第6話 幕間 ソフィア
帝都の神道術総合学園を卒業した私は、年に二回ある神道騎士団の入団試験を受けた。
神道騎士団や神道術士団の試験は、四月と十月にあって、四月は学園を卒業した人が受ける。
十月は冒険者をやってる人たちが受けるんだけど、特に決まりがあるわけじゃない。
ただ、競争率が上がるのを嫌がって不文律みたいなものができてるわけ。
私は残念なことに試験には落ちたけどしょうがない。元々そんなに成績が良かったわけではないから。
私の父は神道騎士団の団員だけど、すごい下っ端。でも入団できるだけでもすごい栄誉だから、自慢の父ではあるの。
家族で加護があるのは、私と父だけだから、期待してもらってたんだけど。
私の家は姉が二人と両親の五人家族。姉は高望みが酷いみたいで、お嫁にも行ってないから、父が一人で養ってる。
長女は二十一歳。次女は十九歳。そして私が十五歳。
姉二人は家でゴロゴロと、花嫁修業と言いながら何もしていない。
顔だけは母に似て綺麗だから、貰い手はいると思うんだけどね。
結婚適齢期は十八歳だから、行き遅れ感が出てるのに大丈夫かしら。いつまでも夢みたいなことばっかり言ってるけど。
そんな父に入団試験に落ちたと話をした時の、失意で歪んだ顔は今でも忘れられない。
父はやさしかったけど、姉妹の中で唯一の加護持ちの私にだけは、とても厳しかった。
ただ、そうして接してくれるのは私だけだったから、逆にそれが励みにもなったよ。
神の祝福を受け《神書》を持った人間は、世の理から外れた人や怪物と化した動物などから、人々を守らなければならない。
私は小さい頃からそうやって教えられた。だから気持ちだけは神道騎士団になったつもりだよ。
でも結局、帝都の物価は高いから、私が出て行くということになったの。
家督は姉の旦那さんになる人に継がせるみたいだし。
ある意味必然だったのかもしれない。
でも、父が家を出るときに少しのお金を渡してくれた。
「いつでも帰ってきていい」
その言葉に、胸につまる思いがした。私の加護が低位の加護だったとしても、神に祝福を受けた身。
この国の人たちの為に、働くのは当然のことなのよね。
それに修行を積めば、神道騎士団への道が開かれるかもしれないし。
家を出た私は、とりあえず帝都の冒険者ギルドへ行って、登録だけ済ませた。
私は受け取ったギルドカードを見る。名前とクラスが書いてあるそのカードは、身分証明書の役目も果たす。
このカードがあれば、国内の冒険者ギルドならいつでも仕事を請けられる。
裏には私のクラスが書いてあった。《マスターE》これが私のスタート地点。
加護持ちの私は、ノーマルクラスじゃなくて、マスタークラス。
普通の人よりは、報酬のいい仕事を請けられるんだよね。そのかわり危険なことも多いけど。
ギルドカードを見ながら私は希望とか不安とかいろんな想いが胸に渦巻いた。
これからは自分の事は自分でなんとかしないといけないな。
そんな私が家を出てコスティスの町に流れ着いたのは三ヶ月前。
ふらふらと旅をしながらなんとなく流れ着いた町。
その時には、父に渡されたお金も無くなっちゃったしね。
コスティスで近隣のドルダダ村まで商隊の護衛を受けた。
冒険者ギルドで知り合ったツルツル頭のダオ。
キザな物言いがいけ好かないアルメオ。
二人はノーマルクラスの冒険者。
外道に落ちた者が絡む依頼は、ノーマルクラスでは受けられないってルールがあるから私に近づいてきた。
一人でノーマルクラスが受けるような依頼をこなしながら、とりあえず食いつないでいた私。
外道に落ちた者と言ったって、本当に恐ろしい者から、私でもなんとかなりそうな者までいろいろいる。
でも、なかなか一人で依頼を受けることができなかったのよね。
そんな時に、彼らが依頼書を持って近づいてきた。
内容は近隣のドルダダ村まで商隊の護衛。
先日この辺りに外道の熊が出て、依頼ランクが上がったんだよね。
いつもなら、《ノーマルC》で受けられる簡単な依頼。
街道は整備されているし、何よりも馬車で翌日の昼には着くぐらい近い村。
だから、たまに出る盗賊なんかの為に、申し訳程度に護衛をつけるような依頼なんだよね。
でも、その外道の熊を退治できず、逃亡を許してしまったり、最近増えているという外道に落ちた獣たち。
ギルドも念の為に依頼ランクをマスタークラスに変更したみたいだけど……
もし外道の熊が出たら、私じゃ多分どうにもできない。
何しろ、《マスターC》クラスの化け物だもの。
でも、やっぱり一人は寂しかったのかな? 特にアルメオなんていけ好かないヤツだったけど、このまま簡単な依頼ばかりこなすだけじゃいけないとも思う。
だから、彼らの誘いを受けたの。
でも、それからことあるごとに、アルメオから言い寄られて。
彼は子爵の四男で加護もない。どうせ家督も継げないからって冒険者してるみたいだけど。
家督を継げない貴族の子弟なんて無駄にプライドが高いだけで、今じゃ一般人と一緒なのにね。
ほんとにうんざりだよ。私には加護の力を使って、この国の為になることをしなきゃならないのに。
早く力をつけて、一人でもやっていけるようにしないとだめね。
* * *
そうしてやって来たドルダダ村は思ったよりいいとこだったよ。
エルディア名水十選にも選ばれたこの地のお水はとってもおいしいの。
それに、村に隣接する湖はとても綺麗で、湖の底まで見えてしまうぐらいだった。
村の人たちも素朴で働き者だし、居心地はとても良さそう。
そして私は出会ってしまったの。
この国では珍しい黒い髪と茶色い瞳を持つ男の子に。
名をアルくんと言って、とってもかわいい男の子。
宿で食事の注文を取りに来たアルくんは、私の顔を見て真っ赤になってるんだもん。
私を見る瞳は、なんだか涙で潤んでいて、見つめられると抱きしめたくなっちゃうのよね。
なんていうか、お人形さん? みたいな感じ。
そして事件は起こる。
コスティスで取り逃がしたという外道の熊。
私の加護、光の鎧では太刀打ちできない化け物。
素早く動いて攻撃することはできるけど、肝心の攻撃力は弱いのよね。
そんな化け物が、この村に迫ってるって言うじゃないの。
私には、たぶん致命傷を与えることは難しそう。
でもこの村に《神書》を持った冒険者は私しかいない。
それに当然、ここには神道騎士や神道術師もいない。
戦えば命を落とすかもしれない危険な相手。
でも、心配そうに見ている少年やこの村の人たちをなんとか守りたい。
これも運命なのかな……
そう思って私は外道の熊と戦ったんだ。
それなのに突然に聞こえた子供の声。
「ソフィアさんっ! がんばってー!!」
振り向いた私が見た場所に、アルくんが居たの。
私は必死に逃げるように言ったよ。でも私は外道の熊の攻撃をまともに受けてしまって。
でもアルくんは、逃げるどころか私を助けてくれた。
アルくんの加護は、術師タイプみたい。でも本当に驚いたのは、彼の背中を見たときよ。
彼が祝詞を宣うと、青いローブに光り輝くように浮んだ創生の女神 《アテイール》様の紋様。
ああ……助かった。
正直、そう思った。
だって、私の《レプリース》様の加護なんかとは違う。もちろん《レプリース》様の加護が弱いわけじゃない。私が拝受した《神書》の御業が弱いだけ。
この世のどこかに《レプリース》様から直接に加護を受けている人なら、こんなことにはならないと思う。
アルくんは、私をお姫様だっこして、民家の壁に座らせてくれたの。
まさかこんな小さな男の子に、お姫様だっこをされるなんて思わなかった。
でも、なんとなく、やっぱり運命だったんだって思ったよ。
だって、そりゃ、恐ろしいほどの破壊力を秘めた神の御業を使って倒してっしまったんだから。
これは絶対に《アテイール》様が、アルくんを私に引き合わせてくれたんだって思ったもの。
でも外道の熊を倒したアルくんは、突然苦しそうな顔をしながら意識を失ってしまった。
* * *
今度は私がアルくんをだっこして宿に連れて帰ってきた。
脇の辺りがとても痛かったけど我慢したよ。だって、私が今だっこしてるのは、恐らく至上初となる《アテイール》様の寵愛を受けた子供なんだもの。
学園でも《アテイール》様の寵愛を受けた人間なんていないって言ってたわ。
そんな子供になにかあったとなったら大変だよ。
そう思ったら、私の身体なんて、どうなったっていいと思うもの。
でもどうしてかしら? そんなすごい《神書》を持っているなら、噂ぐらいになってもよさそうなのに。
恐らく帝都では大騒ぎになるでしょうね。すぐにでも迎えがくるかも?
宿屋のおばさんや娘のアリスちゃんもすごい心配してる。
私は、宿屋のおばさんから、アルくんが孤児でひとりぼっちだって聞いたの。
でも現実は違う。《アテイール》様の寵愛を受けた少年は、こんな辺境で宿屋の給仕なんかしてて、ひとりぼっちで暮らしてるという。
そうすると、アルくんの親御さんが《アテイール》様の加護の件を嫌がったのかしら。
でもアルくんは孤児だっていうし……
確かに《アテイール》様の寵愛を受けてるなんて話が帝都で知れれば、アルくんの人生は大忙しだとは思うけど。
ただやっぱりアルくんには。、正しく神の御業を使う神道術師になってほしいと思う。
それなら孤児のアルくんを、誰かが導いてあげないといけないよね。
そう考えた私は、いけ好かないアルメオたちと別れて、この村に残った。
そんなアルくんは、よほど寂しかったのか、とっても甘えん坊さんだった。
私のことを『お姉ちゃん』って呼んで、離れようとしない。
どこに行くにしろ私の手を握って離そうとしないの。
なんか視線を感じると思えば、じーっと私の顔を見つめてるしね。
そんなアルくんは、可愛くてしょうがないんだけどね。
ただ、トイレまで着いてこようとするのは、ちょっとやめてほしいんだけどな。
でもその度に、あのつぶらな瞳が私を困らせた。
アルくんの瞳には、うっすらと透き通った綺麗な涙で覆われていて、その瞳を見る度に私の心を鷲掴み。
こんな愛くるしい少年を泣かせるようなことがあったら、《アテイール》様じゃなくても怒るよね。
その《アテイール》様と言えば、アルくんに《あいちゃん》と呼ばせるようなちょっと困ったお方。
世界最高神である《アテイール》様は、この世界を作り、この世界の神々を作られたお方のはずなんだけど……
『ちょっと! アルちゃん! 早くそのメス豚から離れなさい!』
だって言うのよ。それからも私には散々なことを仰るのよね。
そんな《アテイール》様は、アルくんの事を寵愛してるというよりは、溺愛してるって感じ。
私がアルくんを可愛がってると、とても最高神とは思えない反応をするの。
それが楽しくて思わずからかってしまうんだけど、やっぱりまずいのかしらね。
相手は腐っても最高神だし。でも《アテイール》様を見てると、とてもそういう風に見えないんだからしょうがないよね。
でも《アテイール》様から、アルくんに神託が降りた。
創生の女神 《アテイール》の顕現。
私は、耳を疑ったけど確かに《アテイール》様はそう仰られた。って言うか、読んだんだから間違えないよね。
それに世界の理が崩れ始めていて、このままでは世界が滅ぶとも……
本当なら、すぐにでも帝都へアルくんを連れて行って、しかるべき人物に相談しなければいけないと思うのだけど。
ただそれをしたら、きっとアルくんは嫌がる。お母さんとの約束を大事に想ってるみたいだから。
私だって《レプリース》様の寵愛を受けた身。
世界の大事となれば、この身を捧げてでもアルくんを助けていかないとね。
「お姉ちゃん……どうしたの?」
アルくんの声が耳に届く。どうやら私が黙ってるのが心配らしい。
《アテイール》様が名づけた【愛憐の瞳】を私に向け、握っている手には力がこもる。
私はアルくんに微笑みかける。
「なんでもないよっ」
そう言った私は、遠くの方に見える外壁を凝望した。
とりあえずの目的地。コスティスの外壁が見え安堵する。
もう一度、愛くるしい少年を見た私は、これからの事を考えながら町を目指したのでした。
次話から新章になります。