第4話 神様は少し変わってる
僕は目を覚ますと、ベットの中にお姉ちゃんがいないことに気づく。
そうすると昨日のことは、夢だったんじゃないかと不安になった。
ベットから飛び起きるようにして、部屋の中を見まわすけど、やっぱりいない……
物音一つしない部屋の中で、項垂れてしまう。
きっと僕は、今にも泣きそうな顔をしてたと思う。
「おはよう! アルくんって、あれ!? どうしちゃったの?」
僕はお姉ちゃんに飛びつく。
「だって、どっか行っちゃったと思ったんだもん」
「あれれ? アルくんって、ほんとに甘えん坊さんなのかな?」
「ちっ、ちがうもん!」
「大丈夫だよ。どこにも行かないから。ちょっと宿屋に行って、今日はアルくんをお休みさせてくださいってお願いしてきただけだから」
「ほんとに?」
「今日はね、アルくんともっといっぱいお話をするの」
「お話?……」
お姉ちゃんは、意地悪な顔をしたあとに、ニコニコしながら、そんなことを言った。
やっぱり《神書》のこととかなんだと思う。
母様との約束は破っちゃったけど、この人ならいいよね?
そんなお姉ちゃんは、貴族様だって言ってた。だけど領地を持たない騎士爵の3女で、家が貧乏だから冒険者をして食べているんだって。
冒険者をすると、いろんな町でおいしいもの食べられたり、野宿は大変だけど夕暮れの景色とかは、すごい綺麗だって教えてくれた。
僕はこの村から出たことがないから、お姉ちゃんのお話は、とってもおもしろくて嬉しかった。
でも、神様の御加護があるんだから、神道騎士団にはいらないの? って聞いたら、顔を背けられて、フンってされた。
あまり強くない加護みたい……だから、それ以上は、聞いちゃいけないような気がして。
神道騎士団や神道術士団に入るのには、人数の枠があって、加護持ちと言っても全員が入れるわけじゃないだって。
「アルくん。神書のこととかまだよく知らないでしょ? お姉ちゃんが教えてあげる。それともまだお姉ちゃんのこと信じられない?」
「ううん……でも、お姉ちゃん……もう、どこにも行かないでくれる?」
「アルくん……なんでそんなに甘えん坊さんなの?」
お姉ちゃんは、そんなことを言いながら、僕の頬を突くんだ。
構ってくれるお姉ちゃんは嬉しいけど、甘えん坊じゃないからね!
「いでよ神書」
僕は《神書》を呼び出す。目の前に眩い光が現れると、その中から本が出てきて、僕の手元へ降りてくる。
十センチほどの厚みのある立派な本。革であしらわれたカバーには《アテイール》様の紋様が入っている。
その紋様は世界一有名な紋様だ。なにしろ教会のシンボルになっている紋様だから。
お姉ちゃんと、テーブルに並んで座り、僕の《神書》を一緒に見ることになった。
創生の神 《アテイール》様の紋様が入った本を、ゆっくりとめくっていく。
【神装変身】のページを開くと、めくるのをやめた。
僕の前に置いてある《神書》を覗き込むようにすると、お姉ちゃんのお顔が近づいてくる。
空のような青い真っ直ぐな髪が垂れるのを、手で避けるようにすると、お姉ちゃんの横顔がすぐ近くで見えた。
透き通った碧い瞳も、白い肌も、少しだけ紅のさした唇も、すごく綺麗だった。
僕がじーっと見てると「ほら」と言って、ちゃんと《神書》を見るように怒られちゃった。
“【アテイールのローブ】
身体能力向上 一〇〇倍。
防御能力向上 あらゆる攻撃を、九九%カット。毒耐性・状態異常に患う確率を九九%カット。
アルちゃんの大事な身体を守る専用装備。
オプション装備
神器【理を正すタクト】
樹齢九,九九九年の神木で作られたアルちゃんだけに使える専用装備。
オプション装備のみを呼び出すこともできる。欲しいときは「【理を正すタクト】」と名を呼ぶだけ。
仕様
神獣の一種【神蚕】一〇〇%の超最高級品。
これが着れるのは、神々とアルちゃんだけ。
夏は涼しく、冬は身体の熱を外に逃がさない親切設計。
解除方法は、心の中で「おしまい」って想うだけ。
※注意事項
大きくなるまでは、絶対に無理をしちゃダメ。じゃないと、いろんなとこ痛くなっちゃうからね。”
僕の《神書》に書いてあること。
なんか身体能力はアップするけど、子供は身体ができてないから危ないみたい。
ちなみに神文字で書かれたそれらを読むことは、加護持ちなら誰でもできる。
加護を受けた人は、生まれたときから、神文字だけは読めるんだって。
それでいて、一般の人が使う文字は、別にあるわけだけど、それは神文字がやたら難しくて、一般の人には向かないからって言われてるんだ。
「…………」
なんかお姉ちゃんの様子がおかしい。
僕の《神書》をじーっと見てるけど、なんか黙ったままだよ。
おかしいとこでもあるのかな?
「ずっずるいなぁ……さすがは、アテイール様の御加護ね」
「どうして?」
お姉ちゃんは目を見開き溜息をつくと、僕の顔を見ながらそう呟いた。
だから僕は不思議に思って聞いたんだ。するとお姉ちゃんは自分の《神書》を呼び出すと、僕に見せてくれた。
お姉ちゃんの《神書》の表紙にも紋様は入っているけれど、よくわかんない。
厚さは一センチにも満たない薄い本。そんな《神書》を開いてくれる。
“【光の鎧軽量タイプ丙型】
素早さ向上 一〇倍
防御力向上 あらゆる攻撃を三〇%カット。同系統の攻撃を九〇%カット。
熟練の剣士が使えば脅威となる。
仕様
鋼鉄一〇〇%を極限まで薄く加工した神の一品。
光の加護を与えることにより、軽量化と防御力向上を同時に成功させた。
オプション装備 なし。
解除方法は「戻れ」と心の中で願え。”
「…………」
なんか僕の《神書》とだいぶ違うね……
そう思ったら、なんて言っていいのか、わからなくなった。
「なんか、薄いし、すいぶん……さっぱりとしてるね」
「そうよ。私を加護してくれてるのは、光を司る神レプリース様。の……たぶん使徒……」
「使徒ってなあに?」
「あのね、アルくん。神様は何人もいるけど、いろんな人に加護を与えられないから、私みたいに、神様の分身が加護を与えてくれるのよ。だから、アルくんみたいに偉い神様が直接ね、加護してくれることって珍しいの」
「ふーん……」
お姉ちゃんの説明によると、やっぱり僕はすごいみたい。それはそれで嬉しいけど、お姉ちゃんのも強くなればいいなって思う。
それならこれからは、僕がお姉ちゃんを守ればいいのかな? そうすればずっと一緒に居てくれるかも。
僕は思ったことをお姉ちゃんに話した。
「じゃあ、これからは僕がお姉ちゃんを守ればいいんだね!」
「こらっ! アルくんたら、そんな生意気なことを言って! そんなアルくんにはこうだっ!」
そう言ってお姉ちゃんは、僕のほっぺを両手でつまむと、むにむにとした。
でもお姉ちゃんは、ニコニコしてて嬉しそうだった。だから僕も嬉しい。
お姉ちゃんの《神書》を閉じて、テーブルの少し遠くに置いた。
そうして僕の《神書》を手に取り、ページをめくっていくと、第2の御業のページを開いてテーブルの上に置いた。
“【外道の分解】
用途・用法
アルちゃん専用の御業。
祝詞を宣えば、理から外れた全ての存在に使用可。但し、一度の寿詞で一体のみに効く。
神器【理を正すタクト】から、放たれた光に当てられた者は、強制的に理の世界へと戻される。
理の世界へと戻される過程で、アルちゃんはそれを知ることができる。
また、練習すれば、狙ったところだけ、世の理へ戻すこともできる。例、腕だけとか足だけとか。
※注意事項
慣れるまでは、無理しちゃダメ。理を知るということは、大変なことだから。
でも大丈夫。大きくなれば、きっと上手に使えるようになるからね。”
僕の《神書》に書かれていることは、おおまかに言うとこれでおしまい。
この後には、いろいろと長い文章が書いてあって、読んでも、お姉ちゃんにもよく分からないみたい。
ただ、それらの文章は、神の御業を発動するための式なんだって。学園ではそれを【神式】って呼んでるらしい。
祝詞を宣うと、その【神式】に従って神の御業として発動する。
学園で研究が進められてるけど、まだよく分からないことが多いみたい。
僕の《神書》は、まだ白紙のページがたくさん残ってる。
きっと大きくなったら増えるのかな?
「そうなの……だからなのね」
「なあに? お姉ちゃん」
「ほら、ここに理を知るって書いてあるでしょ? これの副作用でアルくんは、三日も寝てたんじゃないかな」
「そういえばね、あの熊さんの記憶とかいろんなことが頭の中にはいってきたの。それで気分悪くなっちゃって……」
「そうなのね……でも、そうすると、危ないから、そんなにたくさん使えないね」
そう言うと、お姉ちゃんはまた黙ってしまった。
「…………」
どうしたんだろう?
顎に手を当てながら、何かを考えてるみたい。
「どうしたの?」
「なんか、アルくんが、ずいぶんと愛されてるっていうか、過保護っていうか……なんていうか……」
「ダメなの?」
「ううん……いいのよ」
まぁ、大したことじゃないかと言って、僕の頭を撫でてくれる。
お姉ちゃんのお顔が見れるように、見上げるようにしていたら、テーブルの上の僕の《神書》が、また輝きだした。
吃驚して、お姉ちゃんと二人で、その様子を見てた。
ものすごいスピードで勝手にページがめくれていった。そして、最後のほうで止まる。
“アルちゃんの成長記録
10,001年 1月1日 アルちゃんが生まれた。珠のように愛くるしい男の子。ついに見つけたわ。私の寵愛にふさわしい人の子を。
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10,007年 10月12日 アルちゃんの産んだ人の子が理の世界へと帰る。人の世界では、死んじゃうって言うのよね。アルちゃんが泣いてるのを見るのは辛いわ。でもしょうがないことなのよ。
10,008年 4月18日 アルちゃんがお願いするから、私の力を分けてあげた。まだちょっと早いとは思ったけど、しょうがないわね。
10,008年 4月21日 アルちゃんは嬉しそうにしてるけど、私はとっても不快だわ。ここに記すことすらムカつくかも。”
お姉ちゃんと二人、呆然としながら、そのページを読んだ。
止まったページを見ると、なんかゴチャゴチャ書いてある。
僕が生まれてから、事あるごとに、その日付と何があったかとか。でも、最後の行はいったい何なんだろう?
今までは、最初の方のページ見て、白紙だったらすぐ閉じちゃったから気がつかなかった。
「ほら……やっぱり過保護よねぇ……」
「お姉ちゃんの本には、書いてないの?」
「うん。書いてもないし、こんなこと、聞いたこともないよ」
そうしたら、また勝手にページがめくれて、【通信欄】っていうページで止まった。
上の方に【通信欄】って書いてあるけど、それ以外は何も書いてないと思っていたら……
『ちょっと! アルちゃん! 早くそのメス豚から離れなさい!』
唐突に記されていく神語。
神文字が光り輝きながら、文章として体をなしていく。
それで最後に1度ピカって光って、やっと読めるようになるんだけど、それがすごく眩しい。
なんかとっても自己主張してるみたい。
それでいて、書いてあることが、なんかひどいの。メス豚って、ひょっとしてお姉ちゃんのことなの?
「あの……アテイール様ですよね?」
『……なに? このメス豚は。我に問いかけるなんて、メス豚の分際で無礼極まりないわね』
「ねぇねぇ、アテイール様……メス豚って、お姉ちゃんのこと?」
お姉ちゃんが《アテイール》様に問いかけたのだけど、やっぱりメス豚ってお姉ちゃんのことみたい。
ひょっとして《アテイール》様ってひどい神様なの? でも神様なんだから、そんなひどい人じゃないよね?
そう思って聞いてみたんだけど。
『なあに? アルちゃん。相変わらずかわいいわね。でもね、アルちゃん。そんなメス豚に、お姉ちゃんなんて呼んじゃダメよ。それとくっつきすぎだから、早く離れなさいね』
「…………」
やっぱりお姉ちゃんのことだ……
どうしてそんなひどいこと言うの? 《アテイール》様は、やっぱりひどい神様なんだ……
「あの……その……私は、その……アルくんのそばにいたらまずいんですか?」
『ほんとに無礼ね。我に問いかけるなど、許されないわよ。それになんなの? メス豚の分際で、アルくんなんて馴れ馴れしい! アル様とお呼びなさいな。分かってるの? アルちゃんが望めば、人の世界なんて、すぐに手に入るのよ。なんたって、この我が寵愛を授けてるのよ!』
【通信欄】と書かれたページで、神語が記されては消え、記されては消える。
その度に光り輝くものだから、眩しくて、眩しくて。
「あの、アテイール様……その……眩しいから、光るのやめてください」
『アルちゃん……お目目痛くなっちゃった? ごめんね。アルちゃんのお願いだったらしょうがないわね。でも、早くそのメス豚からは、離れないとダメよ』
そうして【通信欄】に記されていく神語は、光り輝くのはやめたんだけど……
でも、大好きなお姉ちゃんにひどいことばっかり言うのが我慢できなくて。
「アテイール様……僕のお姉ちゃんにひどいこと言うのやめてください」
「……アルくん……」
『…………』
そう呟いたお姉ちゃんが、僕を抱きしめてくれて。
そうしたら、おでこの辺りになにかやわらかい感触があったの。
「チュッ」
お姉ちゃんが僕のおでこにキスしてくれた。
この間まで、母様がよくしてくれたこと。最初は、あったかいんだけど、湿ったおでこは、すぐにひんやりとしてくる。
僕は、たくさん嬉しくて、お姉ちゃんの腰の辺りに腕を回して抱きついた。
そうしたら、なんか後ろのほうで、プスプスって音がするんだ。
なんだろうって思って《神書》を見たの。
「……お姉ちゃん、僕の神書から煙でてる……だっ、だいじょうぶかな?」
僕は心配になって、お姉ちゃんに聞いてみた。
だって、なんか一本だけヒョロヒョロって、煙が上がってるの。
そうしたら、今度はまた、ビカーって光るとフラフラと宙に浮いた。
そのままフラフラとしながら、お姉ちゃんの目と鼻の先で留まる《神書》。
『おい。このメス豚。いいかげんにしないと、あんたひどいわよ』
なにかお姉ちゃんに言ったみたいだけど、僕には見えない。
でも《神書》に何かを言われたらしいお姉ちゃんが、僕の目を真っ直ぐ見ながら微笑んでくれた。
「ねぇねぇ、アルくん。お姉ちゃんのこと、好き?」
それで、そんなことを聞いてきた。
もちろん僕の答えは決まってる。
「えっとね……好きじゃないよ……だって、僕はお姉ちゃんのこと、だいだいだーい好きだもん!」
ゴトッ。
何かが落ちる音がした。
すると《神書》が、床に落ちて真っ白になりながら、プルプル? コトコトと震えてた。
なんだか様子がおかしい。僕は、きょとんとしながらお姉ちゃんと《神書》を交互に見やる。
お姉ちゃんのお顔が、意地悪な顔になってて《神書》を見ながら、フッってしてた。
そのうちに《神書》がフラフラと宙に浮いて、僕たちの前で留まった。
『しょうがないわね……わ、わかったわ。でもね、アルちゃん。私は《アテイール》様なんて呼ばれ方はイヤなの。もっとアルちゃんには、仲良しさんみたいに呼んで欲しいの』
「《アテちゃん》?」
『うーん……ちょっと、ちがうかな。もうちょっと……こうなんていうか、私のこと好きっていう感じのないかな?』
「うーん……じゃぁ《あいちゃん》?」
『それ! それがいい! さすがは、アルちゃんね。じゃぁ、これからは私を《あいちゃん》って呼んでね。それと、私をしまっちゃダメ。いつになったら気づいてくれるのか、ずっと楽しみにしてたのに、まさか、こんなメス豚と仲良しになるなんて……それとくっつきすぎない。』
「わかりました。《あいちゃん》!」
『うーん……予想以上にくるわね……イイワ……これからは、アルちゃん・あいちゃんコンビで行くの。それでいつも私を大事に持ち歩くの。それにおねむするときは、私を抱きしめながら寝るのよ』
なんか喜んでくれたみたい。
「でも、その……《あいちゃん》目立つから……その紋様とか……」
『大丈夫。私がアルちゃんを困らせるわけないでしょ?』
そう言って? 記入された《あいちゃん》は、眩い光に包まれると、表紙の紋様は消え、変わりに銀色の髪をした綺麗な女の子のお顔が映し出された。
僕と変わらない? ぐらいのかわいらしい女の子。その瞳は全てを見透かしているような黄金色をしていて、その幼い容姿からは考えられないぐらいの神々しさを纏っていた。
でも、僕たちとお話? する《あいちゃん》は、笑ったりふくれっ面したり、とても不思議な感じの女の子なんだ。
とっても偉い神様は、こんな女の子だったの?
『アルちゃん。そ、その……キスしてほしかったら、私がいつでもしてあげるし……あれだったら、その……アルちゃんからしてくれてもいいのよ』
元の【通信欄】が開かれ、そんな言葉が記入される。
やがてその言葉が消えると、表紙に映し出された銀色の髪をした綺麗な女の子の顔が映し出された。
その女の子は、頬を染めて、瞼を閉じると、小さな唇をつきだしてくる。
とってもかわいくて綺麗な女の子のはずなんだけど、本の中にいる少女を見ると、なんていうか……
ごめんなさい。正直言って、不気味で怖いです。
「…………」
少しの間だけ、そんな《あいちゃん》を眺めてたんだけど。
こういうときは、どうしたらいいのかな? 僕には難しすぎてわかんないや。
困った僕は、お姉ちゃんのお顔を見た。
そうしたら、お姉ちゃんは、呆れたような顔をしながら、無言で頷くだけ。
しょうがないから、僕は必死に考えた。まだ、一の位の足し算ぐらいしかできないけど、がんばった。
そうだ! お友達になってもらえばいいんだね?
一人で納得する僕。
「あ、あの……《あいちゃん》。これからも、その……仲良くしてね」
そうして僕に《あいちゃん》っていうお友達ができた。
そんな《あいちゃん》は、世界で一番偉いと言われてる神様。
それなのに、ひどいことも言うし、なんか偉そうじゃないし、正直に言うと少し変だなって思う。
でも《あいちゃん》は、これからの冒険に欠かせない、とっても頼もしいお友達だったんだ。




