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第20話 策謀

 お待たせしましたぁ! 「迷宮都市〜光と闇のアヴェスター」本編の続きをご覧ください!

 大陸に覇を唱えるガラルド王国の北部にある都市アンガウル。その更に北。其処には至高の神を祀る神殿があった。

 その神殿の奥深く、外部からは特定し難い場所に宰相ボノの執務室があった。

 一国の宰相職が使うのに不自由がないよう設えられた其処は、石造りの建物とは到底思えないような造りと内装を施されていた。毛並みの整えられた赤い絨毯。美麗な刺繍が施されたカーテン。壁には此れまで征服し、併合した国や部族などから朝貢された絵画や調度品が飾られ、全体が統一された美意識によって華美にならぬよう細心の注意を払って整頓されていた。

 机は深い色合いを持つ古木の一枚板を贅沢に使っており、椅子は使う者の背丈に合わせて高さから腰掛けの幅、脚の太さまで熟練の職人による手作業で仕上げられていた。

 今、その執務室に踵の音も隠さずに一人の男が入ってきた。

 貴族社会にある礼儀作法を無視した振る舞いだが、執務室の主人たる宰相は気にも留めなかった。まるで彼にとって、其れは予め予定された出来事であるとでもいうように、だ。

 やがて入室して来た男が立ち止まり、其処で一礼して床に片膝を着いた。右手を胸の前に当て、騎士職の者が主人に執る礼をするように頭を垂れた。


 「それで、異世界人は無事なのか?」


 報告する部下を見もせず、ボノは執務室の机に向かっていた。羊皮紙の束に羽ペンのようなものを走らせ、目は紙面に向いたままだ。


 「護衛の任務に当たらせた者によると、途中で護衛を断って、単独行動をしているとのことでございます」


 部下の報告に、ペンを走らせる手が止まった。一瞬の沈黙が降りる。

 それで、と続きを促す時には再びペンの音が聞こえた。


 「その後、現在まで迷宮には姿を現しておりません」


 間髪を入れず、宰相は質問する。硬質な声音は部下に催促しているようにも取れた。


 「迷宮に到達せぬまま何処に潜んでいる?」


 既に調査結果ありきでボノは部下に報告を促す。変わらずペンを走らせる手と音が聞こえる。


 「捜索しましたところ、迷宮に近い街で見かけない若者が土地の有力者のもとに身を寄せているとの噂を聞きました。その若者は珍しい黒目黒髪の人族だとのことです」


 僅かな間を置いて、宰相ボノは返事を返した。その瞳が強い光を宿している。


 「ほお。意外ではあるが賢い選択だな」


 部下も分かっているのだろう。はい、と断ってから続きを奏上する。片膝を床に着いた部下の姿勢は微動だにしない。鍛えられた騎士のような力強さがあった。


 「そこで耳にしたのが“奈落”の主を討伐した探索者の話しでございます」


 再びペンを走らせる手が止まった。奈落という単語に反応したものか。考えられる事態を想定して、宰相は思考速度を速めた。


 「……それが異世界人だというのだな?」


 首肯する部下に目を留めて、宰相ボノは話を促した。正対する者に威厳という風格を見せる彼は、やはり王国の重鎮に相応しかろう。彼に命じられて断る選択肢など無いと思わせるカリスマ性がボノにはあった。

 厳しい視線で部下の話を聞くと、ボノは灰色の目を細めた。


 「噂される限り、一名、ないし数名の獣人と共に“奈落”を攻略し、(ぬし)である大猪(マッド・ボア)を討った由にございます」


 ふうむ、と感心しきりといった様子でボノは息を吐いた。無意識に腕組みをする。それは彼の癖のようなものでもあった。

 顎髭を摩りながら、思考していく。


 「やはり器用値(DX)の高い戦士職といったところか……。技巧者(トリックスター)とは言い得て妙なものよ」


 異世界人たるユウの行動をつぶさに検討しているのか、ボノは考えに集中しているようだった。

 彼が動きを止めた時、執務室の音が途絶え

、何も聞こえなくなった。

 無音の空間に知らず萎縮したのか、部下は彼に先を報告していた。


 「現在、近くに諜報役を配置しております」


 それを受けて、宰相ボノは意外な指示を出した。其れは戦時下のような対応で、部下が困惑するに充分なものだった。


 「万事、油断せぬよう(・・・・・・)伝えよ」


 男はボノに騎士の礼を取って部屋から退出する。


 「仰せのままに」


 足早に離れて行く部下の足音を遠くに聞きながら、ボノは宰相として報告の真偽を吟味する。

 彼も奈落と呼ばれる地域に住み着いた魔獣、大猪(マッド・ボア)については知っていた。初期の討伐部隊にはボノの知己も参加していたからだ。それ故に、大猪(マッド・ボア)の脅威を低く見積もってなどいなかった。王国が許可した討伐隊は決して弱卒ではなかったし、迷宮で鍛えられた部下達には一定の信頼を置いてもいた。

 王国軍に属する騎士職や従卒達にとって、“迷宮帰り”とは一人前と認めさせるに充分な名誉(ステイタス)があった。実際、迷宮帰りの兵士達は決して諦めず、粘り強く戦うことで知られていた。

 そんな騎士達から成る軍を預かる高官達が、長年の懸案事項としてきた魔獣問題が解決された。それも未だ成人せぬ異世界の少年一人によってである。


 「これが王国軍人ならば、第一等軍功章ものの戦果……」


 思わず口にする異世界人への評価に、ボノは再び唇を結んだ。

 軽々しく口にしては、良からぬ噂を広める結果となる。政治家である彼は迂闊な事は避ける習慣が身に付いていた。


 (はてさて、彼の今後は慎重に見極めなければなりませんぞ、陛下)


 彼の敬愛する王国の指導者。共に王国の未来を信じて協力してきた仰ぐべき王。

 その国王陛下への忠心から、宰相ボノは人生の半分以上を王国の発展に捧げてきた。

 退出した男の後ろ姿が完全に見えなくなってから、ボノは手元のベルを鳴らす。

 机上に置かれていたハンドベルは彼の手で澄んだ音を鳴らした。

 やがて室内に一人であるにも関わらず、ボノはカーテンの向こうへと視線を向けて言った。


 「報告を聞こう」


 やがてカーテンの向こう側から、何者かの気配が浮かび上がる。


 「彼の者(・・・)は嘘や偽りの報告はしておりません」


 低い、年配の嗄れた男の声がした。心の弱い者が聞けば、まるで地の底に巣食う魔物の声と評するような声である。

 余人ならば竦んでしまう程の気味の悪さが室内に立ち込めた。


 「何を見て来た?」


 其れが自らの部下であると当然のように受け止め、ボノは平然と質問した。


 「先ず彼の者(・・・)は真面目に勤め、怠慢や堕落といったものと親しくはしておりません。信用出来る人物と思われます」


 それから彼の者(・・・)が調べていた事柄についてはと影は報告を続けていく。


 「土地の有力者セスの構える大店で巨大な牙を見て参りました。間違いなく“奈落”の主のものです」


 フム、と髭を摩る手が止まることはなかった。宰相職にある者は、皆一様に心配性なのかも知れなかった。

 カーテンの向こう側から聞こえる嗄れ声に、ボノは質問を続ける。


 「お前は前回の討伐戦に従事していたのだったな?」


 ややあって返された答えは是であった。


 「はい」


 沈黙は無意味とばかりにボノは質問を繰り返す。


 「他に報告する事項(こと)はあるか?」

 「もう一つございます」


 聞こう、とボノが厳かに告げる。

 唸るような低い声は、訥々と答える。己の信条に照らして何恥じることもないとばかりに、だ。

 ボノが視線を向けたカーテンの端が、ゆらりと揺れた。其処に黒く醜い凡そ人らしくない足らしきものが見えた気がした。


 「セスの店には現在剣客が逗留しております。その者の名前は、ガルフと申します」


 フム、と考えながら宰相は相槌を打つ。


 「どのような素性の者か?」


 はい、と此方も調べ上げた内容を答えていく。


 「有名な武芸者です。獣人族でありますが、多くの戦士職から“双剣”と呼ばれ、恐れられている強者です」


 姿の見えない報告は続く。


 「異世界人が“双剣”と共に訓練しているところを見た者がおります」


 此処で宰相ボノの眉根がピクリと動いた。僅かな変化は、いったい何を警戒してのことか。

 宰相ボノは表情の読めぬ顔をしたまま部下に訊いた。


 「土地の有力者の元に身を寄せているのではなく、その庇護下に入っているというのが真相ということか?」

 「そのように推察いたします」


 部下の言を受け、頭の中で報告をまとめながらボノは思考を早めた。多くの事柄を考慮に入れながら己の執るべき最適解を探していく。


 (真実、今の時点では異世界人の行動と目的は判断に窮する……。まだ知り得ていない事実(じょうほう)が多々あるか……)


 見えぬ部下にカーテン越しで接したまま、ボノは考えごとに集中した。

 迷宮の運営に、異世界人の動向、また国内貴族達の執るだろう策謀の数々。警戒すべき事柄は山のようにあった。

 まだまだ思案するべき事柄について概要を把握した段階で、ボノは灰色の瞳に意思の光を戻した。


 「ご苦労だった。退がってよい」

 「はい」


 カーテンの向こうに控えていた影に退がるよう言い付け、ボノは思考を継続する。

 物音一つせず退がっていく影は、低い唸り声のみを残して去った。

 異世界人に関する最新の報告を受けて、ボノは動き出した複数の策謀の存在を感じ取っていた。いつの世も異世界人は耳目をひく。数々の利権にも直結する可能性が欲深い者達の本能を刺激するのだろう。

 これまでもボノは宰相として対応にあたってきた。きっと今回もまた同様なのだろう。


 (国内の平定は急務という程ではない。時勢は戦火を退けて久しい……。陛下の威光に些かも翳りなど見せてはならぬ)


 しかし、と宰相ボノは思う。


 (あの瞳……)


 思い出すのは空色(・・)の目をした少女のことだった。


 (油断のならない目だ。可愛い顔をして、腹の中は何を考えているのか読めぬ……)


 慎み深く物静かに側に控えるこの世界での一般的な女性像とは違う其れは、獣人族という種族の創り上げた芸術品であった。

 確かな意思を持ち、目的を達成するまで諦めない心の強さを持ち合わせた芯の強い女性像。相手の言動から裏の裏までを読み解く知性と、それを利用出来る政治力。

 ボノは考え得る様々な想定をつぶさに検証していく。


 「皇女とは、さもあらんか……」


 まるで老獪な政治家と対峙した時のような緊張感がボノの身体を包む。


 (神聖皇国の系統を途絶えさせる事は得策ではない。亜人達は数で人族を圧倒している。現状、やむを得ない策であるが……)


 魔術館に所属させ、その身柄は軟禁状態にした筈であり、心配する必要は無いと思われた。だが、常に湧き上がる疑問があった。

 果たして、皇女を取り巻く策謀を防ぐことが出来ているのかと。

 気掛かりとなる点があるとすれば、皇女自身が今回召喚した異世界人のことを気にしているということか。

 あの二人は本来なら顔を合わせる予定ではなかった。その事が何らかの事象を引き寄せ、ボノの思考に予測出来ないものを生み出している可能性があった。

 あくまで推測に過ぎないのだが、そうした懸念を一纏めに捨てるには国内に齎す影響を考えた時に危険度(リスク)が大き過ぎた。


 (亡くなった皇妃を凌ぐ才ある娘と聞く。その娘が召喚した者が、並の者であるはずはない……)


 ボノは、我知らずボソりと呟いていた。


 「やはり何かを隠しているか……」


 その韻を噛むようにボノは宰相として予想される事象に想いを馳せる。


 (無知蒙昧で浅学短慮な者達では見抜けまい……)


 ボノの思考の海を踊る幾多もの事象。

 その中心にいるのは白銀の髪を靡かせた美しい少女。神聖皇国の長い歴史と文化の重みを背負う類稀な巫女姫。


 (あの瞳……。あれは、時流という風を待つ(おおとり)の雛のようでもある……)


 闇夜にあって尚輝きを失わぬ麗しい立ち姿。それが却ってボノには恐ろしく感じられた。


 (皇統たるフローレシエンシスの血統が生んだ稀有の巫女姫……。侮るには、危険すぎる)


 握り締める拳に不快なものを感じて、ボノは部屋の中央に戻った。

 足音を踏み鳴らす彼の灰色の瞳には、並々ならぬ強い光が宿っていた。


 「誰かおらぬか?」


 控えている筈なメイドや部下を呼び出した彼は、一国の宰相に相応しい顔をしていた。









 「ダルク、何してるんだ?」


 ユウの声を聞いて、それまで宿の庭で木陰に座り込んでいたダルクハムは顔を上げた。

 ダルクハムが背にしている樫に似た大木には、蔓草や蔦が巻き付いて自然の豊かな生命力を感じさせた。獣人族である彼が其処に居る理由は、無意識の内に自然の持つ生命力を好んだからかも知れなかった。

 特に整備された訳でもない庭には、大木があるおかげで適度な木漏れ日が降り注いでいた。

 座り込んでいたダルクハムが振り向く。

 その手には地図のようなものが握られており、木漏れ日を受けたダルクハムが眩しそうに目を細めた。

 近寄る人物が見知った少年だと分かると、ダルクハムも少しホッとしたように息を吐いた。

 ユウの視線がこの世界では珍しいだろう地図に落ちる。

 古い羊皮紙の地図には纏められた細かい書き込みがあった。所々、細かく破れている箇所も見られる其れは、異世界から来た少年の興味を引くに十分だった。

 ダルクハムは手元に開いていた此方も古い本を閉じて言った。


 「ちょっと、な……」


 大事そうに扱う其れらの品は、目の前の獣人族の友人にとって重要なものと思われた。

 探索者などを稼業としている者が見るには少し珍しいのではと少年には思われた。だからこそ、友人が大切にしているものに興味を引かれたのだった。


 「……邪魔したかな?」

 「いや、いいんだ。俺も気にし過ぎた」


 すまねぇな、と断るとダルクハムは手に持つ地図をユウに見せた。


 「これは……、何の地図なんだ? むしろ何かの記録みたいに見えるけど……」


 少年の地図を見た感想に、ダルクハムは驚いた顔を見せた。


 「そいつは迷宮の地図だ」

 「迷宮⁈」


 驚いたユウの顔を見て、ダルクハムは口の端を上げた。


 「ああ、迷宮と言ってもまだ浅い階層のなんだがな」


 付け加えられた事など瑣末なことに思えるほどの衝撃を少年は受けていた。自分が送り込まれる筈だった迷宮の地図。その価値を図りかねて、ユウはダルクハムを見た。


 「俺の親父が遺したものなんだ」


 そう言う獣人族の友人は、力無く笑った。いつも明るい彼らしくない笑顔であった。


 「俺も迷宮に潜ったことが無い訳じゃないんだが、久しぶりに必要になりそうだからな」

 「そっか。大事なものを見せてくれてありがとう、ダルク」


 素直に礼を言う少年に、ダルクハムも手を挙げて応じた。


 「いいってことよ」


 友人の返答を聞いて、少年は獣人族の友人の隣に腰を落とす。柔らかい芝生の上は、思いの外柔らかい感触だった。

 ユウと並んだダルクハムは、いつもより重い口を開いた。

 二人の会話から浮かび上がる巨大な存在感。この異世界で国家が管理している天然の要害。“迷宮”と呼ばれる存在が初めて知られてからというもの、幾多の挑戦者達を退け、大地にその存在を刻むような巨大な(シルエット)が半世紀以上に亘ってあり続けている。

 人跡未踏の辺境に聞き慣れない野生の鳥や獣の声が響き、危険な魔獣が我が物顔に闊歩する。

 誰もが迷宮都市の名前の由来となった其の場所を踏破することを熱望し、未だ成し遂げていない。

 その理由を少年が窺い知る程に、二人の会話は時を忘れ続いていた。
















 王国の版図にありながら、その支配が及ばぬ夜と闇の領域。今もなお多くの人々を呑み込み続ける永遠の魔窟。少年が足を踏み込む其処には、いったい何が待つのか?

 次回、第21話「迷宮」でお会いしましょう!

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