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My princess  作者: みゅう
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エピローグ

「――で、二人は付き合いだした、と」

 翌朝の十時頃、俺は美優理を近所の公園に呼び出し、告白に対する答えとショッピングモールでの出来事を()(つま)んで伝えた。

「悪い。本当は、こういう事は先に済ませておくべき事だったと思うんだけど……」

「そんな、別にいいよ。元々、ダメ元だったし」

「だったら、なんであんな事……」

 ふいにあの時の事が頭に(よぎ)って、頬がかーっと熱くなる。

「十六年だよ。ただ指咥えて諦めるわけにはいかないでしょ。どんな勝率の低い戦いだとしてもさ」

 そう言って、美優理は笑う。

 それが作り笑いだと言う事は見ていて容易に分かったが、俺は敢えて見て見ぬ振りをした。

「でも、大変だね、これから。イギリスと日本じゃ」

「それが……」

 昨夜の遣り取りを思い出し、俺は思わず苦笑を浮かべる。

 夕食の後、俺達は父さんと母さんに大事な話があると伝えてその場に残ってもらい、そこでサラさんと付き合い始めた事を二人に報告した。

 一応、サラさんはホームステイに来ているお客さんであり、父さんの知り合いの娘さんなので、こういう事はちゃんとしておいた方がいいだろうと思ったためだ。

「そうか」

 俺の話を聞いた父さんは、一言だけそう呟くように言うと、そのまま口を閉じた。

「それだけ?」

 正直、拍子抜けだった。怒られるとは思っていなかったが、もう少し何か続く言葉があってもいいのではないだろうか。

「なんだ、お祝いの言葉でも言って欲しかったのか? そういうのは母さんにでも頼みなさい」

「おめでとう」

「……」

 自分の言葉に喰い気味でお祝いの言葉を述べた、満面の笑みの母さんを、父さんがバツの悪そうな表情でちらりと横目で見る。

「ごほん。……まぁ、そもそも二人が付き合いだすのは時間の問題だったし、逆にくっつきそうになかったらこっちでアレコレ画策するつもりだったからな」

「なっ!?」

 父さんのあまりの爆弾発言に言葉を失う。

「そんな、お互いの気持ちはどうなるんだよ?」

「お互い? そもそも、サラちゃんはお前と仲良くなりたくてこっちに来たわけだし、お前に付き合ってる人はおろか、好きな人がいない事も知ってたからな」

 隣に座るサラさんに目をやると、頬を赤らめ、恥ずかしそうに俯いていた。その反応を見る限り、特に反論や異論はないらしい。

「だとしても、向こうの親御さんに黙ってこんな事……」

「黙っても何も、向こうの親父さんがむしろノリノリで言い出した事だからな、今回のホームステイもくっつける件も」

「は?」

 開いた口が塞がらないとは、まさにこういう事を言うのだろう。

「すみません。そういう父なんです」

 我が事のように、サラさんが申し訳なさそうな表情を浮かべて俺に頭を下げる。

 あー。つまり、類は友を呼ぶ的な?

「ちなみに、まだ本作戦は第一段階である事をお忘れなきように」

「どういう事だよ?」

 もう面倒臭くて本当は聞きたくないが、聞かないと話が進みそうにないので仕方なく聞く。

「第二も第三もあるという事だ。具体的に言うと、八月から半月、サラさんはお前の母校でもある加賀谷(かがや)(ひがし)中学に留学する予定だ」

「は?」

 驚きのあまり、サラさんの顔をマジマシと見つめる。苦笑を浮かべているという事は、彼女もこの件を承知済みという事だろう。

「知らされてなかったのは俺だけって事か……」

 一人だけ仲間外れか。(へこ)むなぁ。

「いえ、私だって作戦とか画策とかは知りませんでしたし。ただ……」

「ただ?」

「……なんでもありません」

「えー。気になるなぁ」

「なんでもないと言ったら、なんでもないんです」

「……二人共、いちゃつくなら余所(よそ)でやってくれないか?」

 ――等という事が昨夜あり、今日に至る。

「ふーん。幸せそうで何よりじゃない?」

「……すまん」

「そこで謝られると……まぁ、いいや。じゃあ、私帰るから」

「美憂理……」

 俺に背を向け、去っていく美憂理。その足が公園の出入り口でふいに止まり、こちらを振り返る。

「これで勝ったと思うなよー。まだこの後には第二第三の美憂理が――」

 途中で自分でも言っていて恥ずかしくなったのか、突然、そこで台詞を切り、美憂理は一つ息を吐いた。

「待ち構えてるんだからね」

 台詞を全部言い終わると美憂理は、踵を返し、今度こそ住宅街に姿を消した。


「あれ?」

 風呂を出て自室に戻ると、なぜかドアが開かなかった。確かに俺の部屋に鍵は付いている。が、しかし、それが実際に使われた事は今まで一度もない。なのに、なんで……。

 とりあえず、一階のリビングを覗く。

 リビングには母さんの姿しか見当たらなかった。父さんとサラさんはそれぞれ自分の部屋にでも戻っているのだろう。

「なぁ、母さん。なんか、俺の部屋、鍵掛かってるんだけど……」

「大丈夫。祐くんの布団は客間に敷いてあるから」

「は? いや……」

 何言ってるんだ、この人。客間にはまだサラさんが……。なるほど。そういう事か。

「サラさんは承知してるのか?」

 微かに痛む頭を右手で押さえながら、最大限知っておかなければいけない情報を聞く。

「もちろん」

「そうか。鍵を渡してくれたりは……」

「しないわね」

 笑顔で言い切られてしまった。

「はぁー……」

 これがお互いの気持ちを確かめ合う前だったら、俺ももう少し抵抗しただろうが、今の状況ではそれをする理由も弱く、また意志も弱い。サラさんが嫌がっているわけじゃなければいいか、というのが今の俺の正直な思いである。

「一応、本人にも聞いてみるわ」

「頑張ってね」

 両の拳を握り締め、訳の分からない声援を送る母さんを一人残し、俺は客間に向かう。

「サラさん、今いい?」

 二度ノックしてから、襖越しに声を掛ける。

「はい!」

 室内から激しい物音がし、襖が慌ただしく開く。

「お、お待たせしました」

 余程慌てたのか、息は微かに切れ、髪も多少乱れている。

「あの、母さんから聞いたんだけど……」

「はい! 準備、出来てます!」

「いや、準備って、寝るだけだよね?」

「え……? あ、はい。そうでした。寝るだけでした」

 俺の指摘を受けたサラさんは、顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 まぁ、年頃の男女、更にその上、二人は付き合っているとなれば、そういう事を意識するなという方が無理な話だろう。

「とりあえず、オッケー、って事でいいのかな?」

「はい! オッケー。オッケーです」

 未だ言動のおかしいサラさんに続き、俺も部屋に入る。

 室内の中央には二組の布団がすでに敷かれており、サラさんの言うように準備は万端だった。ただ一つ問題があるとしたら――

「これ、近くない?」

 布団が並んで敷かれている事だろう。その様は、嫌が応にも旅館で迎えるあの夜を彷彿とさせ……。

「そうですか? そう、ですね。やはり、離した方が自然ですよね」

「まぁ、サラさんが嫌じゃなければ、俺はどっちでもいいんだけど……」

「じゃあ、折角綺麗に敷いてくれた布団を動かすのも何ですし、今日はこのままで行きましょうか」

 サラさんがこのままでいいというなら、俺としてはもう反対する理由がない。

「どっこいしょ、と」

 出入り口に近い方の布団の上に腰を下ろす。

 なんか、風呂上がりなのに、どっと疲れた。精神的に。

「サラさんも座ったら?」

 俺が座っても一向に腰を下ろそうとしないサラさんを見上げ、声を掛ける。

「はい! 今、今、座ります」

 慌ててぎくしゃくした動きで、もう一つの布団に腰を下ろすサラさん。

「明日、何時だっけ?」

「十五時にここを出て、十七時頃には飛行機が飛ぶ予定です」

「じゃあ、明日もまだ時間はあるわけだ」

「そう、ですね……」

 口ではそう言ったものの、サラさんが日本を去る時間が刻一刻と近いている事を俺は意識せざるを得なかった。そして、それはおそらくサラさんも……。

「次来るのは八月だっけ?」

「はい。こちらの休みに合わせ、二十日頃に来ようと思ってます」

「八月。四ヶ月か……。結構、長いね」

「私は四年待ちました」

「え?」

「初めて祐二さんの写真を見てから今回お会いするまで、私は四年待ちました。その年月に比べれば、四ヶ月なんてあっという間です。それに……」

「それに?」

「今度は会える事も会える日も決まってますから」

 そう言って、サラさんは笑う。嬉しそうな、それでいて苦笑いにも似た複雑な表情で。

 そうか。サラさんは俺にいつ会えるかはおろか、本当に会えるのかどうかも分からないまま、四年という長い月日を待っていてくれていたのか。確かにそれに比べれば、四ヶ月なんてあっという間、だよな。

「手紙書くよ。電話もする」

「はい」

「あ、でも、時差あるんだっけ?」

「日本との時差は……ちょうど九時間です。だから、今、イギリスは……お昼の一時頃ですね」

 ふいに会話が途切れ、沈黙が室内を支配する。

「ふわぁー」

 その何とも言えない空気を破ったのは、俺の隣から聞こえてきた可愛らしい欠伸だった。

「す、すみません」

 口元を手で押さえながら、サラさんが恥ずかしそうに縮まる。

「少し早いけど、寝ようか?」

「……はい」

 サラさんが布団に入ったのを見届けてから、俺も布団に潜り込む。

「電気消すね」

「お願いします」

 リモコンで電気を消す。室内が真っ暗になった事により、視界が不自由になり、逆に相手の存在がはっきり分かるようになる。

 目を瞑る。より一層、サラさんの存在が明確なものとなる。

 それからどのくらいの時間が経っただろう。隣からふいに寝息が聞こえてきた。

 この状況でよく寝られるなぁ。俺なんか緊張やら何やらで全然眠れないというのに……。

 どうにかして眠ろうと、体を横向きに転がす。

「――っ!」

 思わず出そうになる声を、何とか飲み込む。

 目の前、しかも、かなりの至近距離にサラさんの顔があった。

 そのあまりにも無防備な寝顔に、知らず知らずの内に手が伸びる。そっと顔に掛かる髪を撫で払い、そのまま頬に手を添える。

 サラさんはくすぐったそうに一度身を(よじ)らせたものの、すぐに抵抗を止め、再びすやすやと寝息を立て始めた。

「まったく。そんなんじゃ、襲われちゃうぞ」

 幸せそうに眠るサラさんに、ついつい独り言が零れる。

不束者(ふつつかもの)ですが……」

「!」

 びっくりした。寝言か。しかし、そんな台詞言うなんて、一体どんな夢見ているんだ?

「こちらこそよろしく。サラさん」

 俺の言葉に、サラさんの口元が僅かに緩んだ気がした。

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