中編
「――さん」
微睡みの中、誰かが呼ぶ声が聞こえた。それは優しく柔らかく、可愛らしい声だった。
「祐二さん」
声に導かれるようにして、意識が浮上する。閉じていた瞼を開けると、ぼやけた視界いっぱいに金髪の少女の顔が映る。
俺はまだ夢を見ているのだろうか? そうでなければ、こんな状況は説明出来な――
「サラさん!?」
そこまで考え、目の前の少女の正体に気付く。
そう言えば、昨日からウチには金髪碧眼のハーフ少女がホームステイしているんだった。
「おはようございます、祐二さん」
「お、おはよう……」
挨拶を返しながらも、未だ現在自分の置かれた状況がうまく飲み込めず、頭は混乱しまくっていた。
とりあえず、体を起こす。
「どうしてサラさんが?」
「お母様から祐二さんを起こしてくるように、と言われて。私が起こすより断然早いから、って」
サラさんの背後に、可愛らしくそれでいてイタズラ小僧のように笑う母さんの姿が見えた気がした。
「祐二さんも起きた事ですし、私はこれで」
立ち去るサラさんの背中をぼっと見送り、そして扉が閉まったところでようやく我に返る。
「着替えるか……」
ベッドから立ち上がり、寝巻着から普段着に着替えると、そのまま自室を後にする。
階段を降り、一階へ。洗面所でうがいと洗顔を済ました後、リビングに向かう。
リビングのテーブルには三つの朝食が並んでおり、その内二つの前には母さんとサラさんがそれぞれ座っていた。今日の我が家の朝食は、焼いた食パンにスクランブルエッグ、それにベーコンという至ってシンプルなメニューだ。
「あら、今日は休日なのに随分早起きじゃない?」
母さんのからかいは華麗にスルーし、残った朝食の前に腰を降ろす。
「じゃあ、みんな揃った事だし、頂きましょうか」
その言葉を合図に、朝食が開始される。ちなみに、父さんは今日も仕事で、すでに家にいない。社会人も大変だ。
「イギリスじゃ、もっとたくさんの料理が朝食では並ぶんでしょ?」
「休日はそうですね。でも、学校や仕事がある日は、シリアルみたいな簡単な物だけで済ます事がほとんどです」
「へぇー」
その後も母さんに寄るサラさんへの質問は続き、朝食中、俺が喋る暇はほとんどなかった。
朝食を終え、ソファーに移動する。
現在、サラさんは台所で食器を洗っており、母さんは洗濯物を干しに行った。何もやる事がない俺はこうしてソファーに腰を降ろし、ぼんやりと携帯を弄っていた。別に部屋に戻っても良かったのだが、洗い物をしてくれている客人を一人リビングに残すのもどうかと思い、ここに留まった。
数分後、洗い物を済ませたサラさんが、台所から出てこちらに寄ってきた。俺は携帯をズボンのポケットにしまうと、サラさんに話し掛けた。
「ごめんね。お客さんなのに」
「いえ、それに、ホームステイというのはそういうものだと認識してますから」
ただその家にお呼ばれするわけではなく、その家の生活や空気を共有し、家族の一員になる。それがホームステイのルールらしい。たから、実際、日本人が海外にホームステイに行った場合も、家の手伝いやその家のルールに従わないといけない、とか。……それを面倒臭そうと思っている時点で、俺にはホームステイに行く資格がないのだろう。
「祐二さんの今日のご予定は?」
尋ねつつ、サラさんが反対側のソファーに座る。
「特に何もないかな」
というか、春休み中の予定は全て未定だ。
「じゃあ、もし、もしですよ。祐二さんがお嫌でなければ、この辺りを少し紹介して頂けたり、しないでしょうか?」
こちらの様子を伺うように、サラさんがそんな提案をしてくる。
「嫌なんて事はないけど、この辺りでいいの? 何も楽しいものないよ」
我が家は普通の住宅街に建っているし、多少足を遠くに伸ばしたところであるのはショッピングモールか競技場くらいしかない。
「ゆ――この家の周りが見たいんです」
まぁ、サラさんにとって日本は外国なわけだし、俺の普通も特別に映るかもしれない。
「分かった。案内するよ。いつがいい?」
「私はいつでも……。祐二さんの都合の着く時で」
「じゃあ、今からでもいいかな?」
思い立ったが吉日ではないが、後回しにする必要のない事は早い内に済ませておいた方がいいだろう。
「はい。大丈夫です」
こうして俺のこれからの予定が決定した。
母さんに二人で出掛ける旨を伝え、家を後にする。俺たちを見送る母さんの妙に浮かれた表情が若干気になりはしたが、気にしたら負けだと思い見なかった事にした。
さて、どうしたものか。
外に出てみたものの、行き先はまだ決まっていなかった。
自転車を使えば少し遠出をしてショッピングモールや大きめの本屋等まで足を延ばせるが、その案は浮かんですぐ自分の中で却下した。なぜなら、そもそもサラさんが自転車を漕げるかどうか分からないし、二人で自転車を漕いでしまうとコミュニケーションが取りづらくなり、その上事故のリスクも上がるからだ。そう考えると、徒歩での案内の方が無難で安全と言うものだろう。
「とりあえず、こっちに行こうか」
進行方向を指し示し、歩き始める。とはいえ、こちら側に特に何かがあるわけではない。強いて言えばこちら、といった感じだ。
「やっぱり、街並みも日本とイギリスじゃ違う?」
辺りを遠慮がちに見渡すサラさんに尋ねる。
「そう、ですね。イギリスでは古い建物が多くて、またそれが人気なんです。向こうでは日本と違って地震や台風がそんなに来ないので……」
「へぇー」
そうなんだ。
「もちろん、どちらがいいという話ではありませんが」
そう言うと、サラさんは苦笑をその顔に浮かべた。
「イギリスか……。いいなぁ。その内行ってみたいな」
「是非!」
俺の何ともなしに言った一言に、激しく喰い付きこちらに詰め寄ってくるサラさん。その反応に少し驚く。
「すみません……」
我に返ったのか、サラさんが俺から体を離し、恐縮したように縮こまる。
「本当にサラさんは自分の国の事が好きなんだね」
「はい! ですから、祐二さんにもイギリスに来て頂きたいなぁと……」
途中から自分のテンションが上がり過ぎている事に気付いたらしいサラさんの声が、徐々に小さくなっていく。
「じゃあ、その時はサラさんにお願いしようかな。街の案内を」
「任せて下さい! その時は全身全霊を掛けて街のご案内を……」
本日二度目のボリュームダウンだった。
街を三十分程散策したところで、ひとまず休憩を取る事にした。
喫茶店を見つけ、中に入る。
この地方を中心にチェーン展開している、地元では結構有名な店だ。
窓側の席に向かい合って座ると、俺はアメリカン、サラさんはストレートティーをそれぞれ注文した。
「足は大丈夫?」
「少し疲れましたけど、これぐらいなら平気です」
そう言って、サラさんが笑顔を見せる。
「ごめんね。何の面白味のない所で」
「いえ、そんな。街並みを眺めてるだけで、すっごく楽しかったです」
「そう? なら、いいけど」
まぁ、サラさんにとってここは海外なわけだから、俺とは見え方や感じ方が違って当たり前なのかもしれないが。
「サラさん、日本語上手だけど、イギリスでも話す機会あるの?」
「ウチには変わったruleがあって。家の中で話す時は、母には日本語で父には英語で話すんです。そして、母は日本語で私に話し掛けてきて父は英語で私に話し掛けてくるんです」
「それって、混乱したりしないの?」
「慣れ、ですね。物心つく頃にはそういう環境で育ってましたから。でも、外では英語で話す事がほとんどですから、とっさの時はどうしても英語が出てしまいます」
ふーん。そういうものなのか。そう言えば――
「気になってたんだけど。俺の事初めて見た時、何て言ったの?」
「え……?」
俺の問い掛けに、サラさんが固まる。
「あ、別に、言いづらい事ならいいんだ。ちょっと気になっただけたから」
「やっと会えた……です」
「え?」
ぼそっと発せられたその声は、油断すると聞き逃してしまうくらいの小ささだった。
「祐二さんの事は祐二さんのお父様から話に聞いたり写真を見たりして知ってたので、ようやく本物に会えた、と……」
そう言うと、サラさんは顔を真っ赤にして俯いてしまった。その反応に、何だかこちらまで恥ずかしい気持ちになってくる。
「お待たせしました」
沈黙が二人の間を支配しようとしたまさにその時、まるでタイミングを見計らったかのように、女性店員が注文した飲み物を持ってきた。
「ごゆっくり」
それぞれの目の前に飲み物を置くと、女性店員は一礼の後、レジの方に消えていった。
「とりあえず、頂こうか」
「はい」
カップを口に運ぶ。ミルクを入れ忘れたアメリカンは熱く、そして苦かった。
喫茶店で休憩を取った後、サラさんの希望で俺の通っていた小学校と中学校を外から見て周り、今は俺が幼い頃に遊んでいた公園へと向かっている。
「さっきから俺の思い出の地巡りみたいになってるけど、大丈夫?」
「はい。大丈夫です」
力強く頷かれてしまった。
まぁ、本人がそう言うならいいか。
中学校から歩く事十分程で、お目当ての公園に着く。 この公園は俺の家から近く、小学生の頃はよく友達とサッカーや鬼ごっこをして遊んだものだ。現に今も数人で遊ぶ子供達が……
「サラさん、そろそろ家に帰ろうか」
「え? なんでですか? 中に入りましょうよ」
「いや、中に入るのは危険というかなんというか……」
「?」
小首を傾げるサラさんをどう説得しようか悩んでいる内に、怖れていた自体が起きる。
「あれ? 祐くんじゃん。おーい」
少し離れた公園内から俺を呼ぶ声がした。一瞬無視する事も考えたが、すぐにそれは諦め、こちらに向かって手を振る声の主に俺も小さく手を振り返す。
声の主――美憂理が、愛犬を引き連れて笑顔でこちらに歩み寄ってくる。しかし、その表情は俺たちに近付くにつれ、徐々に訝しげなものに変わる。
「えーっと、誰?」
美憂理が俺の隣に立つハーフ少女を見て、困惑した表情を浮かべる。
その反応は当然といえば当然で、おそらく俺が逆の立場なら今の美憂理ほど落ち着いた対応は取れないだろう。
「彼女はサラ・スチュアートさん。昨日からウチにホームステイしてる、親父の知り合いの娘さん」
「サラ・スチュアートです。イギリスからやってきました。どうぞよろしくお願いします」
俺の紹介を受け、サラさんが美憂理に向かって頭を下げる。
「で、こっちが坂崎美憂理。俺の古くからの友人、というか知り合い?」
改めて俺と美憂理の関係を人に説明しようと思うと、どう言ったらいいものか悩む。友人というのは少し違う気がするし、知り合いではあまりにも味気ない。とはいえ、ちょうどいい呼び方は思い浮かばない。
「坂崎美憂理です。祐くんとは小・中・高と一緒で、いわゆる幼馴染み的な存在です」
今度は美憂理がサラさんに頭を下げる。
「おさな、なじみ?」
気のせいだろうか、サラさんの頬が片方ぴくりと動いたような……。いや、気のせいだろう。今の会話の中で、彼女の気に触るようなフレーズは何一つなかったはずである。
「サラさんはいつまでこっちにはいるんですか?」
「明々後日の夜にはイギリスに帰る予定です」
「そうですか。気をつけて下さいね。男は狼ですから」
「変な事言うんじゃない」
美憂理の頭にチョップをかます。
「いたっ!」
そう言って、自分の頭をわざとらしく擦る美憂理。
もちろん手加減したので、それ程痛くはないはずだ。
「もう。乙女の頭に何するのよ」
「誰が乙女か」
そういう台詞は、せめてサラさんくらいの容姿を手に入れてから言ってくれ。
「仲いいんですね……」
俺達のやりとりを見ていたサラさんが、まるで呟くように言う。
「まぁ、付き合い長いからね」
「腐れ縁だからね」
俺と美憂理は互いを見合い、苦笑を浮かべた。
男と女という事もあり、年齢を重ねるにつれてその割合は目に見えて減っていったが、それでも俺にとって一番気の置けない相手はこいつで、逆もまた然りだろう。
「ワン!」
美憂理の愛犬――コウちゃんが、辛抱堪らんとばかりにご主人様に向かって吠える。ちなみに、コウちゃんはポメラニアンのメスである。
「ごめん、ごめん。じゃあ、私行くから。サラさん、また機会があったら」
「あ、はい」
手を振り、去っていく美憂理。それをサラさんが手を振り返し、見送る。
「可愛らしい人ですね」
「そう?」
サラさんの方が百倍可愛いと思うけど――とは、思っても口が裂けても恥ずかしいので言わない。
「……帰りましょうか」
「え? 中入るんじゃ……」
「すみません。やっぱり、少し疲れてしまったみたいです」
確かに、そう言うサラさんの顔付きは見るからに暗い。一度休憩を挟んだとはいえ一時間近く歩き回ったわけだし、知らない所を歩いたという精神的な疲れも当然あるだろう。
「勝手な事ばかり言って申し訳ありません」
「そんな、気にしないでよ。……帰ろうか」
家に戻る道中、明らかにサラさんの口数は少なく、また元気がないように見えた。
「ごちそうさまでした」
サラさんが空になったお皿にスプーンを置き、立ち上がる。そして、そのお皿を台所まで運び、すぐにこちらに戻ってくる。
「食器は後でまとめて洗いますので、そのままにしておいてください」
「うん。分かった……」
「それでは失礼します」
元気なさげに去っていくサラさんの背中を、母さんが黙って見送る。
「何かあったの?」
サラさんの姿が完全に消えたのを確認してから、母さんが口を開く。
「別に……」
強いて言えば、公園で美優理と会った事ぐらいだが、それとサラさんの今の様子は多分関係ないだろうし……。
「祐くん、ちょっと様子見てきて」
「なんで俺が?」
そういうのは、同性である母さんの方がどう考えても適任だろう。
「い、い、か、ら、行くの」
「……はい」
母さんの圧力に圧され、仕方なく立ち上がる。
なんだって言うんだ、全く。
リビングを出て、客間に向かう。客間の前で一度立ち止まり、一息吐く。そして、襖を軽く二度ノックする。
「……はい」
「祐二だけど、いいかな?」
少しの間の後、室内から微かな物音がし、襖が開く。
「どうぞ」
サラさんが顔を出し、すぐに引っ込む。
「お邪魔します」
客間に足を踏み入れると、後ろ手で襖を閉める。
サラさんは部屋の中央にぺたんと女の子座りをしていた。俺はそこから少し距離を開けて畳の上に胡座をかいた。
母さんに言われてとりあえず来たものの、サラさんから話を聞き出すためのプランなど咄嗟に思い浮かぶわけもなく、俺は今何をどう切り出せばいいものかと正直テンパっている。
落ち着け。落ち着け、俺。普通に、何事もなく話を切り出せばいいだけだ。何も難しい事はない。普通に。普通に。
「ちょっ!」
「ちょっ?」
俺の奇声にも似た声に、サラさんが不思議そうに小首を傾げる。
いかん。いかん。普通を意識し過ぎて盛大に一言目を噛んでしまった。落ち着け。まずは一度深呼吸だ。ふー……。
「ちょっと歩かせ過ぎたかな?」
俺の問い掛けに、サラさんが首を横に振る。
よし。今度は噛まずに普通に言えたぞ。これでいい。これでいいんだ。……って、何、普通の事が出来て喜んでいるんだ、俺は。アホか。
「なら、何か気に障る事でもあった?」
再び首が横に振られる。
どうやら、これも違うらしい。
「じゃあ、どうしたの?」
「……」
沈黙。サラさんが口を開くのを、こちらも黙って待つ。
「……私がいけないんです」
「え?」
数秒の後、サラさんの口から発せられた言葉は、俺の全く予想していなかったものだった。
「私が勝手に想像を膨らませてそれを祐二さんに押し付けたから」
本気で訳が分からない。どういう事だ? サラさんが俺に自分の想像を押し付けた? いつ? どこで?
「最初に違和感を覚えたのは、祐二さんと顔を初めて合わせた時でした。ああ、この人は私の事をつい最近知ったんだなって。更に話していくと、祐二さんが私の事だけではなく、私の存在自体も知らなかったんだって分かって……」
なるほど。何となく話が見えてきたぞ。
サラさんは俺の事を父さんから聞いて知っており、俺の方も当然同じように自分の事を知っていると思っていた――という事か。
「ごめんね。がっかりさせて」
「そんな! 私が勝手に期待して勝手に落ち込んだだけですから」
サラさんが両手を必死に振り、俺の言葉を否定する。
それでも原因の一端は俺が担っているわけだから、全く無関係というわけにもいかないだろう。例え、それがどこかのクソ親父のせいだとしても……。
「サラさんの事、聞かせてくれないかな? 出来るだけ詳しくたくさん」
初め、サラさん俺の言葉が理解出来ない様子だった。しかし、その表情は徐々に明るいものに変わり――
「はい! 何時間でも!」
最後には満面の笑みになった。
その笑顔を見て俺は、嬉しさを感じる反面若干の不安を覚えずにはいられなかった。
『――で、それから一時間以上もサラさんの話聞き続けたの?』
「まぁな……」
ベッドに腰掛け、電話越しに聞こえてくる美憂理の声に同意する。
『祐くん、優しいもんね』
「そんなんじゃねーよ。ただ――」
『ただ?』
「なんでもない。それより、用件は何だよ。こんな時間に電話掛けてきて」
そう。そもそも、俺の携帯に電話を掛けてきたのは美憂理の方である。なのに、美憂理は自分の用件を一向に告げようとせず、逆にこうして俺が自分の話をし続ける羽目になっているのだった。
『え? だから、これが私の用件。あれから家に帰って、祐くんがサラちゃんとどう絡んでるかなって気になって』
「そんなん気にせんでいい」
まったく、そんな下らない理由で電話掛けてくるなよな。別に、暇だからいいけど。
『だって、あんな可愛い金髪少女と一つ屋根の下だよ。意識するなっていう方が無理な相談じゃない?』
じゃない? って……。まぁ、否定はしないが。
『祐くんだって、サラちゃんとあわよくばいい仲になろうって思ってるんでしょ?』
「そんなわけ! ……ない……ぞ」
今度は強く否定しようと声を荒げるが、その勢いは最後まで続かない。
『はいはい。ところで、その噂のサラちゃんは今何してるの?』
「あー。風呂入ってるよ、多分」
『覗きに行くなよ?』
「行くかアホ」
行ったら殺されるわ。親父に。……いや、殺されなかったら行くという意味では決してなく。
『あはは。じゃあ、また何か面白い事が起きたら電話してね』
「するか!」
電話に叫び、通話を切る。
携帯をベッドの上に放ると、そのまま自分も仰向けに倒れ込む。
一つ屋根の下、か……。確かに、傍から見れば羨ましい状況なんだろうけど、実際にその立場になったらそんな悠長な事は言っていられない。けど――
サラさんの色々な表情が、頭の中に浮かんでは消え、浮かんでは消える。
やっぱ、可愛いよな、サラさん。
高ぶる気持ちが抑えきれず、思わずベッドの上をゴロゴロと転がる。
――その時だった。ドアが二度程ノックされ、
「祐二さん、いますか?」
外から可愛らしい声が聞こえてきた。もちろん、サラさんのものだ。
「はーい」
俺はベッドから立ち上がると、出入り口に歩み寄り、扉を開けた。
「お安らぎ中のところ、すみません」
「いや、ちょうど暇を持て余してたところだから気にしないで」
実は、あなたの事を考えてベッドの上を今の今まで転がり回っていました、とは口が裂けても言えない。
「で、何?」
「あ、お風呂お先に頂きました。次どうぞ」
そうか。そう言えば、昨日もサラさんの後に俺が入らせてもらったっけ。
「ありがとう。冷めない内に入らせてもらうよ」
「……」
「?」
もう用は済んだはずなのに、なぜかサラさんは俺の部屋の前から一向に去ろうとしない。
「どうかした?」
「いえ、なんでもありません」
と言いつつ、サラさんが立ち去る様子はなく……。
あ、もしかして――
「昨日とパジャマが変わってる?」
「!」
俺の言葉に、サラさんがビクッと体を震わす。
どうやら、正解のようだ。
「昨日は荷物を出すのが面倒で、お母様のパジャマをお借りしたんですが……」
なるほど。つまり、今日着ているやつは、イギリスから持ってきたサラさん個人の物という事か。
「可愛い。凄く似合ってるよ」
「!」
瞬間、サラさんの顔が真っ赤に染まる。
「あ、あ、ありがとうございます! では、私はこれで」
言うが早いか、サラさんは踵を返し、階段を勢いよく降りて行ってしまう。
「……」
呆然と立ち尽くす俺。その耳に、階下から微かな声が届いてくる。
「……く……った?」
「……い。……わいいって……もらえました」
母さんとサラさんが、リビングで何やら二人で話しているようだ。
断片的に聞こえてくる二人の会話から推測するに、どうも先程のサラさんの行動は母さんの差し金らしい。
これは一度母さんにびしっと言ってやる必要がありそうだ。




