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甘えん坊少年と過保護な女神とお姉ちゃん  作者: 桜川 清太郎
第1章 理から外れた存在 コスティス編
18/20

第18話 ウサギのお姉ちゃん、逃げる

お待たせしました。

じわりブクマも増え、新たに評価も頂き誠にありがとうございます^^


 ギルドマスターの部屋は、金髪の偉そうなおじさんの声で静まり返った。


「コスティス男爵……」


 ダルンさんが呟く。

 

 短めの金色の髪と翡翠のような瞳。

 帝国貴族らしく、白をベースに金や銀で、眩しいくらい装飾を施した高級そうな服。

 この人が、エルステイン・コスティス男爵らしい。

 この町はもちろん、ドルダダ村や周辺の村の領主様だ。


「ダルン! 白雪龍(ホワイトスノー・ドラゴン)を屠った者に直々に会い参ったと思えば、これは、どういうことなのだ?」

「コスティス男爵。お待ち下さい。この者は、シリンギ村の生き残りで……」


 ダルンさんは、見た目より臆病な人なのかな。

 大きな身体に怖そうなお顔してるけど、男爵様にたじたじだもの。

 でも、ダルンさん自身、吃驚させちゃったから、しょうがない。

 だけど、ウサギのお姉ちゃんを、一人にさせておくわけにもいかないし。

 

 僕もお姉ちゃんも、どうしたらいいのか分からなくて、黙っているしかない。

 ウサギのお姉ちゃんは、ぼーっとしてる。

 自分の事を言われてるって、分からないのかもしれない。

 

「このような者は、聞いたこともない。外道(デヴィル)の新種なのか? それなら、何故に縛らぬ」

「…………」


 コスティス男爵の問いに、誰も答えられない。

 その瞳は、竦みあがっちゃうぐらいに怖いもので、下を向いちゃったんだ。


 だけど、僕は、ウサギのお姉ちゃんを捕まえるために連れてきたんじゃない。

 きっと、望んでこんな姿になったわけじゃない。

 そんな彼女を助けたくて、僕が……連れて来たんだ。

 

「で、でも、ウサギのお姉ちゃんは、悪い人じゃないもん!」 


 僕は、勇気を振り絞って言ったんだ。

 そしたら、男爵の冷たくて威厳のある眼が、ギョロってこっちを向いた。

 僕の胸を突き刺すような瞳。

 怖い……。怖いよ。


「そなたなのか? 強力な神道術を使う子供というのは。俄かに信じられぬが……」

「男爵。確かにその子供です。確か、名前はアルだったな?」

「アルメオ!」


 男爵の影から、にゅーって出てきた男の人。

 ドルダダ村で、お姉ちゃんの仲間だった人だ。

 その時に、キザっぽい嫌な感じがしたけど、今もそんな感じ。

 それに、キザっぽいだけじゃなくて、なんか厭らしい。


 お姉ちゃんが、キザ男の名前を叫ぶ。

 でも、男爵に睨まれると、お姉ちゃんも下を向いてしまった。

 

「男爵。この外道(デヴィル)を捕らえましょう。民に危険が及ぶかもしれません」


 キザ男さんが、男爵の耳元で囁くように言った。

 ウサギのお姉ちゃんを、穢い物を見るような眼は、ほんとに嫌な感じだ。

 そんなこと言わないで。ウサギのお姉ちゃんは、そんなことしないよ。たぶん。

 

「ちょっとお待ち下さい!」

「なんだ?」

「その者は、確かにそのような姿をしておりますが、人を襲うような外道(デヴィル)ではありません。私どもで責任を持って面倒を見ますから……」

「そなたは何を言っているのだ? このような外道(デヴィル)が町を歩くだけでも、民が不安がるのではないか?」

「……しかし、捕らえてどうするつもりなのですか?」

「そのようなことまで、そなたらが考えることではない」


 お姉ちゃんとコスティス男爵が言い争う。

 僕は心の中で、お姉ちゃんを応援してるけど、旗色はよくない。

 

「我は、陛下よりこの地を任されている者。いたずらに民の安寧を脅かす外道(デヴィル)を、見過ごすわけにはいかぬ」


 僕は助けを求めるように、ダルンさんを見た。

 そんな僕に気づいたのか、


「男爵。落ち着いてください。仮にも《龍を討伐せし者(ドラゴン・スレイヤー)》が、責任を持つと言っているわけですから……」

「ダルン。どうしたのいうのだ。本来なら、お前が率先して、このような危険を速やかに排除するべき立場にあるのだろう」


 ダルンさんも庇ってくれたけど、男爵には通じないみたい。

 気まずい空気が漂う部屋に、兵隊さんが三人ばかり入ってきた。

 その兵隊さんたちは、ウサギのお姉ちゃんを見て、一瞬、怯んだように見えた。


「連れて行け」


 キザ男の指示で、兵隊さんの一人がウサギのお姉ちゃんをの腕を乱暴に掴む。

 

「来い!」

「そんな乱暴にしないで!」


 僕は兵隊さんにお願いをするけれど。

 どうしよう。このままじゃ、本当に連れて行かれちゃう。


 そして兵隊さんが、ウサギのお姉ちゃんのお顔を殴った。

 倒れはしなかったけれど、雰囲気が変わったんだ。

 

「アァ……」


 そして、部屋の空気が凍りついた。

 ウサギのお姉ちゃんの綺麗な桃色の瞳が、渦を巻くようにして、真っ赤な瞳へと変貌していく。

 それは紛れもない外道(デヴィル)の証。

 外道(デヴィル)に堕ちた者が持つ瞳。

 ウサギのお姉ちゃんは、憎悪に満ちた真紅の瞳を、殴った兵隊さんへと向けた。


「アァ……」

「ウサギのお姉ちゃん! ダメ! 絶対にダメ!」


 僕が止めるよりも先に、ウサギのお姉ちゃんは、ものすごい速さで兵隊さんへ襲い掛かる。

 そして、ウサギのお姉ちゃんの右の拳が兵隊さんの顔面を捉えた。

 殴られた兵隊さんは、勢いよくふっとんで、壁に叩きつけられると、気を失ってしまう。

 

 ガシャーーーン!! 


 窓が破られる大きな音がした。

 ウサギのお姉ちゃんは、窓から飛び出して、姿を消してしまったんだ。

 あまりにも唐突に起きた出来事に、僕は何もできなかった。


「おい! あの外道(デヴィル)を早急に追え!」


 コスティス男爵の大声と供に、消えたウサギのお姉ちゃんの捜索が始まった。


 * * *

 

 日は完全に沈んだ。

 空を見れば、たくさんのお星様が綺麗に瞬く。

 僕は額の汗を拭いながら、町を眺める。

 町の中は兵隊さんと冒険者の人たちで、大騒ぎになってしまった。

 各々が武器を携え、ウサギのお姉ちゃんを探しているのだと思う。

 兵隊さんが、一般市民に家から出ないように話す姿も見られる。

 そして、武器を持たない普通の人の姿は、見られなくなった。


 冒険者ギルドでは、この事態に緊急依頼として、ウサギのお姉ちゃん捕獲又は討伐依頼が貼りだされたから。


“外道(デヴィル)化したと思われる女の捕獲。尚、生死は問わない。特徴 頭部に兎の耳を持つ 難易度ER(緊急) 発生場所 コスティス 報酬 一、〇〇〇ビル”

 

 生死を問わない。

 僕はギルドに抗議したけれど、時は一刻を争うからと言われ、却下されてしまった。

 それに、難易度がER(緊急)となっていることで、誰でも依頼を請ける資格を持つという。

 ただ相手が外道(デヴィル)である以上、《ノーマル》の人たちは臨時でパーティを組んだりしてるみたいだけど。


 心ばかりが焦る。

 何とかして、あの人たちより先に捕まえないと。

 ウサギのお姉ちゃんが殺されたりしたら――僕のせいだ。


「あいちゃん! お願い! ウサギのお姉ちゃんが何処にいるかおしえて!」

「アルくん! 焦っちゃダメ!」


 走りながら《あいちゃん》にお願いする僕。

 町の中だというのに、僕は《神書(しんしょ)》を抱えるように持っていない。

 ウサギのお姉ちゃんが心配で、自分の加護がばれることなんて、気にしていられなかった。


「いたぞー!」


 そして、遠くの方から叫び声が聞こえた。

 僕らも、周りの兵隊さんや冒険者の人たちも、その声に釣られるようにして走り出す。

 

 商店街の建物を、十軒ぐらい通り過ぎ、通りの先で人垣ができているのが見えた。

 人垣に近づくと走るのをやめて、ゆっくりと近づいていく。

 肩で息をしながら、人垣の中を見ようとするのだけど。


「オリャー!!」

「ドリャーーー!!」


 人垣の中から聞こえる怒声。

 僕らは、人を掻き分けるようにして輪の中に入る。

 手に剣や槍を持ち、警戒するようにウサギのお姉ちゃんを囲む人たち。


 更にその中では、既に三人の冒険者が倒され、地面に這い蹲っていた。

 ウサギのお姉ちゃんは、僕に気がついたのか、こちらを一瞬だけチラっと見たけれど。

 その瞳は燃えるように赤くて、外道(デヴィル)の恐ろしい威圧感を漂わせる。


 そして、輪の中から、神鎧(ディエティ・アーマー)を纏った男の人が剣を片手に、お姉ちゃんの前に立ちはだかった。

 

「我は火を司る神《フレイア》様に寵愛を授けられし者。外道(デヴィル)に堕ちた者よ。覚悟するがいい」


 全身を包む真っ赤な神鎧(ディエティ・アーマー)から、うっすらと火が立ち上る。

 神装(ディエティ・アーマー)に身を包んだ冒険者は、両手で剣を持ち、緊張した面持ちで構えた。

 

「やっ……やめて……」


 僕の声などお構いなしに、ウサギのお姉ちゃんに斬りかかる。

 ウサギのお姉ちゃんは、空高く飛び上がり、剣を避けた。

 常人ならありえない跳躍力。

 きっと外道(デヴィル)化した恩恵なのだと思う。恩恵なんて言っていいのか分からないけれど。


 ――シュッシュッ! 

 

 空を切る音がしたと思ったら、ウサギのお姉ちゃんへ目掛けて、無数の矢が飛んだ。

 空中で身を守るように両腕を交差させるウサギのお姉ちゃん。

 無常にも、何本もの矢が突き刺さる。と、綺麗な桃色の髪がふわってしたのが見えた。

 そのまま、地面に叩きつけられるように、落ちてきた。


「やだーーーーーーーーーーっ!!!」

 

 地面にうつ伏せに倒れ、動かなくなったウサギのお姉ちゃん。

 肩や腕、そして太ももに刺さった矢。

 そこから血が流れる姿が、とても痛々しい。

 僕は揺すりながら、必死に起こそうとするのだけど。

 

「アァ……」


「おい。ここは、坊主の来る場所ではない。どけ!」

「もう止めて。ウサギのお姉ちゃんは、何も悪くないの!」


 僕はウサギのお姉ちゃんを必死に庇う。

 だって、僕のせいでこんなことになってしまって。

 

「その外道(デヴィル)は、俺の獲物だ。お前のようなガキが出る幕ではない」 


 僕を脅かすように、剣を鼻先へと向けられる。

 短く刈り上げられた赤い髪と、冷たい青い瞳。

 神鎧(ディエティ・アーマー)を纏った冒険者は、ベテランといった感じのおじさんだった。


 このままだとウサギのお姉ちゃんを助けられない。

 お願いするだけでは、きっとこのおじさんは、聞いてくれない。

 僕は中途半端な気持ちを、捨てなければいけないのかもしれない。

 

「ちょっと待ってください。アルくんに何をするつもりですか!」


 お姉ちゃんが僕と神鎧(ディエティ・アーマー)を纏った冒険者の間に立ちはだかる。

 両手を広げて、僕を、ウサギのお姉ちゃんを守ってくれるように。


 僕らのやりとりを見守るように、辺りは静まり返った。

 

「冒険者のおじさん。ウサギのお姉ちゃんをどうしても許してくれませんか?」

「その者は、既に外道(デヴィル)に堕ちているではないか。許すも何もない」

「…………」


 神鎧(ディエティ・アーマー)を纏ったおじさんの厳しい青い瞳は、僕の胸にも突き刺さった。

 分かってる――このおじさんが、悪いわけじゃない。

 だからといって、このまま何もせず、連れて行かせるわけにはいかない。

 早く治療もしてあげないといけないと、死んでしまうかもしれない。


 僕は、ウサギのお姉ちゃんを見た。

 苦しそうにしているけれど、禍々しい真紅の瞳は、綺麗だけど力のない桃色の瞳に戻っていた。

 少しずつ流れた血が、蹲るようになった肢体の周りを赤く染めていく。


「ア……リュ……」


 え? 今、僕の名前を呼んでくれたの?

 僕にはそう聞こえたんだ。苦しそうに、口から血を垂らすウサギのお姉ちゃん。

 よく見ると、お顔にも痣があって、痛々しいんだ。


「ウサギのお姉ちゃん! 大丈夫? アルだよ!」

「ア……リュ……」


 ちょっと発音がおかしいけど、確かに僕の名前を呼んでくれている!

 今までずっと周りに無関心で、何を考えているのかも全然わからなかったけど。

 でも、僕の名を呼んでくれるウサギのお姉ちゃんが、助けを求めてるような気がしてならなかったんだ。


 母様(ははさま)、ごめんなさい。

 僕は、母様(ははさま)との約束を、また破ってしまいそうです。


「お姉ちゃん。ごめんね。僕、どうしても、ウサギのお姉ちゃんを助けたいんだ」

 

 振り向いたお姉ちゃんは、綺麗な碧い瞳を僕に向けると、諦めたように溜息をつく。

 辺りは静まり返ったままだ。

 そして、僕の祝詞(のりと)を宣(のたま)う声が、辺りに響き渡った。


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