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第17話 願い

 お待たせしました! 迷宮都市〜光と闇のアヴェスター。本編の続きをご覧ください!

 草原に響き渡る巨鳥の鳴き声。

 相手を威嚇するための咆哮に、男達の身が竦む。


 「ガルフ、今のは⁈」

 「群れのボスだ! 気をつけろ! あれ(・・)は一味違うぞ!」


 次々と集まる狩人達に群れの動きが緊張を孕んでいく。緊張感が全体に伝播したのか、ジャイアントモア達の動きがある種の流れを作り出していた。

 その先頭付近に、周囲から頭ひとつ抜け出た漆黒の体躯を持つ巨鳥がいた。燃えるような目をしたジャイアントモア。その鋭い嘴が男達の方を向く。


 「Boooouuuaaaa!」


 威圧を伴って響き渡る鳴き声に、更なる緊張が走った。

 轡を並べた騎兵隊よろしく男達が見事な動きで巨鳥の群れを追い上げていく。男達は群れからはぐれたり、遅れた一羽を囲むように狙う。大規模な群れの一部を確実に削っていく。

 大規模な集団戦特有の戦い。その陣頭指揮をガルフが執っていた。


 「引き倒そうとするな! 一撃を加えたら離脱しろ!」


 ガルフの叱咤が飛び、戦列が変化を見せる。剣撃と歓声が飛び、絡め取ろうとする投げ縄が巨鳥に掛けられていた。だが、ガルフの指示で縄は打ち切られ、一撃離脱の攻勢へと変化する。

 その柔軟な対応に、そもそも少年はついていけない。騎乗する(ガストルニス)を操るだけで手一杯なのだ。疾走する(ガストルニス)の背で騎手役に徹している。

 次第に蓄積してくる疲労にユウも抗えないのだ。食らいつこうとする気勢も既に鳴りを潜めたように見える。

 血の匂いが立ち込める草原に、緊張感が走る。獰猛な獣達のせいで血風が舞い散り、大地が赤く染めあげられていく。緊張の渦は草原にいる全てを呑み込み、今しも形をとって襲いかかるやに見えた。

 戦場に近い雰囲気を醸し出した狩場の中心で、ガルフは冷静に次の手を思案する。この遠征はまだ佳境を迎えていない。大物狩りが残っているからだ。

 使い込まれた革鎧には返り血が付着し、馬上に背負う双剣がガチャガチャと揺れていた。


 「ようやく来たか……」


 彼の一言に触発されたのか、群れの中から黒い濡羽色を持った数羽が飛び出してきた。いづれも巨躯を誇る。

 その中で巨鳥(群れのボス)であろう個体が、健脚を露わにして一気に躍り出た。群れを守るように並走したかと思うと、あっという間に手近な騎兵に襲い掛かった。あまりに素早い野生動物の動きが少年から現実感を奪っていた。


 「Boooouuuaaaaaaa!」


 強靭な脚力で騎兵をガストルニスごと蹴り倒したジャイアントモア(群れのボス)は、男達の作る前線を蹴破る。

 力任せの暴力に騎乗していた獣人族の男が落馬しそうになる。なんとかバランスを取っていたが、次の瞬間、ドウと落ちて地面に投げ出されていた。

 炎のような目を向けて、ジャイアントモアの巨体が踊った。

 脚力に物を言わせた襲撃が始まった。


 「ヤバいだろ、あれ⁈ ひと回りデカいうえに素早いなんて⁈」


 少年は男達への襲撃を見て、そう状況を判断する。自分の群れを守ろうとするジャイアントモア(群れのボス)の行動に、身の危険を感じていた。


 「こいつ⁈ 群れを率いる奴(・・・・・・・)か!」


 並走するダルクハムも唸る。まだ二人の位置からは距離があるものの、戦列が押され崩れかけている。熟練者ばかりの騎兵達が右往左往させられている。

 ガルフは同時に飛び出して来た他の巨鳥を相手取っていて離れたままだ。

 そこへ見知った魔法使いの声が飛んだ。


 「下がって!」

 「フリッツバルトさん!」


 ドリスに近付いて来た別のジャイアントモアが甲高い鳴き声をあげ、彼女が脅威を感じるや否や魔法による支援が飛ぶ。

 風属性の斬撃。乱れ飛ぶ不可視の魔法に草原は血の花を咲かせた。断末魔の苦鳴が響く。


 「フリッツバルト!」

 「分かっているよ、ガルフ!」


 離れた場所からのガルフの呼び声を聞いて魔法使いが応じる。

 それは、彼等の取り決めた(ルール)のひとつ。巨鳥(ジャイアントモア)に対峙する戦士の矜持。

 誇り高い戦士が睨む。言外に手出し無用と宣言したガルフが二羽のジャイアントモアを相手に攻勢を強くしていた。


 「やれやれ、変わらない君に乾杯するとしようじゃないか!」


 変わらない友の姿に魔法使いも口角を上げる。


 「さあ、一気呵成に叩くよ! 僕らが群れを引き付けてガルフを支援するんだ!」


 フリッツバルトが指示を出して左翼側を押し上げた。

 群れのボスと目される個体は変わらず戦列を崩さんと襲撃を続けている。強靭な脚力と鋭い嘴による攻撃は掠っただけでも戦線を離脱せざるを得ないほどの脅威だ。ガルフもいない今、前線で古参兵 と思われる一人の男が対峙していた。


 「エルダー、出過ぎるな! 隊列を保て! 乱すな!」

 「分かってまさぁ!」


 体格のいい男が荒ぶる精神(こころ)で戦場を仕切っていた。振り向きもせず戦列を維持すべく巨鳥の蹴りを捌いていく。飛び掛かってくるジャイアントモア(群れのボス)に恐れずにいることも感嘆に値するだろうに、更に放たれる蹴りを盾一つを頼りに馬上で捌いていく。並みの技量ではない。


 「俺の役目は巨鳥(こいつ)を引き付けるだけってね! そらっ!」


 近寄る巨鳥に先制の斬撃を放つ。僅かに怯むジャイアントモアの首が揺れ、嘴が盾に阻まれる。

 疾走したままの戦いに少年は戸惑う。先程から視界が狭い。

 巨大なジャイアントモアの集団はユウ達を他所に逃げ始めている。


 (不味い、こいつが興奮して言う事を聞かない……)


 ガストルニスの背中で鐙を踏み込み、少年は何とか制御しようと四苦八苦している。


 「くそっ! そっちじゃないだろ!」


 手綱を引き、少年は進路を変更しようと踠いていた。甲高い(ガストルニス)の声がけたたましい。


 (だから、あっちに行くなよ! 止まれよ、お願いだから!)


 少年を乗せた(ガストルニス)が再びジャイアントモアの集団へと近付いていく。

 草地の細かな凹凸が少年の乗る(ガストルニス)の乗り味に直接的(ダイレクト)に反映してくる。まるで暴れ馬のような奔走に、ユウが余裕を無くす。


 「ユウ、大丈夫か? おい、顔色が真っ青だぞ⁈」

 「ダルク! 待って、まだ危ないよ!」


 ダルクハム達が駆け付け、心配してくれる。後ろにはドリスも続いている。彼等の声が聞こえながら、少年には為す術がない。

 徐々に進路が巨鳥達の方へと流されるが、最早どうする手立ても無かった。

 疾走する(ガストルニス)は暴走していた。ユウは、この(ガストルニス)も始めての戦場なのだろうかと益体も無いことを考えていた。


 「おい、ユウ! 早く手綱を引け! 早く!」


 友人が必死に(ガストルニス)の操り方を教えてくれる。だと言うのに、先程から全然従う素振りも見えない(ガストルニス)を相手に少年は試行錯誤する。


 「分かって、る……!」


 思わぬ起伏にユウは体勢を崩しかけ、すんでの所で落馬を防いだ。少年の額には汗がびっしょりと浮かび、背筋にも冷たいものが流れる。

 この速度で落馬すれば、怪我だけでは済まない。ゾクリとしたものを感じて、少年は再度手綱を握り締める。

 しかし、今ここで手を打たなければ自分はジャイアントモアの群れに突っ込んで一貫の終わりだ。自分の騎乗する(ガストルニス)が言う事を聞かないという致命的な状況に、ユウの心に焦りばかりが膨れ上がる。


 「ダルク、どうしたんだい⁈」


 フリッツバルトの声にユウもきづく。しかし、ジャイアントモアの集団は目と鼻の先まで接近しているのだ。

 生きるための戦い。生命を繋ぐための戦い。生きる上で必要な不可避の遣り取り。

 それが、少年に忌避感を与える。現代日本では意識すらしなかった相手の生命を奪うという行為が、ユウには心理的抵抗となっていた。

 葛藤する己の心。頭では理解しているのに、心が身体が反応してしまう。

 先程から自分の仕出かした事に、少年はショックを受けていた。知らず心に負担がのし掛かっていた。


 「ユウ、しがみ付いてろよ!」

 「ダルク⁈」


 騎乗する(ガストルニス)を少年の乗る(ガストルニス)へとダルクハムが並走させていく。

 直接馬体を当ててユウの乗る(ガストルニス)を制御しようとする。そうする程、時間が無かった。


 「ユウ、飛び移れ!」


 ダルクハムの言葉に、少年も事態を察した。もはや残された時間は無い。差し出された友人の手にユウの視線が絡む。


 「急げ、ユウ!」


 手を伸ばそうとした少年を衝撃が襲う。


 「うおっ!」


 運悪く地面の起伏が(ガストルニス)の脚を縺れさせていた。ダルクハムが直ぐさま対応するが、逆に少年を乗せた(ガストルニス)は興奮していた。


 「ユウ、もう一度だ! 飛び移れ!」


 迫るジャイアントモアの集団。暴走する(ガストルニス)にユウは直感的な行動を取る。自分の中の恐れを捨てて、鞍の上に足を乗せる。

 わずか数メートル先にいるダルクハム達を見て、少年は覚悟を決める。いや、決める余裕すら無かったのかも知れない。


 「来い!」


 友人が差し出す手に、飛び出した少年の手が重なる。空中を浮遊する感覚が、ユウに例えようの無い恐怖を齎す。

 数瞬の刻。時間が止まったかのような跳躍を経て、少年はダルクハムが騎乗する(ガストルニス)へと飛び移っていた。

 途端に周囲の音がうるさく感じる。


 「ハアッ!」


 鮮やかな手綱捌きで獣人族の友人が(ガストルニス)を操り、ジャイアントモアの集団から離れていく。既にジャイアントモアの方も近付いてくるユウ達に気付き、興奮したように鳴き声を掛け合っていた。

 少年の乗っていた(ガストルニス)は無謀にも巨鳥の群れへと飛び込み、視界から消えた。

 興奮したジャイアントモア達の鳴き声だけが草原に響く。恐らく生きてはいまい。ユウもそれだけは理解していた。


 「ドリス、隊列に戻るぞ!」

 「うん、分かってる!」


 二つの騎影が全速力で走る。興奮したジャイアントモアほど草原で脅威になる存在は無い。厳しい環境で生きてきた彼等の行動を少年は黙って見ているしかなかった。

 戦列は黒い濡羽色のジャイアントモアを巡って拮抗した状態に陥っていた。

 既に男達の数人が負傷している様子だ。だが、戦線にガルフが復帰している。まとめて相手取っていた二羽のジャイアントモアは仕留めたのだろう。

 群れのボスを巡って、集団戦が繰り広げられていた。

 しかし、ユウが見ている間に群れのボスらしき漆黒のジャイアントモアが自分の群れへと走り去っていた。ガルフも後を追わず、戦闘が終結したようであった。

 もともとガルフが狩りに出ると言い出した事から端を発したのだ。辞める時も師匠(ガルフ)が決めるのだろうとユウは思った。

 速度を落とし、トットットッと草原を駆ける(ガストルニス)の背に揺られ、ユウはダルクハムの後ろから騎兵達の姿を遠目に見ていた。









 「若気の至り(・・・・・)ってやつが、今日ほど身に染みたことはない……」


 宿に戻る途上、ユウはダルクハムの後ろに乗せられたまま盛大に溜め息を溢した。


 「何を言ってんだ?」

 「そうよ。あなた、大した活躍(・・・・・)だったじゃない?」


 聞き返すダルクハムと揶揄するようなドリスの声に、少年は顔を下げたままだ。

 特に揶揄(からか)う少女の顔は愉悦に溢れている。自分の優位を示した事で、どうやら御満悦の様子だ。

 少年の方は狩りでの無様な失態に落ち込んでいた。彼自身、成果無しだ。


 「流石に堪えた。もう今日は腹一杯だ」


 色々な体験が堪えているのか、少年は疲れた顔をしている。その背中も丸まっており、騎乗する(ガストルニス)の動きに合わせて馬上で揺られていた。


 「うん? 宿に帰り次第、宴会だぞ?」

 「あ、私はダルクと一緒に食べるからね」


 二人の元気な声に、ユウも辟易するしかなかった。悪気は無いだろうが、自分との経験の差が出ていると思えたからだ。

 それに、気にかかる点もあった。


 「……ダルク、宴会って?」


 力無く尋ねた友人に、ダルクハムが笑って答える。


 「そりゃ、これだけの獲物だ。この遠征は大成功だろ?」

 「まあ、たぶん……?」


 隊列の後方には仕留めたジャイアントモア五羽が運ばれている。大型魔獣と認識されてある恐鳥類を仕留めたこの遠征は確かに成功裡に終わったと言えた。

 自分の情けなさとは切り離して考えて見れば十二分な成果だった。


 「それにセスのおっちゃんに話をせがまれるだろうからな!」

 「えっ?」


 少年の脳裏に人の良さそうな宿の主人の顔が浮かぶ。


 「昔から冒険譚とか、武勇伝とか好きなんだよな」


 ダルクハムの言葉に少年は前回の宴を思い出す。


 「……本気(マジ)かよ。勘弁してくれ」


 ガルフ達がいるだろうと思うユウに、今度は師匠(ガルフ)から合の手が入った。


 「なかなかの勇姿だったぞ」


 大人からの惜しみない賛辞に、少年は恥ずかしくなったのか顔を背けている。実際には何も出来なかったという想いがあったのだが、ガルフ達はそれも分かってのことらしい


 「どうも……」

 「ガストルニスは初めてだったのかい? 悪いことをしたね」


 少年がガルフ達と顔を合わせたのは痩せ我慢だというのに、御構いなしに話は続いた。

 今回の遠征での最年少者は確かにユウであったからだ。周囲にいる騎兵の男達も誰もがユウを賞賛してくれていた。あわやジャイアントモアに突っ込むのではと心配した者もいたと知ったのは単なるオマケだ。

 生命を繋ぐための戦い。己の能力を駆使して戦う自然界の生物(いきもの)達。

 自然の摂理に従って生きる野生動物達の世界を垣間見た今日という日。

 少年は異世界に生きる人々の暮らしぶりを改めて実感させられることとなった。それが吉と出るか凶と出るかは誰にも分からない。ただ、少年にとって得難い経験であった事だけは確かだった。


 (生きること、か……。考えたこともなかった)


 ジャイアントモアの燃えるような目。大陸を横断するというモア種の繁殖のための行動。そんな動物達を食べるために殺し、生命をいただく。

 自分とは縁が無いと思い込んでいた現実に、ユウは打ちのめされていた。


 (いつか、今日のことが良い思い出だったと言える日が俺にも来るのかな……?)


 少年の心に去来する感傷的な感情(想い)。見つめる先に広がる草原と青い空。


 (いつか、誇らしく語れるような……。そんな生き方が……)


 己の理想は遠く、いまだ雲のように掴み所が無い。

 少年の見つめる先には、陽が傾き始めた青い空と何処までも広がる草原ばかりがあった。

 この景色を心に留めることが出来るのならそうしたい。ユウは馬上で揺られながら、そう考えていた。














 一回り成長したユウの周囲に王国の影がチラつく。定宿を見つけられた少年は再び伸びてきた王国の手に危機感を強める。しかし、王国もその内情は一枚岩ではなかった。

 次回、第18話「対立」でお会いしましょう!

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