第14話 シリンギ村への道のり
新しくブクマして下さった方、誠にありがとうございます。
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僕がお泊りしてる《マリーの宿》はこじんまりとした宿屋。
一階には、食堂と玄関ホールに受付があるだけなんだけど、お花が飾ってあって綺麗なんだ。
受付のカウンターの上。階段の昇り口。小さなお花だけど、通る度に仄かなお花の香りがして、心が休まるんだよね。
たぶん、エリカさんの趣味がいいんだと思う。
お姉ちゃんがシリンギ村の調査依頼を請けてきて、馬車の準備ができるのに三日。
お日様が沈んで、晩御飯を食べて、お風呂も入って。
本当なら、お姉ちゃんとお布団にもぐりこむ時間。
でも、玄関ホールでお姉ちゃんとエリカさんが言い合いを始めちゃったんだ。
「なにもこんな時間に出なくてもいいじゃない」
「昼間は目立ちますから」
「アルくんだって、こんな時間に行くのやだよね?」
「…………」
エリカさんは、僕に話を振るけども、答えられるわけがない。
でも、すごい寂しそうなお顔をしてるから、お胸が苦しくなるんだ。
「ほら、アルくん。行くよ」
そう言って、僕の手を引くお姉ちゃん。
「ちょっと待って! じゃあ、アルくん。今日はエリカお姉さんと一緒におねんねしよっか。アルくんの大好きなお胸で、ぐりぐりしてあげる」
違うよ。僕はお胸が好きなんじゃないよ。やさしいエリカさんが好きなのっ!
でも、エリカさんに、ぎゅーってしてもらうと、お胸からお花のいい香りがするから、つい、ぐりぐりしちゃうんだ。
そんなことを考えていたら、なんだか冷たい視線を感じる僕。
冷たい視線を感じる方を見上げると、お姉ちゃんが怖い顔してるの。
だから、僕は慌ててしまって。
「……うん。でも……僕……お姉ちゃんも一緒がいい!」
「アルくんったら。うーん……本当なら私だけで満足してほしいんだけどな。でもアルくんが言うなら、しょうがないかな?」
そう言ったエリカさんのお顔は、ほっぺが赤くなって、綺麗な碧いお目目がとろんとしてるの。
それに唇に人差し指を当てて、僕をじーっと見るんだよ。
いつも束ねている金色の髪を今は下ろしていて、そんなエリカさんのお顔を見たら、とても恥ずかしくなっちゃって。
エリカさんのお顔が見れないよ。
「ちょっと、アルくんっ! なんてこと言うのっ! それにエリカさんも、アルくんに変なこと教えないでくださいっ!」
「キキキキキ……?」
そんな僕らを《あいちゃん》は、冷めた目で見てるんだ。
エリカさんは、僕が白雪龍をやっつけたことを知ると、たくさんいい子いい子してくれて。
それで《あいちゃん》は、何故か飛び回るから、エリカさんにもバレちゃったんだ。
それにエリカさんは、《あいちゃん》が、意地悪なことをたくさん言ってるはずなのに、怯えないんだよね。
創生の神様が、そんなひどいことするはずないよね。だって。僕もそう思うけど。
「アルくんっ! 行くよ。言うこと聞かないと怒るからね!」
「ちょっ! 待って!」
お姉ちゃんは、僕の手を無理やり引いていく。
僕は、寂しそうに手を上げているエリカさんを見ながら、《マリーの宿》を跡にした。
* * *
僕らは静まった町を抜け、外壁の外まで歩く。
この時間になると、さすがに人通りもない。
見上げれば、お星様が綺麗に瞬いていて、昼間と違って少し肌寒いかな。
外壁の兵士さんに、こんな時間に町を出ることを訝しがられたけど、構わず町を出た。
僕の手を引くお姉ちゃんは、《マリーの宿》から一言も喋らないし、暗いからお顔は見えないけれど、少し怒ってるみたい。
何か悪いことしちゃったのかと、僕は不安で胸が苦しくなった。
そうして馬車の止めてあるところに着くと、さっさと御者台に二人で座る。
荷台に幌の付いたちょっと立派な馬車だ。お馬さんも二頭だし。
旅先で快適に過ごせるようにって、荷台で寝れるように弄ってあるんだって。
旅の準備といったって、積んである食料や着替えは、お姉ちゃんが全て用意してくれたんだけど。
僕もお手伝いしたかったけど、ずっと《マリーの宿》から出れなかったから。
食料は三週間分。着る物もたくさん積んである。
迂回をすれば、途中に村もあるんだけど、念のために用意したらしい。
依頼を出した商人の人が、全て用意してくれたんだ。
だから、ほとんどお金が掛かっていない。
お姉ちゃんも、条件が良すぎるかなって少し心配してたけど、よっぽど心配なのねって、快く貰ってきたらしい。
「私はね。アルくんの将来が心配だよ」
「……どうして?」
お姉ちゃんは、馬車を操りながら、おもむろに口を開いた。
僕はお姉ちゃんに、ぴったりとくっついて、お姉ちゃんのお顔を見上げたんだ。
「また……そうやって……」
お姉ちゃんは、僕の顔を少し見たら前を向いてしまった。
すると、今まで大人しかった《あいちゃん》が、何か言いたいらしく、淡い光を放ち始める。
僕が【通信欄】を開くと、神文字が記入されていく。
浮き出すように光る文字は、星の明かりぐらいしかないところでも、読めてしまうから便利だ。
『アルちゃん。私も心配。アルちゃんは、私だけでいいはずなのに。お願いも聞いてくれないし。すぐ人の娘とくっつくし……』
「だめなの?」
『また……そうやって……そのお目目はやめて……』
お姉ちゃんも《あいちゃん》も、エリカさんにいい子いい子されるのが嫌なのかな。
僕はいい子いい子されると嬉しいし、そんなエリカさんも嬉しそうなのに。
僕はしゅんとしてしまった。
暫らくの間、お喋りすることもなく、馬車は進んでいく。
今日は、コスティスの町から、少し離れたところでお休みするみたい。
街道の脇には、旅人や行商の人が休めるような開けた場所が、いくつもあるんだけど。
そういった場所を何個か通り過ぎた頃、だんだん眠たくなっちゃって。
ついに我慢できなくて寝ちゃったんだ。
いつの間にか寝てしまっていた僕は、とても気持ちがいい、温もりを感じながら目覚める。
御者台で寝てしまったはずだったのに、荷台の簡易ベットの中で寝かされていた。
それに、お姉ちゃんがしっかりと抱きしめてくれていて。
僕は起こさないように、こっそりお姉ちゃんのお胸に顔をつけて、ぐりぐりしちゃった。
ちょっと硬めのお胸だけど、甘い香りがすると、とても温かい気持ちになって、嬉しいがいっぱいなんだもん。
今日の《あいちゃん》は、今も僕に抱きしめさせていて、出てくる気配がない。
そんな感じで、いつもと違う朝を迎えた僕たち。
怒っていたお姉ちゃんも、起きたら碧い瞳を細くして、いつものやさしい笑顔を向けてくれた。
よかったって安心する僕。
それから朝御飯を食べて、一路シリンギ村を目指して出発したんだ。
* * *
コスティスからシリンギ村までは、馬車で一週間の道のり。
四日目の今日まで、今のところ何も問題なく進んでいた。
整備された街道は、見通しも良くて、遠くに見えていた北のお山も、次第に大きくなってきた。
ここまでの道すがら、何組か行商の人たちとすれ違った。
馬車の上から、ご挨拶すると、手を振って返してくれる。
会ったこともない人たちと、お昼を一緒に食べることもあった。
これも旅の醍醐味らしい。
そうして、最後の分かれ道を通り過ぎて、暫らく進んだところで休憩を取る。
街道の脇は、潅木がたくさん生えた林になっていて、偶に拭く風が、枝の葉を擦る音を立てるぐらいの静かな場所。
そんなところに、少しだけ開けた場所がある。旅人用の休憩場だ。
僕らは荷台から、食材を下ろすと昼食の準備を始める。
でも、コスティスを出てからは、似たようなものばかりだけど。
だって、調理できないし。だから、干し肉とパンなんだよね。
なんでも出来そうなお姉ちゃんも、料理は苦手みたい。
料理の話になったら、フンッてされたもの。
その時は、余計なこと聞いちゃったかな? って心配になったんだ。
『料理もできないようじゃ、先が思いやられるな。所詮、鼻クソの寵愛か』
「アテイール様! 酷いじゃないですかっ! 鼻クソの寵愛って、いったいなんですかっ!」
『知らないのか? なら教えてやる。ソフィの寵愛はな? レプリースのヤツが、鼻の穴を指でかっぽじって、人差し指にな? 付いた鼻クソを飛ばしたところに、お前が生まれたってわけだ。どうだ? 嬉しいか?』
「なっ!……そっそんな……私だって、必死に鍛錬に励んできたのに……鼻クソだったなんて……」
お姉ちゃんは、《あいちゃん》とお話をしていたかと思ったら、膝を付いて落ち込み始めちゃった。
そんな二人は、いつの間にか、仲良くなってるんだもの。
それは嬉しいんだけど、抱きしめて、ほっぺにキスしてくれなくなった気がする。
きっと《あいちゃん》のせいだ。たぶん。
みんなでお喋りをする最中、僕はプティに用意した木の実を、少しずつ食べさせる。
手のひらに乗せた木の実を、小さい身体で食べる姿は、とても可愛いんだ。
それで小さい頭を、二本の指で撫でてあげると、とても喜ぶんだよ。
楽しいお昼が終わる頃、落ち込んでいたお姉ちゃんが真剣なお顔になった。
「アルくん。これから先は、たぶんすれ違う人とかいないと思うから、御業の練習をしながら行くよ」
「ここでするの?」
「ちょっと、あそこの木を狙って、やってみましょうか」
そう言って、林の中の潅木を指差すお姉ちゃん。
僕は指の先を追うように、視線を林の中へ向けた。
「分かった? そしたら、あの木の両側にある木を同時に切り倒すの。真ん中には当てちゃダメ。真ん中の木は、私だと思って両脇にある木を狙ってみて」
『なんだ? ソフィも気づいていたのか?』
何やら、お姉ちゃんと《あいちゃん》がお話している。
あの真ん中の木に何かあるのかな? そんなことを考えながら、目標の潅木を睨む。
そして、神器【理を正すタクト】だけを呼び出すと、ゆっくりと祝詞を唱え始めた。
「我は創生の神アテイールの寵愛を受け、その力を行使するもの。我が意思は、あらゆるものを切り裂く風の刃……」
僕の祝詞に反応するかのように、タクトの先に緑色に輝く幾何学模様が現れる。
これが《あいちゃん》だけの御業だと金色になるんだよね。
そんなことを考えながら、大きい風の刃を二つに別けた。
そして、目を凝らしながら、目標の潅木に狙いを定める。
「【烈風の刃】!!」
僕の祝詞に反応した風の刃は、空気を切り裂く音を立てながら、真っ直ぐに目標に向かっていった。
そして見事に命中すると、バサバサって大きな音を立てながら、木が倒れていくんだけど。
「ひぃっ!!」
林の中から、男の人の悲鳴が聞こえて、逃げるように走り去る影が見えたんだ。
僕の御業で怪我をしなかったか心配になっていると、
「アルくん。上手に出来たね。えらい、えらい」
そう言って、お姉ちゃんが僕の頭を撫でてくれた。
走り去った影は、コスティスからずっと僕らの後をつけていたんだって。
「予想以上に慌てて逃げて行ったね。これで安心かな?」
それって、逆にまずいんじゃないかなって思ったんだけど。
お姉ちゃんは、気にしてないみたい。ほんとに大丈夫かな? って不安になる。
「よし。これで面倒なのも追っ払ったし、シリンギ村に一直線だよー。でもアルくんは、今みたいに練習をすること」
『アルちゃんなら、絶対にヘーキ。他の御業も私と一緒に練習しようね』
「……うん」
「キキキキキ……?」
僕は何となく、これでいいの? って思いながら頷いたんだけど。
プティもきっと僕と同じ気持ちなんだと思う。
それからというもの。御者台の上から、街道脇の木を風やら炎やらの御業で伐ったり燃やしたり。
シリンギ村に近くなるまで、《あいちゃん》の指示通りに御業を使って練習した。
僕の顔の近くを飛び回りながら、銀色の髪を振り乱して、全てを見透かすような黄金色の瞳は、いつになく真剣なもの。
そんな、女神様は、次々と御業のページを開いてくれるから、とっても便利かも。
これなら、長ったらしい祝詞を覚えなくても使えるし。
『アルちゃんっ! すごーい! 次はあの岩にしようね』
《あいちゃん》は、そんなことを言ってくれるけど。
すごいのは《あいちゃん》の御業であって、僕じゃない。
薙ぎ倒される潅木を見ながら、僕はこんなことしていいのかな? って、ずっと思ってた。
そうして道中を進んで行くと、遠くにシリンギ村が見えてきた。
只ならぬ雰囲気に息を呑んだ僕らは、馬車を街道脇に止めると、歩いて村に入っていくことにしたんだ。