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甘えん坊少年と過保護な女神とお姉ちゃん  作者: 桜川 清太郎
第1章 理から外れた存在 コスティス編
15/20

第15話 シリンギ村 1

 ――雷鳴が轟く。

 僕は、とても大きな轟音に吃驚して声をあげてしまった。

 お姉ちゃんの握る僕の手の力にも自然と力が入る。

 綺麗な空色の髪と澄んだ碧い瞳。お胸はこぶりだけど、とってもやさしい僕のお姉ちゃん。


 コスティス男爵のせいで、お姉ちゃんと一緒の時間が減った。

 町を出てから、ずっと一緒だったけど、僕にはお姉ちゃんが足りてない。

 それに、あんなおっきな雷様が落ちたらと思うと、寒気が走ったようにブルってしちゃう。

 だから、僕はお姉ちゃんの引き締まった臀部こしに抱きついた。


「ほら。アルくん。そんなにくっついたら、動きにくいよ」


『そうよ。アルちゃん。とっとと離れなさいな』


「だって……。雷が怖いんだもん」

「でも、何が出るかわからないのよ? それに、アルくんも《マスターB》の冒険者なんだからね? すごい力があるんだから、これぐらいで驚かないのっ!」

「……でも」


 僕はお姉ちゃんを見上げ、綺麗な碧い瞳を、お願いってじーっと見る。

 だって、もっとたくさん、いい子いい子して欲しいから。

 

「もうっ! わかったよ。そしたら、この依頼が終わったらねっ!」


『おいっ! やっ……約束が違うじゃないか!』


「だって、アルくんが……」


 お姉ちゃんは僕の頭を撫でた後、《あいちゃん》と言い合いを始めちゃった。

 バツが悪そうに俯くお姉ちゃんと、ピカピカ光りながら飛び回る《あいちゃん》。

 そんな女神様は、雷よりも眩しかったりする。音はしないけどね。


「降り出しちゃうかな……」


 一頻り話し合いが済んだのか、お姉ちゃんは空を見上げながら呟いた。

 山の麓に程近いシリンギ村の天気は変わりやすいんだって。

 僕は、頭の上でおやすみ中のプティを、濡れちゃいけないと思い、胸ポケットにしまう。

 お顔だけ覗かせたプティを、お姉ちゃんと《あいちゃん》が、ジロジロ見るんだ。


『アルちゃん。それ、すごくいいと思う』


 黄金色こがねいろの瞳を細めて、そんなことを《神書しんしょ》に書き連ねていく。

 創生の神様は、相変わらず、僕の周りを飛び回り、神語で言葉を話す。というか記入していく。

 そして、綺麗な銀色の髪をした少女のお顔で、怒ったり、笑ったり、はにかんでみたり。

 ほんとに器用だと思う。


「そっそうかな……」


 そんな《あいちゃん》に見つめられると、僕も照れてしまうけど。

 それに、何かよく分からないけど、《あいちゃん》が嬉しそうだから、よかったと思うんだ。


 ポツポツと水の雫が顔に当たるのを感じると、降り出した雨。

 雷様も、ゴロゴロと今から行くぞっ! 落としちゃうぞっ! って、言ってるみたいで、とても怖い。


「ちょっと、あそこの軒先借りて、雨宿りしよ」


 僕らはシリンギ村へ入ると、一番近くに見えた小さなお家へと、小走りに目指したんだ。

 

 * * *


 民家の軒先で、雨宿りを始める。

 お姉ちゃんは、雨に濡れてしまった僕の髪を、手拭いで拭いてくれる。

 やわらかい手拭いは、お花の刺繍が入ってて、お姉ちゃんのいい匂いがした。

 僕はそんな香りに自然と頬が緩んでしまう。


「よしっ! おしまいっ!」

「お姉ちゃん。ありがとっ」


 嬉しい気持ちがいっぱいになったんだけど、すぐに村の様子がおかしいことに気づく。

 村に、人の気配が感じられないんだ。

 降り出した雨のせいで、村人が居ないっていう感じじゃない。

 暫らく人が居ないせいで、空気が冷たいというか。そんな感じ。

 

 僕らの依頼は、シリンギ村と行方不明の商人たちの調査。

 もう誰も居なかったら、どうするのかな? なんてことを考えてしまう。


「あのー。ごめんくださーい」


『アルちゃん。気をつけて。何か嫌な気配をを感じるの』


 お姉ちゃんが、借りた軒先のお家に人が居ないかと、扉を叩く。

 そして《あいちゃん》が、黄金色こがねいろの瞳で僕を見つめた。

 いつになく真剣なお顔の《あいちゃん》は、なんと言ってもこの世界を造った創生の女神様。

 僕は無言で頷いて、辺りをキョロキョロと見わたした。


 分厚い雲に覆われた空は、辺りを暗くしていて、とっても不気味なんだ。

 少し離れたところには、何軒か民家も見える。

 ドルダダ村と一緒で、小さい村なんだろうけれど、すぐ隣にお家が建ってるわけじゃない。

 土地だけは、余ってるからね。

 目を凝らしてみると、馬車の荷台のようなものがあるのに気づいた。

 そして、お姉ちゃんの呼び出しに、お家から返事はない。

 

「お姉ちゃん。あそこに馬車の荷台みたいなのがあるよ」

「やっぱり誰も居ないのかな……って、なに? どうしたの?」


 振り向いたお姉ちゃんに、荷台の方を指差して教えてあげる。

 

「ちょっと見に行こうか。何か嫌な予感がするの。あそこを見て、一旦、馬車に戻ろうね」

「うん」


 さっきよりも少し小降りになった雨の中、見えている荷台を目指して駆ける。

 道すがら見た民家は、不自然な壊れ方をしているものもあって、不安な気持ちでいっぱいになっていく。


「ふぅ。って、荷台で間違いないね。それも、行商の人が使っていたもので、間違いないよ」

「どうして分かるの?」

「ほら、これ」


 そこにあったのは、原型を留めていない荷馬車の残骸。

 でも、散乱した残骸の中から、行商の人が扱っていたであろう品物を拾う。それは塩の小瓶。

 塩や胡椒などの調味料は、町でしか手に入らないから、散らばった残骸に混じるようにしているのは、おかしいんだって。


 言われてみればって思いながら、僕もどんなものがあるのか見ていたんだ。

 その時、雷様がまたピカーって光った。

 地面を見ていた僕の影を覆うように、とても大きな影が映ったんだ。

 その影は、絶対に危ないものだって、すぐに分かった。


 僕は恐る恐る振り返る。


『ギャーーーーーーーーーーーッ!!!』


「イヤーーーーーーーーーーーッ!!!」

「うわーーーーーーーーーーーっ!!!」

 

 そろって悲鳴をあげた僕らは、その場から一目散に逃げだした。

 途中で二回も転んじゃったけど、自分たちの馬車へ一生懸命に駆けたんだ。

 僕の眼に映った異形の者。

 薄暗くても、気味の悪い真っ赤な瞳を持った、外道デヴィル化したなんかだっていうのは分かった。

 でも、普通じゃない。だって、光る雷に当てられた化物は、ぐちゃってしてるんだもん。

 無理。あんなの気持ち悪くて相手にしたくない。絶対に無理!


「ちょっと、アテイール様! なんですかっ! アレはっ!」


『理を外れた者の姿。ロディアの禁忌によって変えられた者の姿よっ!』


「いったいなんなんですか! それっ!」


 逃げながら、叫ぶように受け答えする二人。というかお姉ちゃんだけだけど。

 馬車に着いた僕らは、あまににも吃驚したせいか、雨に濡れた服のことなんか忘れて、話し始めたんだ。


「アルくん。馬車の周りに、防御壁を張れる?」

「うん。風のでいい?」

「いいよ。それと念のために、神装ディエティ・ユニファームね。ちょっと油断しちゃったかなー。反省しないと」


 討伐依頼じゃなかったからって、二人とも変身していなかったんだ。

 お姉ちゃんはそれを悔やんでいるみたい。


「――【神装変身チェンジング・ユニファーム】! ――【防壁の風ウィンド・ウォール】!」

「――【神鎧変身チェンジング・アーマデット】!」


 矢継ぎ早に変身と、防御壁を構築してから、逃げてきた村の方を見やる。

 ゆっくりと近づいてくる大きな影。

 しかも、よく見ると、一匹じゃないんだ。大きいのから、小さいのまで。

 少なく見ても、30匹以上いる。

 偶に光る雷様が、その影を照らすとき、剥げ落ちた肉とかが見えて。

 そして化物たちは、一様に真っ赤な恐ろしい瞳をギラギラさせていた。


「お姉ちゃんっ! やだっ! あんなのやだっ!」

「ちょっと! アルくん! 離しなさい!」

「だって、無理だよ。あんなのっ! 気持ち悪いもんっ!」


『アルちゃん! しっかりしてっ! あの子たちは、可哀相な子たちなのっ!』


「えっ?」

「えっ?」


 お姉ちゃんと二人、抱き合いながら、すっとんきょうな声を出して、《あいちゃん》を見たんだ。

 あまりにも怖くて、飛びついちゃったんだよね。

 

『あのね。あの子たちも、元は人と何かの獣。それをロディアの禁忌で創りだされてしまった可哀相な存在・・なの。だから、早く休ませてあげよ』


 苦痛に顔を歪めて、神語を書き連ねていく《あいちゃん》。


『アルちゃん。よく聞いて。あの子たちも、元は村人だったはず。それを無理やり禁忌によって理から外れた存在・・に変えられてしまっただけなのよ。それも不完全な禁忌という御業を使ってね。あの子は馬鹿なのよ。完全なる存在・・なんて、創れるはずがないのに……』


 僕とお姉ちゃんは、抱き合いながら《あいちゃん》を読んだ。

 不完全な禁忌? 完全なる存在・・

 

「アルくん。今は、アテイール様の言うとおりにしよ。怖がっててはダメ。私たちは、《マスターB》の冒険者なのよ」


 お姉ちゃんだって、すごい怖がってたくせに。

 今さらそんなキリッとしたお顔しても、騙されないもん。


「でも、元は村人だっていうなら、襲ってこないんじゃないの?」

 

『アルちゃん……残念だけど、たぶん襲ってくると思うわ。それに、可哀相なあの子たちには、これ以上の苦しみを味わって欲しくないの。だから、この御業を使って』 


 そして、宙を舞う《神書しんしょ》は、やさしい光を放ちながら、パラパラとめくれはじめた。


“【蒸発の炎イバプレイション・フレイムアテイールVer】


 祝詞のりと 我は創生の神アテイールの寵愛を受け、その力を行使するもの。我が造り出す炎は、あらゆるものを焼き尽くす。【蒸発の炎イバプレイション・フレイム


 用途・用法

 祝詞のりとのたまえば、高温の炎を発します。単体・複数に使える便利な御業。

 この炎に包まれた者は、一瞬で蒸発しちゃうでしょう。その為、相手も苦しみません。

 発動後にアルちゃんが念じれば、自由自在に操れます。

 ただ、この御業も、見える範囲じゃないと、扱いづらいかもね。


 ※注意事項

 フレンドリーファイア(お友達に当てること)に注意。ちゃんとできないと、味方にも当たっちゃうからね。

 もし、ソフィにでも当たったら、アッというまに消えてなくなるから、それはそれで……ゲフッ”


 そうして開かれたページには、またも物騒な名前の御業が書かれていた。

 お姉ちゃんも、結果が想像できるのか、呆れたお目目をしているし。

 それにしても、蒸発ってなんなの? とっても嫌な予感しかしないし、この御業を使ったら、村人たちを殺してしまうことになるんだよね?

 そんなの嫌だよ。もっとやさしい御業はないの? そんな可哀相な人たちなら戦いたくないし。

 僕の頭の中で、そんな想いがぐるぐると巡るんだ。


「アルくん……。今は余計なこと考えちゃダメ。アテイール様の言うことを信じようね」

「う……うん」


 改めて可哀相な化物たちを見る。

 すると《あいちゃん》が言ったように、いろいろな動物と掛け合わされたようにも見えた。

 そんな化物たちの中で、ふと、一際異彩を放つ者に気づいたんだ。

 おでこに角を生やし、白い鱗と翼を持った、何処かで見たことのあるような気がしてならないもの。

 

「おっお姉ちゃんっ! あれって……」

白雪龍ホワイトスノー・ドラゴンに見えなくもないね」


 三メントル(メートル)ぐらいの白雪龍ホワイトスノー・ドラゴンに似た何かは、口を開けると丸い光の玉を作り出した。


「ちょっとっ! まずいよ! ブレス吐くの?」


 僕が相手が人だってことが、どうしても頭から離れない。

 そうしてできた隙に、先制攻撃を許してしまう。

 ものすごい速さで近づいてくるブレスを、飛びのいて避わしたまでは良かったんだけど。

 でも、ブレスは後ろにあった馬車に命中しちゃって、粉々に壊されちゃったんだ。

 だって、あの白雪龍ホワイトスノー・ドラゴンの攻撃なら、【防壁の風ウィンド・ウォール】じゃ防ぎきれないと思ったし。


「あ…あー……」

 

 見るも無残な馬車の残骸を見ながら、声にならない呟きをもらすお姉ちゃん。

 僕は、祝詞のりとのたまい始めた。

 やっぱり襲う気なんだって思ったから。

 このままだと、大好きなお姉ちゃんも守れないと思ったから。


「我は創生の神アテイールの寵愛を受け、その力を行使するもの。我が創りだす炎は、あらゆるものを焼き尽くす……」

 

 いつものように現れた幾何学模様。

 燃えるような真っ赤なそれの先に、眩しくて直に見れない丸い玉が現れた。

御業によって作り出された玉は、燃えるような赤というよりも、まるでお日様みたいなんだ。

 僕はこれから、このお日様を異形の人たちにぶつけなくちゃいけない。

 僕は心の中で、ごめんねって謝った。

 たぶん、この御業はとても強い力だと思ったから。

 それで、僕はこの人たちを殺してしまうって思ったから。


「「「【蒸発の炎イバプレイション・フレイム】!!!」」」

 

 異形の人たちは、ブレスを合図に走りながらこちらへ向かってきた。

 僕は炎の玉を、百個に別けてそれらへ向けて無差別に放つ。

 もう、狙うとか無理だもん。じっくり狙ってたら、間に合わないと思ったし。

 無造作に飛び交う業火は、雨で湿った水気をも一緒に吹き飛ばすと、辺り一面、煙でいっぱいになった。

 

 異形の人たちの断末魔すら許さない炎。

 煙の中からそれらが現れないところを見ると、たぶんやっつけたんだと思う。

 そして次第に煙が晴れていった。


 燃えかすすら残っていない。どこへ行っちゃったの?

 残されたのは、焼け爛れた街道と、微かに残る物の焼ける匂いだけ。

 危険はなくなったけど、僕は村人たちを殺してしまったんだ。

 もう、人間だって呼べる姿はしていなかったけど。

 そう思うと、怖い気持ちでいっぱいになっちゃって。


「アルくん……」

 

 お姉ちゃんが僕の名を呟いた。

 膝をついて僕の顔を見るお姉ちゃんは、どことなく辛そうな、悲しそうなお顔をするんだ。

 でも、何を考えてるのか、何を思ったのか。なんとなく聞けなくて。


 僕はそんなお姉ちゃんに抱きついて、泣いてしまう。

 そんな僕を、何も言わずに白くて綺麗な腕で、やさしく抱きとめてくれるだけ。


『アルちゃん。そんなに泣かれたら、私も悲しくなっちゃうよ』


 泣き続ける僕の前に、《あいちゃん》がフラフラと飛んでくる。

 しゅんとしてしまった女神様は、黄金色の瞳を俯き加減に、気まずそうにしているんだ。

 僕を助けれくれる《あいちゃん》と、僕に辛いことさせる女神様の御業。

 僕はそんな《あいちゃん》を見ると、複雑な気持ちになる。


 ふと、誰かに見られているような気がして、村の方を見たんだ。

 そこに人影があったような気がした。

 

「お姉ちゃんっ! 人がいるっ!」


 僕は叫びながら、村の方を指差した。

 影は逃げるように、村の中へと消えていく。


「アルくん。このまま行くよ!」


 お姉ちゃんの掛け声に合わせて、僕は涙を拭う。

 いろいろと嫌なことを思ったりしながら、それでも人影を追わなきゃって思った。

 いっぱい、たくさんやっつけちゃったけど、助けられる人がいるのなら。

 

 僕は、そんな想いを胸に、再び村へと駆けていった。

祝詞の文言を変更中です。

気づいたところなど随時修正しています。

大きな変更はございませんので、そのまま読み進めていただければ幸いです。

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