第119話 擾化
なんか本業が色々と忙しくて遅れまくってすみません。とにかく、お待たせ致しました!「迷宮都市〜光と闇のアヴェスター」本編の続きをご覧ください!!
危機的な状況を打開する可能性を見つけた探索者達は大型魔蟲に波状攻撃を仕掛けることにした。
少数精鋭による一撃離脱での攻撃だ。それを個人技を得意とする獣人族がこぞって協力していた。
「前に出過ぎないで!」
波状的に前へ出る探索者達の行動は迅速、且つ大胆だ。
この大型魔蟲に休息を与えないように攻勢に出ている。
前に出た集団の視線も大型魔蟲に注がれている。
警戒しながら駆ける探索者達は全員が女性だったが“羽付き”の魔力弾を上手く避けつつ目標に接近していた。
「一撃離脱だよ、いいね!」
「はい!」
「任せときな!」
パームの声が集団を統率する。彼女の後を追うアイリは戦闘を前に闘志を燃やしていた。
その瞳は初めて見る大型の異形に注がれている。
(この大型が迷宮の主! なら、ここで終わらせる!!)
決意を固めた少女の顔は勇ましくもある。
それでも降り注ぐ魔力弾を回避しながら接敵を続ける彼女達に魔物達は容赦なかった。
魔力弾が次々と降り注ぎ、体力や装備を削ってくる。そうした攻撃に男性探索者達は無視を決め込んでいたが、女性探索者達だとそうはいかない。
器用に回避し、当たるものだけを弾いていた。
集団が一気に大型魔蟲に肉薄する。
足の早い探索者から我先にと攻撃に出る。
一人は片手剣を振るい、盾で殴り付け、積極的に弱点部位を狙った。
「おらァ!!」
猫人族の女剣士が大型魔蟲の前脚部を落とそうと奮闘する。
小さな罅が生まれ、亀裂が入っていく。
その連撃に魔物も反応せざるを得ない。身を捩るような動きに探索者達は注意する。
「追い込め!」
パームを始めとする練達が攻撃に加わる。
堪らず防御姿勢を取る大型魔蟲が前脚を交差させる。その外殻には既に無数の傷跡が付いていた。
人の身からすれば巨大な前脚部が無造作に左右に振るわれる。
まるで集る蠅を追い払うような動作であったが、大質量の其れが目の前を通り過ぎる際に風が巻き起こる。
(一点集中!)
大型魔蟲の無造作な打ち払いに怯まず接近する影があった。
回避行動を取らずに接近できたアイリが前に出る。自然と槍を握る手に力が入る。
彼女の危機察知能力がビリビリと警告してくる。二つの前脚が振り上げられ、自分を目掛けて落ちてくる。
噴き上がる土煙がアイリの姿を掻き消し、衝撃音が腹に響く。
しかし、その衝撃音すら後方に置き去りにしてアイリは加速した。
「はあっ!!」
手持ちの槍を回転させて遠心力をのせる。
狙うは王国騎士団の剣士が刻んだ傷跡だ。
分厚い外殻の隙間を目掛けて穂先を繰り出し、そのまま捩じ込みに行く。
体重をかけた一撃は攻殻の隙間に上手く決まっていた。
「◯◇□◾️!?」
魔物の叫び声に耳が痛む。
反射的に体躯を仰け反らせる大型魔蟲の動きを見逃さず、槍を引き抜いて距離を取るアイリの横を別の女性探索者が駆け抜ける。
「もらった!」
大上段に振りかぶられた長剣は鈍く輝きを放っていた。
それが魔力の膜のようなものだとアイリは見知っていた。
弧を描く剣尖が一条の光のように軌跡を残す。
「◯▲◾️□!?」
金属を引き裂くような叫び声を上げる大型魔蟲に誰もが自分達が一矢報いたことを悟った。
「よし!」
ガッツポーズを取る虎人族の女剣士が勇ましい笑顔を見せる。
「あとは森林同盟に繋ぐよ!」
離れて、とパームの声が響く。
「分かったよ!」
虎人族の女剣士が反転して走り出す。
いまだ降り注ぐ魔力弾を視界に収めてアイリがパームに駆け寄って来る。器用な身のこなしで合流する彼女もまた生粋の戦士だ。
そして、他の仲間たちもひとりふたりと合流する。
片手剣の女剣士が魔力弾を斬り払って合流する。
そして、それを待っていたパームが言う。
「さあ、急ぐよ!」
だが、彼女達は見逃していた。大型魔蟲の触角が激しく振動していたことを。
探索者達と騎士隊の本隊を目掛けて向かっていた甲虫達の群れから半数が此方へと流れてくる。
波のように寄せてくる甲虫達にあっという間に行手を阻まれ、逃げ場を無くしてしまう。
押し寄せる波のように向かって来る甲虫達に足が止まる。
「うっ!?」
足を止める彼女達に甲虫達が迫る。
「危ない、止まるな!!」
アイリの耳に飛び込んできた其の声に反応した時、赤い炎が視界を埋め、爆音が耳を劈いた。
「ご主人様!?」
燃え盛る赤い炎が魔物達を焼く。
一瞬で変わる情景に女性探索者達が身構えた。そして、すぐに安堵の声をもらす。
「御使い様!」
更に赤い光点が空を一直線に切り裂く。
打ち掛けられる無数の炎の矢が寄せる魔物達を一掃していく。
続く爆音と魔物達を焼く匂いがアイリ達にも届いた。
「アイリ、無事か!?」
駆け寄る少年の声に少女の胸が高鳴る。
「ご主人様……!」
黒髪の少年が大型魔蟲の振り下ろした前脚に向かって爆炎を放つ。
真剣な顔で聞かれることに少女の胸が熱くなる。
戦場で孤立無援になった彼女達に差し伸べられた手に、ユウの優しさが垣間見えてアイリは言葉に詰まった。
「大型魔蟲には魔法剣しか効かない! みんな走れ!!」
少年の声に誰も反論はしない。
現実に目の前の魔物達を屠ったユウの指示は説得力があるからだ。
すぐさま撤収に移る女性探索者達にユウとアイリも続く。
魔力弾を避けながら走るユウの背中が見える。
今のアイリには、その背中がどんな後方支援よりも嬉しかった
「炎の壁も長く保たない! 頼む、合流してくれ!」
「分かった。皆んな急ぐよ!」
虎人族の女剣士が少年の指示に応えて走る。
他にもパームが遅れかけた仲間を庇うように続く。
「アイリも行くんだ!」
「ご主人様はどちらへ!?」
陣頭指揮を執るように足を止めた少年にアイリが尋ねる。
「俺は魔法剣が使える。だから俺が残る」
一瞬の驚愕にアイリの言葉が詰まる。
それは彼女達の身代わりに残ると言うことか、と。
「そんな! 危険です。せめて私も……!」
ダメだ、と少年が無言で諭したようだった。
しかし、それは彼女にとって拒絶に等しいものに写ってしまう。
「□◾️◉▲!!」
金属を引き裂くような大型魔蟲の鳴き声が響く。
ユウの炎で怯んだはずの甲虫達が再度侵攻を開始する。
頭部にある長い触角を震わせ、大型魔蟲が渦の中心地で嘶く。
体色を変化させながら周囲の甲虫達を操る。
「行くんだ! 俺もすぐ戻る!」
「……」
目前の危機にアイリも言葉を呑み込む。
言いたいことは山ほどあった。共に戦う為に残りたかった。彼のために出来ることをしたいと思った。
その刹那の逡巡が少女の瞳を揺らす。
その不安を和らげるように黒髪の少年は笑った。
「大丈夫だ。アイリ」
大丈夫だから、と少女の為に笑う。
その優しさに少女の胸が締め付けられる。
その直後、轟く轟音と閃光が二人の会話を遮って響き渡った。
赤熱の閃光が迸り、一瞬だが地下迷宮の空間を照らした。
赤く照らされた二人の表情が驚きに染まる。
上空から無数の“羽付き”達の死骸が落ちてくる。それは、まるで夜空に映る花火の余韻のように音も無く霞んで消えていった。
「!」
誰の放った魔法なのか、広範囲殲滅用の一撃に少年も驚く。
撃発の影響により空中に煌めく魔素の粒子が舞い散っている。其れが尾を引き、筋を空中に残して消えていく。
魔素の流れを無意識に追う。
それは爆発の中心に高く掲げられた一つの杖に繋がっていた。
黎明の杖ーー。
魔法使いフリッツバルドの戦闘用の杖だ。
探索者達の一角にいる深くフードを被った背の高い姿。漲る魔力の流れが遠目にも分かる。
(凄い。あれほどの数を一撃で……!)
誰の目にも明らかな火系統上位魔法。
上空に迫る“羽付き”達の大群を焼き払い、押し寄せて来た甲虫達すらほぼ全滅に近い数を焼燬させている。
しかも炎の余韻は既に消え去り、ユウが懸念していた地下空間内の酸素消費量を心配することもない。
「フリッツバルド様でしょうか?」
「ああ」
アイリの疑問に答えながらユウは窮地を救ってくれた仲間に感謝する。
「ユウ! 戻れ!」
「はい!」
ガルフの声にユウが返事をするが早いか、フリッツバルドの周囲に魔力の収束線が複数本生じる。
属性付与の無い純粋な魔力塊。其れがより小さく、より鋭く、収束して輝き出す。
魔法使いの杖が前に向く。
「御使いに手出しはさせません」
綺羅とした魔素の余韻を輝かせ、魔法使いが大型魔蟲を相手取る。
自信に溢れた勇姿は少年でなくとも尊敬の念を禁じ得ないことだろう。
「無属性攻撃魔法」
音も無く飛翔する無数の光点。
それが一直線に魔物達の司令塔へと殺到していく。
「◉◯▲◇◇!!」
鈍い着弾音を響かせ、フリッツバルドの魔法が大型魔蟲の攻殻に突き刺さる。
魔蟲の苦悶の鳴き声が地下迷宮に轟いた。己の体躯に穴を穿つ魔法に身体をのけ反らせる。
暴れる大型魔蟲に視線を添えてフリッツバルドが杖を掲げる。
「幽暗の丘を彷徨える者よ。神の怒りを恐れる者よ。汝、火の炉を恐れるならばムネーモシュネーの泉を探せ。オーケアノスの流れの果てに……」
途端に流れてくる呻くような声。
其れは怨嗟を含んだ死者の声か。
魔法使いの身体から立ち昇る幽気に異様な魔力が集中している。
「アドにありてハデスでないもの。不義の苦悩に舌は焼かれ、生命の車輪は回り続ける。ああ、盟友よ。お前が天に上がらんと欲するなら我が懊悩は深まれり……」
周辺の空間温度を下げて魔法使いが詠唱する。
「幽玄なる者達の行進!」
既に主たる詠唱を終えていた遅延魔法が発動する。
魔法使いの足元に黒い影が拡がり、ドロドロとした有機的な粘性を見せる。
其れはやがて地面に小さな池を形作る。その黒い池から灰色の亡者の手が現れた。
ひとつ、ふたつ、次々と現れる亡者達が黒い池から立ち上がり、数を増やして歩き出す。
魔物達の司令塔である大型魔蟲を目指して向かって行く。それが今や黒い霊達の群れとなって川の流れのように進んで行く。
暗い魔力を垂れ流しながら、亡者達が進む。その場にいる生命ある者達の中で最大の生命力を持つ個体を狙って。
大型魔蟲が新たな敵に興奮しているのか、見る見る体色を変化させる。
青から翠へ。
まるで澄み渡る空の色から翠なす宝石の色へと変わり。
翠から黄金へ。
宝石の色から眩いばかりの黄金へと色調変化が進む。
警戒感を露わにした大型魔蟲が変態を急ぐ。
そして、この大型魔蟲には或る特徴的な変化が起こっていた。
黄金色の長い角ができたのだ。
地下迷宮の主に相応しい姿へと変貌した大型魔蟲は今や黄金色の体躯に銅色の髑髏の紋様を刻んだ素形へと変態を遂げていた。
自己修復も早いのか、先程、外郭に受けたダメージを塞ぎ始めている。
(完全変態が終わった。物理無効になったのか!?)
ユウの懸念を知ってか、大型魔蟲に群がる亡者達は外郭の傷痕に集まっていた。
それが傷口から溢れる体液に生命力の煌めきを見ての行動だと分かるだろうか。
足掻く亡者達の手が傷口から魔蟲の体躯を引き千切ろうとして纏わりつく。生命を貪ろうとする死者の怨念に似た行動に肝が冷える。
「フリッツバルド、魔力は保つだろうな?」
「問題ないよ、ガルフ。“黎明の杖”のおかげで効率良く使えているからね」
合流した御使い達のことを優しい眼差しで見る魔法使いは今も微笑んでいる。
その笑みが不敵な笑みへと変わっていく。
「せっかく魔力濃度が高い環境にいるんだ。相手が物理無効なら、僕は魔法で叩くだけだよ」
魔力飽和症のことなど気にも留めない素振りでフリッツバルドが断言する。異世界の血を引く魔法使いに誰もが畏敬の目を向ける。
「それに傷口さえ作ってやれば、あとは亡者達がやってくれる」
逃がさないよ、と魔法使いが呟く。
それが事実であるように断続的に地属性魔法によるアース・ニードルやロック・バレットが炸裂している。
彼の実力をもってすれば硬い外郭を破壊するには至らなくても傷付け、罅を入れるくらいは可能なのだろう。
フリッツバルドの魔法に亡者達が踊り狂っている。
死を纏う幽玄なる者達の群れが大型魔蟲に群れ集う。
これまで数の暴力で探索者達を苦しめていたはずが同じ憂き目に祟られるとは。
外郭の罅が軋みをあげて大きくなってゆく。
長い触角を震わせる大型魔蟲は今まで体験した事の無い窮地に晒されていた。
昏い穴の前に不穏な魔力が渦巻いていた。
その竪穴は何処へ通じているというのか。
昏い魔力が充満する竪穴にひとり意識を向ける者がいた。
鍛えられた体躯に王国騎士団の官服を着ている。
熱を持たないかのような容貌と暗黒を思わせる酷薄そうな目つきが印象的な男だ。
元々は金髪と青い瞳をしているが、白眼の部分が黒い靄のようなもので塗り潰されている。
その男は王国三将のひとり、クラインだ。
「そろそろ、頃合いだろう」
それまで無言であった男が口を開いた。
「◯◉◇◾️」
人ならぬ声がクラインに答える。
有角種の魔物が彼に付き従い、傅いている。人族と魔物との関係では有り得ないはずの主従関係だが、誰も異を唱えなかった。
クラインは表情を変える事なく近くに控える軍勢に命を下す。
「さあ、行け!」
行って光の使徒を喰い殺せ、と命じる。
王国三将のひとりであるクラインの顔を持つ男が魔物達を見送る。
其れは遥かな暗闇に繋がる竪穴に続々と入って行く魔物の軍勢であり、闇の領袖に従う悪鬼の群れであった。
激化する地下空洞の戦い。甲虫達を呼び寄せる大型魔蟲は魔力にものを言わせ暴れまわる。討つべき迷宮主を見ながらユウは手を出しあぐね焦りを見せるが。
次回、第120話「波乱」でお会いしましょう!




