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第13話 疑念

 お待たせしました! 「迷宮都市〜光と闇のアヴェスター」本編の続きをご覧ください!

 その日の夕方、少年はダルクハムと合流して豪勢な食事に舌鼓を打つことになった。

 宿の主人たるセスがもてなす晩餐である。宿で一番の大部屋に会場を設け、王国に流通する山海の珍味を取り揃えた豪華な食事は、少年を唸らせた。

 ユウの目から見ても現代日本で同じ料理を頼もうとするならば、いったいどんな高級料亭で幾らかかるか分からない程の贅が凝らされている。

 会場にはセスと知遇を得、親交を深める者達、つまりこの町の地名士達が呼ばれていた。

 酒も会場の数箇所に樽ごと準備され、宿で働く女性達が客人の酒杯に惜しみなく注いで回っていた。人族は勿論、多くの獣人族が入れ替わり立ち代わりする場で、少年は軽くカルチャーショックを受けていた。

 夢物語でしか知らない多人種国家の姿。その有り様が目の前にあった。現実として行き交う様々な人種が、ユウの目には眩しい。

 また、この部屋に入りきらない町の住人達にも無償で祝いの振舞い酒が配られており、町の一角では其れなりの騒ぎにもなっていた。

 宴席も充分賑わった頃、少年が隣に座る友人に尋ねた。


 「なあ、ダルク?」

 「あん? どうした、ユウ?」


 肉料理を大皿から取り分けてもらい、特製ソースと絡めた肉を噛みながら、ダルクが問い返す。思い掛けない歓待にユウが戸惑っているところを見て、(ダルクハム)の口の端が上がる。


 「ダルクの叔父さんが用意する宴席って、いつもこんななのか?」


 目を見開いて固まったまま尋ねるユウにダルクハムが教えてやる。


 「こいつは発展を約束された町のみんなへのお礼さ」


 肉料理を頬張りながら、ダルクが教えてくれる。滅多に食べられない豪勢な食事は誰にとっても最優先する事柄だ。

 奈落を解放したからな、とよく聞き取れない発音でユウに告げる。


 「でも豪華過ぎないか、これ?」

 「あん? おっちゃんはケチ臭いことは言わないと思うぜ。太っ腹だからな!」


 両手でお腹周りを摩る真似をするダルクハムに、少年は思わず笑う。ユーモラスな友人の表現は大袈裟だが憎めない。

 場の空気を明るくする力があるとユウは感嘆して笑った。


 「それにユウ、お前も食べろよ? まだおっちゃんが挨拶に来てないって言っても、俺たちは奈落の主を討伐した主賓なんだぜ。俺たちが料理に手を付けなかったら、おっちゃんの面目がないだろ」


 ダルクハムの言うとおり、彼等は主人セスから客人として歓待されることになっていた。中世の欧州の町並みや中近東付近の文化にも似た迷宮都市の持つ雰囲気に、少年は呑まれていたのかもしれない。


 「そうか、気付かなかったよ。確かにおじさんに迷惑をかけちゃダメだよな。世話になるんだし……」


 そう言って料理を食べようとするユウに、ダルクは笑みをもって返した。


 「いいってことよ。沢山食べようぜ、な?」


 この町が独立した自治都市のような存在だと理解したユウは、そこの名士たる宿の主人の権勢を察して食事に手を伸ばしていた。こうした部族的な社会で主人の面目を潰せば、住み辛くなるだろうことは少年にも理解出来た。

 異世界に呼ばれ放り出された身には、世間に波風を立てられない。誰も庇ってはくれないからだ。いきなり身の安全を考えなければならなくなった少年にとって、選択すべき行動は決まっていた。

 

 「どうしたの、ユウ?」


 浮かない顔をしたところへ、美しい獣人の娘が声を掛けてきた。花のような良い香りがユウの鼻腔をくすぐる。見上げた少年の前に酒を持って来た若い獣人の娘がいた。

 澄み切った色合いを魅せる不思議な焦茶色(ブラウン)の瞳と、長い茶髪を結い上げた姿は年相応の色香を魅せる。見事なプロポーションと伸びやかな肢体に瑞々しい魅力が漂う。

 現代でいうアラビアンナイトに出てくるような薄手の民族衣裳を着ている。その頭にはダルクと同じ三角の耳が見え、腰巻きの下からは綺麗な尾が揺れていた。

 少年にとって目のやり場に困るほどの美人だった。


 「まだ料理はいっぱいあるから沢山食べてね」

 「姉ちゃん、俺肉料理!」

 「いいわよ。美味しいとこを持ってきてあげる」


 微笑むダルクハムの姉セラフィの眩しいばかりの笑顔に、ユウの頬が朱に染まる。

 ほとんど外見的には人族と変わらないセラフィの艶姿に、少年の胸が早鐘を打つ。彼女の年齢はユウの一つ上。弟のダルクハムが同い年であったことは少し前に知った驚きの事実だった。

 にこりと微笑む美人に見惚れたせいで手にした(カップ)に並々と酒を注がれる。気付いた時には断れる状況になく、ユウはどうしたものかと思案していた。

 

 「大丈夫よ、そんなに強いお酒じゃないから。飲んでみて」


 セラフィが勧める酒杯を見つめながらユウは固まる。現代日本では未成年者の飲酒は立派な法律違反だからだ。


 「……本当にユウの黒髪と黒い瞳は珍しいわね」


 セラフィの言葉が緩みかけていたユウの気持ちを引き締めた。

 今まで何の自覚もなかった自分の特徴が、此処では周囲の耳目を集める。その事実が少年の背筋に嫌な汗を流す。

 予想できない今後の課題だと言える。


 「そんなに、珍しいですか? ありふれてると思うんですけど……」

 「あら、他人行儀な口ぶりね? 貴方はダルクを助けてくれた弟の恩人よ。私達の部族には、身内の受けた恩は必ず返す決まり事があるの。私達の両親はこの町にはいないから、姉の私が貴方に返すことになるわ。覚えていてね、ユウ」


 少年を持ち上げるセラフィの褒め言葉にユウはどう判断していいか分からなくなる。異世界に一人放り出され、助けてくれる相手もいない身だ。何事も警戒しなければ、いつ足元を掬われるかわからない。召喚に関わった王国の貴族らしき人物達。彼等の息のかかった人物が何処にいるか分からない以上、接触してくる全ての人物が油断ならないはずだ。

 そんな少年の抱える事情など御構い無しに、明るい姉弟の会話が耳に届いた。

 それはユウの心を和ませ、日本にいる頃を思い出させた。









 時間はユウが宿の主人セスの催す宴席に呼ばれる少し前に遡る。

 日中を部屋の中で過ごしたユウは、結局寝ることも出来ずにいた。ようやく緊張感や不安を忘れ、ウトウトとし始めた時に少年は自分を呼ぶ声を聞いて起き上がった。


 「ユウ、いるか?」


 ドアを壁ごと叩くダルクハムの声に、少年は返事を返した。


 「すぐ行く! ちょっと待ってくれ、ダルク!」


 取るものも取り敢えず少年がドアの外に出た。其処に待っていたのは真新しい民族衣装のような服に身を包んで身奇麗にしたダルクハムだった。探索者の時と印象がガラリと変わっており、狼のような頭部がじっと少年を見ている。

 呼び出された意図が分からず、ユウが質問を迷う。何を聞こうかとしているのだ。


 「……ダルク?」

 「フム。先ずは着替えかな? 付いて来いよ」


 友人の言動に訝しむものの、ユウは疲れた身体を無理矢理歩かせる。普段の運動量が違うのか、ダルクハムには昨夜から朝方までの戦闘の影響を微塵も感じさせない。

 しかし、宿の廊下を進んでいたダルクハムが不意に足を止めた。

 鼻をヒクつかせたかと思うと、今度は急に左右を気にしながら進む友人を見て、少年は同様に周囲を見る。宿の中で従業員らしき人達が慌ただしく動いている他は不審な点はなかった。


 「どうしたんだよ、ダルク?」

 「しっ!」


 尋ねた言葉を遮られ、少年は疑問符を浮かべていた。友人の行動が一番おかしい。何かを探しているようなダルクハムに、少年が尋ねた。


 「誰か探してるのか?」

 「違うっ! 見つかったらヤバいほうだ……」


 よく分からないダルクハムの答えに、ユウが続ける。


 「そういえば、宿で奈落に行く戦士職を見かけ……」


 その言葉もダルクハムの耳には届いていなかった。ユウが何かを尋ねるより先に、ダルクハムを呼び止める声がしたからだ。


 「ダルク‼︎」


 ギクリとして友人の動きが止まる。少年には心なしか彼の全身が固まってように見えた。その証拠に尻尾が逆立って止まっている。


 「見つけたわよ、ダルク! あれほど“奈落”には近づかないでと言ったのに!」


 意外な声はうら若い女性のものだった。ユウ達の歩いていた通路の端から獣人族の女性が現れる。宿の従業員達が着る揃いの服を着ていることから、彼女は此処で働いていると思われた。

 外見は人族とほとんど変わらない美しい少女だ。獣人族である事を示す三角の耳が頭の上に、柔らかそうに揺れる尻尾がスカートの下から見える。

 澄み切った色合いを魅せる不思議な焦茶色(ブラウン)の瞳に長い茶髪。緩やかなウェーブの髪は見事な艶だ。年齢(とし)の頃は少年より少し上か。

 見事なプロポーションは獣人族の女性が誇る特徴だが、何も知らない少年には少々目の毒と言えた。


 「げっ! ね、姉ちゃん‼︎」

 「……それが3日ぶりに会った麗しい姉に対する言葉?」


 幾分温度が低い声で女性が尋ねていた。


 「いや、それは……その、姉ちゃん?」


 というよりダルクハムの返事など聞いてないようにも見える。身内を心配する姿はユウの目には微笑ましく思えたが、当のダルクハム本人にとっては有難くない話のようだ。


 「ダルク、貴方どれだけ叔父さん達に心配掛けたか分かってる?」

 「で、でも倒したぜ! “奈落の主”を倒しただろ⁈ 俺頑張ったよ?」

 「考え無しなあなたの無鉄砲な行動が、どれだけ周りに心配掛けてるか分かる?」


 必死の抵抗も虚しく姉はダルクハムの説明を言い訳と切り捨てる。


 「貴方が居なくなって……心配して探してみれば、思い詰めた顔して“奈落”に行ってたって武器屋のご主人から聞かされた時のお姉ちゃんの気持ちがわかる?」

 「いや、それは……その……」


 冷ややかな視線を下からゆっくりと上げて、美しい少女が正面を睨む。


 「普通なら、奈落の主(ネームド・モンスター)の討伐なんて誰も考えないし、出来ない……。確かに幸運を引き寄せた(・・・・・・・・)みたいね。それは認めるわ」

 「……う、うぅ」

 「でもね、本当の男(・・・・)は運に助けられてるようじゃいけないのよ! 違う、ダルク?」


 獅子の咆哮のような叱責を受けてダルクハムの耳が垂れる。腰に手を当てて弟に喝を入れた姉が次の獲物とばかりに少年を見る。何故かユウも後ずさる。

 直ぐにも厳しい視線が少年を射る。


 「へぇ、見ない顔ね……」


 ピタリと動きを止めたダルクハムの姉が、上から下まで少年を見定める。見られる事に慣れないユウは落ちつかなかった。


 「……その黒髪に、黒い瞳は本物? 珍しいわね。貴方、どこの出身?」


 ありきたりな質問に、少年の鼓動が跳ねた。まるで射すくめるような少女の視線が痛い。


 「姉ちゃん、待ってくれ! ユウは俺を助けてくれたんだ! 生命の恩人なんだ!」

 「ダルク⁈」


 ダルクハムの懇願に、姉が驚きと疑念の目を向けてくる。少年は何も言えないままだったが、頭の中ではフルスピードで言い訳を考えていた。詰まる所、美人の迫力ある態度に逃げ腰であった。

 弟の仲間と断じられる寸前で、ユウはダルクハムの弁護に感謝する。


 「あなた……、弟と何処で知り合ったの? いえ、そうじゃないわね。ダルクを助けてくれて、ありがとう。お礼を言うわ。馬鹿な事するけど、これでも私の弟だから」

 「あ、いや……そんなこと……」


 改まった謝礼に、少年は釣られて頭を下げる。日本人の癖か、謙譲な美徳がそうさせたのだろう。しかし、この世界では決して一般的ではない行動だった。


 「なに頭を下げてるの? 変な子ね。私の名はセラフィ。ダルクハムの姉よ。よろしくね」


 そう言って微笑むダルクハムの姉セラフィは輝くばかりに美しい笑顔で自己紹介を済ませた。


 「あ、それとダルクには後で聞きたい事があるから」


 そうさり気なく弟にダメ出しをしたセラフィに、ユウが怒らせるのは止めようと思ったのは余談である。









 そんな回想に耽っていると、今度は背後からユウを呼ぶ人物がいた。


 「少年、ちゃんと食べているか? 探索は身体が資本だぞ」

 「……ガルフさん?」


 宴は酔いも頃合いとなり、誰もが楽しい酒と豪勢な料理に満足しているようだった。いまだに新しい山海の珍味や南方の果実などが惜しげも無く出されている。

 現れた黒い毛並の獣人族の戦士は、少年を見るやそう話し掛けて来た。朝方とは違った戦士の装束に身を包み、少年のもとを訪れた。

 手には酒杯をもち、ユウのそれを見て軽く持ち上げる。それが乾杯の仕草だと理解した少年はセラフィに注いで貰った杯を掲げた。


 「ユ、ユウ! なんだよ、知ってたのか? 驚かそうと思ったのによ」


 驚いたとばかりにダルクハムが溜め息を漏らす。隣にいる姉のセラフィも同様に口に手を当てて黙っていた。

 それほどまでにガルフの知名度が高いとも言えた。


 「よくやったな二人とも。見事だ。同じ探索者として誇らしいぞ。それに、少しばかり悔しい思いだ」


 そんな二人を温かい目で見ながらガルフが二人の前に座る。

 ザワリと一瞬だけ周囲が騒ぐ。まるで視線が集まる音が聞こえるようだ。しかし、それもなかったかの如く双剣と呼ばれた戦士が話し始めた。


 「本当によくやった。これで“迷宮都市(このまち)”は更なる発展を約束された。後で主人のセスからも謝辞があるだろう」


 満足そうに語る戦士は杯を置いて向き直る。その視線の先には他ならぬユウの姿があった。


 「改めて名乗ろう。黒狼族の戦士ガルフだ。氏族から“双剣”の二つ名を貰っている。この町で何か困った事があったら俺の名前を出すといい。融通が利くはずだ」


 再び周囲に緊張感が走る。現にダルクハムの姉セラフィが信じられないものを見たと言わんばかりに場を凝視している。


 「“双剣”が自分から誰かを庇護下に入れるなんて……」


 ガルフの右手が少年に差し出される。

 そう言って差し出された手を少年は握り返す。戦士との握手に何の意味があるのか。

 訝しむ少年の表情を見てか、ガルフが徐に口を開く。


 「やはり、な……」


 訳あり顔で頷くガルフに、ユウは何故か不安になった。胸の内にある秘密。これまで伏せていた召喚者である事実を見透かされたような気がしてユウは目を離せなかった。


 「お前、このままだと死ぬことになるぞ」


 不用意に投げかけられた言葉は、少年の肝を冷やすに十分だった。

 ガルフは少年を見たままだ。両手を組み、外野の驚く面々をして只ならぬ雰囲気を伝えていた。


 「“奈落の主”の亡骸を見て見当は付けていたが、今ので分かった。“主”に付けられていた傷は、矢傷以外は浅く乱雑な切り口ばかりだったからな。お前は武芸者ではない(・・・・・・・)な。そのような者が何故ダルクと共に生命がけの討伐に向かった? 死にに行くようなものだったはずだ」

 「それは……」


 口の端を上げてガルフが嗤う。どこか訳知り顔の戦士が少年をみつめている。


 「まあ、話せない事を無理に聞くほど不粋じゃない。特に魔法(・・)は秘匿すべき技能(わざ)だ。ただ、俺はこの辺りに住む者達の苦労を知っている。だから奈落を解放してくれたお前に報いたい」


 すっと指を立ててガルフが提案する。


 「どうだ? お前さえその気があるなら、俺が剣を教えてやる」

 「えっ? ガルフの兄貴がユウに剣を⁈ なんで? どうして其処まで……?」


 ダルクハムの困惑が少年に届く前にガルフはユウに向かい合い、色々な話しをしていた。

 酒席の上の言動(はずみ)とは言え、少年は有力者セスの援助を受けて探索者の世界に名乗りを上げ、双剣に師事することになる。

 その一連の行動を信じられないものを見るような目で注視する者がいた。

 艶やかな衣装に身を包み、弟達の為にと稀な美貌で愛想を振りまいていたセラフィである。彼女はガルフへ近づく酌婦達が引くのを待って自ら彼と話しをしに近付いていた。


 「久しぶりだな、セラ(・・)。二、三年前に皇都で宮仕えをしていたとき以来か」

 「あら、覚えていてくれたなんて嬉しいこと。貴方は内宮に大勢いた女官のことなんてご存知ないと思っていたけれど?」


 ガルフの側に膝をつき、お酌するセラフィが皮肉を込めて返す。薫り高い酒精が二人の鼻をくすぐるように香る。

 そんな彼女の態度に余裕の笑みでガルフも返杯していた。


 「部族の古い因習を持ち出してまで、あの少年の関心を買おうとしていれば嫌でも目に付く」

 「なんのことかしら? 弟の恩人に当たり前の態度を取っているだけよ」

 「今時、“血の絆”は辺境でも廃れてきているぞ。師弟であったり、ごく親密な間柄でもない限りな」


 クールな表情を変えずガルフがセラフィに告げる。それすら予想していたとばかりに彼女も切り替えした。


 「ダルクは我が家のたった一人の跡取り息子。私達姉妹が盛り立てるのは当然でしょう」


 美しい顔を眉ひとつ動かさずにセラフィは酌を続ける。


 「……気になるようだな」

 「!」


 その一言が彼女の顔色を変えたと知って、ガルフは酒を煽った。その後の彼女の問いは体裁を取り繕うことすら忘れていた。


 「知っているなら教えて! どうしてダルクが……、どうして弟が御使い(・・・)と一緒にいるの? 何か知ってるんでしょう?」


 対するガルフは酒杯を大きく開けて息をついた。


 「何を言い出すかと思えば……」

 「叔父様が兵部の重鎮である貴方なら、知らないはずはないでしょう? 答えて、何があるの?」

 「セラ……」


 弟を心配する彼女の気持ちを慮ってか、ガルフも酔ったふりを止める。その顔つきが精悍なものになる頃、セラフィがガルフの袖を掴んでいることを思い出し、頰を朱に染めた。


 「御使いの伝承には、内宮に仕える者達が知らないことがある」

 「そんな事あるわけ……」

 「御使いが齎すものは、益ばかりではないということだ」


 男の静かな気配に剣を含むところがあると気付いて、女も次の言葉を呑み込んだ。


 「この話は誰にもするな」


 ガルフの声がセラフィを更に困惑させる。

 自分が考えるより遥かに複雑な事態を予想して、セラフィはガルフの側から離れた。宿の広間から出た彼女の顔には、僅かだが疑念が垣間見えた。

 立場を悪くする危険は犯せず、少女が唇を噛んだ。


 「憎らしい奴。でも頼りになるのは、あんな……、いえ、ダメよ。ちゃんと私が考えなければ……」


 身を捩らせるような苦悩を感じて、やがて少女の姿は消えていた。

















 図らずも有力者の援護を受けて探索者の世界に名乗りを上げたユウ。その日から探索者としての生活が始まる。少年を取り巻く環境は目まぐるしく変わっていくなか、ユウは何を思うのか。

 次回、第14話「日常」でお会いしましょう!

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