第30話 青年
お待たせしました! 「迷宮都市〜光と闇のアヴェスター」本編の続きをご覧ください!
翌日、ユウたちはガルフに事情を説明したうえでエルクの孫ムースに会いに行くことにした。
よく晴れた気持ちの良い午後、ユウたちは最北の直轄地の街を訪れていた。緑も深い迷宮の周辺には巨大な集落が広がり、到着時には見えなかった景色を三人に見せていた。
迷宮都市アンガウル。
今では王都に並ぶとも言われる王国北端の大都市。このアンガウルの歴史は迷宮の発見とともにあり、その発展もまた迷宮とともにあった。現国王が王子の頃に訪れたことで、それまで寂れた最北端の地に過ぎなかったはずの地が一変した。
迷宮から得られる希少な素材を求めて多くの探索者達が訪れるようになったのだ。やがて探索者目当ての商人や職人達が集まりだし、迷宮都市で名を挙げた者達の武勇伝を聞いて我こそはと思う者達が集まってと様々な人間の欲望を飲み込むかのように都市は発展し続けた。
途中、迷走するこの地を王国が直轄地に召し上げ、南部にある平野に新たな都市が建設された。それが現在の新都アンガウルである。しかし、もともと迷宮の側にある街に住んでいた者達が移り住むことになったためか、南部に建設された街には同じアンガウルという名が付けられた。国軍が兵士の宿営地を置くそれまでの街と、住民達が起こした新たな街。
同じ名前を持つ都市が並び立つ奇妙な現象が起こっていた。
夜空に輝く双子星のように地上には二つの都市が存在する。
いづれも発展を続ける姉妹都市。二つで一つの名前を共有する新都と古都。まるで表裏一体のそれが“迷宮都市アンガウル”の姿だった。
そんな街の歴史話を聞きながら、ユウは初めて訪れた街を歩いた。
意外と整備された街の大通りには多くの人が闊歩していた。獣人族の姿も頻繁に見かけることができる。むしろ少年の知らない種族の者もいて、ユウが驚く一幕もあった。
商店の呼び込みなどと相まって、賑やかさを隠さない街の雰囲気は少年にとっても独特の空気を感じさせた。
迷宮の側にある街は意外なほど広く、数万から十数万とも言われる人口を抱えている。
もともと迷宮の氾濫を抑えるため一個師団からなる国軍が訪れ、砦を建築したことが発端となっている。派遣された軍人達の要求を満たすため、糧食等を商う商人達が集まって戦時下の陣地のような街区を形成した。それに迷宮に潜る探索者達が集まり、今度は迷宮から得られる素材を扱う商人や職人達が集まって更に巨大化したのが街の馴れ初めであった。
現代日本のように正確な住民登録などない。為政者にも正確な数字が分からない混沌とした都市に、少年は驚きと興奮が綯い交ぜになった気持ちだった。
混沌とした都市と一口にいっても、街の中心部から貴族街、商人たち富裕層の平民街、普通に生活する平民街と大まかな生活圏が分かれていた。
「なあ、ダルク。何処まで行くんだ?」
少年の質問にダルクハムはカラカラと笑いながら答えた。
「平民街の一角さ。俺たちが思ってるよりエルクの爺さんは大物なんだ。ベテランの案内人は中堅どころの探索者と同じか、それ以上に儲かるからな!」
「へぇ、詳しいんだな」
取り留めもない話に興じながら、若い三人は街中を歩いていた。ダルクハムの側を歩くドリスは綺麗な朱色のワンピースを着ていた。おめかしした彼女的には今日は完全にダルクとのデートらしい。
先程から鼻歌交じりに軽いステップを踏んでいるドリスが見える。
「ところでさ、なんで革鎧を着てきたんだ?」
少年がダルクハムに問い合わせる。
「……これな、ちょいと武具屋で調整して貰おうと思ってよ」
「へぇ。そういうことしてるんだな」
感心するユウの声に獣人族の友人は笑顔で答えた。ガシャと鳴る腰に佩いた得物がものものしい。探索者の正装と言えば聞こえ
いいが、慣れない少年にとっては違和感を拭えなかった。
「付き合いが悪いのです。早く武装に慣れるのです」
ドリスの苦言にユウは苦笑して返すしかなかった。ドリスでさえ魔法使いの杖を手にし
、フード付きの外套を羽織っている。小柄な少女は先祖返りのダルクハムと違い、この格好では人族にしか見えなかった。探索者のならいに異を唱えるつもりは無いが、まだ馴染めそうにないと少年は嘆息する。
剣と魔法が支配するこの世界は、やはり血と暴力が蔓延している。幼い少女すら武器を持たねば己の安寧を保てない世界。
少年は純粋にその在り方が何処か悲しいとさえ感じた。
目の前に広がる街並みと遠くに映る迷宮の存在。
どこまでも過酷で、どこまでも美しい。そんな自然界の摂理を垣間見た気がして、ユウは言葉を飲み込んだ。
街の喧騒が一際騒がしくなった頃、少年は街の大通りを歩く住民たちを見ていた。
「この街にも人がたくさんいるな」
何気無い少年の一言にドリスが口を挟んだ。
「ほんとにお上りさんね、あなた。迷宮都市には市民権を持つ人族や探索者たちが少なくとも十万人はいるわよ? 他にも私たちのような獣人族が同数以上ね。王都ではないけれど、かなり賑やかな街なの」
人差し指を立てて愛らしい獣人族の少女が説明する。朱色のワンピースの裾を翻して少年の前で市街の様子を見ながらだ。
「活気があるんだな」
「そうだな。いろんな種族が集まって、ごった返してる。不思議な街さ」
「私は苦手。人族が多すぎ……」
ドリスの瞳が子供っぽい愛らしさでダルクを頼ったと思った瞬間、黒い箱馬車が彼等に迫った。
「っと! 危ねえ!」
脇道から飛び出してきた馬車に悪態を吐く。
わずか数センチの差で避けることができたダルクハムは駆け抜けて行った馬車を睨んだ。
貴族家のものか黒い馬車は、少年たちを振り返ることなく走り去る。御者台の男は無感動な目を一度だけ向けると前を向いた。路傍の石ころを見たような顔だった。
「ダルク、無事か⁈」
「ああ、何ともない。ドリス、大丈夫だったか?」
いつの間にかダルクの腕の中でコクコクと頷く彼女がいた。
顔を真っ赤に染めて両手を頰に添えている。彼女的にはダルクに守ってもらったことのほうが大事だったらしい。
恋する乙女は強いんだなとユウは感心した。
「気をつけちゃいたんだがな……。ドリス、すまねぇ」
ダルクが謝る姿にドリスが手と首をブンブン振って違うと主張する。
「わ、私が余所見してたから……! ダルクに助けてもらって嬉しかったから、じゃなくて! あわわ……!」
なかなか見られないドリスの慌てふためく姿に、ユウもちょっとほんわかしたのは秘密だ。
「なんだよあれ⁈ こっちを見たよな?」
「貴族の馬車だな。迷宮の素材を買いつけに来ただけだろうさ。気にすんな、ユウ」
ぶつかりそうになった馬車を見ながら悪態をつく少年をダルクハムが諌めた。
彼の関心は何処とも知れない貴族様の事情より小柄な少女の安否にあるらしい。それは少年も分かったのか、それ以上は何も言わず引き下がった。
(……ったく、本気かよ。やっぱり剣と魔法の世界なんて、無法地帯と同義語じゃないか。交通事故で怪我して、日本なら警察が来てくれるだろうけど、異世界じゃ誰も助けてくれない可能性のほうが高いよな)
目に映る異世界の街並みに少年は物思う。かつての故郷の其れと似て非なる風景があった。
(やっぱり、日本じゃ周りから助けられてたんだよな。ダメだな、俺。まだ冷静になりきれない……)
ユウは走り去る馬車を見て、ふと頭によぎった考えをまとめようとした。
初めて訪れる街で往来の真ん中で余所見をして歩いていたのだ。なら、此方に非があることは否めない。あの馬車と言い争いをしても何ら益も無いことは自明であった。馬車が去って行ったことを良しとして少年は二人の側に寄った。
「どこも怪我はなかったか、ドリス?」
「……だ、だいじょうぶなのよ! ぜんぜんピンピンしてて元気なんだから‼︎」
勢い良く立ち上がり、腕に力こぶを作る。ダルクハムに心配を掛けまいとする姿がなんとも微笑ましい。
その少女に少年が胡乱な目で尋ねた。
「ホントに大丈夫か、ドリス? 頭でも打ったんじゃ……」
「相変わらず失礼しまくりよね、貴方!」
まあ元気そうだからいいか、と少年が視線を外す。
「無視⁈ 私を無視する気なのね⁈」
「あ〜、確かに。こりゃ元気そうだな」
もう決闘よ〜、と騒ぐ少女を宥めるダルクハムと視線で会話して、ユウは目的地へと足を運んだ。
それから程なく一行が向かったのは平民街の中でも大きな住宅が立ち並ぶ一角であった。比較的に裕福な家庭や商人たちの邸宅が多い区画である。
その中の一軒家にダルクハムが案内していく。
「こんちは。ここにムースって奴はいるかい?」
ダルクハムの声がよく通った。
すると奥から訝しむような顔をした中年の獣人族の男が出て来た。エルクさんと同じ部族なのだろう。頭髪に隠れた獣耳がピクピクと動いている。
「あんたらムースの知り合いか? 人族なんかが何の用だ?」
「エルクさんの紹介でムースを探索者の一行に誘いに来ただけさ。いないのかい?」
ずいと前へ出るダルクハムの横に立つ少年を見て、家人は顔を顰めていた。だが、それが探索絡みと解るや今度は驚いた顔を見せて男が言った。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 案内人の、仕事の話なんだな⁈」
慌てた様子で奥に引っ込んだ男は、再び出て来てこう言った。
「すまんが、使いに出てる。良かったら待っててくれ」
慌てる男の説明を聞きながら、ユウ達は奥に案内された。
同じ時刻、街の片隅にムースはいた。
そこには数人の若者たちが路地裏に集まっていた。否、一人を囲んで数人が集まっていたと言うべきか。
「てめぇ、俺たちの頼みを断る気かよ⁈」
「黙って其れを渡せばいいんだよ! 聞こえてんのか?」
「いいのかよ、この街に住めなくなっちまうぜ⁈」
街のチンピラのような若者たちが口々に脅し文句をかけてくる。戦闘職でもなければ足に震えがきそうな状況であった。
そんな状況に、当の本人であるムースは落ち着いた口調で対応していた。大きな体格に比して優しそうな茶色の毛並みを持つ獣人族の青年がそうだ。
「心配してくれるなんて、良い人たちだなあ」
優しそうな明るい茶色の瞳が細められた。激昂する人族の若者たちが口汚く喚く。
「舐めてんのか、てめぇ!」
対するムースはと言えば温和な笑みを浮かべたままだ。愚図る赤子をあやすようにも見える。
「お使いの途中だって言ってるんだがなあ。何か気に触っちまったかなあ?」
「痛い目に逢いたいらしいな! てめぇみてぇな獣人は、黙って俺らに納めるもん納めてりゃあいいんだよ‼︎」
剣呑な雰囲気の若者たちが物言いも荒く脅し始める。数人が拳を握った。
「オイラ、争い事は嫌いなんだ。誰も嬉しくねぇだろう?」
ゆっくりとした返答に馬鹿にされたと感じたのか、若者の一人が短気を起こした。
ムースに見えない後ろから右手を振り抜き、脇腹を殴りつける。急所を狙った悪質な一撃にドン、と肉を打つくぐもった音が路地裏に響いた。
「へっ! 木偶の坊が‼︎」
人族の若者がそう吐き捨てようとした時、その背中にバンと大きな音がした。叩かれた衝撃で若者の身体が倒れこみ地面を舐める。
「やだなあ。そんなとこ触って、何してんだ?」
鷹揚な口調でムースが背後を見ると、一人の若者が倒れ、伸びてしまっていた。昏倒した若者はピクリともしない。
「あれ、ひっくり返るようなことあったか?」
ムースの口調に頭に血がのぼった若者たちが其々に得物を手にした。ナイフ、棍棒のような杖、短剣といった凶器だ。
襲われれば十分人を殺せる凶器が獣人族の若者に向けられた。
「我慢ならねぇ! こいつ‼︎」
「後悔すんなよ‼︎」
倒れた仲間を診ようとしたムースの背に、襲撃者たちが駆け寄った。
のしのしと歩く様もユーモラスなムースは大きな背丈をよいしょと屈めてみた。直後、その身体があった空間に銀光が幾筋も煌めく。向けられた刃物と殺意は確かにムースを捉えたはずであった。
さすがに殺気を感じたムースが振り返るべく急に立ち上がったところへ、得物を振るった若者たちが下から弾き飛ばされていた。ムースの大柄な体躯が忍び寄る不運を跳ね返していた。
絡もうとした若者たちは何も出来ずに翻筋斗打って倒れていた。
「あれ? なんかしちまったかなあ?」
何故倒れているのか、という疑問もあってムースは近くにいた獣人族の商人に治安部隊への通報をお願いした。
その日、ムースに会うことはできたユウ達だったが初めて会う彼は国軍の騎士数名に連れられて帰宅した。
急に騒がしくなった家人達に、ユウ達は当該の人物が帰って来たかと首を出した。
だが、其処で目にしたのは連行されている大鹿種の若い獣人族の青年だった。
「何があったんだ、あれ?」
それがユウが受けた率直な感想だった。
「おいおい、なんだよ? 喧嘩でもしてきたのか?」
ダルクハムの漏らした揶揄うような言葉に少年も納得せざるを得なかった。連行されている若い獣人族の青年は両脇を抱えられ、連れて来られたからだ。顔には殴られた痕跡がある。屈強そうな体躯は今や小さくさえ見えた。
その両手に大事そうに抱えられている箱だけが、その場に不似合いな印象があった。
「……我々に手を掛けさせるなよ」
「も、申し訳ありません! よく言って聞かせますので、どうかお許しください!」
聞こえてくる家人達の会話は何処か空々しく響いた。国軍の騎士達に頭を下げ、赦しを乞う町民の図。
ありふれた筈の様子を見ながら、ユウはその青年こそ自分達が会いに来た人物なのではないかと漠然と考えていた。
「ムース、お前も謝罪しなさい」
「……」
不承不承、頭を下げている青年の表情が苦痛に歪んだ。
国軍の騎士数名が去った後には青年に事情を聞こうとする家人達の姿があった。だが、それすら耳を貸さない風に青年は箱を家人に押し付けた。この時の青年の顔がユウには気になって仕方なかった。
「おい、なにが……?」
押し付けた箱など眼中にないと言わんばかりに青年は走り去る。再び出て行った姿はやはり怪我の痛みに耐えるものがあった。
青年を呼び止めようとした家人の手が止まる。諦観した家人の背中は何処か哀愁を感じさせた。
そこで漸く家人が振り返った。ハッとした感じでユウ達の姿に気付いた家人がバツの悪いといった顔をする。やはり家族の不始末など他人に見せるのは憚られるのだろう。
だが、そんなことは気にしないという風にダルクハムが飄々として尋ねた。
「何があったんだい?」
「どうもすいません。あれがムースなのですが、喧嘩でもしてきたみたいで。いつもは大人しい気の優しい奴なんですが……」
どうにも開いた口が塞がらないユウ達だったが、この一件が少年を新たな局面へと誘うことを彼らはまだ知らない。
運命の歯車が、また一つ音を立てて回り出す。
この異世界で少年は己の信ずるものを試されることになる。
迷宮都市に蔓延る目に見えないもの。それはユウに僅かな違和感を与えたまま、彼の知らぬ間に静かに足元へと忍び寄っていた。少年が感じ取った其れは、彼の友人達すら巻き込んでいく。
次回、第31話「不信」でお会いしましょう!




