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第24話 異変

 お待たせしました!「迷宮都市〜光と闇のアヴェスター」本編の続きをご覧ください。

 ズルリと人とは違う形で歩み寄る蛇の魔物。

 少年の眼前に姿を現したのは、蛇神の使い(パキラキス)。巨大な胴回りは、少年の知る牛馬の如く太い。頭部だけが前に突き出た撓んだ大蛇が、ユウに迫る。

 恐らく人を飲み込んだであろう口から青く長い舌が見え隠れする。

 あまりの迫力(こと)にユウは声も出ない。白っぽい鱗に走る薄い青の縞模様が少年から現実的な判断能力を奪っているかのようだった。膨れた腹部が暗に犠牲者の存在を知らしめる。先程の探索者が脳裏をよぎってユウは背筋に冷たいものを感じていた。

 ズルリと彼我の距離が詰まる。

 ジリと後退りする少年は前を向いたままだ。後ろを向けば、襲われるとでもいうようにだ。

 そんな少年にパキラキスが真っ赤な目を向ける。血のような色をした双眸がユウを睨む。

 ジリと退がればズルリと詰めてくる。

 誰の助けも無い状況に、少年の喉が渇いていく。いつの間にか、少年の剣を持つ手が震えていた。


 (こいつ、だ……! こいつが他の蛇を呼んだんだ!)


 直感的に敵の能力を把握したユウだったが、知ったとて如何ともし難い現実に少年は晒されていた。

 見上げる先に、大蛇の顔が覗く。決して、ただの愚鈍な魔物ではない。

 全長は軽く十メートルを超し、胴廻りは太く、暗闇の中に巨体を見せている。まるで青白い体躯が闇に浮かび上がる様は亡霊のような不気味さを漂わせていた。しかし、少年に向けられた圧力たるや先日戦った大猪(マッド・ボア)に引けを取らない。

 少なくとも少年は、この魔物を倒さなければ進退窮まる状態から抜け出すことは出来なくなっていた。

 冷や汗がポタリと落ちる。喉がまともに声を出さないでいるのが分かる。

 少年の動きが固まったことに、ダルクハムが気付いた。


 「ユウ、どうした? 何して……」


 歩み寄る獣人族の友人に危機が迫る。直感的に死の予感を感じて、少年は叫んだ。


 「……く、来るな……ぁ、ああぁ」

 「どうした、ユウ?」


 喉が萎縮したのか、声が出せない少年が歯を食いしばり自らの胸を叩く。くぐもったが声が漏れる。

 少年の心臓がドクンと跳ねる。


 「……うぅ、来るなぁ!」


 少年の声に尋常じゃない事態を察してダルクハムが顔色を変えた。瞬時に腰の剣に手をかける。

 その途端、パキラキスの人外の咆哮が迷宮内に響き渡った。


 「Shiaaaaa! Syaaaaaaaaaa!」


 耳に障る威嚇音に、ガルフ達一行が不意を打たれた。

 各々が武器を手に取り、声のした方へと全力で駆ける。其処で一行が目にしたのは、見た事も無い巨大な蛇種の魔物、パキラキスであった。


 「なっ⁈ なんだ、こいつは⁈」

 「この巨躯で……、アダー種なのか⁈」

 「エルダー! ガルフ、下がって! 下手に刺激すると危険だ!」


 フリッツバルトの制止を振り切るように前に出ていたガルフは、緊急事態の発生に固まっていた。

 暗闇に浮かぶ赤い双眸の光。

 不気味な青白い鱗が艶を見せる。松明の火に照らされたパキラキスは、ズルリと一行の前に進み出た。


 (くそっ! 手も足も、震えて言うことを聞かない⁈)


 ユウの全身を襲う強烈な圧迫感。パキラキスの放つ威圧の効果に少年は捕らわれていた。


 「バカな⁈ 聞いたことも無いぞ! なんだ大蛇(こいつ)は⁈」


 ガルフが双剣を構える。此れまで雑魚を相手にまともに構えたことのない彼が大蛇に相対する。


 「ガルフ?」

 「撤退しろ! 無駄に死なせる訳にはいかん!」


 親友(フリッツバルト)に指示を飛ばし、ガルフは自らが前に出た。まるで自身を盾にする無謀な策だった。

 (ガルフ)の瞳に決意の光が宿る。死を覚悟した戦士のような鮮烈でいて悲壮な気が膨れ上がった。

 ユウの前へと躍り出るガルフに、パキラキスが此れまでとは比較にならない威圧を飛ばす。物理的な圧力が加わったように空気が軋んだ。


 「師匠(せんせい)⁈」

 「今のうちに行け! 早く!」


 対峙する距離は僅か数メートル。大蛇の間合いに入ったガルフの首筋の毛が逆立つ。

 動かない手と足が、ユウの心情を映していた。震える手を無理に抑え込んでガルフの背を追う。だが、前に出した筈の少年の足は一歩たりとも動いていなかった。


 「Shiaaaaaaaaaaaaaa!」


 耳に障る大蛇の威嚇音。パキラキスの青白い体躯が揺れた。口が真一文字に裂け、黒い闇が広がった。襲い来る二本の牙を認めたガルフの目に、ぶれるように何かを避けた大蛇の影が映っていた。

 トン、と響く乾いた音にパキラキスが反応していた。

 小さな光が明滅する様を目撃する。

 投げ込まれた小さな松明の火に、それが薬草類を束ねた草だと気付く。

 少年がパキラキスに視線を戻す僅か数秒間に、白煙が迷宮内部に広がっていた。瞬く間に広がる煙が辺りを覆い尽くしていく。頼りない松明の火が、既に霞んで見えた。

 煙を吸い込まないように屈んだ少年とは別に、ドリスがまともに煙を吸って背後で咳き込んでいるようだった。


 「煙を吸うんじゃない! 頭を低くして、早く!」

 「けほっ、無理言わない、でよ……」


 咳き込んだ少女の無事を確認して、少年は視線を前に戻した。戦士の背中が少年を庇って立っていた。

 周囲にも目を走らせながら、ユウはガルフの顔を見ようと駆けた。あれほど動かなかった足も今は軽い。

 パキラキスが後退して行く。巣穴へと至る壁面の罅割れへと、其の巨大を滑り込ませていく。ズルリと砂を踏むような音が洞穴に響く。直ぐに大蛇の姿は砂に溢れる水のように消えていった。


 「ガルフ(先生)、怪我は⁈」


 大丈夫だと返すガルフを見て、少年が安堵に息を吐く。

 双剣を順に納めて黒狼族の戦士は少年に事の次第を確かめていた。


 「ユウ、待て」


 黒狼族の戦士は厳しい表情を見せて少年を下がらせた。何かに警戒を解かず、じっと迷宮の奥を見つめる。


 「あの魔物避けの香木は何処から投げられたか分かるか?」


 ガルフの問いに少年が真意を察した。ガルフの警戒する理由が解ったのか、少年も同じく視線を暗闇の中に向けた。


 「多分だけど、あっちからだと……」


 向けられた少年の指を辿ってガルフの視線が飛ぶ。魔物避けの香木が煙る中、彼の嗅覚は微かな匂いを嗅ぎ分けていた。


 (この匂い、何者かがいるな⁈)


 香木の存在と部外者の匂いを嗅いで、黒狼族の戦士は殺気を漲らせる。

 もともと蛇は視覚が退化しており、嗅覚で獲物を見つけ、襲う。そのため、激しい匂いなどは毛嫌いする習性があるのだ。現代日本ほどに生物の生態は解明されていなくても蛇種の習性を熟知して、尚且つ周到に準備している者がいる。

 それが敵か味方か、判然としないままなのだ。


 「出て来い! 魔物の習性を知っている知恵者なら、此処で下手に隠れるのは下策と分かる筈だ!」


 ガルフの発した警告に、暗闇から小石を踏む音がした。


 「待ってくれ! 敵意は無い!」


 そう言って現れたのは壮年の獣人族の探索者らしき男だった。









 「運が良かった。そうでなければあれ(・・)に出会って生き延びられる筈がない……」


 男は皮袋の水を口に含み、ようやく落ち着きを取り戻したようだった。

 年の頃は五十代であろうか。頭髪に混じる獣耳が彼を獣人族と知らしめている。先祖返りではない(タイプ)の種なのだろう。陽に焼けた肌と白髪の混じった髪の獣人族の男だ。麻のざっくりと編まれた上着に皮の手袋をはめている。足元もサンダルではなく、しっかりとした革靴を履いている。大きな荷物を抱えた様は探索者らしいが、腰にある得物が短剣だけとは少しばかり心もとないように見えた。

 水の袋を荷物に戻しながら、男は一行に名乗りを上げた。


 「儂の名はエルク。もう何十年も迷宮の案内人(シェルパ)をしてる」


 鷹揚とした態度の男は緊張も解けたのか、水で濡れた唇を袖で拭った。もう幾日も迷宮に潜っているのか、エルクの服装は着の身着のままという印象だった。


 「御仁、貴方は何故(なにゆえ)あそこにいたのか説明して貰えるか?」


 一行の中で交渉事を任されることが多いエルダーが尋ねた。荒くれ者が多い探索者の世界では見てくれより良心的な彼が得意とする分野だった。


 「お前さんら、いつから潜ってるね(・・・・・・・・・)?」

 「それが、あの魔物と何か関係があるのか?」


 ああ、と頷きながら男は鋭い目つきでじっとエルダーを見た。射抜くような視線を受け止めるエルダーもエルクを見つめ返す。やがて根負けしたように案内人(エルク)が口を開いた。

 はっきりとした証拠は無いが、と前置きした上で彼は一行に話し始めた。


 「迷宮内で何かが起きているようでな。ここ数日の間に、お前さんらが(・・・・・・)見かけた魔物(・・・・・・)が活発に動き回っている。そのせいで蛇どもが狂ったように暴れ始めた。中階層(した)には、地上に戻れず助けを求める一行(パーティー)が何人もおるよ」


 一息に此処まで話したエルクは、重い溜息をついた。様々な深い感情が入り混じった、重い溜息だった。


 「儂は歳だ。もう老い先短いからな。斥候の真似事を買って出たんじゃが、群れに囲まれてしまってな……」


 進退窮まって上から来る探索者を待っておったよと語る。苦虫を噛み潰したような顔をするのは案内人としての誇りからか。


 「確かにアダー種が浅い階層に登って来る事はなかったはずだ。つまり、あれ(・・)が原因って訳か……」


 エルダーが納得しようとした矢先に、案内人(エルク)が否定してきた。


 「若いの。あれはアダー種ではないぞ」

 「じゃあ、なんだ? 見た事もねぇ大蛇だったが、あんな魔物がいるなんて聞いた事もねぇぞ」

 「あれは、蛇神の使い(・・・・・)じゃよ……」

 「蛇神の使い?」


 こぼれ落ちるようなエルクの言葉に、一行は耳を疑った。疲れたようなエルクが目だけをギラつかせていた。握り締める手は力が篭り、血管が浮き出ている。


 「あれはワームやアダーたち、這いずる(・・・・)者達の王(・・・・)じゃよ。昔から少ないが目撃例があってな……」


 エルクの話す魔物の生態。ユウ達一行は全員が話しに聞き入っていた。


 「遍く世界を光で照らし、恵みを与えてくださる方に弓引く邪悪な神の一柱が産み出したと言われておる。迷宮が出来てから、儂らのような案内人(シェルパ)達が数回目撃した事があるだけの謂わば幻の魔物じゃよ」

 「幻の魔物⁈」


 力強い視線を寄越すエルクが告げた。其れは死神にも等しい魔物の名前だった。


 「ああ、幻だとも。名前はパキラキス。創世神話に出て来る神々の一柱から名付けられたと聞く。儂の世代で、あれに遭遇して生き残った者は殆どおらん。見た者は狙われ、死ぬしかなかったんじゃ」


 迷宮の創成期から生き残ってきた魔物。狙った獲物を確実に仕留める毒蛇。高い知能と用心深く時機を待つ狩人の如き執念深さは探索者ならずとも脅威以外のなにものでもなかった。


 「エルク殿、貴方は案内人(シェルパ)として確かな腕を持つ人物のようだ。信じるとしよう」

 「すまんなぁ」


 エルクは嘆息し、疲れた身体を休める。その彼を労わる気持ちを示しながら、フリッツバルトが尋ねた。


 「しかし、貴方は何故お一人で? 案内していたパーティーがいるのではないのですか?」

 「死んじまったよ。止めたんだがなぁ」


 視線を下げたエルクの肩ががっくりと落ちたように見えた。案内人として探索者達を誘導できなかった事が堪えているようだった。

 一行の進退について、ガルフが腕組みをしたまま決断した。


 「とにかく一度、上の階層に上がるぞ。エルク殿のこともある。対策を立てなければ無駄死だ」

 「そうだね。上がろう。装備を見直す必要があるかも知れない」


 一行の主力たるガルフ達が決断した後は早かった。直ぐに此の場を引き払うべく手荷物と装備を確認していく。

 その中で、獣人族の若者がエルクに声を掛けた。


 「おっちゃん、荷物なら俺が持つよ」

 「おぉ、助かる ん?」


 手を差し伸べたダルクハムがエルクを見て怪訝な顔をする。薄暗い迷宮内でも獣人族の目は遠くまで見通せた。


 「どうかしたかい?」

 「お前さん……、まさかラベンハムの所の(せがれ)か? こりゃ驚いた。よく母御が許したな!」


 エルクが告げた言葉は若者にとって意外な一言だった。


 「おやじとおふくろを知ってんのか⁈」

 「あれから何年も経つ。そうか、大きくなったもんだ……」


 ダルクハムが驚いていると、二人の会話に入る声があった。エルダーが動けと急かしてくる。


 「積もる話は後だ。撤退するぞ!」

 「わかったよ」

 「すまんな、若いの。助けて貰った身だ、迷惑など掛けられまいよ」


 よいしょ、とエルクが疲れた身体に鞭打って重い腰を上げた。

 その横でダルクハムが彼の荷物を受け取り、肩に担いだ。ミシリと肩紐がダルクハムの身に食い込んだ。

 しかし、そんな事を気にもせずにダルクハム達は撤退準備を急いだ。


 「魔物避けの香木が焚かれているとはいえ、迷宮内は危険だ。警戒を解くな、少年」

 「あ、あぁ……分かってる」


 ユウが曖昧に返事を返した。心なしか、その瞳が精彩を欠いていた。

 ガルフの指示が飛び、一行は先を急ぐように上の階層へと歩を進めた。

 それから半刻後。

 地下三階と二階を繋ぐ通路の階段まで戻って来た一行は、暫しの休憩を取っていた。


 「おっちゃん……、いや、エルクさん」

 「おお、どうしたね? ん?」


 休憩中の時間にダルクハムがエルクに声をかけていた。

 何処か自信の無いおどおどとした態度で、いつもの彼らしからぬ様子であった。ただ、ダルクハムの事をよく知らないエルクには年上を尋ねる年少者に有りがちな態度だと誤解されていた。

 ダルクハムはエルクの手が示す隣に腰を下ろすと、徐に口を開いた。


 「その、親父とは親しかったのか?」

 「勿論じゃとも。同じ案内人(シェルパ)同士、よく競い合ったな」


 懐かしいのと微笑んで話すエルクに、ダルクハムが顔を伏せる。


 「やっぱり、おやじは案内人(シェルパ)だったんだな……」

 「ん? それくらい聞いてたろうに、何を言って……」


 意を決してダルクハムが顔を上げた。エルクの肩を掴み、ハッキリと口にした。


 「親父は何で死んだのか……。知ってたら教えてくれねぇか?」

 「ん? 母御はなんと? 聞いてないのか?」

 「おふくろは何も教えちゃくれねぇ。何にもだ……」


 事情を察したエルクが黙り込んでいた。腕を組んでダルクハムを見つめる目が、むしろ驚愕に見開いている。


 「そうか、お前さん……」


 手を放し、立ち上がるダルクハムは感極まったように声を荒げた。


 「俺は親父の名誉を回復してぇんだ!」


 言い放たれた主張に、エルクの顔色が変わる。彼は直ぐに口元に指を当てた。


 「しっ! 滅多な事を口にするもんじゃない。誰が聞いているか分からんのだぞ?」


 周囲を確認するエルクに、ダルクハムは辟易したように短く息を吐いた。


 「そうやって親父の知り合いは、皆んな口をつぐんじまう。あんたも一緒だ……!」


 握り締められたダルクハムの拳が震える。


 「なんで教えてくれねぇんだ⁈ なんでハッキリ言ってくれねぇんだよ!」

 「……お前さん、まさか父親の真相(・・・・・)を知ったのか⁈」


 只ならぬ若者の雰囲気にエルクは、それ以上かける声を失っていた。
















 パキラキスの脅威に、少年は湧き上がるような怒りを覚える。苦い敗北にユウの心が震える。再び戦いを決意したユウが取る行動とは⁈

 次回、第25話「覚悟」でお会いしましょう!

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