋と言われる一族の末裔。

 その血に、神に仕える斎王の女皇腹(みこばら)に連なる尊き血脈を受け継ぐ最後の巫女。

 人族を除く総ての亜人種の者達から、最大の敬意と崇拝とを一身に集める神聖皇国の皇女シュリ姫、その人であった。

 












 運命の悪戯が結びつけた二人の邂逅。亜人の皇族シュリは、無理を推してまでユウに何を伝えたかったのか。

 次回、第四話「依頼」でお会いしましょう!

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