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第2話 王国

 迷宮都市~光と闇のアヴェスター本編の続きをご覧ください!

 何処から話したものか、と顎髭を擦りながら白いローブの男は黙考した。


 「先ずは我らの王国について、話すとしよう」


 居住まいを正す宰相が話題の先端を開いた。

 白いローブの男は、何に於いても自らの行動に何の迷いも躊躇いも無いという顔をしていた。その手にしていた大振りの杖も威厳を示している。


 「ここはガラルド王国一の都アンガウル、その真北に位置する至高の神を祀った神殿にある祭儀の間だ。国内にある神殿としては最大のものだ。我が王国は建国から数えて数百年間、この大陸に揺るぎない覇を唱え、臣民の力を集めていまなお版図を拡げている」


 宰相の話す内容は、要約すれば建国以来いかに王国が大陸中に威光を轟かせ、いかに素晴らしい国家として歩んできたかというものだった。有史以来から続く正統な血筋による治世は大きな混乱も無く、王国の発展も代替わりを重ねる度に益々の隆盛を誇っているのだという。

 見知らぬ他人から語られる知らない国の歴史に、少年の心には冷めた関心と、次いで純粋な驚きがない交ぜになって蟠っていた。

 見た限り、ユウの知る中世欧州(ヨーロッパ)に似た文化。絶対王政時代の支配者層に有りがちだった特権意識と選民思想的な考え方に、少年の中にある何かが反発していた。


 (なんなんだよ……? ホントに……)


 何処か遠い世界で起きている出来事のように、宰相の声はユウの耳に届かなかった。ぐるぐると頭の中で反芻される或る言葉(・・・・)。それが、少年の心に引っ掛かっていたのだ。認めたくない状況が理性の発現を抑えている。

 自分でも思っていた以上に混乱しているのか、ユウは声も出せない。

 正確には意見一つ言えない状況にあった。

 彼等をより間近に見て、その王国の富みを熱望する気迫のようなものに圧倒されたのだ。

 しかも先程から語られる王国の発展をユウは円卓の席に座らされ、聞かされていた。ボノと名乗る宰相が用意させていた話し合いのためのテーブルが隣室に準備されていたからだ。

 目の前に座るのは宰相ボノ。周囲には護衛の騎士達もいない。遠慮しているのか、大柄な男達も後ろに立ったままだ。

 ユウの目の前に置かれた銀杯も、注がれた(ワイン)も、全て準備万端というほどに整っていた。

 しかし、彼等はユウの心情などに構ってはいない。その事は卓上に供された酒杯一つを見ても明らかだ。ユウは酒など飲めない。この世界の成人年齢が幾つかは知らないが、少なくとも少年は“此処に喚ばれた者”として遇されていた。彼等には彼等の目的があり、その目的遂行のために少年を召喚したのだ。其処に、配慮や気遣いなどは無い。有るのは目的達成のための意思と強制力(タイムテーブル)なのだろう。


 (ホントに現実(ほんとう)なのか……、これ……?)


 ユウの心は震えていた。時間が経過するにつれ、冷静さが増してくる。そして、其れが事の重大性を嫌と云うほど認識させてくれる。少年は掌がじっとりと汗に濡れているのを感じた。

 彼の知らないままに、王国の執る包囲網は閉じられようとしていた。


 「偉大なる王は、国内に発見される一切の富みと権利を掌握され、更なる発展へ寄与する事を約束されている」


 宰相の刺すような視線が、痛いほど少年を射抜く。


 「異世界人よ、そなたは我が王国が新たな力を示すために喚ばれたのだ」


 述べられた口上はユウの心情に何も齎さない。齎したのは、言い知れぬ孤独感だけ。初めて感じる孤独は、背中を這う冷たい汗となっていた。

 そんな少年に、彼等は何を言わせようというのか。

 まだ十代の少年に対する仕打ちとしては、過酷なものだったと言わざるを得なかった。


 「そなたは選ばれたのだ。力を貸してくれまいか、ユウよ?」


 初めて名前を呼ばれた事が、彼の意識に明瞭さを取り戻させてくれた。

 次第に落ち着きを取り戻す少年に、沸々(ふつふつ)とわき上がる感情があった。

 少年の態度に、平静さが戻る。


 「質問が……、聞きたいことがある……」

 「何か?」


 尊大な態度を些かも変じることなく、宰相は受けた。


 「俺は……。俺は何のために、呼ばれた?

何のために……。いや、俺に何をさせる気だ?」


 ボノと名乗る宰相の口角が僅かに上がった。もっとも、それは彼をよく知る人物でなければ見逃す程度の些細な変化だった。

 彼は杖を持たぬ手を掲げ、ある方向を指差す。


 「この神殿より、()して北。鬱蒼たる森林地帯が広がり人も住まぬ大地が続いている。この神殿に程近い場所に、魔物(・・)が住み着いた場所があるのだ。其処では多くの戦士達が剣を振るい、今も人間の領域を守っている」


 嫌な汗が一滴、ユウのこめかみを伝う。ドクンと胸が高鳴る。


 「其処は神が与え、人が挑む試練の洞窟」


 いずこより吹き出したものか、少年の頬を風が撫でていく。宰相ボノの姿が一際存在感を増した。彼の周囲に、よく分からないが力場というか引力のようなものかあることをユウはを感じていた。


 「魔物が湧き出し、蠢く夜と闇の領域」


 少年は、いつの間にかボノの話しから耳と目を放せなくなっている。

 嫌な予感に、少年の喉が鳴った。


 「踏み込んだ者を惑わす、危険が待ち受ける底無しの迷路」


 少年の脳裏に浮かび上がる鮮明なイメージ。宰相ボノが語る話が連想させるもの。それは、言わずとも知れた或る事実。

 ユウの口から知らずに漏れた一言。


 「迷宮……」


 ニヤリと宰相ボノの口許が緩む。

 我が意を得たりと彼はユウを見つめた。その顔は、一国の重鎮が持つ幾多の仮面の中の一枚であったかもしれぬ。

 しかし、この時見せたそれは獰猛な肉食獣のそれに似ていた。


 「聡明さは美徳ですぞ」

 「……ある、のか? 本当に?」


 ユウの声に宰相が答える。


 「我が王国に迷宮と呼ばれるものが現れて数十年。人跡未踏の地を踏破するためには、やはり時間がかかるのか最下層へ到達した者はいまだない」

 「迷宮を……、俺が……? そんなこと、できる訳がっ!?」

 「汝いたずらに恐れることなかれ。異世界人よ、そなたには神の御加護(・・・・・)がある」


 少年の血の気が引いていくのが分かったのか、淀み無く流れるように話す宰相ボノは初めて少年を気遣うような言葉を掛けた。

 含みを持たせた顔には何かを知っている者に特有の優越感があった。どうやら、彼等しか知らない秘密があるようだった。

 ただ、それを今話す気はなさそうではあったが。


 「それに迷宮で獲れる魔物は狩った者に所有権が移るため、挑戦者達の発奮材料にもなっているほどだ」


 白いローブを揺らして、宰相ボノが厳かに告げた。


 「もし迷宮を踏破したならば、王国は踏破した者に所有権を認めている。偉大な王により、市井の者達に立身出世の機会が与えられているのだ」


 鳶色の瞳に熱意の籠った視線がのる。


 「興味が湧くであろう?」


 それまでうつむくように下を向いていた少年は、顔を上げて反論した。立ち上がる少年の姿だけが、目立つ。


 「ふざけるなっ!」


 少年の激情に、騎士達の目の色が変わった。その手が腰の得物に掛けられる。

 再びユウに刃が向けられるより早く、事態は進行していた。


 「勝手なこと言うなよ!! そんなの、俺じゃなくてもいいだろ!!」


 激情がユウを突き動かす。その反応を予測していたかのように、宰相ボノが付け加えた。


 「呼び立てたことは我らの意思だが、そなたを見定めたのは神の御意志」

 「……なっ!? に?」


 意外な言葉に、ユウの勢いを削がれた。予想しなかった事に少年の激情が去なされたようにも見える。


 「言った筈。そなたは選ばれたのだと」


 白いローブの外見とは裏腹に、ある種の決意を秘めたボノの目を見て、少年は自分の預かり知らないところで進行する何か得体の知れないものを感じて身震いした。

 事態が既に動かし難いことに気付いて、少年は顔を青くする。


 (俺は……、いったい何に巻き込まれちまった? 本当に異世界召喚だとしたら……、どうしようもないじゃんか!!)


 知らないために沸き上がる疑念(・・)警戒心(・・・)。一介の高校生にすぎない少年にとって、其れらは堪らなく危険な香りを放つ徒花であった。次第に少年の心を占めてくる暗い感情。

 だが、自棄になることすら予測の範疇とでも言うように宰相ボノは続ける。


 「そなたは自身のことをもっと誇るべきだ。神に選ばれて加護の力をその身に宿し、彼方から此方へと旅立ってきたのだから」


 宰相たるボノの誉め言葉もユウの心には届かないのか、テーブルに座る二人の距離は微塵も縮まる気配は無かった。

 衝撃に打ちのめされた感が拭えないユウを見て、ボノが話題を変えた。

 計算高い彼の政治家としての一面が、すぐさま次の一手(アプローチ)へと移行させる。


 「異世界人にとって、神の御加護を直接目にする機会は少ないと聞く」


 すっと立ち上がり、宰相ボノが護衛に何かを指示する。


 「此れに」

 「はっ!」


 護衛達の一人が駆け出して、隣室に続く扉へと消えていく。

 あとに残されたユウのほうは、落ち着かない様子であった。見知らぬ土地に一人放り出された少年が、例え自制心を無くしたとしても其れは無理からぬこと。

 むしろ警戒しながらも状況を理解しようとする姿勢をボノは評価していた。

 やがて、数人の従士らしき者達がやって来た。


 (あれは……)


 少年の眼に留まったのは、従士達の手に抱えられた大きな籠。

 何かを運び入れたのだろうが、中にあるものがなんなのか全く分からない。籠の大きさから人間程度のものは軽く入ると思われた。材木に固い樫ノ木を使用して、堅牢に作られている。

 その籠が、ユウの前まで運ばれてくる。


 「これは我が王国の魔術館に属する霊媒師(シャーマン)。そなたの加護を見定める事ができる」

 「え?」


 中身が人だと聞かされた少年は籠を見返してしまう。カタカタと鳴る何かが揺れる。


 「神より下賜されたと言い伝えられる原始の魔法を使う霊媒師(シャーマン)ではあるものの、王国では色々と危ぶまれる者でな」


 対面したユウが見たものは、鎖に錠前で封印され一国の宰相に危険と言わしめた人物に他ならなかった。













 宰相が手配した霊媒師(シャーマン)との出会い。神より下賜されたと云われる魔法の力が、ユウのすべてを見透かしていく。王国で危険視される人物は、少年にどんな影響を与えるのか。

 次回、第三話「亜人」でお会いしましょう!!

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