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甘えん坊少年と過保護な女神とお姉ちゃん  作者: 桜川 清太郎
第1章 理から外れた存在 コスティス編
16/20

第16話 シリンギ村 2

新しくブクマしてくださった方、誠にありがとうございます。

読んで下さる方が増えると嬉しいです。

 いつの間にか降っていた雨は止んだ。

 お空は雲で覆われていて、お日様は見えないけれど。

 さっきまで降っていた雨で、少しぬかるんだ道を、村へ消えた人影を追って駆ける。


 僕らを見て逃げるのなら、たぶん戦うつもりはないよね。

 例え《あいちゃん》が言った、できるはずのない禁忌の御業を使われていたとしても。

 元が人間なら、人を襲わないのなら。


 僕は異形の姿に変えられてしまった村人たちのことを想う。

 あの人たちだって、きっと望んでそんな姿にされたわけじゃないはず。

 

「待ってーーーーー! 逃げないでーーーーーーー!」


 そう叫びながら、広場へと向かう。

 行商の人たちが使っていた荷馬車のあったところだ。

 頑張って走ったから、胸が少し苦しい。

 僕は、見失った影を探しながら、溜息を一つ吐いた。

 

「見失っちゃったね。とりあえず、一軒ずつ探していこうか」


 僕もお姉ちゃんも変身したまま。

 だから、普通よりだいぶ早く走れるはずなのに、見失っちゃった。

 やっぱり、普通の村人じゃないのかもしれない。


『アルちゃん。油断しちゃダメだよ。相手は理から外れた存在・・かもしれないからね』

 

 僕は無言で頷いたけど、《あいちゃん》の言ってることに疑問を持ったんだ。

 それは、理を外れた存在・・って、なんだろう? ということ。


 冒険者ギルドの討伐依頼にある、外道デヴィル化した獣たちとは、違うような気がしたんだ。

 僕が知っていることは、人間を食べちゃった獣が外道デヴィルに堕ちるってこと。


 創生の女神様は、《ロディア》によって創られた存在・・? って言うけれど。

 それだと、ドルダダ村で襲ってきた外道化した熊デヴィル・ベアや、外道化ヤマネデヴィル・ヤマネとは違うのかな?

 

 そもそも、《ロディア》って何なの? 御業を使えるなら、《あいちゃん》みたいな神様なのかな?


 僕はまだ知らないことがたくさんあって。

 でも、小さな子供だからって教えてもらえない。

 違う! ――僕が自分から聞かなかっただけだ。

 どうせ聞いてもよく分からないからって、自分に言い訳してただけなんだ。

 

 いろんなことを考えながら、村のお家を見て回った。

 気がつけば、六軒目のお家。

 僕らは、一階建てのあばら家の前に立った。

 見たところ、おかしなところはないけれど。


 ここまで調べたお家には、誰も居なかった。

 確かに人が住んでいた痕跡はあったのだけど。当然だよね。お家なんだから。

 でも、どれくらいの時間か分からないけど、暫らくの間、使ってた感じがしない。


 テーブルの上には、うっすらと埃が積もってたり。

 お家の外は、雑草が生えて歩きにくかったり。

 ドルダダ村でもそうだったけど、お家の周りでは、野菜を作ったりするんだ。

 僕は作ってなかったけど、そうやって少しでも食べ物を確保するんだよね。

 それで自分のお家の周りぐらいは、雑草を刈ったりするはずなんだ。

 

 シリンギ村のお家は、全体的に手入れがされていない。

 村人たちは、みんな化物に変えられてしまったからかも知れないけれど。


「やっぱり、いないね。どんな人かって見えた?」

「ううん。でも、お姉ちゃんと一緒ぐらいの大きさだったから、たぶん人だと思う」

「何処に隠れてるのかな。村の外に逃げちゃったりしてるかもね。アテイール様。何か分かりませんか?」


『…………』


 お姉ちゃんが《あいちゃん》に問いかけるけど、小さい唇を尖らせて、プイッとしてしまった。

 なんかご機嫌ナナメみたい。ほんとに困った女神様だよ。


「《あいちゃん》。意地悪しないで、教えてよ」


『だって。アルちゃんもソフィも約束守らないし』


 困った女神様は、そう書きながら、またプイッと顔を背けちゃった。

 でも、そんな《あいちゃん》が、僕らが辿ってきた道の方を見ているのに気づいた。


「あっちでいいの?」


『アルちゃんなんて、もう知らないっ!』


 当たりみたい。

 口ではそんなこと言っても、助けてくれるんだ。

 実際は《神書しんしょ》に書いてるだけなんだけどね。

 そんな《あいちゃん》は、頬を膨らませながら、怒ってるみたいだけど。

 

「《あいちゃん》、ありがと」

 

『アルちゃんは、ほんとにずるいんだからーっ!』


 僕はお礼を言った。

 すると《あいちゃん》は、黄金色こがねいろの瞳を細め、小さなお口を、いーってするんだ。

 どうしてそんな感じになっちゃうのかは、分からない。

 僕はお礼を言っただけなのにね。


 僕らは来た道を戻って、通り過ぎていた壊れかけのお家の前で止まる。

 屋根と壁が半分ぐらい壊された木の小さなお家。

 壊されたところからは、お部屋の中が見えていて、テーブルやら食器やらが散乱してて。

 そんなお家の前で、異変に気づいちゃったんだよね。

 

アレ・・だよね」

「たったぶん……アレ・・……ウサギさん? なのかな?」


 お姉ちゃんと二人で、壊された壁の向こう側を見たんだ。

 お部屋の中にテーブルがあるんだけど、ウサギさんの桃色をしたお耳だけが、ぴょこーんって飛び出てるの。

 そのテーブルの下は、ちょうど壁に隠れているから、どうなってるのかは分からないんだけど。

 

「あれって、隠れてるつもりなんだよね。思いっきり耳が出てるけど」


 お姉ちゃんは、そう呟きながら、腰に収まっている剣に手を掛ける。

 警戒しているのか、空色の綺麗な髪の影から見えるお顔は、とても真剣だった。

 そんな雰囲気に僕も緊張してくるのだけど。

 でも、正直に言うと、人みたいなのとは戦いたくないよ。

 

「あの……そこのウサギさん?」


 あっ、お耳がちょっと動いた。ピクッって感じ。

 きっと気づいてくれたよね?

 

「ねえ、ウサギさん? 出てきて」


『ちょっと、アルちゃん。気をつけてよ』


「大丈夫だよ。戦うつもりなら、隠れたりしないもん」 


 それは願望であって、何の根拠もないこと。

 でも、僕はやっぱり戦いたくなくて。壊れた壁の隙間から入っていったんだ。


 ガタンッ! って音がしたと思ったら、テーブルが盛大に引っくり返った。

 とても大きな音で、吃驚した矢先――。


「アア……」

「……あの、大丈夫ですか?」


 テーブルがあったところで蹲る桃色の髪をしたお姉ちゃん。

 ぴょこーんってしてたお耳も垂れて、両手で頭を押さえているんだ。

 すごい痛かったんだと思う。それで僕は近づこうとしたんだけど。


「ア……アア……」


 何かを言ってくるわけでもない。

 呻くように口を開き、立ち上がったウサギのお姉ちゃんを見上げる。

 飾り気のない薄手の白いワンピースに、頭についたウサギのお耳と、エリカさんみたいな大きなお胸。

 少し長めの綺麗な桃色をした髪の毛は、癖があるせいか、所々が撥ねてるんだ。

 白い綺麗なお肌に、薄い唇をへの字に曲げて、歯を食いしばるように、瞼を閉じた先に涙を浮かべながら、痛がってる。


 そんなウサギのお姉ちゃんが可愛らしくて。僕よりたくさん大きいんだけどね。

 僕は不謹慎だって、ちょっと思ったりしたのだけど。

 

 でも、そんな彼女が、閉じていた瞼をゆっくりと開けた時――!!! 少しビクッと強張ってしまったんだ。

 僕が見たウサギのお姉ちゃんの真紅の瞳。それは外道デヴィル化特有の瞳だったから。


「アァ……」

 

 ウサギのお姉ちゃんは、プルプルと痙攣したようになって、無表情に僕を睨んできた。

 

「アルくん!」


『アルちゃん!』


 僕の後ろで様子を窺っていたお姉ちゃんの叫び声が聞こえた。

 きっと僕の名を叫んだ《あいちゃん》が光り輝き、ウサギのお姉ちゃんを照らす。


 ウサギのお姉ちゃんは、僕に殴りかかってきたのだけど。

 僕は避わすことができなくて、俯き加減に歯を食いしばった。


「…………」


 油断したんじゃない。

 でも、僕はウサギのお姉ちゃんを助けたいって思ったんだ。


 不幸にも《ロディア》の禁忌によって、禍々しい存在へと変えられてしまった村人たち。

 さっきやっつけた村人だった者たちの中に、この人の家族がいたかもしれないという事実。

 戦いが終わり、そのことに思いが至ると、この人とは戦っちゃダメって思ったんだ。

 僕がウサギのお姉ちゃんの仇になってしまうと思うと、とても悲しくなる。

 

 だから、半人前の僕だけど、この人には、戦って欲しくないって思うし戦いたくないの。

 でも、その想いは、今、裏切られそうなんだけど――。


「アア……」


 いつまで待ってもぶたれない僕は、恐る恐る瞼を開ける。

 そうしてウサギのお姉ちゃんを見たんだ。

 睨まれるだけで、怖くなってしまう真紅の瞳はそこになはい。

 その変わりに桃色の綺麗な瞳と、悲しそうなお顔をしながら涙を流すウサギのお姉ちゃん。

 僕もなんだか悲しくなってきちゃって。そんなウサギのお姉ちゃんの瞳をじーっと見たの。


「ウサギのお姉ちゃん……ごめんね」

「アァ……」


 何かを言いたいのか、震える唇がワナワナとしてるんだけど、出てくる言葉は呻き声に近いものばかり。

 でも、きっとこのお姉ちゃんは、悪い人じゃないって勝手に思ったんだ。

 もしこのウサギのお姉ちゃんが悪い人じゃないのなら――。

 お姉ちゃんも、エリカさんも、ミラさんも。やさしいお姉ちゃんはみんな抱きしめてくれるんだ。

 だから、ウサギのお姉ちゃんも、だっこしてくれるなら――。


 僕は両手を広げておねだりしてみたんだ。


「ウサギのお姉ちゃん。だっこ……だっこして?」

「ちょっと! アルくん! なに言ってるの!」


『アっ、アルちゃんっ!』


 僕の顔が、ウサギのお姉ちゃんのお胸に埋められた。

 よかった。この人もやさしいんだって思った。それにお胸からお姉ちゃんと一緒の甘い匂い。

 うれしいがいっぱいになる香りがする。

 そう思ったら、涙が出てきちゃって。顔をぐりぐりとしちゃったんだ。


 そうして僕は振り返った。

 お願いするようにお姉ちゃんを見る。

 

「お姉ちゃん、ウサギのお姉ちゃんも、連れて行っちゃダメ?」

「アルくん? 本気?」


『そうよ。アルちゃん。連れて行ってどうするつもりなの?』


「だって、このままにしておけないよ。それに僕が……。僕が村の人たちをやっつけちゃったんだよ。その中にウサギのお姉ちゃんの、お父さんやお母さんがいたかもしれないんだよ」

「…………」


『…………』


「でも、それなら尚更……。そのウサギさんが嫌だと言ったら?」


 僕はウサギのお姉ちゃんをじーっと見ながら、綺麗なお手手を握る。

 

 僕は、母様ははさまとの三つの約束を思いだす。


 ひとつ、困っている人は助けること。

 ひとつ、女の子にはやさしくすること。


 指を折りながら僕に約束させた母様ははさま

 ウサギのお姉ちゃんは、困っているのかどうかも分からないけれど、誰も居ないシリンギ村に残していくことなんてできないよ。

 それに、《あいちゃん》が言った理から外れた可哀相な存在・・なら、他の冒険者に討伐されてしまうかもしれない。


 そんなこと、僕は絶対にいやだっ!


「ウサギのお姉ちゃんも一緒にいこ。こんなところで一人ぼっちはダメだよ。ねっ。僕と一緒にいこっ」

「……アア……」


 僕の言っていることが分からないみたい。

 それに話すこともしないウサギのお姉ちゃん。

 もどかしくなった僕は、無理やり手を引っ張って、お家の外へ連れ出した。


 なんだろう? なんか変な感じがする。抵抗されるわけでもない。

 僕はウサギのお姉ちゃんの顔を見たんだ。

 でも表情のない、何を考えているのかも分からない、そんなお顔しかなくて。

 だから、とても心配になっちゃった。


「ウサギのお姉ちゃん。ヘーキ。僕たちは悪いことしないから、だから、ヘーキだから」


 そう言って、僕はウサギのお姉ちゃんを連れて行く。

 

「ちょっと、待って! アルくん! ほんとに連れて行くの?」


『アルちゃん! ダメだよ! そんなメス連れてくなんて、絶対にダメっ!』


 我がままなことをしてるって、分かってるよ。

 でも、一人ぼっちになったら、僕みたいに寂しくなっちゃう。

 無表情で、何を考えているのか分からない、ウサギのお姉ちゃんが心配なんだもん。


 僕は、お姉ちゃんと《あいちゃん》の言うことを聞かないことに、少し後ろめたさはあるんだけど。

 溜息をつくお姉ちゃんと、ピカピカ光る《あいちゃん》が、僕の後を小走りについてくる。

《あいちゃん》は、フラフラ飛びながらなんだけどね。


 そうして誰も居なくなったシリンギ村を出て、コスティスの町へ帰ることにしたんだ。

 

 

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