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第5話 僕が頑張らないと世界が滅ぶ

 

 昼下がりの【アテイール】。って言っても《あいちゃん》のことじゃない。

 この世界で使われている曜日のこと。創生の神 《アテイール》様と他の神様たちが世界を作った順番に決められているの。

 

 最初の日に《アテイール》様は、神々を作り出したんだ。


 だから、空間の司る《ベルス》様が、この世界の入れ物を作った。まだ、なんにもない。


 次の日に光を司る《レプリース》様が世界を明るく照らした。でもやっぱりなんにもない。


 それで地を司る《ギャリア》様が大地を作った。でもまだなんか殺風景だと思った神様たち。


 今度は水を司る《ノア》様が海を作った。だいぶよくなった世界を見て、歓声をあげる神様たち。でも、ただそれだけ。


 変わらない世界をつまらなく思った神様たちは、どうしようか考えた。

 その時、闇を司る《ネクス》様が、世界を真っ暗にしてみたの。それで《レプリース》様と交代で世界を昼にしたり夜にしたしようと決めた。

 なんか雰囲気が出て、神様たちはまた喜んだらしい。


 それを見た《アテイール》様が、最後の日に海の中へ【理の種】を投げ込んだんだって。それでこの世界に、人や動物が生まれた。


 そうして決められたのが、最初の日【アテイール】はお休みにして、神様にお祈りする日にしようってこと。

 それ以外の日は、みんな働いてる。なんでだか最後の日も《アテイール》様の日なのに、お休みじゃないんだ。

 

 その七日間を一週間にして、最初の生き物が誕生するまでに4週間掛かったから、それを一ヶ月にしたの。

 そして、大地に草や木が生えたりして、この世界が今みたいになるにに十二ヶ月かかったんだって。それが一年になったというわけ。


 そんな訳で、今日はお祈りの日。

 だから僕は、テーブルの上に《あいちゃん》を立てて、【通信欄】を開く。

 そうしたら、僕は両膝をついて、目をつぶる。それで胸の辺りで両手を組むんだ。

 そうやって《あいちゃん》に、みんなが幸せでありますようにってお願いするの。

 本当は教会がある町なら、そこへ行ってお祈りするんだけど、あいにくこの村には教会がない。

 いつもは、日が昇る東のほうを向いてお祈りするんだけど……


『アルちゃん……これはいったいなんのつもりなのかな?』

  

 お姉ちゃんも僕のとなりで同じようにしてる。

 なんでこんなことしてるかって言うと、お姉ちゃんの《神書しんしょ》をパワーアップして欲しいんだって。

 だから一緒にお祈りしてって言われたんだ。


『おい! そこのアバズレ! いくら祈っても、ムダだぞ! お前の神書はそのままだ。ざまぁみろ! ハハハハハー!』


 僕は目をつむりながらお祈りしてるから《あいちゃん》が、何かを言っているみたいだけど分からない。

 ただ、瞼を閉じていても、ピカピカって光ってるのが、何となく分かった。


「そんなこと言わないで。アテイール様。これはアルくんの為でもあるんです」


 そんなことを考えていたら、お姉ちゃんの声が聞こえた。

 それで、お姉ちゃんがなんか僕を抱きよせてくれる。

 なにかな? って思ったから、僕は瞼を開く。そうしたら、お姉ちゃんの顔が近づいてきて……

 あっ、またキスしてくれるのかな? じっとしながら待っていると、僕の胸はドキドキと早鐘を打っていく。

 心の中で、はやくっ! はやくっ! って催促しちゃう。だって、嬉しいんだからしょうがないよね。


 そうしたら、視界のはじっこで、ビカッっと《あいちゃん》が光ったの。

 それで光が治まった《あいちゃん》を見た。

 左のページに《あいちゃん》のお顔。目を大きく見開きながら、小さなお口を大きく開けて、両手でほっぺを抑えてた。

 なんか目も白眼だし、元々白いお肌は青味がかかるしお化けみたい。

 どうしちゃったのかな? なんて僕が思っていたら、

 

『無理なものは無理なの! これは、我の決めた理なの! だから、アバ……じゃなくて、そこのお嬢さんの神書しんしょは、とーっても残念だけど、そのままなの。ほんとにざんねん……ごめんね』


 そう記された《あいちゃん》は、テヘってベロを出して片目をつむった。

 僕はなんか嘘ついてるみたいだったから、僕はじーっと《あいちゃん》を見た。

 だって《あいちゃん》のお顔は、お姉ちゃんが意地悪を言うときみたいなものだし、右手を頭に添えてて、なんか人を馬鹿にしてるみたいなんだもん。

 

『アルちゃん……そのお目目はやめて……そんなお目目で私を見ないで……』


【通信欄】の左のページに《あいちゃん》の困ったようなお顔。

 右のページに、そんなことが記されていた。《あいちゃん》は、ページいっぱいに神語で言いたいことを書いたり、いろんなお顔をしたり。

 すごく器用に僕とおしゃべり? するんだ。


『さすがはアルちゃんね……授けてもいない御業を使うなんて……【愛憐の瞳】と名づけるわ』


【愛憐の瞳】? いったいどういう意味なのかな? 

《あいちゃん》が言ったことが分からない僕は、首を傾げながらお姉ちゃんを見た。

 最初は僕の目を真っ直ぐ見ていたお姉ちゃん。でも、すぐに顔を背けられちゃった。


「お姉ちゃん? どうしてそっぽむいちゃうの?」

「まったくアルくんの瞳は反則ね」

 

 どうやら僕の瞳は、うっすらと涙で潤んでいて、その潤んだ瞳とお願いってされてるような表情が相まって、なんでも言うことを聞きたくなっちゃうらしい。

 お姉ちゃんが教えてくれたけど、僕は別に意識してない。たぶん気持ちがすぐに顔にでちゃうだけだと思うんだ。


『あのね、アルちゃん。おい、そこのメス……じゃなくてお嬢さんも聞くがいい。』


 なにかを伝えたいらしい《あいちゃん》は、眩しい光を放つのをやめてやさしい淡い光をだした。

 このくらいの光なら、目に優しくていい感じ。僕はじーっと《あいちゃん》を見る。

 すると《あいちゃん》の白いほっぺが少しだけ赤く染まった。


『結論から言うと、私がアルちゃん以外の神書を変えることはできないの。ベルスが作ったこの世界の入れ物の外に私たち神はいるの。それで神書を通じてこの世界の人々とつながっているというわけ。だから、この世界の人間で私と通じ合えるのは、アルちゃんだけなの。わかった?』


「じゃぁ、あいちゃんからレプリース様にお願いしてもらえないの?」


『嫌よっ! なんで私が……じゃなくて、違うの。レプリースのヤツにしばらく会ってないの。探すとなると、とっても時間掛かっちゃうし、そうするとアルちゃんのそばを離れなきゃいけないの』


「ふーん……」


『あのね。神の御業を使うのに祝詞のりとがあるでしょ? あれはね、三章節に別れていてそれぞれにちゃんと意味があるの。一章節目で、アルちゃんが私の名を呼んでくれると、アルちゃんと神書がつながるの。二章節目で、どんな力を欲しているのかを宣うと、神書が判断をしてその御業を使う準備をするの。それで最後の三章節目で発動するの。だからね、このアテイールが干渉できるのは、アルちゃんだけなの』


「やっぱりダメなのかー」


 そう言ったのはお姉ちゃんだった。少し残念そうなお顔をしてる……僕は少し寂しくなった。

 でも、お姉ちゃんは学園を卒業してて、少しは《神書しんしょ》のことを知ってるみたい。

 ただ、ここまで詳しくは教えてもらえないみたいで《あいちゃん》の言うこと? をしっかり聞いていた。というか、読んでいた。


「でもアテイール様……どうしてアルくんに、あんな危ない御業を授けたんですか? どう考えても、やりすぎじゃないですか?」


 お姉ちゃんは、なにか思うところがあったらしくて《あいちゃん》にそんなことを聞いた。

 僕はそんなお姉ちゃんと《あいちゃん》を交互に見やる。

 すると《あいちゃん》のお顔が真剣になって、言うか言わないかどうしようか考えてるみたい。


「あいちゃん。僕も教えて欲しいよ。だって、あの御業を使ったら、頭の中がすごくごちゃまぜになるし、よく分からない言葉でいっぱいになったりするし、どうしてそんなことになっちゃうの?」


『アルちゃん……あのね。アルちゃんには、この世界の誰もが成しえなかったこの世の理を勉強してもらいたいの。それでね……私を……この世界へ顕現させてほしい……』


 正直言って僕は意味が分かりませんでした。

 だからまたお姉ちゃんを見たんだ。そうしたら、お姉ちゃんは吃驚したように口に手を当てて、目を見開いてた。

 どうしてそんなお顔してるの? 僕は心配になって、お姉ちゃんの袖を掴むと何度も揺すった。


「お姉ちゃん! どうしたの? どうしてそんなお顔になるの? あいちゃんは、なんのこと言ってるの?」

「アルくん……あ、あのね……」


『アルちゃん。今はまだわからなくていいの。でも……これだけは覚えておいて。この世界の理が崩れ始めているの。このままいくと、世界が滅んじゃう』


 しばらくの間、お姉ちゃんは黙ったままだった。

 僕も世界が滅んじゃうって聞いたらとても怖くなった。それなのに、僕が頑張らないとダメみたい。

 でも、世界が滅ぶなら大好きなお姉ちゃんも、母様との思い出が詰まったこのお家も、みんな無くなっちゃう。


「あいちゃん……お姉ちゃん……僕……がんばる……でも、僕のこと助けてくれる?」


 僕は精一杯に気持ちを込めてお願いした。お姉ちゃんも、この村の人たちも……みんな僕の大事な人たちだ。

 だから僕は頑張る。みんなが幸せに暮らせるように。


「アルくん……よしっ! アルくんと私がいれば大丈夫! 一緒に頑張ろうねっ!」


 お姉ちゃんはそう言って、僕の顔を頬ずりしてくれた。

 そんなお姉ちゃんが意地悪なお顔をしながら《あいちゃん》を見ていたことを僕は知らない。

 そんな僕たちを見ていた《あいちゃん》のお顔が、白目を剥いて口をパクパクとさせていたことも、僕は知らない。


 でも僕たちは、僕が成長して《あいちゃん》をこの世界に顕現させる為に旅に出ることになったんだ。


 * * *


 今日は僕たちの旅立ちの日。


 昨日のうちにお世話になったゼナおばさんやバンおじさん、それに村長さんにご挨拶は済ませていた。

 でも、アリスは会えなかったのが心残り。

 ちゃんとごめんなさいしてから行きたかった。


 お家にあった母様ははさまとの思い出の品を持った僕。母様ははさまがいつも身につけていたペンダント。

 もう一度だけ部屋を見わたした。

 そうしたら母様ははさまとの思い出が、たくさん……たくさん……僕は悲しくなっちゃって、涙が止まらない。


 キッチンでご飯を作ってくれる母様ははさまの後姿。

 僕が両手を伸ばすとだっこしてくれる母様ははさま

 僕が泣いていると、いい子いい子しながら頭を撫でてくれる母様ははさま

 今、ここに母様ははさまが居てくれるかのように、鮮明に僕の前に立って微笑んでくれていた。

 

「アル……私のアルならきっと大丈夫。だからそんな悲しいお顔しないの。母様ははさまはいつもアルの心の中にいますよ」


 左手で抱えるように《あいちゃん》を持っていた僕は、表紙に涙がぽとぽとと落ちていた。

 表紙に映し出された《あいちゃん》のお顔の上を僕の涙が伝っていく。

 心配そうに見上げる《あいちゃん》が目に入ると、僕は右手で涙を拭い鼻水をすする。

 

母様ははさま……行ってきます」


 お姉ちゃんに右手を引かれ、お家を後にした僕たちは村の出口を真っ直ぐに目指した。

 見上げれば雲ひとつない気持ちのいい天気。

 草木が芽吹き、寒さもだいぶ和らいで過ごしやすくなったそんな頃。


「アルのバカーっ!! アルなんてだいっきらいっ! もう帰ってくんなーっ!!」


 僕を大声で罵る声が聞こえた。

 振り返った僕が目にしたものは、泣きながら一生懸命に手を振るアリスだった。

 僕はお姉ちゃんのお顔を見る。「行っておいで」って言ってくれたから、アリスのほうへ歩き出そうとした。


「こっちにこないでっ! アルっ! 私のこと忘れないでね! 私、ずっと待ってるから!」


 泣きながら叫ぶアリスを見た僕は、手を振ってそれに応えた。


「ごめんねっ! ひどいこと言って! 僕もアリスのこと、絶対に忘れないよー!」


 大きな声で叫んだら、なんか心の中がスッキリとした。

 僕が生まれ育った村。

 幸せなことも悲しいこともたくさん詰まったドルダダ村。

 アリスにお別れをして振り返ると、お姉ちゃんに手を引かれ《あいちゃん》を左手で抱えながら、村を出た。

 時折振り返って、村が見えなくなるまで、アリスは僕に手を振っていた。

 いつかまた、アリスにもきっと会える。

 その為にも僕は頑張るんだ。

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