第21話 迷宮
大変お待たせいたしました! 迷宮都市〜光と闇のアヴェスター、本編の続きをご覧ください!
ガラルド王国史において今尚語り継がれる珠玉の一篇がある。
神への賛美を謳う詩篇でありながら、現国王の英雄譚を後世に伝える一篇として其れは知られている。しかし、同時に端的な迄に迷宮の危険性を人々に訴えかける内容でもあった。
聖詠とも冒険譚とも呼ばれる物語の大筋は次のようなものであった。
今より数十年前、王国は未曾有の危機に瀕していた。
それは度重なる内乱と、諸外国から仕掛けられた戦争による危難であった。国土は荒廃し、民草には食べるものすら無く、生きることに困窮する日々が続いていた。
戦いに明け暮れ、疲弊した人々の目から希望の光が消えかけた頃、王国に一人の男児が誕生した。
王位継承者たる王子の誕生である。
次代の王を得た王国は此れを吉兆と活気付き、国境を争う各地の紛争は戦勝によって終わり、諸外国からの侵略は次第に鳴りを潜めていった。復興を目指す王国臣民の努力は報われ、ようやく和平が実現した。
明日の夜明けを待ちわび、希望の足音を探す王国にとって、王子は希望の象徴であり続けた。年を経る毎に王国の発展は続き、王子自身も凛々しく成長していった。
その頃、王国の北に在る未踏破遺跡群に魔獣が現れ始めたとの噂が流れた。
すぐさま差し向けられた王国軍によって魔獣は発見された。
魔獣がどのような姿をしていたのかは今日の記録に残されていない。しかし、神の思し召す世界の理から外れていたと伝えられる魔獣は討伐され、人々に安心して眠れる夜が齎された。
魔獣討伐の一報が王国内外に広く知れ渡ると、新たな動きが見られた。
ある者は、魔獣が現れた原因に興味を持った。彼は学者であり、未踏破遺跡群に出向いて現地を調査したいと言って北に向かった。
ある者は、魔獣が出現するか否かだけが関心事だった。彼は軍の食料管理担当者であり、未踏破遺跡群に近い森に渋々ながら分け入って行った。
ある者は、商才に長けた目利きの商人だった。彼は魔獣の被害が甚大と聞き付け、商機を得ようと北の街を目指して未踏破遺跡群に近い森を通ろうとした。
何れも市井の民草であった。だから、暫く経っても帰らない彼らの行方をわざわざ追う者はいなかった。
帰らぬ家族を案じる者達の数が増え、陳情が上がると王国の官吏の目に留まった。北の街に遭難の原因を調査すべく同行者を募集する御触れが出たが、名乗り出る者はいなかった。官吏は困り果てていた。
その御触れを一人の若者掴み取った。
かつて王立学校で共に学んだ学友を探すため、視察と称して現地に来ていた王子であった。
王子は声を上げた。居なくなった家族を想う気持ちに貴賎など無い。彼らを助けるため我こそはと思う者は同行せよ、と。
すると、数人の名乗りを上げる者達が現れた。
一人は王子の側近の騎士であった。幼少の頃から王子を護るべく剣を取って学んだ者であった。
一人は街一番の怪力を誇る剛の者であった。木こりの仕事に使う大きな斧を手にしていた。
一人は妙齢の女性であった。彼女は夫を探すため名乗りを上げたが、また同時に弓の名手としても知られる人物であった。
一人は街の神官であった。彼は守護と癒しの魔法の使い手であり、王子の御身を案じて従軍する決意を固めた。
最後の一人は肌の浅黒い者であった。彼は斥候の技術に長けていた。狩人として名を知られた存在であり、遺跡群付近の案内を自らかって出た。
そうして集まった六人は救助を求めているだろう遭難者達を救うため、危険な森へと分け入った。
森は深く、人間の手が入る事を頑なに拒んでいるかのようだった。昼となく夜となく襲いくる獣達。道は無く、天を覆い尽くす木々の枝葉は昼日中でさえ日光を遮っていた。森の環境は数年前とは激変していた。
ようやく辿り着いた場所は、誰の目にも異様に映った。
其れは未踏破遺跡群ではなく、巨大な岩盤に穿たれた竪穴だったからだ。すぐさま調査のため中へ入る道を探す一行だったが、此処こそ魔獣達の住処であった。
王子一行は竪穴に踏み込んだ。其処が地獄のような場所であるとも知らずに。
進む度に現れる魔獣。王子も戦った。獅子奮迅の活躍で地底に蔓延る魔獣どもを蹴散らし、仲間と共に前進した。いつしか調査は、攻略へと変わっていた。
戦いは昼夜を問わず、幾日にも及んだ。生命の危険に晒され、仲間達の間に不和が生じることもあった。だが、その度に聡明な王子が一行に道標を指し示しては前へと進んだ。
竪穴の下層に至った時、一行は行方不明になっていた遭難者達を発見した。彼らは共に生き延びるために協力して竪穴の安全な場所に隠れていたのだ。弓士の妻は王国軍人の夫に再会した。互いの身を案じていた夫婦は、涙を流して再会を喜んだ。
商人も運んでいた荷駄を皆で分け合い、生き延びることに貢献していた。誠実な心を持つが故に彼は生き延びることができていた。
王子は学友でもあった学者と無事に再会し、彼から貴重な話を聞く事が出来た。
曰く、彼らは地下三階層に逃げ込んだというのだ。だが、此処は地下の更に深い場所であった。この事から王子は竪穴が今尚深さを増し続けており、巨大な魔窟に成長しているとの認識に達した。
信心深い仲間達は神に祈った。これは神か悪魔の所業だと。
神が与え給うた試練か、はたまた悪魔が仕掛けた罠なのだと。
供の騎士ですら、願わくば神の言葉に従い、深き階層から光さす地上への道を探すべきだと王子に進言した。
しかし、王子の選択は違っていた。魔窟の攻略を続行すべきと主張したのである。
此れは我が王国の喉元に突き刺さる荊の剣であると。今、攻略しなければ後世に禍根を残すのだと。
仲間達は王子の言葉に自分達の身勝手な心を恥じた。我が身可愛さからくる後向きな行動を悔いた。
仲間達は誰からともなく前を向き、再び王子と共に闇の竪穴を攻略するべく立ち上がった。
それから激闘に次ぐ激闘の末、とうとう最下層へと続く道を発見した。
だが、その時には身体が弱っていた遭難者達に限界が訪れていた。王子が気づいた時、学友は既に深い傷を負っていた。
前に進めば王国の未来があったが、同時に仲間達の死が待っていた。留まれば仲間の生命を救う代わりに、長年に亘り魔物達の跳梁を許すことになるだろう。
王子の心は揺れた。厳しい決断を迫られたからだ。
彼は胸元から王家の家紋が入った短剣を掴み取って握り締めた。
そして、其れを最下層へと投げ打った。王子は短剣が突き刺さる最下層をひと睨みすると仲間達を振り返り、地上へと帰ることを明言した。
魔獣が湧く竪穴の攻略を目前にして、王子は臣民の生命を救うことを選択した。
誰も王子の決断に否と言わず、地上への道を辿った。
王子の行動は王国の全ての臣民から讃えられ、遍く王国の威光が届くところに伝えられた。光さす道を選び取り、神の御心にかなう王子の治る国は次第に版図を増した。
やがて王子の戴冠とともに、王国は未来永劫に亘って栄光ある国威と発展を約束されることとなった。
(やっぱり、予想どおりの迷宮が実在するのか……)
少年はパタンと手元の本を閉じた。革で装丁された其れは王国の歴史を綴ったものだ。
午前の訓練を終えた少年は宿の客間で寛いでいた。装備品の類いは装着していないが、質の良い木綿の服に着替えているところを見ると、セスからの支援は少年の探索者生活全般を支えているようであった。
そんな少年が通されている客間の中央には、木の丸テーブルがあり、小さな円盾と短めの剣が置かれていた。元々武具を置くためとは思えないほど綺麗な敷物を載せていたテーブルだったが、少年が汚れることを気にして外してくれと頼んだものだ。
午前の清々しい空気と光の中、金属製の武具が鈍く光を反射していた。ユウには馴染みの無い道具類であったが、その無骨な様を嫌いではなかった。
剣を手に取って戦う訓練を受けている自分に、少年は戸惑いながらも十分な刺激を受けていた。そんな環境でユウは今読んだ一篇に関して深く考察していた。
ダルクハムの話を聞いて、少年は今更ながらに自分が送り込まれる筈だった場所に関心を寄せていたのだ。
迷宮ーー。
其は夜と闇に支配された魔の領域。其処には多種多様な魔物達が蠢き、人間が自らの領域を守るために剣を振るい続けている魔窟。
確か王国の宰相ボノはそう言っていたと少年は思った。
少年の脳裏に浮かぶ迷宮とは、やはり危険な場所であった。
たった数日前まで、退屈だが穏やかで平和な現代日本に暮らしていた少年にとって、身の毛のよだつ話であった。まして其れが自らが何も知らされずに送り込まれようとした場所なのだと知れば、自ずと迷宮に対して忌避感が芽生えていた。
本を手にしたまま視線を空中に溜めた少年に、客間のドアをノックする音が聞こえてきた。次いで少年を呼ぶ人物の声が聞こえた。
「ユウ、ちょっといいか?」
少年がどうぞと応じると、扉から中庭で別れた筈のダルクハムが現れた。
何処か気不味そうな顔をしている友人を少年は見た。その理由が分からず、少年は座ったまま彼の次の言葉を待った。
「その、さっきはすまねぇ。俺もちょっと気が滅入っちまうことがあってな……」
其処には頭を掻きながらバツが悪そうにするダルクハムがいた。
珍しく気弱な一面を見たと思った少年だったが、やはりダルクハムにとってもあまり人には見せたくないものだったらしい。
「気にしてないよ」
そう答えることだけが少年に出来ることだった。
ありがとうよ、と答えた友人に少年は笑顔を返していた。
やがて何方からともなく、話は“迷宮”に関することに移っていった。そして、そもそもがと話しを続ける獣人族の友人に少年はふむふむと頷くように相槌を打った。
「“迷宮都市”ってのは、この街に付けられた渾名なんだ」
いつになく真面目に話す友人を見ながら、ユウは耳を傾けていた。
「“迷宮”があるからこそ、アンガウルは発展してきた。以前に宿場町として成り立ってきた街だってことは話したよな?」
「うん、聞いた」
口の端を上げるダルクハムに、少年が同じく口角を上げて返した。
「探索者達が迷宮から持ち帰って来る珍しい魔物達の素材や神々が遺したと言われる武具……。吟遊詩人達が唄う冒険譚は、全部この街で実際にあったことなのさ!」
冒険の興奮と栄光を見て来たような友人に、少年が敢えて尋ねた。
「その迷宮に、俺たちも乗り込むつもりなんだな?」
そう、何故かユウにはダルクハムのらしくない態度の訳が分かってしまった。
ああ、とダルクハムが頷く。僅かに口角を上げてみせた彼の目には強い意志のようなものが感じられた。何かを覚悟した者が纏う空気感を少年は感じた。
「だがユウ、勘がいいお前なら分かると思うが、決して舐めてかかっちゃいけねぇ。迷宮のことを人族は“試練の洞窟”って呼ぶが、獣人族は、“死神の塒”って呼んでる。それぐらい、帰ってこねぇ奴が多い」
ダルクハムの真剣な表情に少年は何かを察した。返答に込められた想いはダルクハムの真摯な態度を表している。短い付き合いだが、少年にもダルクハムの性格は理解していた。
(……本気かよ)
夜と闇に支配された領域。其処が如何に危険な場所であるかは想像に難く無い。
勘がいい少年の一言は、確かに場の空気を変えた。
だが、それでもユウ達は話を止めなかった。二人とも心の何処かで迷宮の探索に憧れのようなものがあったのかもしれない。難事を前に男の血が騒ぐのだろう。危険を飼い馴らせと血が疼くのかもしれなかった。
友人の話す迷宮の逸話の数々。獣人族らしく表情がよく変わるダルクハムの話ぶりに、少年は危険な場所であるにも関わらず、ついつい引き込まれる。少年の心を刺激して止まない其れに、ユウにとってある種の有意義な時間が過ぎていった。
異世界の情勢に関する知識は、少年でなくとも貴重な財産であった。
この世界では本は貴重品だ。その本に生き生きと描写された冒険譚は時に客観的では無いものの、有益な情報が多く得られた。これまでセスの宿に置かれている様々な本を読み漁ろうとしていたユウにとって、ダルクハムが齎してくれた情報は千金に値するものだった。
そんな少年を見て、ダルクハムも逆に感心していた。
置かれた境遇に挫けず、自分で情報を掻き集めて逆境を克服しようとする少年の行動は獣人族たるダルクハム達から見ても驚嘆に値した。身寄りの無い少年が迷宮を攻略しようとしているのだ。単身でも挑みかねない危うさを感じて、ダルクハムはユウを気にしていた。
そして、少年の行動を察してダルクハムは話を切り上げると視線を窓辺へと向けた。まるでこれ以上邪魔してはいけないとでもいう風に、だ。
窓辺に寄るダルクハムの背中を見ながら、逆に少年はふと疑問を思い浮かべていた。
ただ、その疑問が少年の口に上がることはなかった。
(ユウ、お前は何で……)
逡巡する想いが胸に詰まったのか、ダルクハムの声は喉につかえた。
ダルクハムの視線が下を向いている事に少年は気づかない。友人の雰囲気が違うことに気付き、戸惑いを覚えながらも少年は其の理由までは分からなかった。
ただ、少年は何故か其の理由がとても大事なことではないかと思えてならなかった。
ザァ、と風が窓の外を吹き抜けていく。その風の行方を見るようにダルクハムが意を決して顔を上げた。
「なあユウ、お前は何で探索者なんかになったんだ?」
友人からの素朴な質問に少年の心臓が早鐘を打つ。答えに窮した少年を見る訳でもなく、ダルクハムは話を続けた。
「国軍が迷宮に挑む理由ってのは簡単だ。当時まだ王子だった陛下が遣り残した攻略の達成と最下層に遺してきた王家の剣を見つけること。国軍にとっちゃ至極真っ当な理由だよな」
同意を求めることはしなかったが、ダルクハムの声は少年を不安にさせた。
「探索者達もそうだ。奴らは一攫千金を狙って迷宮に潜る。頭の中は他人を出し抜く方法か、お宝の在り処ばかりだ。連中が血眼で探し求めるのは富と名声だ」
息を飲むような緊張に少年の心は震えた。
「だがお前は、そんな奴らと同じには見えねぇ」
真剣な瞳がユウを捉えていた。
「迷宮は夜と闇に支配された魔の領域だ。生半な覚悟じゃ生き残れねぇ……」
ダルクハムの覚悟を映した瞳が少年に向けられていた。絞り出すような声が彼の決意を示していた。
「俺は、迷宮に潜らなきゃならねぇ」
ダルクハムが漏らした一言。重い言葉のみが持つ戦慄に、ユウの心がぐらりと揺らいだ。
「死に急ぐつもりはねぇ。だが、俺のやりたいことは、どうやら迷宮を避けてちゃ進まねぇようなんだ」
いつに無い様子で話す友人にユウも真剣な表情をしていた。
「お袋やセラフィ達との約束で迷宮には潜らねぇことになってたんだがな……」
自分で自分を揶揄するような力無い笑みに、少年は危機を感じ取る。
「ユウ、お前は何かやりたいことがあるのか?」
「俺のやりたいこと……?」
少年の返答に、ダルクハムは何処までも真面目に答えた。
「ああ。何か自分の人生で成し遂げたいこと、だ。俺は親父の遺した仕……。いや、やっぱり辛気くさい話はなしだ」
「ダルク?」
少年の心配する顔にダルクハムの良心がチクリとした痛みを受ける。
「いいんだ、いいってことよ! 俺もどうかしてたぜ。俺自身が腹をくくらなきゃいけない話なのにな!」
ダルクハムは吹っ切ったように両手を挙げて邪念を追い払う仕草をする。
代え難いものに対する真摯な態度で彼は少年に向き直る。その顔は、志を胸に秘めた男の顔だった。
「いつか話すぜ、ユウ。お前はやっぱ大事な友達だからな」
夕闇の迫る刻限。
暮れゆく夕陽は稜線の向こう側へと沈み、夜空には溢れるほどの星が瞬き始めていた。
王国の北の外れに位置する其の場所には、軍の宿営地が設営されていた。数百から数千人もの王国軍が詰める其処は、この世界における人族の領域を守る最前線でもあった。
夜空に浮かぶひとつなぎの暗い影。
人が管理するには余りにも巨大な岩盤に覆われた其れは、迷宮と呼ばれる魔窟の入り口でもあった。
その数少ない入り口は鉄製の門扉が取り付けられ、魔物が溢れ出ることを禁じていた。重厚な門扉には左右対称な戦斧の意匠が施され、其れが只の扉ではないことを雄弁に物語っていた。
その扉を開けよと内側から叩く音が響いた。等間隔に響く大きな音は、知性なき魔獣達ではなし得ない合図でもあった。
それまで微動だにしなかった兵士達がすぐさま門扉を開放する。重々しい音を立てて、地面を滑るように鉄製の巨大な門扉が動いていく。
兵長らしき男が、門扉の内側へと進み出た。腰の剣に手も触れず、道の真ん中に立ち塞がる。魔物が溢れる魔窟で安易に取る行動ではない。
「時間通りだな。人数は少ないか?」
門番らしい兵長が暗がりに問い掛ける。直ぐに暗がりから返事が返ってきた。
「人数も同じだ。くたばれ、ベルン」
闇を突いて現れる人影は六人。この場所で最も効率がいいとされてきた人数であった。その人影は背丈も何もバラバラだった。一目で混成の部隊だと分かる。
その最たる理由は、数人の頭から生える獣の耳だ。
「口が達者だな。その分なら、たんまり稼いで来たか? ん?」
「てめぇには関係ねぇ。黙りやがれ」
殺意を込めた視線を送られたというのに、ベルンと呼ばれた男は平然と受け流していた。その遣り取りだけで兵長たる者の資格が窺えた。
「フン、通りたいならいつものやつだ。よこせ。此処は生命より金が大事な、世界一最低な穴倉だからな」
進み出た六人が装備などの点検をするより早く、ベルンは対価を要求した。差し出された手が意味するものは賄賂であった。
暗がりから出て来た男が舌打ちしつつ、懐から小さな布袋を取り出し、投げて放る。
その布袋を反射的に掴み取った手が予想外の重さに震える。
「生命の値段だ」
受け取れ、とばかりに投げられた布袋には金貨銀貨が詰め込まれていた。
十分な対価に気を良くしたのか、ベルンは六人に告げた。
「お前達は西回りだ。出たら詰所にも顔を出せ。悪いようにはしない」
「クソったれが……」
ニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべたベルンは六人を改めて観察した。
なんと五人が獣人族の戦士職であり、全員が鍛えられた肉体と充分な装備に身を固めていた。ただ、五人の全身に疲労の色が濃い。戦場を潜り抜けてきた兵士のように疲れきっていた。中には座り込んでいる者もいた。
「お前ら、行くぞ! 立て!」
ベルンと話していた男が声を荒げると獣人族の戦士職達が立ち上がった。
軍より厳しい上下関係に、ベルンはくっくっと嗤う。まるで彼らの行く末を知っているかのような薄気味悪い笑みだ。
其処は、魔物が蔓延る夜と闇の領域。王国の版図に在りながら、その支配を拒絶する魔窟。
今尚、多くの人々を呑み込み、成長し続ける迷宮と呼ばれる場所であった。
ついに迷宮探索に挑むユウ達一行。不安を乗せた馬車は進み、やがて迷宮と呼ばれる場所に到着する。そこで少年が目にしたものは更なる疑問と困惑を与えるのだが。
次回、第22話「洗礼」でお会いしましょう!




