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My princess  作者: みゅう
3/4

後編

「――くん」

 微睡の中、誰かが呼ぶ声がした。それは明るく元気で、可愛らしい声だった。

「祐くん」

 声に導かれるようにして、意識が浮上する。閉じていた瞼を開けると、ぼやけた視界いっぱいに金髪の少女――ではなく、見慣れた少女の顔が映る。

「……」

 数秒、少女の顔を見つめる。

 髪色は黒く、瞳の色も若干茶掛かってはいるが(おおむ)ね黒い。ショートヘアの髪と大きく丸い目が、少女の表情とも相俟(あいま)って快活そうな印象を見る者に与える。

 いくら寝起きでも、目の前の少女を俺が見間違えるはずはない。坂崎美憂理。俺の……幼なじみだ。

「何やってんだ、お前」

「にゃは。起きたー」

 俺の上に覆いかぶさるようにして乗っかる美憂理が、動けば触れそうな程近い距離で笑う。

 それこそ、もし俺が慌てて飛び起きていたら、頭突きもしくはキスをしてしまっていたかもしれない距離で……。

「早く降りろ」

「はーい」

 美憂理が俺の上から退()き、(ひそ)かにほっと胸を撫で下ろす。

 まったく、朝っぱらから心臓に悪い。

 ベッドの上に体を起こす。

 それにしても、昨日はサラさんで今日は美憂理……。俺はいつになったら、自分の意思で起きられるようになるんだろう……。

「なるほど。日本のオサナナジミはこうして朝殿方(とのがた)を起こすのですね」

 声のした方を向くと、勉強になります、とサラさんが出入り口の付近で頷いていた。

 え? サラさん!?

「なんで、サラさんが……」

「美憂理さんが祐二さんの起こし方を教えてくれるというので」

 美憂理を睨む。

 睨まれた当人は、俺から視線を外し、素知らぬ顔をしている。

「お前な……」

「祐くんだって、サラちゃんにこうやって起こされたら嬉しいでしょ?」

「そりゃ……って、そういう問題じゃないだろ。サラさんに変な事教えるなっての」

 サラさんは日本の文化や生活に詳しいとはいえ、イギリス育ちの外国人(実際はハーフだが)だ。美憂理の馬鹿げた冗談も、本気で日本の常識として信じかねない。

「あの、結局、どういう事なんでしょう?」

「美憂理の話は話半分で聞けばいいよ」

 なので、俺は的確なアドバイスをサラさんに送る事にした。

「分かりました。これからはそうします」

「ひどっ! 祐くんだけじゃなく、サラちゃんまでそんな事言うなんて」

 肩を落とし、大仰に落ち込んでみせる美憂理。どうせ演技なので俺は当然のように無視するが、サラさんはその様子を見て素直にオロオロしている。

 とはいえ、これ以上構っていると、朝食の時間がどんどん遅れていってしまうので――

「着替えるから、二人共出て行ってもらっていいかな?」

 俺は二人に即刻の退室を促した。

「え? 着替えるの? 手伝ってあげようか?」

 俺の言葉に、美憂理が態度を一変させ、にやにやとした表情で尋ねてくる。

 もう。勘弁してくれ。

「サラさん」

「はい?」

「お願い出来るかな?」

「あ、はい」

 サラさんが俺の意図を察し、美憂理の肩を押し、部屋の外に連れ出す。

「え? ちょっと。サラちゃん?」

「ほら、行きますよ、美憂理さん」

 そして、美憂理の抗議の声を残し、扉が閉まる。

 俺は再度乱入者が現れる可能性を考え、手早く着替えを済ますと、素早く部屋を後にした。

「ダメですって」

「なんでサラちゃんも本当は見たいんでしょ? 祐くんのは、だ、か」

「それは……」

「じゃあ」

「でも、ダメです!」

 案の定、美憂理は俺の部屋に入ろうとしており、それをサラさんが必死に止めていた。

「あ、祐二さん」

「ちっ。間に合わなかったか」

 俺の顔を見て、二人が対照的な反応を見せる。

「馬鹿やってないで行くぞ。サラさんありがとうね」

 前半は頭を小突きながら美憂理に、後半は笑顔を見せながらサラさんに向けて告げた。

「ぶー」

「いえ、そんな……」

 再び対照的な反応を見せる二人の少女をその場に残し、俺は一人階段を降り、洗面所に向かった。


 朝食を取り終え、自室に戻ると、なぜか美憂理も一緒に着いてきて俺の部屋でくつろぎだした。俺の寝転がるベッドを背凭れにして漫画を読むその姿は、数年前まで毎日のように見ていた懐かしいものだったが、俺はどうしてもこの台詞を言わずにはいられなかった。

「お前さ、何しに来たの?」

 美憂理の行動は明らかに妙だ。高校に入ってから美憂理は、俺の部屋に入ってこなくなった。なのに、今日は普通に居座っている。どう考えてもこれは、何かあるとしか思えない。

「んー。別に」

「じゃあ、帰れよ」

「なんで?」

「なんで、って……。そりゃ、今はサラさん来てるし」

「私がいると何か困るの?」

「そうじゃないけど……」

「なら、いいじゃん」

 良くはない。良くはないが、美憂理を追い出すための明確な言い訳がどうしても思い付かない。俺の調子が狂うから、では美憂理も納得しないだろう。

「祐くんはさ、サラちゃんの事好きなの?」

「は!?」

 急に、何を言い出すんだ、こいつは。

「ねぇ、どうなの?」

「どう、って……。そんな、サラさんとはまだ出会ったばかりだし、父さんの知り合いの娘さんだし……」

「ふーん」

 俺の答えにならない答えに、美優理が冷めた声を出す。

「何だよ」

「べっつにー」

 何やら含みのある反応をみせる美憂理だったが、そこに突っ込みを入れると薮蛇になる可能性が高そうなので敢えてスルーする。

「祐くん」

「ん?」

「三巻取って」

 自分の持つ漫画をこちらに差し出し、図々しくもそんな頼みごとをしてくる美憂理。

「なんで俺が」

「近いから」

 まったく。

 美憂理から漫画を受け取り、それを本棚にしまい、代わりに隣の本を出す。

「ほら」

「ありがとう」

 美憂理が俺の差し出す漫画に手を伸ばし、それを受け取――らず、俺の方に自分の体を寄せてくる。

「え?」

 目の前に美憂理の顔があった。そう認識した次の瞬間、唇に何か柔らかいものが触れた。

「なっ!?」

 自分の唇に手をやり、美優理の顔を見る。

「好きよ、私。祐くんの事」

「は!?」

 スキ? 何が? キスの反対って事か? いや、それより、俺今キスされたのか? 美憂理に? なんで?

「答えは、サラさんが帰るまでに聞かせて」

 そう言うと、美優理は立ち上がり、部屋を出て行く。

「あ……」

 呼び止めようにも言葉が出ない。

 そうこうしている内に、美優理は部屋を出て行ってしまい、扉が閉まる。

 なんだ、さっきの? 答え? 何の?

「……もしかして、そういう事、なのか?」

 美憂理が俺の事を……。

 そんな事、考えた事もなかった。美憂理を異性として見ていなかったわけではない。中学の途中から急に美憂理は女の子らしくなり、その変化に俺は多少戸惑ったのを覚えている。それでも俺にとって美憂理は美憂理で、それ以上でもそれ以下でもなく、付き合うなんて発想はこれっぽっちも俺の頭に思い浮かばなかった。 今日までは……。

「キス、したんだ、俺。美憂理と」

 キスした後、俺に告白した美憂理の顔は、今まで俺が見た事のない顔をしていた。どこか色っぽく、どこか儚げで、それでいてどこか怯えや弱さを併せ持った、そんな表情……。

「どうすんだよ、俺」

 もし仮に、美憂理の方から先程の出来事を無かった事にして欲しいと言われても、それはもう到底不可能な話だ。なせなら、俺が美憂理を、すでにそういう対象として見てしまっているから。

 さて、どうしたものか。

 そもそも、俺は美憂理をどう思っているんだろう? 気の置けない相手と思っていた事はまず間違いないと思う。異性として見てはいたが恋愛対象としては見ていなかった。これも間違いない。でも、今は……。

「あー」

 (まと)まらない思考と渦巻く感情に、思わず声が出る。

 なんで今なんだよ。別に、お客さんが来ている今じゃなくても……。

〝祐くんはさ、サラちゃんの事好きなの?〟

 いや、違うか。今だからこそ、美憂理は俺に気持ちを伝えたんだ。俺がサラさんに惚れている可能性を考えて……。

 というか、そもそも、俺はサラさんに惚れているのか? サラさんは外国から来た父さんの知り合いの娘さんで、俺の事をずっと前から知っていてくれたハーフの女の子だ。可愛いとは思っている。けど、それなら美憂理の事だって……。

「あー」

 分からない。自分の事のはずなのに、何も分からない。俺はこんなにも自分の事を知らなかったのか。

「どうしたらいいんだよ……」

 俺の独り言に答えてくれる者は、もちろんどこにもいなかった。


「祐二さん?」

 名前を呼ばれ、我に返る。いつの間にか、目の前まで来ていたサラさんが、俺の顔を間近から覗き込んでいた。

「うわぁ!」

 驚きのあまり、思わず()()りそうになったが、背凭(せもた)れのお陰で何とか事なきを得る。

 危ない危ない。危うくサラさんの前で無様な姿を(さら)す所だった。

「す、すみません。話しかけても返事がなかったので……」

「いや、俺の方こそごめん。少しぼっとしてて……」

 昼食の後、昨日と同じように俺は、部屋には戻らずソファーに腰を降ろしてサラさんが洗い物を終えるのを待っていた。ぼんやりとサラさんを眺めていると、思考は自然と朝の出来事にシフトしていき……今の遣り取りに繋がる。

「考え事ですか?」

「え? どうして?」

「難しい顔、してました」

 サラさんに言われ、自分の顔に触れてみるが、当然、自分の表情は触れても分からなかった。

「たいした事じゃないよ。それより、何だった?」

「あっ。えっと……」

 サラさんは少し思い出す素振りを見せた後、「そうでした」と自分の手を叩いた。

「これからお母様とショッピングモールに行くんですが、もし宜しかったら祐二さんも一緒に行かれませんか?」

 ショッピングモールか……。別に用事はないが……。

「お邪魔じゃなければ、ご一緒させてもらおうかな」

「そんな、邪魔だなんて。是非、ご一緒に」

 家に居ても余計な事を考えてしまうだけだし、それなら外に出て気分転換でも図った方が断然マシだろう。

「サラさんは何か買いたい物あるの?」

「買いたい物は特に……。ただ、日本のショッピングモールには興味があります。どんな造りをしてるのか、どんな物が売ってるのか」

 そっか。あまり深く考えた事はなかったけど、お店一つ取っても、日本とイギリスじゃその造りや品揃えが全然違う可能性もあるわけか。海外旅行に行く人はそういう所も含めて楽しんでいるだろうな。

「出発は何時?」

「一時半です」

 今が大体十二時半だから、まだ一時間近くの余裕があるわけだ。

「じゃあ、それまでの間、宿題でもやるかな」

 春休みといえども、宿題はある。まぁ、量は夏休みや冬休みに比べれば微々たるものだが、そう思って(たか)(くく)っていると来週辺りに確実に痛い目を見るので、出来るだけ早めに片付けておきたかった。

 自室に戻ろうと腰を上げ、ふと思いつく。

「サラさん、今暇?」

「はい。特に用事はありませんけど?」

 それが何か? といった具合に、小首を傾げるサラさん。

「英語、教えてくれない?」

「英語、ですか? 別に構いませんけど……」

 折角、英語を母国語にしている国の人が来ているんだから、その人に習わない手はない。

「イギリスとアメリカ、それに地方によっても言語は多かれ少なかれ違うので、私で祐二さんのお役に立てるかどうか……」

「いいよ、その辺はアバウトで。それに、サラさんの使ってる言葉を覚えれば、話すのは無理でも文通ぐらいは出来るでしょ?」

「ぶ、文通、ですか?」

 俺の言葉に、サラさんが面食らったような表情をその顔に浮かべる。

「あ、嫌なら別に――」

「嫌じゃありません! 是非やりましょう。文通」

 興奮した面持ちで、ずいっと体を寄せてくるサラさん。後ろに引こうにも、ソファーがそれを邪魔する。

「すみません。また、私……」

「いや、大丈夫。もう大分慣れてきたから」

 慌てて恥ずかしそうに後ろに下がるサラさんに、俺は慰めの言葉(?)を掛けた。


 扉を開け、車外に出る。

 平日という事もあって、ショッピングモールの駐車場はそれなりに()いており、車を()める場所はすんなり見つかった。

 俺に続き、運転席から母さん、助手席からサラさんが車を降りる。

「さぁ、どこから行こうか?」

 俺たちの方を振り返り、母さんが尋ねる。

「俺は別に……」

 というか、行きたい所自体、俺にはない。

「私も……」

 そして、それはサラさんも同じで……。

「何、何? 二人共、随分遠慮しいなのね。じゃあ……服屋さん、適当に周りましょうか。祐君もいる事だし」

 俺と服屋の関係は謎だが、行き先に特に異論はなかった。

 三人で建物の方に向かう。

 母さんの宣言通り、まずは一階の洋服屋、次は二階の洋服屋といった具合に、洋服屋ばかり十軒程を見て周った。正直、俺としては居心地の悪さを感じずにはいられなかったのだが、終始、母さんが感想を聞いてくるので逃げるに逃げられなかった。

 そして、二時間後――

 ベンチに深く腰掛けて項垂(うなだ)れる、一人の哀れな男が出来上がった。

「あの、大丈夫ですか?」

「大丈夫、大丈夫」

 目の前に立ち、俺を覗き込むサラさんに顔を上げ、俺は力なく答える。

「もう。祐くんたら、だらしないんだから。サラちゃん悪いんだけど、少し祐くんの様子見ててくれる? 私、食料品売り場見てくるから」

「あ、はい。ごゆっくり」

 母さんが去り、俺とサラさんがその場に残された。

「なんかごめんね」

「いえ、私もちょうど休みたい所でしたし」

 そう言って、サラさんが俺の隣に腰を降ろす。拳二つ分くらい間を空けて。

「女の人ってさ」

「はい?」

「よくこんな長い時間買い物出来るよね」

「あー。多分、男性と女性では買い物に対する考え方が違うんだと思います」

「考え方?」

「はい。男性は買い物をただ物を買う行為だと思ってるのに対し、女性はその行為自体を楽しんでるというか、その時間を大切にしてるというか……。すみません。うまく説明出来なくて」

「いや、何となく分かるよ」

 男性の俺には理解しがたい思考だが……。

「祐二さんはその、今日楽しくありませんでしたか?」

「え? そうだなぁ……」

 楽しかったような、辛かったような、疲れたような……。

「私は楽しかったです。祐二さんと買い物出来て。すっごく!」

 言ってから、自分の言葉に必要以上に力が篭っている事に気付いたらしく、サラさんが頬を赤く染める。

「わ、私、何か飲み物買ってきますね」

 言うが早いか、サラさんは立ち上がり、ベンチから数メートル離れた自動販売機の方へ足早に去って行ってしまう。

 まったく。いちいち可愛いんだから。

 ベンチから、自動販売機でジュースを買うサラさんをぼんやりと眺める。お金を入れてボタンを押し、ペットボトルを取る。そして、もう一度……。

 ペットボトルを二本手に取り、サラさんがこちらに戻ってくる――途中で、何やら男性に呼び止められ、サラさんが足を止めて振り返る。何かを話している……というより、男性が一方的にサラさんに話しかけている。どうやら、道を聞かれたというわけではなさそうだ。

 俺はベンチから腰を上げ、サラさんの元に近寄った。

「オレ、最近、彼女に振られちゃってさ。今、フリーなんだよね」

「はぁ……」

「そんな時に君と出会ったってわけ。これって運命じゃない?」

「あの、私、人を待たせてるので」

「人? もしかして、友達? その子も君みたいに可愛い子なのかな? だったら――」

「悪いな、可愛くない男で」

 二人の会話の内容を察し、話に割り込む。

「何? アンタ」

 突然、やってきた俺に、男が不快感を(あら)わにする。

 そりゃ、そうだ。ナンパ中に知らない男が割り込んできたら、誰だって嫌だろう。

「祐二さん」

 サラさんが安堵の表情で俺の事を見る。

「この子のツレだよ」

「アンタが? この子の? 似合わないね、全然」

 うるせぇ。大きなお世話だ。

「ねぇ、こんな冴えない男なんか放っておいて、オレと遊ばない?」

 知り合いの男が来たというのに、この男はまだナンパを続けるらしい。その根性に呆れる反面、少し尊敬する。だが――

「お前、言い加減に――」

「……not clear-headed」

「へ?」

 俯き気味に発せられたサラさんの言葉に、男が呆気に取られる。

「It`s that who is not clear-headed!」

 今度は男を睨みつけ、サラさんがもう一度同じ言葉を発した。意味は分からないが、彼女が怒っているという事だけは俺にも分かった。

「It`s that are in things for catching and saying such a great man, and it`s not clear!」

「は? え? その、すみませんでしたー」

 サラさんの気迫に圧され、男がついに逃げ出す。

「His eyes are surely knotholes!」

「あのー、サラさん……」

 俺が肩を叩くと、サラさんはびっくと体を震わせ、ゆっくりと振り返る。

「ち、違うんです。今のは、その、あの人が祐二さんを馬鹿にするような事言うから」

「俺の為に怒ってくれたんだ?」

「あの、その、はい……」

 まるで叱られた子犬のように、体を縮こませて俯くサラさん。

「ありがとう」

「え?」

 俺の言葉に、サラさんが驚いたように顔を上げる。

「だって、俺の為に怒ってくれたんでしょ? だから、ありがとう」

「あの、その、どういたしまして……」

 再び俯いてしまうサラさんだったが、今度はどうやら照れているようだ。

「知らない土地で知らない男性に声を掛けられ、本当に凄く心細かったです」

「ごめんね、俺が一人で行かしたから」

 ふるふると首を激しく横に振るサラさん。

「私、祐二さんが来てくれた時、凄く嬉しかったです。私がピンチの時に駆け付けてくれた祐二さんは、まさにmy pri――」

 サラさんは何かを言い掛けて、慌ててそれを止めた。

「とにかく、助けてくれてありがとうございました。助けに来てくれた時の祐二さん、凄く格好良かったです」

「それじゃあ、日頃はそんなに格好良くないみたいじゃないか」

「そんな事ありません! 祐二さんは日頃から格好良くて、いつでも私の中のmy princeなんですから!」

 はっとなり、慌てて自分の口を押さえるサラさん。

「マイプリンス? 王子様って事? 俺が?」

「あわわ……。今のは無しです。忘れて下さい。私はもう子供じゃないんですから、憧れの人の事をmy princeなんて呼んで、毎日写真に話し掛けたり枕の下に写真を入れたりしてなんて事はしてないです、全然。全く。これっぽっちも」

 なんか誤魔化そうとして色々言わなくてもいい事まで言っちゃってるぞ、この子。

「と、とにかく、落ち着こうか。周りの人が見てるから」

「え? あ……」

 冷静になり、サラさんが辺りを見渡す。

 いつの間にか、俺たちの周りには軽く人垣が出来ており、たくさんの人が俺たちの事を見ていた。

「す、すみません。私、いつもいつも祐二さんに迷惑をお掛けして」

「サラさん、反省するのは後にしよう。今から二人でここを抜け出す。いいね?」

 俺の言葉に、こくりと頷くサラさん。

「いくよ?」

 サラさんの手を握り、人垣の隙間から向こう側に脱出を図る。とりあえず、ひたすら遠くへ遠くへ逃げ、文房具売り場の辺りでひとまず落ち着く。

「ここまで来れば、……大丈夫、だろう」

「はい。……そう、ですね」

 走ったせいで、二人共息が少し乱れていた。

「あ、ごめん」

 今更ながら勝手に手を握っていた事に気づき、慌てて離す。

「え? あ……」

 サラさんが寂しげな声を漏らした。

 もしかして、手を離した事を残念がってくれたのだろうか。

「……」

 少し悩んだ末、もう一度サラさんの手を握る。

「あ……」

 今度はサラさんの口から嬉しそうな吐息が漏れた。

「また、さっきみたいな奴が来ないとも限らないからさ」

「はい。この方がいいと私も思います」

 手を握る為の言い訳を二人で告げた後、お互いの顔を合わせて苦笑を浮かべる。

「俺さ、サラさんの事まだ何も知らないけど、やっぱりサラさんの事好きだ。超遠距離恋愛になっちゃうけど、それでもいいなら俺と付き合って欲しい」

 サラさんの瞳から涙が(こぼ)れる。それは次第に量を増していき……。

「あれ? おかしいな。泣きたいわけじゃないのに、涙が勝手に……。何度も何度もこの場面を私妄想してきて。でも、涙がこんな流れるなんて。ちょっと、待って下さい。もう少しで落ち着きますから」

 大号泣中のサラさんに、俺は黙ってハンカチを差し出す。

「ありがとうございます。……はい。もう大丈夫です。すみません。急に泣いちゃって。私も祐二さんの事好きです。私も祐二さんの事を本当の意味では全然知らないですけど、もし今までの思いがなくて、一昨日初めて祐二さんの事を知ったとしてもきっと答えは同じだったと思います。好きです、あなたの事が。誰よりも。世界中の誰よりも」

「サラさん」

 抱き締める。目の前の可愛らしい俺の彼女を。

 きっとこれから俺達にはたくさんの問題や試練が待ち受けているだろう。だけど、そんなちっぽけな事は俺と彼女の前では何の障害にもならない。だって、全く違う国で生まれて育った二人がこうして出会えたのだから……。

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