第106話 交差
お待たせしてしまいました! 「迷宮都市〜光と闇のアヴェスター」本編の続きをご覧ください!!
「気をつけろ! ミノタウロス、斧技を使うぞ!」
「おう! しゃらくせぇ!」
再び迷宮の奥へと向かうユウ達は中層から下層へと進んでいた。
あれ程の戦いだったが負傷者は少なく、戦線離脱を余儀なくされる者はいなかった。回復役たる魔法使い達の面目躍如のお陰である。
更なる攻略にはオークやオーガ、ミノタウロスらが出現する層を越える必要があったが、勢いに乗るユウ達には問題とならなかった。
「兄者!」
「任せろ!!」
山の民の双子の戦士達が自慢の戦斧を払う。それだけで敵は狼狽え、道を譲る。
息の合った連続技が冴え渡る。
兄が突き崩し、弟が切り開く。
真正面から挑んでくる魔獣を相手に退がる素振りも見せない。
引き裂くような金属音を立てて兄の戦斧が魔獣の武器を受け止めている。鎬を削るような押し合いが続く。大型魔獣に分類されるミノタウロスが膂力で押し切れない。
その隙を見逃さない弟の気合いの入った一撃がミノタウロスの大斧を打ち払い、其の体勢を崩していた。
「おおォォォ!」
斜め下から振り上げる兄の戦斧が魔物の分厚い筋肉を捉え、断ち切る。
「VuuMoooooh!」
大声で叫ぶ魔獣に負けじとトーリ、オーリの兄弟が気合いをのせて吼える。
「「うおおおぉぉーー!!」」
敵を撃破しても周囲の警戒を緩めない。まだまだ敵はいるのだ。血糊の付いた戦斧を構えて双子の戦士が前を見据える。
「「ドヴァーリン様、篤とご覧あれ!」」
息のあった二人は戦場で見事に前衛を努めていた。
先刻、広い空間に入った途端、魔獣達が一斉に襲ってきたのだ。
その襲撃を食い破れとばかりに受けて立ったのがガルフ以下、歴戦の勇士達だ。後衛の魔法使い達も上手く陣形を保ちながら戦士達のサポートに徹している。
それらの後方に彼らの守るべき人物がいた。一流の職人が造ったであろう見事な金属鎧に身を包んだもう一人の山の民の戦士。
火と鍛治の里をおさめる首長の血を引く人物は、乳姉妹でもある双子達の奮戦ぶりに感動していた。
「カトレウスの槍を見るようだ」
ドワーフ族の王太子ドヴァーリンは前線で戦う二人を見てそう言った。
「ミノタウロスに殺された家族の仇を討とうとした、ドワーフの鍛冶師が作ったと言われる魔槍ですね?」
獣人族の探索者達が奮戦する戦場を俯瞰するように見通す三人の目があった。一人目はドワーフ族の王太子ドヴァーリン。
二人目は人族の魔法使い。先刻、大魔法を行使して魔力量を回復中でもある人物。
「ドヴァーリン様はご存知なのですか?」
三人目は耳長族の王族たるアリエルが尋ねた。彼女は弓使いであった。
密集した狭い地下迷宮で近接戦闘が主体の戦いには弓使いは不向きな兵種だ。
「いや、直接目にしたことはない」
だが、とドヴァーリンは続ける。
「故郷にその人物が残した手記があった。親父殿にそれを読ませてもらったことがある」
懐かしい想い出を語るように、ふと頬を緩める。
「魔槍は使い手に尽きる事のない覇気をもたらし、生命を削って戦う様が生々しく書かれていた……」
真剣な眼差しで双子の戦士達を見る様は為政者より、親友の其れだ。動けない己の為に戦う知己を案じて止まない。
「俺が“お告げ”など聞いたばかりに……」
誰にも聞かれない小さな声が、自分を責めるドヴァーリンの心情を表していた。
彼の親友たる双子の乳姉妹達は、指揮官役を果たすドヴァーリンの為に奮戦していたのだ。
迷宮攻略は黒狼族の戦士ガルフがリーダーとなっていたが、彼が前線に上がるため誰かが指揮官とならねばならなかった。軍務の経験や兵法学を収めた王太子ドヴァーリンはまさに適任だった。
堅実且つ慎重で正攻法を選ぶ用兵は彼の背負ってきたものを彷彿とさせたが、損害を出さずに困難な局面を乗り切る策は見事に嵌ってくれた。
今もミノタウロス達が湧く仕掛け部屋を着実に攻略している。
(だが、ああも生き生きとした表情をされると……)
深い知恵者のような眼差しを向けながら、口角を上げて微笑む様は少年のようだ。
「まったく、俺の血が騒ぐと分かっておろうに……!」
動き出したい衝動を抑えながら王太子ドヴァーリンがそう漏らした。
「突然の指名だというのに流石ですね、ドヴァーリン様は……!」
「本当だね。やはり生まれながらの王族ということかな?」
アリエルとフリッツバルドの二人がドワーフ族の王太子を褒め称える。
閉ざされた地下迷宮の奥深くで魔物達を相手に一歩も退かない姿は頼もしく映ることだろう。郷里を守るために出立してきた男達が雄々しく戦う。その勇姿に後衛の者達も奮い立っている。
この世界の未来のために立ち上がった者達。
生まれも身分もバラバラの寄せ集めのような乱波者達だが、戦場で臆することだけはない。
その眼差しは未来に向けられ、己の属する種族の繁栄や家族の無事を祈っているようだった。
「気を抜くな! 追撃せよ!!」
叱咤激励するドヴァーリンの声に探索者達が奮い立つ。
終始、優勢に戦う彼らは仕掛け部屋にいるというのに一気呵成に魔物達を畳み掛けている。
先頭に立つのは英傑と名高い黒狼族の戦士ガルフ。
その後ろには彼の仲間達とともに黒髪に少年が奮戦している。
連戦だと言うのに士気は留まるところを知らず、英雄に導かれるまま皆が喜び勇んで死地に飛び込んで行く。
(これほど恵まれた戦場で辛抱せねばならんだと!? 戦神様も酷な事を為さる……!)
身体を動かしたくて堪らないドヴァーリンが自分に言い聞かせるように呟く。
手にした一族に伝わる宝斧を握り締めて、じっと我慢する。
「モタモタする奴がいれば俺が代わりにやってやろうか!? 誰か尻込みする奴はおらんか!?」
仕掛け部屋に響き渡る大声で指揮官が号令をかける。それを聞いた探索者達が喜色満面に応えてくる。
「兄者、我らが里の秘蔵っ子は辛抱堪らんらしい!」
「仕方ない、オーリ! 俺でもアレは無い!」
双子の戦士がドワーフ族の王太子ドヴァーリンを見て豪快に笑う。
生死の掛かった戦場で微塵も後悔など無いとばかりに戦士達が戦う。
その勇姿がドヴァーリンには眩しくて仕方なかった。
「うぬぬぬ……、やはり俺も!」
一族の宝斧を手にしてドヴァーリンが前へ出ようとする。
「まあ、ドヴァーリン様はご自重なさらなくては!」
耳長族の王族たるアリエルが諌めようと声を上げる。
「やれやれ、ドワーフ族は皆んな生まれながらの戦士という噂は本当のことみたいだね」
魔法使いが笑っていた。
「もう! フリッツバルドも笑ってないで止めてください!」
一族の後継者たる人物に何かあったら一大事です、とアリエルは狼狽えている。
その彼女に諭されて慌てて止めに入る魔法使いがいて、迷宮攻略組は着実に到達深度を進めていた。
「閣下、まだ先は長うございます。急いては仕損じますぞ」
「休憩ばかりでは追いつくものも追いつけない。このまま行くぞ」
ミツヤス将軍と参謀役の副団長サイモン卿が会話する。地下迷宮の中を闊歩しながらだ。
国軍精鋭部隊を率いる将官が自ら迷宮入りして間がない。先行したと見られていた獣人族の探索者達は、その痕跡からして間違いなく深奥を攻略中だ。
「前方、魔物です!」
斥候役の兵士が声を上げる。
すぐさま全体が足を止めて戦闘態勢を執る。盾とハルバートで武装した集団は迷宮内で圧倒的な戦力を誇る。
これまで幾たびも魔物達を退けてきた自負が全員の顔に見られた。
「構え!」
金属鎧の音も勇壮に国軍兵士達が戦列を組む。精鋭揃いと名高いミツヤス将軍率いる軍団は一糸乱れぬ足並みを見せる。
広けている場所から群れらしき足音が響く。近づくに連れて響いてくる蹄の音は巨獣のものだ。
怒れる野獣と化した魔物が迫る。
「Vummoooo!」
大質量のものが次々と盾にぶつかる打撃音が響く。
前面に盾を構えていた兵士達が決死の覚悟で魔物の突進を受け止める。
「今だ!」
号令一下、振り上げられたハルバートが唸る。
分厚い魔物の皮膚を突き破る打撃が巨獣達に打ち込まれた。
「押し返せ!」
次の号令を聞いた兵士達が力任せに魔物達を盾で押す。
一歩出て、すぐに構える。その隙を補うように上空からハルバートが振り下ろされる。
まるでひとつの巨大な精密機械のように統率された行動を執る精鋭部隊にすぐにも軍配が上がった。突進してきた巨獣達をほぼ仕留めて有利な体制を確保する。
次の群れが襲撃してきた頃には十分な迎撃体制が整っていた。
「サイモン。獣人族の迷宮攻略組は何を狙っていると思う?」
「……確かに、驚異的な進軍速度ですな」
副団長であり、部隊の参謀役であるサイモン卿が顎に手を添えて答える。
「おそらく“双剣”が指揮して進んでいるものかと思われます」
「会ったことがあるのか?」
黒髪の青年然としたミツヤス将軍が尋ねる。
彼は異世界から来た人物だ。こちらの世界での事柄には少々疎い面があった。それを副団長たる彼が補っている。
「ミツヤス様が来られる前に耳長族の王女が迷宮入りする情報が流れ、大騒ぎになったことがありまして……」
眉目秀麗で名高い耳長族の一族は滅多に里を出ることがないことで知られている。長く迷宮攻略を続けているミツヤスでさえ、耳長族の王族には会ったことが無い。
「この古都で数多の挑戦者達を退け、彼女を探索者仲間にしたのが黒狼族のガルフという男です」
並の戦士ではありませぬ、とサイモンが告げる。
「ほう、それほどか。会ってみたいな」
「このまま進めば嫌でも会えますぞ」
それもそうだ、とミツヤスは返す。肝を冷やす魔物の吠え声が聞こえる戦場で巨獣の一群など眼中に無いとばかりに笑う。
正確に戦場の空気を読み、的確に指示を出す采配。
自らが屈強な騎士であり、部下からの信頼も厚い。
在りし日に最愛の女性とともに王国の希望とまで言われた男は今も健在であった。
(獣人族の思惑が分からない現状、進むしかないが……)
思案顔のミツヤスが熟考する理由。其れは迷宮内の魔物の分布が変化していたからだ。
入った側から戦闘が始まり、途切れることなく魔物達が襲ってくる。まるで迷宮の難易度そのものが変わったような感覚に陥る程、様相が様変わりしていたのだ。
(これが本来の迷宮の姿だとでも言うのか……!?)
手強い敵が犇めくタフな戦場にミツヤスは思考する。これが何かの予兆だとでもいうように。
既に迷宮深度も中層階に入り、いよいよ魔獣達の脅威も上がってくる。何より、先程、休憩を取っていた彼らの元に下層から地震のような衝撃が伝わったばかりだ。
この王国では地震などほとんど発生したことがないようだった。戸惑う部部下達を鎮め、指示を出したのがミツヤスだったが彼の経験した戦闘でも自然災害などの発生はなかった。
伝え聞く魔力暴走の余波では、とも考えられたがもしそうなら被害は拡大していた筈だ。
「早めに突破しよう。嫌な予感がする。先を急ぐ方向で戦闘は必要最小限度だ」
「了解いたしました」
ミツヤスの指示を受けてサイモン卿が部下に伝達していく。
しっかりとした役割分担で動き出す王国軍は動き出す。周囲の魔物なぞ領袖一触に叩き潰していく。
「進むぞ、前へ!」
ミツヤスの号令を受けた精鋭部隊が歩を進める。
何度も潜った筈の迷宮が暗く口を開けている。自分さえも飲み込まれるような錯覚を覚えるが、強靭な意思で前を見据える。
軍靴の響きを聞きながら彼らは迷宮の奥へと進む。其処に何者かの悪意が満ちているとも知らず。
(詩織……。君がいないこの世界で、せめて君が望んだ未来だけは実現させるよ)
必ず、と黒髪の青年は固く心に誓う。
鎧の胸元に手を添えてミツヤスはやるせない過去への想いを断ち切ろうとした。
いつも思い出す在りし日の君を想って戦いに身を投じることだろう。それが死地へと飛び込むことになっても。
二人の異世界人の運命が交差するまであとわずか。
その邂逅がこの世界に齎すものが何になるのか誰も知らない。まさに神のみぞ知る運命に導かれた男達の戦いが静かに幕を開けようとしていた。
戦場に飛び込んで行く勇士達。迷宮下層の戦いは激しさを増し、光の神の加護すら届かぬ迷宮の奥底で蠢く未知の魔物を呼び込む。未知の領域たる深部。その泥沼にユウは足を踏み入れるのか。
次回、第107話「煩慮」でお会いしましょう!




