表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/20

第3話 お姉ちゃんができた!

 どれくらい寝ているんだろう……僕はまだたぶん寝てる。

 初めて使った神の御業。厳密に言えば2度目かもしれないけど。

 夢の中で、よみがえる外道の熊デヴィル・ベアとの戦いと、その情報の数々。

 まるで自分が倒した外道の熊デヴィル・ベアになったかのごとく、その半生が走馬灯のように映像として映し出され、脳裏に刻まれてゆく。

  

 敵だと思って戦いに臨んだ外道の熊デヴィル・ベア

 神様が決めた理に背いた存在。

 脳裏に刻まれた熊の半生は、とても悲しいものだった。

 母親を目の前で罠に掛けられて殺されると、必死に逃げた。

 まだ小さかった熊は、自分で満足に餌を取ることもできず、お腹をすかしていた。

 母親を亡くした悲しみにくれながら、一人で森を彷徨う。

 次の日にどこからともなくしてきたいい匂いに釣られるように、その方向を目指して歩く。

 やがて、人間の声が聞こえ始めてきたころ、木の陰からこっそりと覗き込んだ。

 そこでは、見たものは、無残に解体された母親が調理されている情景。

 母親は、楽しそうに会話をする人間の胃袋におさまっていく。


 映像は、次第に早送りをしたようにものすごいスピードで流れていく……

 やがてあるシーンで映像は突然止まる。それは子熊が餓えに苦しみながら命の灯火をついに消すところ。


 タスケテ……タ…ス…オマ……エニ……


 映像に霞がかかったようになると、どこからかともなく声が聞こえてくる。

 それは、母親を殺された子熊が神様の理を外れ、外道に落ちていくまでの物語。

 子熊の悲しみが僕の心を覆っていく。


 その後の夢は、難しい言葉が延々と羅列でよくわからないもの。

 ずっと無条件に見させられるだけで、夢の中のはずなのに、なんだか気持ち悪くなった。



「アルくん……アルくん!」


 遠くのほうで、僕の名前を呼ぶ声がする。とても安心する綺麗な声。

 右手に心地よい温もりを感じると、僕をやさしく包んでくれる。

 やがて覚醒していく意識の中で、僕はゆっくりと瞼を開けた。

 最初に目に入ったのは《ドルダダのほとり》の客室の天井だった。

 窓から入ってくる日差しは、午前中を感じさせるものだった。

 そして視界の隅に少しだけ、ソフィアさんのおでこと綺麗な青い髪が入る。

  

「よかった……気がついたのね……」


 僕をやさしく気づかってくれる声に、自然と心が安らいでいった。

 そうしたら、僕のせいで攻撃を受けちゃったこととか、凄い辛そうな顔をしながら、必死に気づかってくれたこととか、いろんなことを思い出した。

 それで、すごく悲しくなってきて、泣きはじめちゃったんだ。

 それに僕の頬に流れる涙をやさしく拭うソフィアさんは、疲れた顔をしてたけど、微笑んでくれた。

 ソフィアさんは、すごくやさしいから甘えたくなったんだと思う。

 こんなやさしいお姉ちゃんがいたら、さみしくないのに……そう心の中でこっそり願う。


「ソフィアお姉ちゃん……ごめんなさい……グス……」

「アルくん。どうしちゃったの? ほら、泣かないの。もう大丈夫だから……ね」

 

 そしたら僕の口からは勝手にお姉ちゃんって言葉がでてきた。

 僕はまだボーっとしていると、おもむろに頬を撫でられる。

 

「アルくん。そんなに泣いてたら、ガールフレンドがたくさん心配しちゃうよ」

「…………」

「ガールフレンド?」 


 ソフィアさんの言葉に、何を言われているのかわからない僕はきょとんってした。

 そうしたら、彼女の後ろからひょっこりと赤い髪のアリスがでてきて、指を唇に当てながら、心配そうに僕を見つめる。


「ちっちがうよー! アリスなんて僕に意地悪しかしないもん!」


 僕は思わず叫ぶ。だってアリスはいつも意地悪ばっかりする女の子。

 そんな彼女がガールフレンドなわけがない。

 でも、アリスの顔は心配そうな顔は、みるみるうちに、赤くなり頬はふくれていった。

――ベチッ! っと僕の顔をタオルが覆うと、目の前が真っ暗になった。

 

「アルなんてだいっきらい!」


 走って遠ざかる足音が聞こえたと思ったら、投げつけられたタオルがぺろって剥がれ落ちた。


「こらっ! アルくん……女の子にそういうこと言っちゃだめでしょ!」

「だって……」


 呆れるように僕を諭すソフィアさんと客室に残されると、また睡魔が襲ってきて、気がついたら夕方だった。


  * * *

 

 起きてからが大変だった。

 僕が神の御業を使って、外道の熊デヴィル・ベアをやっつけたことを、村のみんなが知っていて、食堂に降りていったら、いきなりもみくちゃ。

 やれ英雄だの、勇者だのと。村人たちの笑顔は、晴々としたものだ。

 でも僕は母様ははさまとの約束を破ってしまったことのほうが心配だった。


 ひとつ、《神書しんしょ》のことは大人になるまで、秘密にしていること。

 ひとつ、困っている人がいたら、助けてあげること。

 ひとつ、女の子にはやさしくすること。


 それが母様ははさまとの三つの約束。

 膝を突いて、僕の目を真っ直ぐに見つめる母様。人差し指、中指、薬指を順番に立てていき、僕にそんな約束をさせた。

 その真剣な母様ははさまの面差しが脳裏によみがえる。

 そして、村人たちの祝賀ムードが盛り上がるほどに、逆に僕の気持ちはどんどん落ち込んでいった。

 食堂の真ん中で浮かない顔をしていると、ソフィアさんが話しかけてくれた。


「アルくん? どうしたの?」

「なんでもない……」

「アルくん。まだ疲れてるのかな? なにしろ3日も寝たきりだったんだよ?」

「えっ? 僕、そんなに寝てたの?」


 三日も寝っぱなしだったことに正直驚いた。

 そういえば、行商の人とかソフィアさんの仲間の人とかがいない。

 ソフィアさんだけ残ってくれたんだろうか。もしそうならすごい嬉しい。


「そうよ。だからみんなすごい心配してたんだよ。アリスちゃんもね」


 ソフィアさんが、なんかアリスにこだわってくる。ほんとに関係ないのに。

 僕はソフィアさんが残ってくれたのかが気になってるの!


「こら。アルくん。またアリスちゃんのこと悪く考えてたでしょ」


 考えたことが顔に出ちゃったみたい。

 アリスが、カウンター近くでこっちを見てるのに気づいて、顔を向けたらプイってされた。

 だいたいアリスだって僕よりお姉ちゃんなんだから、いつも意地悪するのが悪いんだ。

 

「ほんとにどうしたの?」

「あの……ソフィアさんの仲間の人たちはどうしちゃったんですか?」

「あの人たちは、コスティスに行ったよ。それがどうかしたの?」

「それじゃあ、ソフィアさんだけ残ったの?」

「そうよ? なんで?」

「なんでもないです」 


 この時の僕は、すごく嬉しくて、すごいニコニコしてた。

 お腹の辺りから、ぐわって嬉しい気持ちが湧き上がってきたもの。

 そうしたら、母様ははさまとの約束は、これっぽっちも頭から無くなっちゃった。


「それでね……アルくん……ちょっと話があるんだけど」

「なんですか?」


 僕はニコニコしながら、ソフィアさんに聞き返した。


「アルくんの《神書しんしょ》のことよ」


 天国と地獄を行ったり来たり。

 ソフィアさんの言葉に、母様ははさまとの約束を思い出した僕の気持ちは一気にどよーんとしたものになった。


 * * *


 どうしてだか、ソフィアさんが僕んちにいる。

 アル少年が外道の獣をやっつけた記念祝賀会が終了すると、


「じゃぁ、アルくんちにいこっか。もう私お金が全然ないんだ。アルくんちに泊めて」

 

 ほらと言いながら財布を逆さに振ってアピールするソフィアさん。

 その一言で連行されるように案内させられたわけだけど、すごい嬉しかったのはヒミツだ。

 半年前からひとりぼっちの家に、かわいくて綺麗なお姉さんがくるんだもん。

 それだけで、母様ははさまとの約束は、また頭のどこかに行っちゃった。

 そう……家に着くまでは……。


 僕の家は、部屋が一つと広めのキッチン。それにトイレとお風呂しかない。

 とりあえず、テーブルに掛けてもらってから、紅茶を用意した。

 ちなみに僕は紅茶なんて飲まない。母様ははさまが飲んでいたものだ。

 半年以上たってるけど、たぶん大丈夫だよね?


 そんなことを考えながら、ソフィアさんの前にお茶を出した。

 お茶菓子になるようなものは、さすがにないけど。

 上手に淹れられたか少し不安だから、ソフィアさんが口をつけるのを、じっと見ながら待つ。


「なに? そんなじっと見られたら、恥ずかしいよ」

「いえ……上手に淹れられたかなと思って……」

「大丈夫だよ。おいしいから」 


 どうやら茶葉は平気みたい。でも彼女は、母様が使っていたティーカップをジロジロ見てた。

 どうしたんだろう? なんか気になるみたい。

 僕は、お盆を片付けてから、ソフィアさんの向かいに座った。

 彼女は僕が座るのを見ると、おもむろにティーカップをテーブルに戻した。


「アルくん、早速なんだけど、帝都の学園にはいかないの?」

「…………」


 絶対に《神書しんしょ》のことを聞かれると思ってビクビクしてたのに、違うことを聞かれた。

 いきなり学園とか言われても、僕には正直言ってよくわからないもの。

 だからきょとんとしながら、首をかしげるだけなんだよね。


「あのね、アルくん。神様の祝福を受けた子たちは、みんな学校に行くの。それでね、お国の勉強したり、神の御業の練習をしたりするんだよ。それで卒業したら、神道騎士団しんどうきしだんに入ったり、神道術師団しんどうじゅつしだんに入ったりするの」

「でも……僕は……」

「なにかまずいことあるの?」

母様ははさまとの約束があって……《神書しんしょ》のことは、大人になるまで秘密にしなさいって」

「そうなのね……やっぱり《アテイール》様の加護を受けてるから? 背中の紋様がそうだったよね?」


 僕は無言で肯いた。

 僕が《アテイール》様からの加護を受けていることが知られると、悪いことに巻き込まれるかもしれない。

 無闇に神の御業も使っちゃだめって。どんなものか知られてないから、それだけでも不審がられるって言っていた。

 ソフィアさんは、僕をどうしたいんだろう? ひょっとしたら、悪い人なのかな?


「アルくん! 私のこと、悪い人だと思ってるでしょ?」


 また顔にでちゃったみたい。そんな言葉にドキッとしてしまう。

 ソフィアさんは、溜息をつくと、僕の顔をじーっと見てきた。

 

「…………」


 無言で見つめられてしまうと、どんどん恥ずかしくなってきて、ついに下を向いちゃった。

 ソフィアさんは、ひょっとして意地悪なのかな?


「アルくん。アルくん」


 僕をやさしく呼ぶ声に、上目使いで顔を上げる。

 テーブルに肘をついて僕を見るソフィアさんは、どう見ても僕をからかうような意地悪なお顔だ。

 やっぱり、ソフィアさんは意地悪な人なんだ! 僕が恥ずかしがるところを見て、喜んでるんだ!

 

「僕は、もう寝ます!」

 

 そう言って、寝室に逃げ込んだ。

 急いでパジャマに着替えると、ベットの中にもぐりこむ。そして頭まですっぽりと布団を被った。


「…………」


 でも、ソフィアさんのことが気になって、とても寝れたものじゃない。

 ベットの中でもぞもぞしていたら、突然に布団をひっぺがされた。


「こらっ! 寝る前には、ちゃんとお風呂も歯も磨かないとだめでしょ?」


 そのあと無理やり起こされて、一緒にお風呂にお湯を張ったり、歯を磨いたりした。

 母様とは少し違うけど、ほんとのお姉ちゃんみたいで、楽しくて嬉しい。


「よし! じゃあ、次はお風呂行くよー」

「ぼっ僕だって、一人でお風呂ぐらい入れるよ!」

「なに恥ずかしがってるの? 子供はそんなこと気にしなくていいの!」

 

 僕がもじもじとしていたら、そう言って無理やりパジャマを脱がされて、お風呂に連れて行かれた。

 そうして僕は、ソフィアさんに、なすすべもなく、身体の隅々まで洗われちゃう。

 ソフィアさんは、もちろんすっぽんぽんではない。身体にタオルを巻いていたよ。

 

「お姉ちゃんが肢体を洗ってる間に温まっててね」


 そう言ってソフィアさんは、タオルを外しちゃった。

 その時に、ちらっとだけ、わき腹の少し上に痣がついてるのが見えた。

 たぶん、攻撃されたときにできた痣だ。

 ソフィアさんの肌はとても白くて綺麗なのに、そこだけ青黒くなってるのが、とても痛々しい。

 僕のせいでできた痣。今でもきっと痛いと思う。

 悲しい気持ちになった僕は、ずっとお風呂の中で、目をつむってた。

 

 少ししたら、身体を流す音が聞こえた。と、思ったら、今度はソフィアさんが湯船に入ってきて、僕の後ろに座るんだもん。

 ソフィアさんに寄りかかるようになって、背中に当たるお胸の感触。やわらかくて気持ちがいいな。

 そう思ったら、とても恥ずかしくなって、すごく緊張してきたんだ。

 母様ははさまと一緒にお風呂に入っても、緊張することなんて無かったのに。


 だからお風呂場でのことは、ちっとも覚えてない。

 お風呂を上がって、身体を隅々まで拭かれて、パジャマ着せられて。

 そうしたら、そのままベットに連れてかれて、一緒に布団をかぶる。


「ねぇ、アルくん……お姉ちゃん、悪い人かな?」

「ううん……」

「アルくんのお母さんって、どんなひとだったの?」


 それから、母様ははさまのことを話したり、ソフィアさんのことを聞いたりした。


「お母さんとほかになにか約束してないの?」

「困ってる人を助けなさいっていうのと、女の子にはやさしくしなさいって」

「ふーん……じゃあ、アリスちゃんにもやさしくしないとだめね」

「だってアリスはいつも僕に意地悪するんだよ」

「ちゃんとアリスちゃんと仲直りしないと、お姉ちゃん、アルくんのこと嫌いになっちゃうかも」

「……やっぱり、ソフィアさんは意地悪だ……でも、どうしてそんなに僕にやさしくしてくれるの?」

「それはね……アルくんの力を利用して、成り上がるためよ」

「…………」

「ウソ! ウソだからね。だから、そんな瞳で見ないで! うーん……アルくんがかわいいからかな?」

「なんか、とってつけたような理由……」

「そんなことないよ! だから、そんな寂しそうなお顔しないの!」

「…………」

「……ソフィアさん、やっぱり身体は痛いの? 僕のせいで……おっきい痣ができてた」

「少し痛むけど、大丈夫だよ……そ・れ・よ・り・も。アルくん、お姉ちゃんの裸見たでしょ?」

「違うもん。湯気で見えなかったもん。だけど、怪我だけ見えちゃっただけだもん」

「ほら、お姉ちゃんは大丈夫だから、そんな悲しいお顔しないの」

「…………」

 

 向かい合ってお話をしていると、やさしいお顔したり、意地悪なお顔したり、いろんなお顔をするソフィアさん。

 そんなソフィアさんと一緒に居るだけで、僕のお胸は温かくなっていくの。

 こんな人がお姉ちゃんになってくれたら、寂しくないのになって思ってしまうのに時間は掛からなかった。

 そして僕は、もう我慢できなくなっちゃったんだ。


「……ねぇねぇ……ソフィアさんのこと……お姉ちゃんって呼んでいい?」


 そうしたら、「おいで」って言われてやさしく抱きしめてくれた。

 お姉ちゃんの抱擁は、とても温かくて、気持ちよくて。それにとてもいい匂いがして。


「お姉ちゃん……僕ね。一人ぼっちで寂しいの嫌だよ。ずっとお姉ちゃんと一緒に居たいよ……」

「アルくんは、甘えん坊さんだね」


 そんなお姉ちゃんのやさしい声が聞こえたら、僕はいつのまにか眠りについていた。

 一人ぼっちの僕に、お姉ちゃんができたとても大切な日になった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ