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トキワタリの翼【打切】  作者: 八雲 辰毘古
第一部 永遠をかける翼
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 第一章:(4)地下水路の決戦

「どういうことですか?!」


 城門で甲高くひびく、アナベルの声。

 アナベルは怒っていた。

 しかし門番は冷静だった。


「どうにもこうにもありません。あなたの通行は認められない、と言っているのです」

「そんな……このクレストでも名のある〈水の乙女〉の装身具が目に入らないのですか!」

「残念ながら、あなたの身分は帝国から取り消されたようなのです」


 聞くのも飽きた、と言わんばかりに門番は切り返した。


「先ほど緊急で連絡を受けまして、『アナベル・リィはさる事情により本国から亡命を試み、よってクレスト帝国の身分を取り消すものとする』と」

「理由は? その事情とはなんですか?」

「政治的なものである、とだけ」

「そんな……!」


 まだあがくアナベルの肩に、カレシンは手を置いた。

 振り向いたアナベル。

 しかしカレシンはだまって首をふった。

 わなわなとふるえる手を、グッと握りしめて、アナベルはきびすを返した。

 ふたりは内壁区へつながる石橋をわたって、外壁区に戻る。


「やれやれ、追っ手のほうが一枚上手だとしか言いようがない。逮捕されなかっただけまだましだと言うべきか、それとも……」

「呑気に分析なんかしてる場合ですか!」

「ふむ……とりあえず、中心区に行かねばならないのに内壁区の時点でこの有り様じゃあ、ただでは済むまい」

「ナザール様と合流しましょうか?」

「いや、ヘタに合流すれば一網打尽になるだろうし、そもそも集合場所があのなかだ。八方ふさがりだ。

 まずいな……地の利はまるでない。アナベル、何か裏口とかないのか?」

「ええ?! そんな都合のいいものがどこに……あっ」


 はたと立ち止まったアナベルは、少々意地の悪い笑いを浮かべながら、


「いい案があるわ」



   *  *  *



 獲物が罠にかかった。

 そう報告を受けたとき、まず第一の駆け引きには勝ったとメルロは思った。だが、これからが肝心だ。なにせ相手は剣妖のカレシンであり、腕一本で立ち向かうにはあまりにも強すぎる。


(たかが小娘ひとりとあなどっていたおれの失態だったが……しかしなぜあの剣妖が〈水の乙女〉にこうも肩入れするんだ?)


 メルロは、しかし浮かんだ疑問を振りはらうと、四人の部下たちに警戒するよう指示を出した。


 耳に聞こえるのは、水流の音。

 市街地の地下に流れるこの水は、やがて魔導機関をもちいた下水処理場をつうじてリヤルの湖に帰ってゆくだろう。

 そう、ここは下水道だった。

 彼らがいたのは、排水路ではなく、雨がふったときの水を流すための路だった。とはいえ、生活排水の臭いがまったくしないかというとそうではなく、やはりどこかしら鼻をつまみたくなるような汚穢(おわい)を感じる臭いが、つん、とするのだ。

 そんななかで、メルロをはじめ〈懐刀〉たちは、息をひそめてジッと待っていた。


 ほんの少しだけの、時間。

 それがまるで金床で薄く広く打ち延ばされているかのように、延々とながく感じられる。水の流れだけが、時間がちゃんと流れていることをあらわす証拠だった。


 やがて、足音が、聞こえた。

 ふたり分。まちがいない。

 彼らが来たのだ。


 メルロはあらかじめととのえていた手はずで、包囲網を形成した。もうこれで進むも退くもままならぬ。あとは〈水の乙女〉を捕らえるか、死んでもらうかしてその口を塞いでもらわねばならない……


 ところが、その計算は甘かった。

 ヒュッ、と空を切る音がして、反射的に身を避けると、自分のあたまがあったところに短刀が刺さっていた。

 振り向いたら、そこにカレシンがいた。


(バカな! あいつらは二手にわかれて、さっき足音はふたり分だったはず……)


 驚愕に顔をゆがめるメルロにたいして、カレシンはふふっと冷たい笑みでおうじる。


「初めまして、というべきかな。貴様の腕は知らんが、なりゆきで斬らせてもらう」


 メルロは短刀を抜いた。


(ええい、部下どもは何をしていたのだ?)


「貴様の考えていることは手にとるようにわかる。あいにくだが貴様の仲間には眠ってもらった」

「……どういう、ことだ」

「まあ言葉通りさ。ぐっすり快眠している」


 ──だが、おまえはちょっと痛い目に遭うだろうな。

 そう言うと、カレシンは腰を低くして身がまえる。メルロはその姿勢の無駄のなさに舌を巻き、また同時に、追いつめられたのだと察知していた。


(なんてことだ。〈懐刀〉たるおれが、こんな、こんな大失態を……!)


 だが、もう物を考える余裕すらなかった。

 短刀を逆手で持ち、身がまえる。

 刃渡りでは向こうの得物のほうがまさっていた。しかし、抜きざまにふところに飛び込めば、二度とは振らせない……その自信が、メルロにはあった。

 メルロは、向かいあっている最中、カレシンの観察を(おこた)らなかった。初めて戦う相手で、一瞬のスキが生死を分けるとは言え、その姿勢、かまえ、手つきから為人(ひととなり)を読みとるのはムダなことではない。

 しかし、カレシンのこころは読めなかった。

 無心のかまえなのか。その碧いひとみはただ淡々とこちらを見据えていて、むしろ吸い込まれてしまいそうだった。

 つつ、とメルロのひたいに汗が浮かぶ。


(しかも、こいつは自分が優位でありながら、けっして慢心しない……)


 なんてヤツだ、と彼は思う。どれだけの白刃を、策略をくぐり抜けたらこうも無心で居られるというのか。実戦経験も殺人体験もあるはずのメルロが、その無心のまえに圧倒されてしまっていた。

 勝てない、と直感が叫んでいた。

 しかし、メルロはただでは転ばぬ人間だった。

 パッ、と短刀を投げる。そのあまりにも無謀な行動にカレシンは目を見開くが、鞘ごと護身刀をかざして、短刀をはじく。

 その一瞬をついて、メルロは袖の下からもうひとつの刃を突き出していた。

 さすがにこれは予想していなかった。カレシンは大きく姿勢を崩してその刃を避けるが、左腕にかすってしまう。皮膚(ひふ)に熱い感触が走る。しかしそれにひるむことく、鞘ごと刀を振りかぶり、次の手を出されるまえに脳天に叩きつけた。


 ゴッ、と音が鳴ると、メルロは気を失って、倒れた。


「案ずるな、わけあって殺しはせん」


 そう言い残すと、彼はアナベルの後を追おうとした。

 ところが、左腕からの痛みが尋常でなく、激しくなるのを覚えて、舌打ちをした。すばやく左袖をまくると、傷口が紫色に腫れているではないか。


(毒か……しくじった)


 カレシンは傷口から流れる血をそのままに、毒が流れ出してくれることを祈りながら、痺れはじめた身体を引きずって歩き出した。


(やれやれ、星霊石のちからを使ってうまくやったとはいえ、これでは意味がないではないか……)


 やがて痺れが全身にまわり、立つのも辛くなってきた。

 カレシンは壁によりかかり、腰をおろした。

 アナベルは、ちゃんと中心区へ向かえただろうか。

 ナザールは、何かつかめただろうか。

 答えは出ていない。

 とんだ酔狂をしたものだ。用心棒をたのまれたわけでもないのに、突然空から降ってきた女を助け、おまけに命を()してその手伝いをしている。


(やっぱり……あいつに似ているな。

 これは神が俺に与えた試練か、それとも罰なのか? もしこれが罰だというならば、もう終わりにしよう。このまま()けば、俺は、〈天堂〉にいるあいつに、また……)


 彼の意識はそこで途絶えた。



   *  *  *



 地下水道を抜けると、太陽がまぶしい。

 カレシンのおかげで、追っ手をうまく撒くことができた。アナベルは、内心感謝しつつも、後を追ってこない彼のことを心配した。


(もし、あのひとの身に何かのあったら……)


 だが、戻ってはいけない。

 そうカレシンに言いつけられたからだ。


 ──俺がやるからやるんだ。貴様から何か恩や見返りがほしくて手伝うんじゃない。だから、俺がこなくても進め。なんとしてでもことをやりとげるんだ。


 まえへ、まえへ。

 内壁区を過ぎ、中心区へ向かうには果たしてどうしたものだろう。壁ひとつ越えるのにこんな苦労をしていては、目的地に近づくにはとてもじゃないが足りない。考えねば、考えなければ、さきには進めない。

 あたりに誰もいないことを確認して、アナベルは地上にあがる。そして、なに食わぬ顔でひと混みにまぎれ込み、中心区への道を急いだ。


 その背中を、遠く、石の建物のうえからながめる影があった……

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