第113話 巨獣
子どもの何回目かになる入学式に行ってきました。成長が早いと感じる同時に、これからの時代を逞しく生きて欲しいと願う今日この頃です。
お待たせしました! 「迷宮都市〜光と闇のアヴェスター」本編の続きをご覧ください!!
「御使いに続け!」
ガルフの声が響き渡る。一斉に駆けあがる迷宮攻略組の面々はそれぞれの長所を活かして前衛、遊撃、後衛へと別れて行く。
熊人族や獅子族など体格に恵まれた者らは国軍兵士達の左右を固め、狐人族や鼠人族など魔術に長じた者たちは魔法使いの部隊に合流していく。個々の個性と秀でた特徴を上手く戦術に組み込んでいた。
湧き出てくる甲虫達に誰もが対応していく。連携を取り、互いの技をぶつけ合って競うように屠り始める。
その様子にミツヤスが複雑な心情を隠すように唇を引き結ぶ。
かつての部下達の断末魔の声が、助けを求める顔が脳裏に浮かんでは消える。
(お前たちの死を無駄になどさせない!)
ミツヤスの抜き放つ神剣がオーラを纏う。彼の感情に呼応するように神剣からオーラが膨れ上がり、密度を増す。
「魔なる者どもよ!」
死んだいった同僚、部下達の無念を晴らすと誓った。使命を果たしてこの世を去った彼らにせめてもの餞を贈ると決意したのだ。
「滅殺あるのみ!!」
空気が激しく振動する。
「神剣!」
唸りを上げる銀色のオーラが地下迷宮を照らし出す。
気合いとともに振るわれるその輝ける神威が坑道内に巣食う甲虫達の前進を阻み、殲滅していく。
一閃されたオーラがすべてを斬り裂き、魔を宿した者達を塵に変える。
(凄い……!)
ミツヤスの本気の攻めにユウは感心した。
彼の纏う神聖な気は神聖魔法の類いであると思われた。死霊系統の魔物に絶大な効果を発揮するとして知られているが、見るのは初めてであった。
地下迷宮の奥深くから湧くように出て来る甲虫達に闇の魔力の影響を感じ取っていたユウだが、純粋に鍛えられた軍人でもある彼の強さに驚いていた。
(さすが勇者のパーティーメンバーとして召喚されたってことか……!)
光明神が選んだというなら納得の強さである。
そして、彼を中心として国軍の精鋭部隊が後を追いかけて行く。瞬く間に前進して坑道内を制圧していく。その作戦行動を補助するように奮闘する獣人族の戦士達。彼らの柔軟で個性を活かした戦いもまた頼もしい限りであった。
「ユウ、遅れているぞ!」
「分かってます!」
ガルフの声に即座に反応する。
少年の手元に高い魔力反応が起こる。前線へと走り込み、魔法による面の制圧を試みる。出の早い火系統魔法だ。
「焦熱波!」
少年の突き出す手の前に輝く魔法陣が浮かび上がる。
赤い炎の衝撃が地下迷宮に炸裂する。
高熱の波動が全てを燃やし、吹き飛ばす熱風となって迷宮内を駆け抜ける。
国軍の魔術師による支援魔法が跳ね返る熱風の余波を和らげていた。
「なら僕からも!」
魔法使いが言うや地下迷宮に漂う熱い火の魔力が再び収束していく。
「炎槍」
渦巻く火炎が巨大な一本の槍と化して追撃する。坑道の奥へ吸い込まれるように飛んで行く。
破裂音が響き、赤熱した風が伝わってくる。
熱風の余波が砂塵を巻き上げ、先行していた探索者達を飲み込んでいく。
先頭で悲鳴が上がり、余波が後方まで吹き荒ぶ。
(おっと、これは!?)
熱量の有り余る魔法の余波にユウが魔力操作で前方の空間ごと熱風を制御する。風の流れを利用して一箇所に誘導して勢いを相殺する。
「“制御”が上手くなったね」
「まだまだです」
フリッツバルドの激励にユウは軽い冗談で返す。
「前に出るかい?」
「はい、行きます!」
なら、とフリッツバルドが上級上位の支援魔法を詠唱する。
「シャイニング・フォース!」
総合的な身体能力向上がユウの身体の隅々にまで行き渡る。
全能感が湧き上がり、一段階上の身体能力強化に少年の心が震える。
迷宮深層の魔物を前に恐れなど微塵も無い。漲る闘志とともに甲虫達の前へと躍り出る。
片手を突き出しながらもう一度同じ呪文を刻む。
「焦熱波!!」
煌めく魔法陣が浮かび、躍動するような熱波の渦を作り出す。
そこから放たれる高熱の波動が無数の甲虫達を巻き込んで炎の色に染めた。
「よし!」
思わず声に出した胸の内に拳を握る。
「攻め時だ、押すぞ!」
「進め!」
ガルフの声に国軍副団長のサイモン卿も同意する。
国軍兵士達が盾を構えたまま前進する。軍靴の響きと金属鎧の擦れる音が聞こえてくる。
戦場の興奮が伝播し、精神が高揚する。
現代日本では知り得ない感覚にユウも自身の経験から悟る。
己に掛けられた魔法がきっかけではあるが、敵を倒すことに興奮している自分がいる。その事実に気づいて尚、前へ進む事を選択する自分がいるのだと。
(とにかく突破しなきゃ始まらないんだ!)
少年の決意が表情に出る。
その顔に触発されてリリスが祝福の詩を歌う。
妖精族に伝わる戦いに臨む戦士達に贈る詩。その旋律が音階の流れるような響きが迷宮攻略組や国軍の精鋭部隊に行き渡る。
「……♩……♬……♩」
全体支援魔法を凌駕する効果を発揮し始めたリリスの歌声。
その声に導かれるように全員が坑道の奥を目指す。人族も獣人族も誰もが自分に出来ることを全力でやり始めている。その姿勢が、これまで成し得なかった奇跡を呼び込むことになるだろう。
「ありがとう、リリス。助かるよ」
いつしかユウの肩口に顕現しているリリスに、少年が思いやりのある言葉を贈った。
その言葉に妖精族の歓喜の歌が震え、空間に虹色の彩光が弾け飛ぶ。
周囲の探索者達も身体で分かるのか皆表情明るい。
それでも先頭では魔物達との戦いが散発的に続いている。
探索者の生命を刈り取ろうと襲い来る魔物の牙は今も虎視眈々と自分達を狙っている。
(今ここで考えても答えは出ない。けど、俺の中の何かがそうしろと言ってないか……?)
眼前で目に映る戦闘の一部始終に、少年の精神は落ち着いたままだ。
支援魔法の効果が彼の精神を守っているとも言える。
「遅れるな! 次の戦場は坑道の先にある!」
駆けて行く師匠と仲間たち。その背を追っている自分が見えることに不思議な気持ちになる。
「進むぞ! 儚く散った騎士たちの無念、今こそ晴らす時だ!」
ミツヤスの声に精鋭部隊の誰もが無言で同意していた。
その戦意の高さに、一気呵成に攻め込む姿に勇ましいと思う自分がいる。
異世界の趨勢を決める戦いーー。
今更ながら、とんでもない事態になったと感嘆する。
だが、それがどのような結末を迎えようとも見届けて見せると決意する。
人ならざる存在が見守る異世界。そこが如何なる世界だろうと生きる者達が懸命に日々を過ごしている。その姿に感銘を受けた自分がいる。見捨てて置けないと決めた自分がいる。
(生きてる者達がいる此の世界。簡単に諦めていいはずがない!)
駆けて行く仲間たちの姿に勇気が増し、闘志が沸き起こる。
熱風が吹き荒ぶ地下迷宮にいるというのに生命の危機など二の次で走る自分がいる。其れが自らの使命だと感じない訳ではない。
傍らを走るダルクハムやアイリの存在。前を疾走するガルフ達の存在。
種族の違いはあっても異世界で紡いだ絆の意味を分からないユウではなかった。
「避けて通れないなら、本気でやるさ!」
駆け抜ける探索者たちの中で誰よりも輝く魔力の波動。その煌めきに勇気付けられている仲間たち。
少年は疾走する。仲間たちとともに。
その向かう先に全てを呑み込む未来があると信じて。
誰にも言えない秘密だけれど迷宮踏破の暁には多くの人に知れ渡るだろう。この迷宮攻略の本当の意味が。
そこから手繰り寄せられる未来のために少年は直走る。
その意思は何者にも砕くことは出来ないのだから。
地下迷宮の奥底にある空間で濃密な魔力が渦を巻いていた。
暗く色付く程の魔力の渦には負の情念が絡み付いていた。全体としては蔦植物のようなものが伸びているのだ。そして、其れが絡み付くのは世界樹の根だ。
まるで老木のような黒褐色の木肌の色は生き長らえてきた年月を彷彿とさせ、木肌の目には深い皺と筋が走っている。
現代日本の其れが被子植物真正双子葉類のバラ類ブドウ目ブドウ科ツタ属の落葉性植物であることを考えれば似た性質を持つのかもしれない。
表皮には黒い粒子状のものが付着しており、魔力を帯びているのが分かる。暗い空間内では視力によって見て取れるものと取れないものがあるが、その粒子状のものは後者であった。
地下迷宮の暗い奥底で其の魔力の残滓を見つめる眼があった。暗い空間内でも美しい陰影を作る赤い瞳には縦割れの瞳孔があった。
暗視能力を持つ者には、赤い瞳の主人が分かったことだろう。
黒い肌を持つ闇の女王が老木のような蔦を観察していた。
「溢れた魔力が粒状に結晶化してるの?」
その瞳に映る赤の濃淡に、物質化するほど濃縮された魔力が映る。
明らかに異常な濃度である其れを見て、彼女は更に興味を深めた。
(でもこれは、ふたつの魔力が混じって……?)
妖精女王でありながら闇の祝福を受けた存在である彼女は、其の微細な変化を感じ取っていた。
一つは、この蔦植物のような老木のもの。もう一つは違う性質のもの。
相反する二つの魔力が絡み合い、互いに打ち消し合うのか性質変化や浸透性や親和性といった魔力本来の有用性が無くなっているように見える。
赤い瞳は尚も興味深いのか、手を伸ばそうとして止めた。
見渡す限り光すら差さぬ地下迷宮の暗闇に、何者かの存在感が膨れ上がる。そんな闇の中でティターニアの赤い瞳が魔力の濃淡によって人影を捉えた。
「ティターニア、あまり近付いてはいけないよ」
優しげだが感情の篭らない声色で男が告げた。暗い空間内から現れた有角種の男ソロンは、危ないからねと笑った。
「コレはなに?」
ティターニアの指差す先には巨体を撓めかせた何かがいた。
「コレは、もう千年も前から世界樹の迷宮に巣食うモノだよ」
地下迷宮の暗闇にいる其れは、大きくて全体像が見えなかった。
「我ら“古の種族”が見つけ、連れてきた。いや、育ててきたと言ったほうがいいかな……」
巨大な繭の先端に捉えられた其れは、よく見ると竜種の特徴を備えていた。
黒い鱗は鈍く光り、内包する魔力が影響してか厚く固い。眠るように閉じられた目蓋は落ちたままだが、既に成獣のようだった。
「私でも、初めて見るわ」
「そうかも知れないね」
かつて光の妖精女王であった彼女が生きた悠久の時に見た事も無い巨大な獣がいる。その事実に戦慄すら覚える。
混じり合う魔力の渦の中で眠る其れは、“合成獣”なのだろうか。ティターニアが緊張した面持ちで見ているのを確認したソロンがやはり薄く笑う。
「フフ……、心配はいらない。僕らが育ててきたのだからね。それに、子の成長を喜ぶのが親の務めと言うよね」
艶然とした笑みさえ浮かべてソロンは言う。その笑みは彼の生来の性格からくるものであり、悪戯好きな妖精のようでもあった。
「どうする気?」
「解き放つのさ」
間断なく答える彼にティターニアは瞠目する。
「悪趣味ね」
こちらも妖艶さを増した笑みを浮かべてティターニアが微笑む。
きっと、この世界を蹂躙するほど猛り狂う様が見られるだろう。
「そうかな?」
フフ、と微笑むティターニアに此方も邪悪な笑みで応えてソロンは呟く。
「いい加減、見たいじゃないか。我らの使徒が目覚めるのを……」
それは艶然と微笑むティターニアには聞こえない声。
“古の種族”だけが持ち合わせた感情の発露。
闇の魔力が満ち溢れる空間でソロンは其れを見つめている。
光すら差さぬ闇の中で、其れは眠る。永久の夜を超えて、地上にまろび出る日を夢見て眠る。
巨大な体躯を持つ何者かであるが“其れ”の名前を誰も知らない。
その巨獣が目覚めた時、きっと何かが起こる。そう予感させずにはいられない何かをソロンだけが感じていた。
坑道を突破するユウ達の前に地下に広がる巨大な空間が現れる。迷宮攻略の最後と見られる戦場に聳え立つ黒い石柱の姿が浮かぶ。告げられる真実。向けられる仲間たちの視線。少年が直面するものとは。
次回、第114話「石柱」でお会いしましょう!




