第118話 乱戦
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「迷宮都市〜光と闇のアヴェスター」本編の続きをご覧ください!
「見たかぁー! さすが我等が里の秘蔵っ子よ!!」
「おうとも! なんとも胸がすく一撃だぁ!!」
双子の戦士達が歓喜の声を上げ、己が主人の側に侍る。
「「うおおおぉぉー!!」」
探索者や騎士達の叫びに地下空間が狭く感じてしまう。
折れ曲がった前脚とは逆の前脚を斬り飛ばした山の民の捨て身の一撃に誰もが興奮していた。
快哉を叫ぶ仲間たちの声援を受けて、ドヴァーリンが伝家の宝斧を肩にかつぐ。
「先ずはひとつ……!」
不敵な笑みを浮かべたドヴァーリンが火炎を吐く。
不快な大型魔蟲の鳴き声が周囲の音を掻き消す。その大質量が前脚を斬られた痛みで暴れ始めた戦場に男達は踏み留まる。戦斧を構え気を張り巡らせる。
「負けられるかよっ!!」
「◾️◇◎!? ◾️◇◎!!」
しきりに触角を振動させる大型魔蟲に狙いを定めたブリドラが駆ける。短い距離だが、最高時速に乗る彼の得物は視認すら困難になる。
疾風にも似た風が巻き起こり、大型魔蟲に肉薄する。
変形した右の前脚を標的にブリドラが槍を突き入れる。狙い澄ました穂先は外殻の罅を捉え、奥深くへと沈む。
「おおぉぉ!!」
体重を乗せた一撃が外殻を破る。
そのまま前脚を貫通した穂先が反対側から現れる。
それが合図になったかのように自重に耐えられなくなった大型魔蟲の前脚が落ちた。
ブリドラが間合いを取って離れるのと同時に、入れ違いで接敵する影があった。
「後は任せてもらおう!」
騎士長の一人が大剣を担いでいた。接近して剣を上段に掲げる。
瞬間、吹き荒れる魔力が大剣に注ぎ込まれる。
「ガラルド流、剛剣技! 竜破斬!!」
大型魔蟲の頭部を狙った一撃が振り下ろされる。渦巻く魔力の流れが尾を引いて剣先に集中する。
外殻を正面から叩き割った一撃は僅かに頭部を逸れたものの巨大な体躯に切先をめり込ませ、厚い外殻を斬り裂いていた。
割れていく砂塵を払うように騎士長の一人が離れた。大剣の腹を盾代わりにして警戒して離脱していた。
「◾️◇◎◉!!」
長い触角が高速で振動する。
上階にいたと思われる甲虫達が入り口から姿を見せる。みるみる増えていく増援に探索者達、騎士達も気付く。
「甲虫達を呼び寄せたのか!?」
無数に増え続ける甲虫達に誰もが戦慄する。
「やはり、知恵がありますな」
「潰すまでだ」
サイモン卿とミツヤスの会話は周囲に聞かれなかったはずだが、戦い慣れた騎士達の動きは早かった。隊列を維持したまま背後に向かって防衛線を作る。
そんな時、探索者達の一人が叫んだ。
「こいつ! 回復に専念する気だぞ!?」
見れば大型魔蟲が纏う薄緑色の光輝が発光している。
その場で踞るようにして回復しているのか、前脚を交差させて防御力を固め、仲間達を呼び寄せている。
「ひとまず捨ておけ! 防御円陣! 無用な怪我人を出すな!」
ガルフの指示にバラバラに動いていた探索者達が集まってくる。
騎士団の近くに布陣して後方から押し寄せる甲虫達の群れに対峙する。
「魔法使い達はフリッツバルドの指揮で動け! 他の者達は漏れてくるやつを討ち取れ!」
目まぐるしく変化していく戦況が自分達に対応力を求めている。
そのスピーディーな変化が忙しないと感じる。
大型魔蟲には山の民の戦士達を始めとした攻撃陣がいまも戦っている。
しかし、上空からは“羽付き”達も集まってきており、ジリジリと守勢に回らされているのが現実だ。
(本気かよ……。この難易度、かなりのベリーハードだろ!?)
ユウは布陣した探索者達の防衛線の後ろから戦況を眺めて言った。
その目の端で被弾している探索者が回復の光を纏う。掛けられていた継続回復の効果だろう。誰もが多少の怪我など問題視しておらず、戦況に気を配っているのは明らかだった。
「第五波、来ます!」
騎士隊の者が声を上げる。
ユウ達の頭上に旋回していた“羽付き”達が群れを成して攻勢に出る。
降り頻る魔力弾の雨に騎士隊と探索者達は動きを封じられる。
「なるべく受け流せ! いつまで続くか分からんぞ!」
「甲虫が来ます! 警戒!」
「やはり、大型は司令塔だ! 注意しろ!」
魔蟲達の攻勢の様子を見て各指揮官達が矢継ぎ早に指示を出す。
圧倒的な数の暴力で迫る魔蟲達に受けに回ればジリ貧だ。誰もが反攻への機会を伺いながら魔力弾の雨の中、迫る甲虫達を屠っていく。
「増えてきたね!」
「やはり、近くに巣があるな!!」
戦いの興奮に身を委ねた者達が多い中、ガルフとフリッツバルドが戦闘を俯瞰的に見渡していた。
だんだんと激しくなる魔力弾のせいで二人とも声を張り上げる。双剣を構え、周囲の探索者達に気を配るかたわら、ガルフはこの後の対応を予想して最適な立ち回りを考えていた。
(ここに来るまで本来なら居るはずの魔物達がいなくなっていた。やはり、こいつらに喰われたと考えるのが妥当か……!)
迫り来る甲虫達の群れ。上空を埋める“羽付き”達の影。
不利な条件しか見えないだろう戦況に彼の心は折れない。
魔蟲達の特性、群れとしての行動原理、大型魔蟲を核とした生物としての本能的な衝動など、この局面を攻略するために情報を集め続け、思考し続ける。
油断すれば死に繋がるーー。
その意味を嫌というほど知っているからだ。
一流の探索者になるとは、そういうことなのだと彼は知っていた。
「おい、なんだ? あれ見ろ!?」
「体色が青味がかってやがるぞ!!」
騒めく魔蟲達の攻勢が強くなる中、数名の探索者達が気付いた。
「前脚が生え替わって……!?」
見れば大型魔蟲の背中と前脚の外殻の色が変わっていた。黒っぽい色が、今は青みのある紺色に、部分的には鮮やかな水色に近い色彩を纏っていた。頭部にも太く、短い角のようなものが伸びている。
「なんてことねぇだろ? 要は2、3本叩ッ斬りゃあいいってことだ!」
荒っぽい探索者稼業に慣れた虎人族の戦士が長剣を手にして前に出る。
強敵との戦いに怯むのではなく、心弾むのが獣人族としての本能なのだろう。
「付いて来い! ビビるなよ!」
魔球が降り頻る中、虎人族に率いられた少数精鋭が大型魔蟲に挑む。
見れば確かに大型魔蟲の片方の前脚が生え替わり、青味を帯びた色調に変化している。
その前脚目掛けて探索者達の剣が打ち付けられる。
「なっ!?」
巨大な前脚の攻撃を掻い潜り、打ち付けた刃先は鉄を斬るように硬かった。青味がかった前脚は僅かに切れ込みが入っただけだ。
「任せろ!」
すぐさま入れ替わるように前へ出た熊人族の戦士が抱えていたハンマーを叩き付ける。
その手応えに顔を曇らせ、そして闘争心を燃やす。
「これを斬ったのか……!」
大きく凹んだ前脚の外殻を見ながら獰猛な笑みを浮かべる。
「一旦下がるぞ! 距離を取れ!」
「分かった!」
熊人族の戦士がハンマーを盾代わりに使いながら指示を飛ばす。情報を持って帰るとの判断が潔い撤退を決めていた。
近寄ってきた虎人族の戦士が下がる理由を問い糺す。
「どうした!? 何故下がる?」
「あれは硬度が変わっている。色が変わった箇所は前より硬くなってるぞ。気をつけろ!」
耳鳴りがするような魔法の炸裂音が聞こえる中、ナマクラじゃダメだと大声で仲間たちに報告する。“羽付き”の魔球を幾つか喰らい、虎人族の戦士達は攻撃の機会を活かしきれず原隊に復帰した。
魔蟲達の攻勢は続き、騎士隊と合同の陣形は押し込まれている。それでも騎士隊のハルバートが甲虫達を屠り、辺りには魔蟲の体液の匂いが充満する。
既に相当数が屠られながら甲虫達の突進は止まない。
不利な戦況に動じず、不退転の決意を秘めて騎士隊が奮戦していた。
彼らは決意を胸に秘めたまま魔物の群れに対処している。
「魔法士たち、狙え! 放て!」
満を期して放たれる魔法が地下空洞を焦がす。
魔法使い達の一撃が“羽付き”達を落とし、落下する死骸は甲虫達を巻き込んで燃える。或いは雷撃や風の刃が“羽付き”達を押し戻す。
閃光が目を焼き、轟音が耳を劈く。
その精神的な重圧は探索者達も同じだった。
「騎士団でアレに関する情報はないのか?」
ガルフの問いに騎士長の一人が応じる。
「硬度が変わるのは大型魔蟲の特徴だ。普通の剣は通用しない。魔法剣を使え!」
盾を構え続ける騎士長は振り向かずに答えた。その背中は仲間達を守ろうとする騎士のそれだ。
甲虫達を押し留め、時に盾で潰し、全体に指示を飛ばしている。
戦いの喧騒の中、ガルフは戦況を俯瞰するために全体を見渡す。その傍らには常に“黎明の杖”を手に持つ魔法使いがいる。
「ガルフ、僕たちで巻こうか!」
「少し待て。それに地属性系統は不得手ではなかったか!」
「あまり好んで使わないだけで、僕に苦手な属性は無いよ!」
ガルフとフリッツバルドの戦闘中の会話に周囲の探索者達も二人が何かを仕掛けることを察する。
そんな反撃の機会を窺う雰囲気が周囲の士気を保っていた。
その少し前、少年は同郷のミツヤスから“羽付き”に集中するよう言われていた。
「どういうことですか!?」
ユウの声は“羽付き”達の猛攻に聞こえ辛い。
「魔力を温存しろと言っている!」
真顔で答えるミツヤスに少年は狼狽えていた。
ちょうど大型魔蟲の前脚がブリドラとエルダーの二人によって折れ曲がり、攻略の機会が見えたところだ。
「あれは大型魔蟲と言ってな、ある特性を持つ魔物なのだ」
怪訝な顔をするユウにミツヤスが説明する。
「攻撃されることで警戒色とても言うのか体色を変える。しかも付随するのが幾度もの復活と物理無効だ。完全変態させてから反撃しなくては意味が無い」
「物理無効……!」
ああ、とミツヤスが相槌を打つ。
「しかも完全変態した後は黄金色の角から魔法を放つ。厄介な奴だ」
上空の“羽付き”達を蹴散らすように一閃が放たれる。ミツヤスの戦闘力も底が知れない。
大型魔蟲の方を見れば山の民の戦士達が挑み掛かっている。
「いずれ魔法剣でしか手出し出来なくなる。そこまで待つんだ」
冷静に戦況を見詰める彼にユウはやむなく引き下がった。物理無効が本当なら知らずに挑む探索者達は危険ですらある。
「あの、この話は……!?」
「心配はいらない。部下の騎士長達が探索者達にも伝えているはずだ」
君は暫く対空戦に集中してくれ、とミツヤスが言う。
ユウが逡巡する間に戦場に歓声が響き渡る。見ればドヴァーリンが大型の脚を切り飛ばしていた。
「奴が警戒色を露わにするまで仲間達を信じて任せておくんだ」
我々の仕事はそれからだ、と迷いの無い瞳がユウを見詰める。仲間たちを信じる彼の姿勢に胸を打たれる。まだ自分にはないものに気付かされる。
「分かりました!」
待つことに決めた少年は前を向く。
仲間たちが受け持つ役目を果たすまで援護に徹するのだ。
上空にはまだまだ無数の“羽付き”達が迫っている。こちらも決して油断していい相手ではない。
波状攻撃のように降り注ぐ魔力弾が騎士隊の盾に当たり、耳障りな音をたて続けている。煩い程の其れが仲間の声が聞き取り難くなっている事実に肝が冷える。
(後半戦に備えて、今は耐えるしかないのか……!?)
そう考えていた矢先、大型魔蟲の体色が変わる。
(あれは……!)
黒一色だった体躯が濃い青味がかった色彩に変化している。前脚などの攻撃を受けていただろう部分は鮮やかな水色だ。あと数回、変態する余力を残しているのだろう。
近寄る探索者達の攻撃を受けた前脚は、あまり傷付いていないように見えた。
少年の脳裏に色鮮やかな体色を持つ熱帯雨林の昆虫達の姿が浮かぶ。
鮮やかな色味を持つ生物ほど毒があるなど、弱肉強食の世界の理が頭に浮かぶ。
(あれは警告色だ……!)
捕食者への警告。
自然界ならば危険をアピールするコントラストの目立つ色彩として成り立つものだ。
生存戦略としての側面を持つ生物の特徴と言える。現代日本での常識を持つユウにとってはその意味合いを理解できるが、異世界の者達はどうなのか。
漠然とした不安がユウの背筋を凍らせる。
(何だ……? この不安は……?)
ドクン、と鳴る心臓を抑えるように少年は無意識のうちに胸に手を当てる。
その反応が正しかったのをか探索者達が再び大型魔蟲に向けて突貫していく。あの大型に好きにさせない為の波状攻撃なのだろう。
数人の戦士達が手に各々の武器を掲げて走って行く。全員が細く小柄に見えたのは気のせいだろうか。
大剣や大楯は持っていない。長剣か、片手剣などの比較的軽い武器ばかりだ。そして、中には槍を持つ者も。
見間違える筈がない。
黒髪と狼の特徴を持った少女のことは。
「アイリ!?」
なぜ、前に出たのか。
なぜ、魔力弾が降り頻る中なのか。
なぜ、俺が戻るのを待たなかったのか。
「待て、今は攻め時ではないぞ!?」
ミツヤスの叫びを背後に置き捨ててユウは走り出していた。
彼の視界には、もう他のものは見えていない。しかし、前方に見える彼女の姿はとても小さい。少しでも目を離せば、失われてしまうかのように。
彼女の戦士としての矜持も知っている。でも、それでも大型魔蟲は彼女の武器では決して倒すことは出来ないのだ。
其れは無謀な挑戦ーー。
感情の無い昆虫型魔物の複眼がアイリ達を捉えている。
いまやゆっくりと振りかぶられる鮮やかな水色の前脚が寄って来る獲物を仕留めようと動く。
早く追いつこうと全力で走る少年は魔力弾を無視して進む。
息が詰まるような時間の中、ユウは彼女に向かって振り下ろされる巨大な前脚をただ見ているしかなかった。
波状攻撃を仕掛ける仲間たち。増え続ける魔物に迷宮深部の戦いは次第に様相を変えていく。地上に希望を持ち帰るために誰もが抗い続けるが、緊迫する状況に時は凍り付く。
次回、第119話「擾化」でお会いしましょう!