第18話 ウサギのお姉ちゃん、逃げる
お待たせしました。
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ギルドマスターの部屋は、金髪の偉そうなおじさんの声で静まり返った。
「コスティス男爵……」
ダルンさんが呟く。
短めの金色の髪と翡翠のような瞳。
帝国貴族らしく、白をベースに金や銀で、眩しいくらい装飾を施した高級そうな服。
この人が、エルステイン・コスティス男爵らしい。
この町はもちろん、ドルダダ村や周辺の村の領主様だ。
「ダルン! 白雪龍を屠った者に直々に会い参ったと思えば、これは、どういうことなのだ?」
「コスティス男爵。お待ち下さい。この者は、シリンギ村の生き残りで……」
ダルンさんは、見た目より臆病な人なのかな。
大きな身体に怖そうなお顔してるけど、男爵様にたじたじだもの。
でも、ダルンさん自身、吃驚させちゃったから、しょうがない。
だけど、ウサギのお姉ちゃんを、一人にさせておくわけにもいかないし。
僕もお姉ちゃんも、どうしたらいいのか分からなくて、黙っているしかない。
ウサギのお姉ちゃんは、ぼーっとしてる。
自分の事を言われてるって、分からないのかもしれない。
「このような者は、聞いたこともない。外道の新種なのか? それなら、何故に縛らぬ」
「…………」
コスティス男爵の問いに、誰も答えられない。
その瞳は、竦みあがっちゃうぐらいに怖いもので、下を向いちゃったんだ。
だけど、僕は、ウサギのお姉ちゃんを捕まえるために連れてきたんじゃない。
きっと、望んでこんな姿になったわけじゃない。
そんな彼女を助けたくて、僕が……連れて来たんだ。
「で、でも、ウサギのお姉ちゃんは、悪い人じゃないもん!」
僕は、勇気を振り絞って言ったんだ。
そしたら、男爵の冷たくて威厳のある眼が、ギョロってこっちを向いた。
僕の胸を突き刺すような瞳。
怖い……。怖いよ。
「そなたなのか? 強力な神道術を使う子供というのは。俄かに信じられぬが……」
「男爵。確かにその子供です。確か、名前はアルだったな?」
「アルメオ!」
男爵の影から、にゅーって出てきた男の人。
ドルダダ村で、お姉ちゃんの仲間だった人だ。
その時に、キザっぽい嫌な感じがしたけど、今もそんな感じ。
それに、キザっぽいだけじゃなくて、なんか厭らしい。
お姉ちゃんが、キザ男の名前を叫ぶ。
でも、男爵に睨まれると、お姉ちゃんも下を向いてしまった。
「男爵。この外道を捕らえましょう。民に危険が及ぶかもしれません」
キザ男さんが、男爵の耳元で囁くように言った。
ウサギのお姉ちゃんを、穢い物を見るような眼は、ほんとに嫌な感じだ。
そんなこと言わないで。ウサギのお姉ちゃんは、そんなことしないよ。たぶん。
「ちょっとお待ち下さい!」
「なんだ?」
「その者は、確かにそのような姿をしておりますが、人を襲うような外道ではありません。私どもで責任を持って面倒を見ますから……」
「そなたは何を言っているのだ? このような外道が町を歩くだけでも、民が不安がるのではないか?」
「……しかし、捕らえてどうするつもりなのですか?」
「そのようなことまで、そなたらが考えることではない」
お姉ちゃんとコスティス男爵が言い争う。
僕は心の中で、お姉ちゃんを応援してるけど、旗色はよくない。
「我は、陛下よりこの地を任されている者。いたずらに民の安寧を脅かす外道を、見過ごすわけにはいかぬ」
僕は助けを求めるように、ダルンさんを見た。
そんな僕に気づいたのか、
「男爵。落ち着いてください。仮にも《龍を討伐せし者》が、責任を持つと言っているわけですから……」
「ダルン。どうしたのいうのだ。本来なら、お前が率先して、このような危険を速やかに排除するべき立場にあるのだろう」
ダルンさんも庇ってくれたけど、男爵には通じないみたい。
気まずい空気が漂う部屋に、兵隊さんが三人ばかり入ってきた。
その兵隊さんたちは、ウサギのお姉ちゃんを見て、一瞬、怯んだように見えた。
「連れて行け」
キザ男の指示で、兵隊さんの一人がウサギのお姉ちゃんをの腕を乱暴に掴む。
「来い!」
「そんな乱暴にしないで!」
僕は兵隊さんにお願いをするけれど。
どうしよう。このままじゃ、本当に連れて行かれちゃう。
そして兵隊さんが、ウサギのお姉ちゃんのお顔を殴った。
倒れはしなかったけれど、雰囲気が変わったんだ。
「アァ……」
そして、部屋の空気が凍りついた。
ウサギのお姉ちゃんの綺麗な桃色の瞳が、渦を巻くようにして、真っ赤な瞳へと変貌していく。
それは紛れもない外道の証。
外道に堕ちた者が持つ瞳。
ウサギのお姉ちゃんは、憎悪に満ちた真紅の瞳を、殴った兵隊さんへと向けた。
「アァ……」
「ウサギのお姉ちゃん! ダメ! 絶対にダメ!」
僕が止めるよりも先に、ウサギのお姉ちゃんは、ものすごい速さで兵隊さんへ襲い掛かる。
そして、ウサギのお姉ちゃんの右の拳が兵隊さんの顔面を捉えた。
殴られた兵隊さんは、勢いよくふっとんで、壁に叩きつけられると、気を失ってしまう。
ガシャーーーン!!
窓が破られる大きな音がした。
ウサギのお姉ちゃんは、窓から飛び出して、姿を消してしまったんだ。
あまりにも唐突に起きた出来事に、僕は何もできなかった。
「おい! あの外道を早急に追え!」
コスティス男爵の大声と供に、消えたウサギのお姉ちゃんの捜索が始まった。
* * *
日は完全に沈んだ。
空を見れば、たくさんのお星様が綺麗に瞬く。
僕は額の汗を拭いながら、町を眺める。
町の中は兵隊さんと冒険者の人たちで、大騒ぎになってしまった。
各々が武器を携え、ウサギのお姉ちゃんを探しているのだと思う。
兵隊さんが、一般市民に家から出ないように話す姿も見られる。
そして、武器を持たない普通の人の姿は、見られなくなった。
冒険者ギルドでは、この事態に緊急依頼として、ウサギのお姉ちゃん捕獲又は討伐依頼が貼りだされたから。
“外道化したと思われる女の捕獲。尚、生死は問わない。特徴 頭部に兎の耳を持つ 難易度ER(緊急) 発生場所 コスティス 報酬 一、〇〇〇ビル”
生死を問わない。
僕はギルドに抗議したけれど、時は一刻を争うからと言われ、却下されてしまった。
それに、難易度がER(緊急)となっていることで、誰でも依頼を請ける資格を持つという。
ただ相手が外道である以上、《ノーマル》の人たちは臨時でパーティを組んだりしてるみたいだけど。
心ばかりが焦る。
何とかして、あの人たちより先に捕まえないと。
ウサギのお姉ちゃんが殺されたりしたら――僕のせいだ。
「あいちゃん! お願い! ウサギのお姉ちゃんが何処にいるかおしえて!」
「アルくん! 焦っちゃダメ!」
走りながら《あいちゃん》にお願いする僕。
町の中だというのに、僕は《神書》を抱えるように持っていない。
ウサギのお姉ちゃんが心配で、自分の加護がばれることなんて、気にしていられなかった。
「いたぞー!」
そして、遠くの方から叫び声が聞こえた。
僕らも、周りの兵隊さんや冒険者の人たちも、その声に釣られるようにして走り出す。
商店街の建物を、十軒ぐらい通り過ぎ、通りの先で人垣ができているのが見えた。
人垣に近づくと走るのをやめて、ゆっくりと近づいていく。
肩で息をしながら、人垣の中を見ようとするのだけど。
「オリャー!!」
「ドリャーーー!!」
人垣の中から聞こえる怒声。
僕らは、人を掻き分けるようにして輪の中に入る。
手に剣や槍を持ち、警戒するようにウサギのお姉ちゃんを囲む人たち。
更にその中では、既に三人の冒険者が倒され、地面に這い蹲っていた。
ウサギのお姉ちゃんは、僕に気がついたのか、こちらを一瞬だけチラっと見たけれど。
その瞳は燃えるように赤くて、外道の恐ろしい威圧感を漂わせる。
そして、輪の中から、神鎧を纏った男の人が剣を片手に、お姉ちゃんの前に立ちはだかった。
「我は火を司る神《フレイア》様に寵愛を授けられし者。外道に堕ちた者よ。覚悟するがいい」
全身を包む真っ赤な神鎧から、うっすらと火が立ち上る。
神装に身を包んだ冒険者は、両手で剣を持ち、緊張した面持ちで構えた。
「やっ……やめて……」
僕の声などお構いなしに、ウサギのお姉ちゃんに斬りかかる。
ウサギのお姉ちゃんは、空高く飛び上がり、剣を避けた。
常人ならありえない跳躍力。
きっと外道化した恩恵なのだと思う。恩恵なんて言っていいのか分からないけれど。
――シュッシュッ!
空を切る音がしたと思ったら、ウサギのお姉ちゃんへ目掛けて、無数の矢が飛んだ。
空中で身を守るように両腕を交差させるウサギのお姉ちゃん。
無常にも、何本もの矢が突き刺さる。と、綺麗な桃色の髪がふわってしたのが見えた。
そのまま、地面に叩きつけられるように、落ちてきた。
「やだーーーーーーーーーーっ!!!」
地面にうつ伏せに倒れ、動かなくなったウサギのお姉ちゃん。
肩や腕、そして太ももに刺さった矢。
そこから血が流れる姿が、とても痛々しい。
僕は揺すりながら、必死に起こそうとするのだけど。
「アァ……」
「おい。ここは、坊主の来る場所ではない。どけ!」
「もう止めて。ウサギのお姉ちゃんは、何も悪くないの!」
僕はウサギのお姉ちゃんを必死に庇う。
だって、僕のせいでこんなことになってしまって。
「その外道は、俺の獲物だ。お前のようなガキが出る幕ではない」
僕を脅かすように、剣を鼻先へと向けられる。
短く刈り上げられた赤い髪と、冷たい青い瞳。
神鎧を纏った冒険者は、ベテランといった感じのおじさんだった。
このままだとウサギのお姉ちゃんを助けられない。
お願いするだけでは、きっとこのおじさんは、聞いてくれない。
僕は中途半端な気持ちを、捨てなければいけないのかもしれない。
「ちょっと待ってください。アルくんに何をするつもりですか!」
お姉ちゃんが僕と神鎧を纏った冒険者の間に立ちはだかる。
両手を広げて、僕を、ウサギのお姉ちゃんを守ってくれるように。
僕らのやりとりを見守るように、辺りは静まり返った。
「冒険者のおじさん。ウサギのお姉ちゃんをどうしても許してくれませんか?」
「その者は、既に外道に堕ちているではないか。許すも何もない」
「…………」
神鎧を纏ったおじさんの厳しい青い瞳は、僕の胸にも突き刺さった。
分かってる――このおじさんが、悪いわけじゃない。
だからといって、このまま何もせず、連れて行かせるわけにはいかない。
早く治療もしてあげないといけないと、死んでしまうかもしれない。
僕は、ウサギのお姉ちゃんを見た。
苦しそうにしているけれど、禍々しい真紅の瞳は、綺麗だけど力のない桃色の瞳に戻っていた。
少しずつ流れた血が、蹲るようになった肢体の周りを赤く染めていく。
「ア……リュ……」
え? 今、僕の名前を呼んでくれたの?
僕にはそう聞こえたんだ。苦しそうに、口から血を垂らすウサギのお姉ちゃん。
よく見ると、お顔にも痣があって、痛々しいんだ。
「ウサギのお姉ちゃん! 大丈夫? アルだよ!」
「ア……リュ……」
ちょっと発音がおかしいけど、確かに僕の名前を呼んでくれている!
今までずっと周りに無関心で、何を考えているのかも全然わからなかったけど。
でも、僕の名を呼んでくれるウサギのお姉ちゃんが、助けを求めてるような気がしてならなかったんだ。
母様、ごめんなさい。
僕は、母様との約束を、また破ってしまいそうです。
「お姉ちゃん。ごめんね。僕、どうしても、ウサギのお姉ちゃんを助けたいんだ」
振り向いたお姉ちゃんは、綺麗な碧い瞳を僕に向けると、諦めたように溜息をつく。
辺りは静まり返ったままだ。
そして、僕の祝詞を宣う声が、辺りに響き渡った。